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ちょこの友達


 ちょこという少女は、謎に包まれている。
 遺跡ダンジョン地下50階という、常識はずれなところにいたし。
 そもそも、持ってる能力が常識はずれだし。

 キックでばかすか敵を蹴り倒し、魔法を使わせればゴーゲンでさえも一目置くほどだ。

 まあ……ちょこのが元々どーいうところにいたのかを考えれば、あらゆる意味で常識はずれだという事実も『まあそんなもんだよな』で受け止められてしまうけれど。
 とりあえず、そんな常識はずれな少女に、ぱっと見常識そのものの友達がいたコトがいちばん謎かもしれない。


 名もない小さな村を、ちょうど通りかかったときだった。
「アー君、エル君! ちょこ、あの村に行きたいの!」
 このとき同行していたのは、アークにエルク、リーザ、トッシュ、シュウ。
「ああ? なんでだ?」
 別に何の変哲もなさそうな田舎村じゃねぇか。
「エルク、村の人に失礼よ」
 額に手をかざして展望するエルクの横から、リーザがちょっと怒ったように云った。
 パンディットは今回休場。
 マザークレアの館で、闇のブレスを吐く特訓をしているとか。
「ちょこ、どうしてあそこに行きたいんだ?」
 優しいお兄さんっぷりを発揮して、ちょことまじめに応対するのはアークだ。
 正義の味方の赤いハチマキが、彼の動きに合わせて揺れた。
 赤いといえばエルクのバンダナもそうである。
 正義の味方ふたり組み――当人たちは全力で否定しそうだが。

 そうして、そのアークに向かって、ちょこはいつもの数倍増しの笑顔で答えた。

「あの村はね、ちょこのお友達がいるはずなのよ」


『・・・・・・・・・・・・』

 ・・・何故か、全員硬直した。

 はずってなんだ。っていうか。
「・・・ちょこみたいな奴がもう一人いるのかよ」

 ようやっと解凍したのち、空を仰いでトッシュがつぶやく。
 ポーカーフェイスが信条のシュウでさえ、よく見れば少し顔色が悪い。

 だって。
 考えてもみろ。

 一蹴りで魔物を蹴り倒し、ふざけた掛け声で発動する魔法はこれまたすごい威力。
 これを、のーてんきな笑顔で、真剣に戦ってる横でやられたら。
 初体験の人間は、まず間違いなく力が抜ける。
 アークたちだってしばらく一緒に行動して、ようやく慣れたくらいなのだ。
 慣れすぎて、最近では逆にそれが爽快に感じていたり――ちょっとヤバイか。

 類は友を呼ぶ。

 ちょこの友達というくらいなのだから、彼らが思わず途方に暮れたのも、しょうがないことではあったかもしれない。



 が、事実は想像よりも妙なり。



 結局ちょこに押し切られる形で、一行はその村に赴いた。
 気が逸ってしまうのか、先頭にたって皆を急かしていたちょこだったが、村の入り口が見えてくるともう我慢できなくなったらしい。

「ちょこ、先に行くね!」

 村の東のはずれの、赤い屋根のおうちなのー!
 そう云って、すたこらっと走り出してしまった。
「あ、おい、ちょこ!」
 慌ててエルクが手を伸ばすが、時すでに遅し。
 あっという間に小さくなったちょこを、実に微笑ましく眺めたリーザが、
「いいじゃない。ちゃんと目印教えていってくれたんだから」
「・・・リーザ」
 彼女の肩をぽん、と叩き、シュウが村を示す。

 その視線の先――村の屋根は、ほとんどが赤色系で統一されているのであった。

『・・・・・・』



 懐かしい、と、云うべきなのか。
 それとも、意外に思うべきなのか。
 あの閉ざされた空間から出てくるコトはないと思っていた、小さな友達の気配を感じた。

 一度だけ訪れた、クレニア島にある時の森。
 何者かの魔力に隠されたその森に、何の因果でか迷い込んだところを助けてくれた、滅法強い少女。

 冒険してみたいと云っていたけれど、それは出来ないと断った。
 自分はちょっとした旅行のつもりでクレニアを訪れたのだし、冒険なんて柄ではないと思っていたから。
 でも、いつかきっと、つれていってくれる人がいるよ、と。
 いつ叶うかも判らない約束をしたことを――思い出した。

 あの子の気配がするってことは、冒険に連れ出してくれる人が現れたんだろうか。

 とりあえず、つくりかけの料理の火を止めて、エプロンを外す。
 まとめていた髪を解く間も惜しく、玄関に向かって歩き出した。

 なんと云おうか。まず。

 冒険に出れておめでとう、とか、元気だった、とか?

