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CrossOver__01



「……それで、クラウド。どういうことなのか、一から十、いえ、ゼロから万くらいまで説明してもらいましょうか」




 とことん据わってるだろう自覚つきで、じっとぉ、とクラウドを睨みつけ、わたしは云った。
 わたし――
 主にイヴァリース周辺を稼ぎどころにしている傭兵である。
 ここ数年は、ラムザ・ベオルブの部隊に籍をおいて、あれやこれやと裏部隊での活躍に余念がない。
 いや、余念がないのはラムザだけかもしれない。わたしたちは、彼の道をそれぞれ手伝っているに過ぎないのだから。

 そしてクラウド。クラウド・ストライフ。
 うちのメンバーであるムスタディオの父上が発掘した、転送機とやらからわいて出た、異世界の住人だ。
 記憶障害があり、たまにわけの判らないことをほざく以外は、特に生活に支障なし。
 これも何かの縁だろうと、彼は、ラムザの戦いが終わるまで同行することを約束していた。

 ――そう、戦いが終わるまで、だ。

 そして先日、いや、ついさっき。
 実際に戦いは終わったのだ。
 妙な世界に引き込まれつつも、ラムザは、妹アルマを媒介に聖アジョラの魂が変化した(と思われる)アルテマをぶちのめした。
 そのとき起こった爆発のエネルギーを利用して、わたしやイングラム、そしてスールヤ、ラッドが使ったのが『見様見真似デジョン改』……そう、遺失呪文デジョンをイヴァリースに戻るための門にするため、勝手にうろ覚えの構成を組み立てなおしたものだ。
 が、はっきり云って、成功したかどうかは定かではない。
 というか、たしかめようがない――少なくとも、わたしには、たしかめるすべはない。

「え、いや、その……オレも、まだ、事態がよく……」

 しどろもどろで口と手を動かしているクラウドを見て嘆息し、わたしは視線を空へ移した。

 ――紅い空。
 夕暮れだというわけではない。
 ――赤い大気。
 空が燃えているわけではない。

 いや、燃えている、というのは、ある程度は正しいのだろう。


 なにせ空には、でっかいでっかい、燃え滾る大きな星が今まさに落ちようと待ち構えているのだから――



 ……とりあえず何が知りたいかというと、ここはどこかということだ。



 クラウドでは話にならないと判断して、わたしは、周囲の人々に顔を向けた。
 ……まあ、うちの部隊に負けず劣らずバラエティに富んだ顔ぶれである。
 まず、色黒のビール樽みたいな巨漢。片腕が何かの武器のようだ。
 でっかい白モーグリに乗った黒猫。……生気が感じられないが、ぬいぐるみか何かだろうか。
 煙草をくわえて槍を持った、なんとなく『粋』ということばが似合いそうな壮年の男性。
 肌を出してる割に、左腕全体を覆うような防具、というアンバランスな恰好の女の子。
 真っ赤な毛並みの獣。丈夫な爪と牙に怖れる前に、どうしてか、かわいいという印象がある。
 赤いといえば、暗めの赤で染まったマントに身を包んだ長髪の男も。こいつも、なんだか人間と違う感じがする。
 で、わたしの隣、意識を失って倒れている、黒髪の女性。
 そうして、わたしの前、未だしどろもどろのクラウド。

 ――以上が、この場にいる全員である。

 ついでに云うならば、周囲にはなにやら崩れ落ちた建物の残骸らしきものが山と積みあがっている。
 そして少し後ろには、不思議な色をたゆたえた液体のようなもの。
 ――ああ。
 見覚えがあると思ったら、これはたしか、デジョン改を使ったときに流れ込んできた奔流の色に似てるんだ。

「…………」

 まて。
 今、すっごく嫌な予感が脳裏に浮かんだ気がする。

「おい、クラウド。そいつは何者だ?」

 色黒の巨漢が、胡散臭げにわたしを指す。
 どうやら、この場の人々は、クラウドの知り合いのようだ。
「……」
 知り合い。
 クラウドの知り合い。

 ――異世界からイヴァリースに来た、クラウドの知り合い――

「・・・・・・クラウド。」

 びくぅ! と、クラウドが飛び上がる。
 バレットにわたしの説明を求められたとき以上の、反応のよさ。
 それで判った。
 彼は、たぶん、何が起こったかすでに知ってる。
 そしてわたしも、当たってほしくない予想なら、ひとつ出来ている。
「あ……つまりこれは――うわッ!?」
 なにやら云いかけたクラウドの襟首を、片手で引き寄せて掴みあげる。
 口付けさえ交わせそうな位置に、顔を近づけて。
 『にぃっこり』
 そんな擬音がつきかねない笑顔を、彼に向けた。

