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黄昏の時代に



 魔族と人間の混血
 人間と魔族の混血

 精霊と人間の混血

 天界の魔王の娘
 七勇者を護衛せし機神団の長


   世界に、ただひとりの者たち



「……フェニックスの血……たしかギドの宝箱の中に」

 妖力の解けた宝箱のなかには、求めるフェニックスの血。
 罪人の願う、七つに砕けた石版の欠片。

 そして。

「ちょこー!!」
 人をだまくらかしといて、どこに行ったのよ!?


 ……小ぢんまりした古くさい壺。
 そのなかに、ひとり。


「なんだおまえは!? 何でこんな所にいる!」
「それはわたしが訊きたいです! ちょこに昼寝しようって誘われて、うなずいたら壺のなかに押し込められて!」
「ちょことは何者だ!」
 それ以前におまえは何なんだ!
「ちょこはちょこです、わたしはわたしです!」

 懐かしい、友達の名前。
 眠ってるうちにはぐれてしまった、天界の魔王の娘。

「……あ、名前ですか。失礼しました。わたし、と申します」
「…………オレはダークだ」

 出逢いは、相当間抜けな会話の応酬で始まった。


「へー、あんたが壺娘?」
「壺娘違います」
 いったい誰ですか、そんなコト云ったの。
「有名だよ。壺から出てきた壺娘。人間じゃないよね?」
「はい。生粋の人間じゃないですよ」
「魔族モドキと似たり寄ったりってとこかい?」
「そーですね、強いて云うなら精霊モドキかなぁ」



『精霊!?』



 異形を目の前にしながら、極自然に応じて。


「ごめんね、リリアさん。こんな牢屋暮らしになって。これ、差し入れのつもりなんだけど」
「……コゲてますね……」
「頑張ったんだけど、寝すぎてて腕が鈍ったみたいで」
「もしかして、この間様子を見に来たダークがおなかを押さえてたのは」
「……わたしのせいです」
 魔族専用腹下し薬で売り出しちゃおうかしら。
「なんてたくましい商魂……さん、師匠と呼ばせてください」
「は?」

 実はしたたかな、彼女たちの一面。



「おまえを見ていると、どうにもこうにも気が抜ける」
「……わたしは、真面目に頑張っているつもりなんですけど」
「どこがだ! だいたい斧の持ち方はこうだ!!」
「あら。どおりで上手く薪が割れないと」
「ヴォルク、おまえがやれ。にやらせていたら、いつまで経っても火が起こせん」
「早くしなよー。アタシさっきから着火準備してるんだぜ」
「ほほ、せっかちな小娘じゃのう」

 旅の合間に。
 楽しい、優しい会話たち。


「アナタはフシギ……」
「そうかなぁ?」
「こいつ以上に変な奴などいるものか」
「ダークひどい! おなじ人間半分の貴方にまで云われるなんて!」
「オレは魔族だと云っているだろうが!!」

「ウフフ」
「で、の何が不思議なんだい?」

 交わされることば、交わされる気持ち。

「真紅の戦闘心、白蒼の怒り、琥珀色の惑い、全部がの桜色に包まれる。……の気持ち、不思議な気持ち」

 あたたかくて、なつかしくて。
 染み渡っていく……この心。



「オレは魔族を救う。そのために、人間を滅ぼす」
「…………」
「否定しないのか。おまえも人間の血が入っているくせに」

 相反する種族の血。

「精霊と人間、精霊と魔族。かつて精霊は、ふたつの種族に力を与えたというが――」

 世界を愛した存在。

「おまえはどちらに力を与える?」
「どちらにも」

 望まれるなら。

「だからおまえは、中途半端だと云うんだ!」
「それは、自分もそうだから?」
「……何……ッ!」

 どちらでもない。
 どちらでもある。
 近親憎悪にも似た、感情の捌け口。



「おまえなどに、オレの苦しみが分かってたまるか!」
「分からない。少なくとも、云ってくれないことは推し量るしかできない」
「――おまえ、なんかに――……ッ!!」

「ッ!」

 激昂の果てに、傷つけて。

 それでも、強く真っ直ぐに。
 見返してくる、そのまなざし。
 あの頃は思いもしなかった、視線を合わせてくれる存在。

「……痛みは?」
「平気」

 滴る血を舐めたら、やはり鉄錆にも似た味がした。
 添えた左腕にも厭な顔ひとつせず、舐めとるまでじっと待っていた。

「食ったら美味いかもな、おまえ」
「……ドゥラゴ族って食人の嗜好持ち?」
「ない。が、おまえなら美味いかもしれんと思った」

 くだらない会話のあと実感したのは、肉をそのまま食べるよりは、こちらの方が数段美味いということ。




ー!」
「ちょこっ!」

 かつて共に足を踏み入れた闘技場で、再びめぐりあうその日。

「何百年も昼寝させられるなんて、聞いてなかったんだからね!?」
「うえーんごめんなさいなのー!!」
 一人で眠るの退屈だったから、も道連れにしただけなのー!
「それならそれで、ひとこと云いなさい!」
 壺が他人に見つかって、バラバラに売却されたの知ったときには、どうしようかと思ったわよ!
 わたしは好事家に蒐集されてるし、あなたはいつの間にか賞品になってるし!
「あのね、えっとね、びっくりさせようと思ったの……」
「この子はー! 今日という今日は許しません! お仕置きメテオフォール!!」
「うえええぇぇぇーーーーん!!」