 それより――


 トントントン、と、ノックの音が連続して聞こえる。
 扉を開けると、昼下がりの、ちょっと強い太陽の光が目を灼いた。
 数度またたきして目を慣らし、視線を下げる。

 ・・・いた。

「こんにちは、ちょこ」

、こんにちはなのー!」

 赤い髪を頭の両側でちょんちょんと結んだ女の子は、にぱっと元気に挨拶してくれた。



 村の人をつかまえて、ちょこの行方を訊くこと数度。
 東のはずれにある、小ぢんまりした赤い屋根の家の前に一行が辿り着いたのは、ちょことの挨拶が交わされたちょっと後だった。
 彼女の腕を引っ張るようにして、自分たちの所に戻ってきたちょこは、開口いちばんこう云った。

「この子がなの! ちょこのお友達で、みんなの仲間になるのよ」

『ちょっと待て。』

 という女性も含めた全員がツッコんだ。


 とりあえず、自己紹介。
 と云ってもが名乗った後は、アークたちがぞろぞろと名乗る羽目になったのだが。
 そうして改めて見てみると、その女性は、とてもちょこの『お友達』とは思えないほど――まっとう、だったのである。
 背中までの黒い髪をゆるやかなみつあみにし、やわらかそうな生地の、ゆったりした服に身を包んでいる。
 前髪の一部が、銀にも思える白。年の頃は、おそらく二十歳前後。
 ちょっと童顔だが、身を包む雰囲気はとても落ち着いている。
 ・・・これでどうやって、ちょこのお友達になったのかが謎だ。
はねぇ、ちょこのむちむちぷりんの目標なのよ♪」
「・・・ちょこ、それやめてってば」
 誇らしげに云うちょこに、頬を赤らめて抗議する
 それを聞き、改めてに視線を移した男性陣が数名。
 ちなみに、ピュルカの民の末裔だけは、リーザの微笑に気づいて明後日を向いた。賢明な判断だ。
 急に向けられた視線に困りきった顔になっただけれど、ふと、何か思い出したように、口元に指を添える。
 その視線は、一同の斜め後ろあたりにひっそりと佇んでいたシュウに向けられて。
「あの……失礼ですけど、ハンターのシュウさんですか?」
「え? 知り合いなのか?」
 シュウが頷くより先に、エルクが目を丸くして、自分の育ての親を振り返る。
 が、当のシュウは、の問いに肯定を示したあと、エルクの問いには首を横に振ってみせた。
 同じように、も両の手をぱたぱたと身体の前で振って。
「いえ、わたし少し前ハンターやってましたから。今は隠居してますけど。そのときに、有名だったから……」
「ハンター? あんたが!?」
「へえ、この姉ちゃんがねえ……」
 エルクが声をあげ、トッシュがしげしげとを見下ろした。
 そんなに見ては失礼だろう、と、小声で諌めるのはリーダーでもあるアークの仕事。
「シュウって有名だったのね」
 別の部分で感心しているのはリーザ。

はとっても強いのー。だから、きっとこの冒険の力になってくれるの!」

 そこにまた、ちょこの声が飛ぶ。
「ちょ、ちょっと、ちょこ……いったい何が何なの? 冒険してるのは判るけど……」
 そんな、あちこちから助力を求めなきゃいけない冒険って何?
 戸惑いまくったが、そう云ったあと、説明を求めて一同を見渡した。
 ちょこにまともな説明は期待していないのだろう。正解だが。

 アークたちは、ちらりとお互いを見やる。
 お互いの意志を確認して、小さく頷きあった。



 まだ人々の記憶は新しいだろうパレンシア王殺害という事件から、話は始まった。
 シオンの山の聖火を消したことから解かれた封印、アークの旅立ち、仲間との出逢い。
 今は大罪人として追われていることも含めて。
 それから、ロマリアの野望と、それに巻き込まれた精霊たち、ピュルカの民、リーザ。
 ついでに、どうしてちょこが自分たちと一緒にいるのかということの説明。
 アララトスの遺跡ダンジョンで出逢い、元々はチョンガラの召喚獣として契約していたはずなのに、いつの間にやら時の森に帰っていたことなど。
 そう、何故か森に迷い込んだシャンテとグルガが、彼女をつれてロマリアのキメラ研究所にきたのが、ちょこと他一同の出逢いである。
 アークたちにとっては、ある意味再会だったが。