「つまり、ここは、あんたの世界なのね?」

「あ――ああ」

 こっくり、というか、ぎしぎし、と、油のきれた機械人形さながらの動きでクラウドは頷く。

 ・・・・・・・・・・・・

「『ああ』じゃないわこのチョコボ頭ッ!」

 直後。
 とうとう爆発した感情をおさえきれなかったわたしのアッパーが、クラウドの顎にクリティカルヒットしていた。



 話は実に簡単だ。
 アルテマを倒し、わたしたちがなんとかイヴァリースに戻ろうと、デジョン改を発動させたとき。
 クラウドはこの世界を思い出し、自分の過去もすべて思い出し、そして、戻りたいと念じたらしい。
 それは納得いく。実に当然だ。
 それならば、あのとき流れ込んできた何かの奔流の説明もつく。
 ライフストリーム。
 この星を流れる、生命の川だというそれが、おそらく、薄くなっていた世界の壁を破ってきたのだろう。
 ちょうどこちらでも、この気絶してる女性と、精神の抜けたクラウドがライフストリームに飲み込まれていたらしい。
 ……おそらくだが、イヴァリースで形を持っていたのは、その精神の一部だろう。
 そしてライフストリームのなかで、クラウドは、クラウドに戻ったと――まあ、そんな予測が立てられる。
 それはいい。喜ばしいことだ。
 ひとりの人間はひとりに還る。それは自然だ。
 それはいいのだ。

 だが。

「そこでどうしてよりによってわたしまでもがこちら側に引きこれないといけないのよ!!」

 そう。問題はそこだ。そこなのだ。
 ひととおりの事情説明を終え、わたしは改めて爆発した。
 そうでもしないと、どうにもこうにも頭痛がして、うずくまりたくなる衝動がわきおこるせいだ。
「……それは……」
 一連の出来事に呆気にとられたままの一同を後ろに、クラウドが気まずい顔になる。
「俺が、たぶん――「何したのあんた」
「ま、まぁまぁ。落ち着いたってーな、キレイなおねえちゃん」
「黙れ無機物」
「!!」
 脳天に岩石落として、モーグリと猫のぬいぐるみはよろめいた。
 そんな様子を哀れんだ眼差しで眺めて、クラウドはこちらに向き直る。

「怒らずに聞いてくれ」
「無理」
「…………」
 何故かクラウドは沈黙した。
 が、すぐに気を取り直したらしく、口を開く。
「あのとき、あんたの後ろにウェポンがいたんだ」
「……何それ」
「この星が生み出した、星を守る生きた兵器。それが、ライフストリームに乗ってあんたの後ろに出現してた」
「兵器って……つまり、仮性敵? で、それが?」
「……危ないと咄嗟に思って、こっちにこいと叫んだんだ」
 あいにく、届かなかったみたいだけど。

 そう、声は届かなかった。たしかに。
 わたしはデジョン改の制御に苦心していたし、他に意識をまわす余裕もなかった。
 だが、そうか。
 あのときわたしを呼んだクラウドの声に、もし、ライフストリームが応えたのなら。

 ……そうか。

 それで、わたしは、イヴァリースではなく、こちらの世界に引っ張り込まれてしまったのか。

「……………………」

 頭痛がする。
 これでは怒るに怒れない。
 というか、クラウドは、単にわたしに危機を報せようとしただけじゃないか。
「……クラウド」
「はい!」
 背中にバネでも入っているのか、クラウドは跳ね上がるように姿勢を正す。
 そんな彼を見る、周囲の呆れた視線にも気づかずに。
「……とりあえず……ありがとう。そのなんとかに殺されるよりは、こっちの世界ででも生きてるほうが数倍マシだわ」
「ああ、ほんとうにすまな――……え?」
 嘆息。
「だから、ありがとうってば。死ぬより生きてる方がマシ。あんたの行動には感謝する」
 思わぬ副産物つきだが、それはこれから、帰る方法を探せばよいだけの話。
 クラウドが行き来できたのだ、わたしに出来ない道理はない。

「……騒がせたわね。それじゃ、わたしはこれで」

 よいしょ、と、勢いつけて立ち上がる。その拍子に、腰に佩いていた二本の剣が揺れた。
 その感触に、わたしは慌てて自分の身体を確かめる。
 ルーンソード、いわずもがな。もう一本の剣も傷は見当たらない。
 ロードオブローブ、うん、別に破れたりしていない。
 バレッタ、落ちてない。
 魔法の小手、無事みたい。
 ……よかった、装備は全部無事だ。
「――となると――」
 ふと、顎に指を当てて考える。
 次に試すべきことは決まっていた。
 周囲の人たちに、ぱたぱたと手を振ってみせる。意図を察した彼等は、素直にわたしから距離をとった。気絶したままの女性は、クラウドが抱いて運ぶ。

 ――さて。
 果たしてわたしの世界の魔法は、こちらでもちゃんと作用するのだろうか?

