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CrossOver__06



 とりあえず彼らを押しのけて操縦室の隅に立たせ、わたしたちは操縦席に近寄った。
 色とりどりの光が、金属の盤面を走っている。ゴーグに持ち帰ったら、きっと高値で売れそうだ。
「で、これで追いかけるの?」
「ああ」
 誰にとなしつぶやいた問いに、ヴィンセントが頷いてみせる。
「誰か動かせるわけ?」
 あ、云っとくけど、わたしは無理よ。
 こんなもの、見るのも乗るのも触るのも初めてなんだから。
 そう云いつつ視線を動かした先には、クラウドとユフィがいる。
「……」
「……」
 自分の身体を抱いて、カタカタと小刻みに震えている、まるで兄妹のような彼らの姿がそこにあった。
 わたしとヴィンセントは期せずして同時に顔を見合わせ、はあ、と、長い息をつく。
「今さらだけど、人選間違ったかもね」
「だって〜! 潜水艦まで乗っちゃうなんて、最初予定になかったじゃんか〜!」
 そもそもアタシは、飛空挺で待機したくなくって、こっち志願したんだからさ〜!
 つぶやきははっきり聞こえたらしく、ユフィが抗議の声をあげる。
「……このせまさ、揺れ、エンジン音…………限界が……」
「こっちもこっちで……」
 再び、ため息。
 ちらりとヴィンセントを見上げると、彼は首を横に振る。
「眠っている間に、かなり進歩しているな。過去の私の知識では、おそらく動かせまい」
 いまいち意味不明なセリフではあるが、云わんとしていることは判る。
「かと云って、わたしじゃ無理だし」
「アタ、アタシだってムリだよ〜! ウータイにゃ、そんなモンなかったんだから〜〜!」
 心の拠り所なのか、マテリアの入った袋を胸に抱きしめ、ユフィの悲鳴第二弾。

 ――そうなると。

 一行の目が向くのは、自然、未だにカタカタ震えている、チョコボ頭の彼になるわけで。
「え、ちょ、待っ……!」
 ぐい、と、襟首をひっつかんだわたしに、クラウドの抗議の視線と声。乗り物酔いのせいか、とても弱々しい。
 意図を察したらしいヴィンセントが、彼の両足を持ち上げる。
! ヴィンセント!」
「四の五の云わずにあんたが動かしなさい。それがいちばん、手っ取り早いのよ」
「そういうことだ」
 せーの、と。タイミング合わせたりもしなかったが、クラウドを操縦席に放り投げたわたしとヴィンセントの息はぴったりだったと、後日ユフィがしみじみ語ってくれた。

 ともあれ、意外にも。
 放り投げられたクラウドは、大人しく席についてベルトを装着した。
「……そうだな、何かに集中してるほうが、気が紛れるかもしれない」
 かなり悲痛な彼の声が聞こえるが、無視。
 操作内容を確認しだしたクラウドを視界から外し、わたしは、脇に避けておいた神羅兵のところへ歩く。
「なな、なんだ!?」
「念のため訊くけど、あんたたち、さっきの赤いのってどこに行くか知ってる?」
 知ってるなら素直に吐きやがれ。
 ――とばかりに、抜き放ったルーンソードを首筋に押し当てて微笑むと、隊長はあっさり陥落してくれた。根性なしめ。
 手早くルートを聞き出して、そのままクラウドに伝える。
 わたしはこの世界の方角の示し方なんて知らないけど、クラウドはちゃんと判ったようだ。横からヴィンセントが補足してる。
 さて、やることはひととおり終わった、となると……いきなり、手持ち無沙汰なんだけど。
 しょうがないので、壁によりかかって様子を見ることにした。

「ん?」
 足元にユフィが転がってきて、手招く。応じてしゃがみこむと、ぎゅう、と腕にしがみつかれた。
「吐いたりしないから、しがみつかせてて〜……」
 弱々しい声に、思わず苦笑してしまった。
 ただし、
「吐いたら、リヴァイアサン喚び出して洗浄するからね」
 と注釈つけておくのは、忘れなかったけれど。
 う、とユフィはうめいて、それでも手は放さない。さらに力が込められたとき、ごぉん、と、鈍い音が身体を震わせた。

 ――発進、である。



 海中を追いかけっこする、二隻の潜水艦。周囲に群がる有象無象。
 もしも遥か上空からそれを見下ろすことが出来たなら、お魚が追いかけっこしてるみたいね、と、ほほえましく思えただろうか。
「だー! もっと右! 右! クラウドへたくそー!」
「ちょっと! その黄色いの、敵の攻撃でしょ!? 避けなさいってば!」
「クラウド、敵艦がセンサー範囲から外れるぞ」
「いっぺんにしゃべらないでくれー!」
 潜水艦というものは、さすがに素人がぶっつけ本番で動かして、どうにかなるような代物ではなかったようだ。
 クラウドが下手なわけではないと思う。操縦のコツをつかむのも割合早かった。
 後は要するに、相手の操縦士との経験、素人と玄人の差というやつだ。
 こればかりはどうしようもない。
 だが、どうしようもないからって、諦められるわけもない。――諦めるわけにはいかないのだ。
 マテリアは星の命だという。
 ヒュージマテリアは、その純粋たる命の、大きな結晶だという。

 ……いくら自分たちを守るためといえども、そんなモノを、あの空に浮かぶ兇星にぶつけて散らしていいわけがあるだろうか?