 ――そして時間は現在に戻る。
 ロマリアのキメラ研究所を破壊し、ミルマーナのグレイシーヌ進行を阻止した彼らは、ほんの少しの時間、休息を得たのだ。
 一行がここにきたのは、そんな理由からである。


 話の長さに飽きて、いつの間にか膝の上で眠ってしまったちょこの頭を撫でながら、は真剣な表情で話を聞いていた。
「・・・・・・ここのところの騒ぎには、そんな背景があったんですか」
 モンスターが増えたり、西アルディアの砂漠での爆発の噂が流れてきたり、それもこれも。
「……僕たち、そしてロマリアが関っていることだ」
「ま、突拍子のない話だろうけどな、一応嘘は云ってないぜ」
 そう軽くトッシュが云うが、それは、信じられないようならそれまでだ、ということだろう。
 そんなこと判っている、と云いたいのか、は小さく口の端を持ち上げる。
 けれど、すぐに真摯な表情に戻り、
「――ミルマーナの恵みの精霊も……そんなことになっていたんですね」
さん、ご存知なんですか?」
「はい。旧知の間柄です」
 精霊と旧知って、いったいどんな間柄だ。
 そんな疑問の視線も飛ぶが、声に出しては誰も問わない。
 ふわりと舞い下りた沈黙を打ち破ったのは、やはり、だった。

「もしも、ご迷惑でないのなら・・・ですが」

 色素の薄い碧の瞳が、ひたとアークを見据える。

「わたしも、同行させていただけませんか」

 その雰囲気から大体は予想がついたが、ぴたり的中したそれに、逆にアークたちが戸惑う。
「何故だ?」
「と、仰いますと?」
 マフラー(?)に顔の半分を埋めているおかげで、少しくぐもったシュウの声。
 問いに首を傾げたに説明する、これはエルク。
「俺たちには、ロマリアと戦う理由がある。世界のため、個人的なもの、それぞれだけどな」

 あんたが、ロマリアと戦う理由は何だ?
 それは、自分の身を危険にさらしてまでも為したいことなのか?

 問いに応えるかのように、がおもむろに服に手をかけた。
「きゃっ、さん!?」
 あわてたリーザの声が飛ぶが、にこりと微笑んでそれを制し、止め具を2・3個ほど外す。
 襟をめくり、露にされた肩に刻まれた――何かの紋様。
「・・・それは?」
 どこかで見たような気がしたものの、いまいち思い出せない。
 アークの問いに、彼女はゆっくりと答えた。

「ミルマーナの恵みの精霊は、わたしの母親です」



「・・・・・・は?」

 数分、数秒? 長いのか短いのか判らない時間が経過したあと、ようやっと声をしぼりだしたのはエルクだった。
 その他の人間は、ショックが大きかったのか未だに硬直したまま。
「もうずっと昔の話ですけど。まだ精霊たちも力を失っていなかった頃、人間であった父が母と・・・恵みの精霊と恋をしたんだそうです」
「ちょ、ちょっとまて! ずっと昔って、それって――」
「ええ……もう何十年か何百年か。途中で数えるのはやめてしまいましたけど」
 淡々と云うだが、それは。つまり、そういうことは。
「おまえさん・・・見かけどおりの年齢じゃないってことか」
「恥ずかしながら」
 ことばどおり、ちょっと頬を赤らめてトッシュに答えるその様は、充分年相応――むしろ幼く見えた。
「でも、精霊たちの力が弱まっているのなら、君の力だって――」
 そのために旅をしているアークが横から問うけれど、それもは首を振る。
 けれど彼女が答えるより先に、目を覚ましたらしいちょこがひょっこりと起き上がって。
は【はぁふ】だから、得意な大使なのよ」
「・・・特異体質か?」
「そうともいうのー」
「……特異って云うよりは、精霊の力と人間の性質が変な具合に混じって、相乗効果みたいな感じですけどね」
 そちらの、炎の精霊の守護を受けている方に、近いかもしれません。
 ふと示されて、エルクが目を丸くする。
 には、それは一言たりとて話してはいないはずだ。
 一族が滅ぼされたコトはともかく、それがピュルカの民であることも、炎の精霊の加護を受けた一族だったコトも。

 さっきとは別の意味で固まってしまった一同に代わってか、ちょこがくるりとを見上げた。

はお母さんを助けたい?」
「そうね。助けたい」
「じゃあね、暗黒と戦うの。ちょこの持ってるものじゃなく、それは、もっと異質なモノなの」
 とっても強いの。
 とっても怖いの。
 それは何もかもをね、飲み込んでしまうのよ。