 目を閉じる。
 世界の力……うん、ちゃんと流れている。
 少しイヴァリースと性質が違うけれど、だいじょうぶだ。これなら声が届くし、存在も感じられる。
 ちからを、貸してくれる?
 わたしはあなたの子ではないけど、あなたの意志に連れられてここへ来た。
 ……帰るべき場所があるのよ。
 お人好しでバカでわんこでどうしようもない、うちの部隊のリーダーお坊ちゃん。
 歴史の裏街道を歩いて、それでも真っ直ぐに前を見れる、わたしの雇い主。
 ラムザ・ベオルブ。
 まだわたし、彼との契約を、破棄したつもりはないんだから。

 だから、ちからを貸しなさい。
 わたしがわたしの世界に帰るだけのちからを――



「――」

 ため息をついて、わたしは、閉じていた目を開けた。
 てっきりそのままデジョン改でも発動させると思っていたのだろう、おそるおそるこちらを伺っていたクラウドが、首をかしげてこちらを見ていた。
「だめ」
「え?」
「力が足りなすぎる。――いったい何なの、ここは。どうしてこんなに弱ってるの?」
 彼等の目が、まん丸になった。
 そこに、わたしはたたみかける。
「普段使う魔法には困らないと思うわ。でも、世界を渡るほどの魔力を借りるには、あまりにも弱りすぎている。どういうこと?」
 生き物達が在り続けるためのそんな礎の力さえ、このままでは、枯渇しかねない。
 そんなことは、あっていいはずがない。
 そんなのは、もうすぐ死の訪れる世界の姿だ。
 ――わたしをここまで引き込んだ、あのライフストリームを抱くこの世界が、そんなに弱っているなんてこと、あるはずがない。
「……違うか」
 そんなことになりたくないから、今、わたしに力を貸すことは出来ないんだ。
 目を丸くして固まったままの彼等から視線を転じて、わたしは空を仰いだ。
 空は赤い。
 大きな大きな、燃える星に照らされて、赤と、本来の青が混在した空。

 風が、一瞬だけ、強く強く、わたしたちのいる場所を薙いでいった。

 ごう、と。
 ひゅうぅ、と。
 ――それはまるで。

「泣いているの? あんた」

 そう、それはまるで、世界の泣き声。

「呼んだのはクラウドだけじゃない。――あんたも、わたしを呼んだのね?」

 それはただの偶然か。
 それとも世界が応えたか。
 荒れ狂っていた風が、ふぅわりと、わたしを包み込んだ。
「…………星の声が聞こえるのか?」
 呆然と、クラウドがつぶやいた。
「うっそ……それじゃまるで、エアリスじゃん……」
 ショートカットの少女が、ぽかんとしたままつぶやいた。

「――君は、セトラの民なのか?」

 赤いマントの青年が、かすれた声で問いかけた。
「何それ。知らないわよ、そんなの」
 まとわりつく風をもてあそびながら、わたしは視線だけそちらに向ける。
「だいたい、ちょっと魔法が使える人間なら、この世界が弱りきってるのくらい判りそうなもんじゃない。セトラってのが何か知らないけど、特別視されるいわれはないわね」
「わからねーんだよ、オレたちゃ!」
 色黒の巨漢が、じれったそうにそう吼えた。
「まぁまぁ、とりあえず、落ち着けや」
 煙草と槍の男性が、とりなすように間に入る。
 ぷはぁ、と、紫煙を風に乗せ、彼はわたしの前にやってきた。

「とりあえずだ、ねえちゃん。あんたの名前を教えてくれるかい?」

「……。……念のため。ただの傭兵よ」





 ――交換条件ってところ?

 こちらの世界の人材ひとり貸し出したのだから、代わりにイヴァリースからもひとり寄越せ。
 世界と世界の間で交わされた取引があるのだとしたら、たとえばこんな感じかもね。
 他に原因も見当たらない以上、それしか納得出来る理由付けはない。

 それに、原因の追及より先に、やらなきゃいけないことが出来た。

 この世界の力をなんとかして取り戻させ、わたしがイヴァリースに戻るだけの魔力を借りられる状態にするという、ひどくめんどくさそうなことだけれど。
 それ以外、戻る方法は思いつかない。
 ならば、それをするしかないでしょう。


「……あんたたちへの土産話くらいにはなるかしらね、ラムザ」

 どうか無事にイヴァリースに戻っていてくれと。
 そんな願いを込めて、わたしは小さくつぶやいた。



 ひとまず落ち着こう、と、彼らの使う飛空挺とやらに案内される道すがら――



■BACK■



あははは。イヴァリースにクラウド行けたんなら、
イヴァリースからも行けるだろうと考えて、こんなことになりました。
相変わらず、自分の思考形態が謎であります。何してんかなー自分(笑)

でも、意外に楽しいかもしれない。
考え方も文明も、まったく違う世界の人間同士。
それでも一度はたしかに、同じものを守るために背中を合わせて戦って。
今度は、じゃあ、そっちに手を貸しましょうっていうの。

......いや、まあ、ブッ飛んだ設定なのは、よく判ってますから。
投石も仕込みナイフも、出来れば勘弁。(笑)
って01なんてつけても現時点、続けるかどうかはとってもとっても謎ですけど。