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CrossOver__03



 風が強い。かなり高い位置をかなりの速さで飛んでいるんだから、当然といえば当然か。
 ムスタディオあたりが見たら、目を輝かせて喜ぶだろうな。機械マニアだし。
 わたしに判るものなら、構造でもメモして土産にしてやりたいけれど、あいにく、そっち方面はちんぷんかんぷんだ。
 第一、復元するだけの技術力もあるまい――イヴァリースは、科学面においては、遥かにこの世界に遅れをとっているのだから。
「だけど、こんな空を見ると、科学の発展もどうかと思うわね……」
 おおよそイヴァリースでは見なかった、濁った青い空。あっちはもっと澄んでたと思うのは、出身者の欲目だろうか。
 それに、シルフの息吹がちっとも感じられない風。
 おまけに、空の一部を真っ赤に染める、大きな星――メテオ。
 その名を聞いて、わたしは、メテオの使用を自粛することにした。万が一発動させて、アレを落とすようなことになっては洒落にならない。
「へー? アンタの世界の空って、もっと違うんだ? ピンク?」
「そんなわけないでしょ」
 耳ざとく聞きつけてきたユフィに、笑って返す。
 乗り物酔いする体質である彼女は、せめて外の風には当たろうというのか、飛空挺の甲板にいることが多い。
 そしてわたしも、出来れば金属に囲まれた空間よりは、シルフの声が聞こえなくても、風に当たっているほうがよい。
 というわけで必然的に、ヒュージマテリアを奪うべく海底魔晄炉とやらに向かう道中、甲板でこの組み合わせが出来上がったというわけ。
 小一時間もせずに着くはずだから、ユフィの乗り物酔いも解消されるだろう。――彼女の切実な願いのため、クラウドは、海底への先発隊を、自分と彼女とわたしに選んだのだ。
「わたしの世界の空も、青よ。……欲目かもしれないけど、もう少し、澄んでると思う」
「あー、納得。空気が濁ってないってコトだよね?」
「噛み砕いて云ってしまえばね。それに、白昼堂々赤くないし?」
「それはメテオのせいだっての!」
 からかうように云ったことばにノッたユフィは、勢いつけて起き上がり――
「うげ」
 と、口元を押さえて船べりに駆け寄った。
 聞こえてくる音にはとりあえず耳をふさいで、わたしは進行方向の空を見る。

 ――ひとしきり時間が過ぎて落ち着いたのか、ユフィがこちらに向き直る気配がした。

「アンタさ、星の声聞こえるって云ってたよね?」
「違うわよ。なんとなく感じるだけ」
 ついでに云うなら、イヴァリースに暮らす魔道士ならば、それくらいのことあっという間に感じ取るだろう。
 そう告げると、ユフィは、腕を組んでうなる。
「だーから、それがナゾなんだってば!」
「だから」、
 同じことばから始めて、わたしはユフィを振り返った。

「そんな特別なものじゃないんだってば。あなただって、動物の仕草でなんとなく機嫌がわかったりするでしょ? それと同じようなものよ」
「星は、動物じゃないじゃん」
「でも、この星だって生きてるわ」
「……それは、知ってるけどさァ……」

 やっぱし、アンタって、エアリスみたい。

 つぶやいて、ユフィは仰向けに寝転がった。――顔色が少し悪いところを見ると、立っているのでさえ辛いほど、酔ってしまったのか。
「あー、だいじょぶ、だいじょぶ。アタシ、いつもこんなだし」
 エスナでもかけようかと近寄れば、彼女は軽く手を振ってかわす。
「エスナでも無理?」
「たぶん、ムリかなー。毒とかじゃなくって、カンペキ自分の中身がグルグルなせいだもんね」
「……納得」
 元々、エスナという魔法は、外界から体内に侵入した異物を浄化するためのものだ。無理に流し込まれた睡魔しかり、毒素しかり。たまに見る石化だって、外からの刺激で変化させられたもの。
 対して、乗り物酔いというやつは、己の身体が制御を保つために必死になっているのである。そこにエスナをかけても無意味か、悪くすれば悪影響も考えられる。
 という結論に至ったわたしは、寝転んだユフィの傍に腰を下ろした。
「あ、パンツ見える」
「人のこと云える恰好じゃないでしょう、あなたも」
 膝を抱えて座ったため、丈の短い風水士の服では、どうしてもユフィの云うとおりのありさまだ。
 ……が、ズボンの合わせ目を中途半端に開けている彼女にまで、つっこまれる謂れはないはずである。
「気になってたんだけど……」
 とりあえずそれはそれとして、わたしはユフィに話しかけた。まぁ、気分転換にでもなるかと、考えたのもあながち間違ってはいないが。