「――うん……判るよ」

 いつからか、おぼろげに感じていた。
 世界が震えるのも、何かが鳴動しているのも。

 この平和な村の片隅で、穏やかに暮らしている間には、あまり意識さえしなかったけれど。

 心が、騒いでいた。
 世界中が怖れるなにかが、ゆっくりと、鎌首をもたげようとしていることを。
 それでも、自分に何が出来るだろうと思っていた。

 だけど。
 彼らは動いている。

 罪人の烙印を押されながら、自分の信じる道のために。
 これまでに、何度も、深い傷を負ったろうに。
 
 弱まっていく精霊たち。
 弱まっていく世界の力。
 消えてしまいそうな・・・母。

 それを、みすみす見逃して保身にまわる気はない。

 事象を悟って原因を知って、そうしてその目的のために動く機会が与えられたのだから。


「……わたしも、あなたたちの力になりたい」


「じゃあ、
 にっこりちょこが笑う。
 さっき眠っていたはずなのに、もしかして聞いていたんじゃないかってくらい、そう信じて疑わない顔。

「ちょこたちと、一緒に行くのよね」

 そのことばに頷いたのは、だけでなく。




 そうしてシルバーノアには、乗員がひとり増えた。


 あいかわらず世界は切羽詰っているというのに、今日もにぎやかな声が甲板に響き渡る。
ー! ちょこと遊ぶのー!!」
「はいはいはい、ちょっと待ってね、すぐに終わらせちゃうから」
 食事のために芋の皮剥きをしていたところ、ちょこに背後からタックルされても嫌な顔ひとつせず、笑って答える
 それを見て、今までちょこと【遊んで】いたエルクとポコは、顔を見合わせてため息をついた。
「・・・少なくとも俺は、このためだけでもが来てくれてよかったと思うぜ」
「本当だね・・・」
 並外れた戦闘能力と性格を誇るちょこと【遊ぶ】というのは、もはや戦いである。
 半日ちょこと付き合えば、次の日起きられなくなるくらいに。
 だから今までは、メンバー全員、本当に苦労していたのだけど。

 の作業がまだかかると見てとったちょこが、くるりと身体の向きを変える。

「じゃあが終わるまで、エル君たちともう少し遊んでるのー」

 それを聞いた途端、エルクとポコは、がばりと起き上がっての傍に駆け寄った。

! 僕たちが芋の皮剥き代わるよ!!」
「そうそうそう! だからあんたはちょこと遊んでやっててくれ!」

「え・・・でも、いつも代わってもらってる気がするんだけど・・・」

「「ちょこと遊ぶのに比べたら数十倍マシ。」」

 の反論を異口同音に封じ、エルクとポコはふたりそろっての背中をちょこに向けて押し出した。
「なるほど……ちょこは元気だものねー」
 必死な理由をなんとなく判ったらしいが、苦笑して、自分から足を踏み出した。

 【元気】って単語で片付くもんなのかあれは、とかなんとか思いながら、ふたりは芋の皮剥きを始める。
 しばらくすると、甲板の方から、ちょことの遊ぶ声が聞こえてきた。

『じゃあ次はねー、ちょこがサンダーストームやってみるの』
 、ちゃんと受け止めてねー
『うん。がんばれ、ちょこ』


「・・・がんばれ、じゃと。手加減してさえ、常人にはきつかろうに」
「人間、見た目ではわからないってことだな……あ、人じゃなかったけ半分」
 エルクとポコが顔を見合わせてため息つくのと同時、その声が聞こえる位置にいたアークとゴーゲンもまた、同じ動作をしていたのだった。

 もちろん、ちょこと対等に渡り合えるが、ちょこの遊び相手専門でおいておかれるわけもなく。
 あっという間に戦闘スタメンに起用されたのは、とりあえず、後日談である。


■BACK■



恵みの精霊、子持ちだったんですね(まて
...いや、ちょこの友達ってことで考えてみたのはいいんですけど、
生半可なことじゃあ友達やってられないだろうなと思ってこんなコトに。
ていうか、友達っていうよりお守り役やも(笑)
2中盤から3にかけて、と、黄昏にちょこが出るなら黄昏にも(ぉぃぉぃぉぃ

後日追記:
で、本格的に精霊の黄昏で連載しちゃうコトになったので、加筆修正かけました(ぉぃ
単に出逢った時期をずらしただけですが...前のバージョンを覚えてる方は、すぐ忘れましょう(笑)