それからしばらくして、ふたりはパレンス遺跡を後にした。
テレビにはあれ以上何も映らなかったし、マルの興味をひくようなものは軒並み解説も終わったからだ。
ついでに云うなら、かなり日も傾いていた。
時間の感覚がなかったので気づかなかったが、どうやらかなりの時間、自分たちは遺跡にいたらしい。
「マル、本当にありがとう。あそこに行けてよかったです」
「ん。オイラも楽しかったよ」
帰り道々話すのは、そんな他愛のないこと。
森を抜け、街道を歩き、そろそろサルファスが見えてくる段になって――ふと。
弓を使うという職業故か、マルが「お?」と、進行方向をすがめ見た。
「あ。カーグだぜ、あれ」
「カーグさん?」
カーグもこちらに気づいたのか、足を速めてやってくる。
少し息が上がっているということは、もしかして?
「あんまり遅いから、ポーレットに聞いて迎えにきたんだ。は病み上がりなんだから、無茶したら駄目だろ?」
それでもにっこり笑って、カーグはそう云った。
「ごめんなさい。懐かしい名前を聞いたから、つい」
「懐かしい? 前に来たことがあるの?」
あ、そうか。
とマルは顔を見合わせる。
遺跡でマルには話したこと――精霊の血をひいていて、千年以上生きているということ――を、まだカーグたちには伝えていなかった。
精霊と何か関係があるのは嫌でも悟られてるだろうが、実際年齢の話はしてない。たぶん。
と。
そこまで考えてふと、気になっていたことを思い出した。
「あの、カーグさん?」
「うん?」
サルファスに向かって歩き出しながら、質問。
が真ん中、カーグとマルがその左右……どーにも倒れる心配されてるっぽい布陣である。
「カーグさん、ご兄弟とかいらっしゃいます?」
問えば。
「え?」
きょとん、と、カーグの目が丸くなる。
感情表現が素直だなぁ、と、なんとなし思って返答を待った。
で、
「……いや、そんな話は聞いてないけど」
俺に似た奴でも知ってるの?
返ってきたのは、そんな疑問符混じりのことば。
「んー……いえ、なんでもないです。気のせいだったみたいです」
「ま、世の中自分に似た人間が3人はいるっていうしなー」
ちなみにドッペルゲンガーって云って、遭遇したら死ぬとか云われる一種の怪談。
「マル……どこでそんな話を仕入れたんだよ」
「え? あれ? そーいやなんでかな。オイラ、どこで聞いたんだろ」
「昔誰かから聞いて、お話だけ覚えてたのかもしれませんねー」
何年経っても、そういうモノは廃れないのだと、なんか感心してしまった。
その横で、カーグがなんとなく、居心地悪そうにこちらを見ているのに気がついて。
なんだろうと振り返れば、じぃっと、彼が自分を見下ろしていた。
……あ、なんだか見下ろされる感じがダークに似てるよーな。目線が近いのかな。
女性だからかもしれないが、ウン千年生きてていまだに見下ろされるというのも、物悲しいような気がする。
そんなのひそかな嘆きなど知らぬげに、カーグは云いにくそうに、だけどはっきり告げた。
「あのさ。俺たちに、敬語とか使わなくていいよ。『さん』とかも要らないし」
「あ、それオイラも気になってた。年上なんだから、フツーにしゃべろうよ。ポーレットみたいにさ」
と、そう云ってくれるのは嬉しいんだけど。
ごめんなさい、と、まず謝って、それからことばを探した。
「癖なんです、この話し方。わたし、生活のこともあって、物心ついてからすぐ働き出したんですけど、そのとき周りにいたのが年上ばっかりだったから」
三つ子の魂百までって云うけど、本当ですよね。
「……じゃあ、せめて『さん』はやめてくれないかな。マルのことはそのまま呼んでるんだから、俺たちもそれがいい」
笑うに、譲歩してくれたのだろう。
だけどこれだけはとばかりに、カーグは云う。
がそれに頷こうとしたとき、マルがにんやり笑って、頭の後ろで腕を組むのが見えた。
「でもさぁ、カーグはユーベルで『カーグ様』って呼ばれ慣れてるじゃん。今さら気にするほどのもん?」
「あのな、マル。『だから』気になるんだ」
出来れば、そういうのと無関係な人には、ちゃんと俺個人を見てほしいんだよ。
「ユーベル?」
聞きなれない地名に、申し訳ないと思ったけれど、ふたりの会話に割り込んだ。
ぱっとふたりは会話をやめて、同時にの方を剥く。
「ラグナス大陸の、元ニーデリア王国のユーベルさ。カーグはそこの王子様なんだぜ〜」
「マル! そういう余計なことは云うなって!」
「はあ、王子様ですか……って、あれ?」
「も! だいたいニーデリアはもうないんだから、俺は王子でもなんでもないよ!」
「でも、王家の血をひいてるのには間違いないじゃん」
「マル!!」
何かといえば茶々を入れるマルのおかげで、カーグはちっとも落ち着けないようである。
「あの、ラグナス大陸って云いました?」
ちょんちょん、と、マルにくってかかっているカーグの肩をつっついて、注意をこちらに向けた。
あれ。この人の耳、少し尖ってるんだ。
そんなことを思っていると、カーグはこくりと頷く。
「ああ。俺たちはラグナスから飛空挺でここに来たんだ」
「……って云うと、えーっと……ドゥラゴ族さんのいらっしゃる?」
聞いた瞬間。
ム、と、カーグの眉が跳ね上がった。
「――ああ。ラグナスにいる魔族は、ドゥラゴ族だけど?」
その反応を見て、は天を仰ぐ。
やっぱり、魔族も人間も、お互いを快く思っていないんだと、それはちょっとした遺憾の念。
で、話を変えることにした。
カーグの表情が目に見えて厳しくなったせいもあるし、ちょっと思いついたからでもある。
「えーと、それで、カーグさんたちって、ラグナスに戻られる予定とかありますか?」
「ん? ――うん、そうだな。近いうちに一度戻ろうかとは思ってる」
けど、どうして?
「あの……もし飛空挺に空きがあったらでいいんですけど、わたしも乗せていってもらえませんか?」
人と待ち合わせをしているんです。出来ればラグナスで、ってことで別れましたから、早めに行って待ってたいなって。
さすがにドラゴニア周辺とは云えず、はそこでことばを切った。
返答を待つ間などほとんどなく、カーグはこっくりと頷いてくれる。
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます!」
「よかったなー、」
はい!
大っきく頷いて、は胸のあたりで両手を組んだ。
なにせ、精霊力が元に戻るまで、最低でも一週間はかかりそうなのだ。
そんな長い間離れていたら、いざ彼らのもとに戻ったときに、やっぱり怒られそうだから。
……というか。
実は、そんなのより。
どうしてだろう。
カーグを見てると、何故かダークを思い出すのだ。
腕の痣とかもそうだけれど、なんだかもっと深い部分が。
「――早く逢いたいなあ」
その後。
の足取りがスキップになったことを知るのは、とりあえず、同行していた2名様のみ。
だけどは知らない。
雷神岬、それから移動要塞メギトスで、その頃何が起こっていたか。
知らない。
風の片割れが再び、承認を受けた少女と出逢っていたことを。
死んだと思っていた母と、再会を果たしたことを。
――は知らない。
ラグナスに到着したとき、すでにダークの姿はその地にないことを。まだ、彼女は知らずにいる。
45.夜半に語らう