「あなた、最初に逢ったときも云ってたわね」
「んー?」

「『エアリス』って、誰?」

「……」

 沈黙、しばし。
 さぞや気分は悪かろうに、ユフィは、ゆっくりと目を閉じて――そして開いた。
 それまでのぐったりとした様子をかなぐり捨てて、飛び行く雲たちを見つめる。いや、もしかしたら、そのずっと先を見ているのかもしれない。
「エアリスはね、星の声が聞けたんだ。優しくて強くって、いつだってひとりで凛って立って前を見ててさ――」
「あら。この星の人たちは、声が聞こえないんじゃなかったの?」
「違うんだな、それが。エアリスは古代種。セトラの民――星と一緒に生きた、最後のひとりなんだよ」


 セ ト ラ ?


 パシィ、と。
 生木で頭の横を殴られたような、気がした。
「セトラ――エアリス――?」
「そーそー。……って、ちょっと、どしたの!? 顔色悪いよ!?」
 ユフィの慌てた声も、何故だか右から左にスルー。
 頭のなかを占めるのは、たった今耳にしたばかりのはずの、単語ふたつ。

 セトラ。エアリス。

 そこから連想される、いくつものことば。
 この世界に来てから初めて耳にしたはずのそれらは、ひどく自然に、脳の情報箱から零れだしていた。



 古代種。 ジェノバ。

 エアリス。 セトラ。

 魔晄。 ライフストリーム。 星の命。

 メテオ。 黒マテリア。

 ホーリー。 白マテリア。

 古代種。 セトラ。

 ――エアリス。





    ね、おねがいがあるの

    クラウド、イヴァリースでがんばったご褒美に


     今度は、あなたが、クラウドたち、セフィロス、手伝ってあげて


   わたし? わたしは、エアリス

      セトラの、ひとりだよ




 セトラ。 古代種。

 ――セフィロス。



    おまえが、星を救うのか

    おまえが、私を滅ぼすか



      おまえが、オレを救うのか?


     オレは古代種なんかじゃない。英雄なんかじゃない。――オレは――





 ……記憶の奥底。
 浮かび上がる映像。エメラルドの奔流のなか、出逢った、その意志。その存在。

 ――――その、願い――――

「ふざけるな」
「……?」

 半眼のまま、わたしは空を仰いだ。
 ちょっとだけ怯えた様子のユフィに、少し、悪いなと思ったけれど。
「ふざけてくれる、どいつもこいつも。何をわたしに期待してるのよ」
 冗談のつもりだった。世界と世界の間で取引があったなんて、ほんの、ちらりと考えた戯言に過ぎなかった。
 だけど、思い出してしまった。
 ライフストリームに連れられて、この星へ訪れるまでの間。
 出逢った存在たちを。そのことばを。


 ――改めて、説明受けるまでもなかった。
   わたしは、あのなかで、とっくにこの星と彼らの現状について、教えられていた。


「……、ライフストリームで何かあったワケ?」
 妙な部分で勘の良さを発揮して、ユフィがこちらに問いかける。
「…………どう説明したものやら…………」
 だけどもそれ以上何も云えず、わたしは膝に頭を押し付けたのだった。


  救えと。彼女は云った。
  星を。彼らを――そして彼を。

  大空洞で、孤独に、メテオが舞い下りる瞬間を待つ彼を、どうか救う手伝いをして、と。


 ――ああ。
  そのために。呼んだのか。
  まったく違う世界の存在だからこそ。わたしは、ここに呼ばれたのか。



   誰が信じるだろうか。
   誰が知るだろうか。

   泣きつづけるこの世界の、誰も、知るまい。信じまい。


  今生じているメテオの。世界中の混乱の原因の。諸悪の源とまで称されるやもしれぬ、その男が。



    孤独な戦いを、ずっと、続けてきたことを。





 ……だから、呼んだのか。
 先入観なしに、それを聞くことが出来る存在として。
 空からの厄災を完全に滅ぼす、ひとつの鍵として。

 クラウドという青年以外、この世界とすべてにおいて無関係であったからこそ。
 たった一筋のそれを見つけ、彼女と彼は、――わたしを呼んだのだろうか。

「“救え”……と?」
?」

 相変わらず赤く染まった空の一角を見上げて、わたしは無意識に、つぶやいていた。



■BACK■



奇跡のようだ。03です。

というわけで、見事セフィロスの解釈にフィルタが。
自分でもまだもやもやしてるので、どこまで確り描けるかわかりませんが、
がんばってみたいなーと思います。ハイ。