「おお、野っ原がクレーターになりおったわ」
「豪快な仕置きもあったものだな」
「……アタシ、だけは怒らせないようにしよ……」
とちょこ。お仕置きして、お仕置きされる。でも、二人とも桜桃色のヨロコビ。懐かしい、気持ち」
「くだらん」
「ダーク、うらやましいんだろ」
「何がだ!!」

 怒ってくれる人がいること。
 自分のために、本気をぶつけてくれる人。


「ダーク!! 一人で突っ走ってるんじゃないわよ心配したでしょ!!」
「アタシたちも大概心配したけどさ、ダーク、ここは素直に謝っときな」
「な……誰が!」


 云われて素直になれるほど、真っ直ぐな道を歩いてはこなかったから。



「とりあえず、とベベドアに行かせようよ」
「……そうだな。親子連れで通じるかもしれん」
「頼んだぞえ」

「ベベドアちゃんは、大人の人といっしょじゃないの?」
「大人の人? 私と一緒にきたのは、が私の母親の役」
「……役……?」
はみんなの母親。私の知らない、桜色の陽光を抱いた、私たちを包む人」
「そう……うらやましいな」

 自分も、そんなふうに彼に接してあげなければいけなかったのに。



「真実の洞窟!? 行く! 行きたい! 行かせて!!」
「なぜ、そんなにムキになる?」
「だって、精霊がまだ残っているんでしょう? 逢いたい!」
「…………」
「ダーク……だめ?」
「…………」
「ちょっと行くだけ。逢ってみるだけ。そんなに時間はとらないから……」

 うなずけなかった理由は、絶対に口には出来ないけど。



「あ。判った。あなたがカーグだ」
「ダークの仲間か? でも、魔族ではなさそうだが……」
「うん。わたしは精霊と人間のハーフだから」

「どうしてダークに……魔族に味方しているんだ!?」

「敵と味方しか、ないわけじゃないでしょう?」


 他にどんな関係が築けるのか、そのときはまだ知らなかった。



「人間王! 何度騒ぎを起こせば気がすむのよ!」
「そうなのっ! ちょこももダークもカーグも、みんなみんな怒ってるんだから!!」
「まったくダ! いイ加減貴様ノ顔ハ見飽キたワイ!!」

「人間と一緒にするな!」
「魔族とまとめるな!」

『どっちにしたってこの騒ぎに腹を立ててるのは一緒でしょうが!!』


 同じ、気持ち。
 抱けるコト。




『まだ、終わりじゃないさ』
『希望を捨てない限りはね』




「……アークとククルだ……!」

 泣きたくなるほどに、嬉しかった。
 まだ彼らは、この世界を見守っていてくれた。

「七勇者、アークたち、エルクたち、そしてアレクたち」
「出逢って来た、たくさんの人たち」
「みんなが守ろうとしたこの世界」

 守ってきた、この世界。

「今度だって何度だって、守りぬいてみせる――」



 決意、強くみなぎらせて。

 戦いへ赴いた。







「……精霊が、消えていく……」
「星の彼方へ……時の果てへ……」

 遥かなる、場所へ。

 精霊たちは姿を消す。


 精霊はいなくなる。

「痛ッ!?」
「おい、ダークどうしたんだよ!?」
、金灰色の驚き、イタミ。感じてる。ダークが急に腕をつかむから、ビックリしてる」


 見上げた先には、真摯な双眸。
 必死な気持ち。

「おまえは行くな……!」

 告げられた、強いことば。


 精霊と、人間の、狭間の子。
 姿を消す彼らと、半分、同じ存在の子。
 遥かなる場所へ。
 けれど、

 おまえは、行くな。

「おまえは、オレと来るんだ!」

 今までも。
 これからも。


 腕をつかむ、ちからの強さに。
 踏み出しかけていた足が止まったのは、本当。
 ためらっていた心は、留まる決意に変わった。




「……ジャマが入ってほしいんだろ?」
「なんだと!」
「ほら」
「……!」

 抜き身の剣を構えていた双子を睨みつけて、立っている仲間たち。

 一番しまったと思ったのは、ひときわ強く睨んでいる彼女を発見してしまったから。



「これから、魔族は大変だね」
「人事みたいに云うな。おまえもだろう」

 精霊が消えて

 人間は、いつか資源を使い果たす
 魔族は、その魔力を失うだろう

 ……精霊の子は、どうなる?

 平気だよ


「だってわたしは、もう覚悟を決めてます」
「……どんな?」

「この世界で生きていくって、決めたから」

 何があろうと。何が起ころうと。

 精霊たちの去ってしまった、黄昏の世界。
 だけどいつまでも、黄昏の時間は続かない。
 夜が来る。
 夜明けがくる。
 そしてまたいつか、世界は光に満たされる。




「……なあ」
「なに?」
「この腕でも、いいか?」
「何を今さら」

 ――父と母の気持ちが、今なら少し分かるかもしれない。


■BACK■



アークザラッド精霊の黄昏。
ダークが好きです。かわいいんですよ、なんでか(笑)
長編書く気力があるか判らないので、ひとまず思いついたシーンばかり
集めて、ダイジェスト的にやってみました。
とりあえず、微妙な表現がありますが、まぁいいか。

なんだかんだ云っても、ダーク寂しかったんじゃないかなぁと。
クリアしてみて、思うこのごろなのでありました。
......つーかダークかわいいんですって。驚いた顔と特にさ。(しつこい)