「――ッ!」
「わああぁッ!」

 どぉん、と、衝撃が艦を揺るがす。べきっ、と嫌な音。外壁でもはがれたか。
 1対1ならまだしも、相手の艦には先ほど有象無象と称した護衛艦が群がっているのである。
 攻撃しても、それらが盾になって、赤い艦には届かない。
 しかも、その有象無象と同じ数だけの攻撃が、こちらに向けられるのである。状況は、どう見てもこちらが不利だった。
 様子見することにしたわたしも、乗り物酔いでくたばっていたユフィも、普段は冷めていそうなヴィンセントも。
 操縦席の後ろから身を乗り出して、クラウドにあれこれ口出しする始末。
「そんなに云うんなら、あんたらが動かせよ……っと!」
 ぐい、とクラウドが操縦桿をひねる。
 重心が大きく右に偏り、わたしたちはそれぞれつかまりあって、倒れるのを防いだ。同時に衝撃。
 ただし、この潜水艦がミサイルとやらを発射したもの。
 画面を見れば、この艦を示す点から放たれた白い線が、有象無象の数体に重なったところだった。有象無象の点が、3つほどまとめて消える。
「無茶云わないでよ。ムスタディオならともかく、こんなわけの判らない物体、動かせるわけないじゃない」
 そんな、完膚なきまでに否定するな、と、クラウドの無言の背中が語る。
 ムスタディオを知らない他2名は、軽く首をかしげるだけ。
「でも――そうね。このままじゃ、埒があかないし」
 しょうがないから、1か0かの賭けに出てみましょうか。
 飛来するミサイルを避けるためか、再び操縦桿を握る手に力をこめたクラウドの耳元に、わたしは口を寄せた。


 それまで、攻撃を避ける合間に反撃を返す、という戦法だった銀の潜水艦は、その瞬間を境に、真っ直ぐ進行を開始した。
 直線状にはもちろん、未だに護衛艦に守られたままの赤い潜水艦。護衛艦の数は減ってはいるものの、突貫したくらいでどうにか潜り抜けられるようなものではあるまい。
 だが、銀の点は真っ直ぐに進む。
 もちろん、その進行先に壁をつくるべく、護衛艦が集結を始める。
「ほ、ほんとに上手くいくの?」
 たぶんユフィにしてみれば珍しいだろう、弱気な声。
 慰めるつもりなのか、ヴィンセントが無言で肩をたたいている。
 ムリもない。失敗したら、こちらが海の藻屑だ。――それどころか、ヒュージマテリアも同じ運命になりかねない。が、マテリアは常識を無視して丈夫らしいので、そこに期待しよう。
 クラウドの後ろ、足を肩ほどに広げて立ち、わたしは視線を横へと移した。
「ま、祈っててちょうだい。神様には祈らないでほしいけど」
 見るのは、点と点が映し出される画面。
 刻一刻と、この艦の進行方向に密集してくる護衛艦ども。その向こうにいる赤い敵艦。
 この世界の距離の単位と、イヴァリースの単位を大まかに照らし合わせる。画面表示が間違っていなければ、ついでにわたしが文字を読み違えていなければ、あと数秒で効果範囲。
 これが無事に終わったら、ちょっとこっちの読み書きの勉強でもしておこう。
 そんなことを考えつつ、わたしはじっと画面を見る。
 クラウドは何も云わない。襲いくるミサイルを回避して、わたしの指示どおり、敵艦に接近するのに手一杯だ。
「――そろそろだな」
 ヴィンセントがつぶやいた。
 同時に、わたしも詠唱に入る。

「“遥かなる、天より来たれ、闇の雲”」

 ゾディアーク。
 あまりにも強力すぎ、かつ効果範囲も広すぎるため、イヴァリースでは使用を自粛していた召喚術である。
 いや、手に入れた直後、一度試してみたことはある。だからこそ、それ以上使おうとは思えなかった。

 ――目標にしてた廃墟どころか、その周囲ざっと小さな村ひとつ分ほど、ごっそり地形が変わったのには、さすがのラムザも絶句していたくらいだし。

 だが、今回は、海のなか。
 海底がえぐれよーが砕けよーが、まあ問題なし。
 不安は海底のマグマ溜まりを直撃しないかどうかだが、その辺は風水士の勘がゴーサインを出している。
 ……星の泣き声も聞こえない。なら、オッケーだってことなのだろう。
 相手の艦隊は、かなりの広範囲。それでも、まず、召喚術の範囲から逃すことはないと判断出来る。
 あとは、ヒュージマテリアに根性出して耐えてもらうだけというわけだ。

「“絶対なる真理を知らしめたまえ、偉大なる戒律の王”!」


 ――天から伸びた一条の光が、真っ直ぐに、敵艦隊の中央に突き刺さる、そんな光景が、閉ざされた潜水艦のなか、たしかに見えた。



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06です。まだ続いてます。
単にゾディアーク使ってみたかっただけとか云っちゃだめです。