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CrossOver__08



 飛空挺は空を翔ける。
 目の前に迫った雲はあっという間に後方へ流れ、吹き付ける風は遠慮なしに髪を巻き上げる。
 一応さわやかな光景なのかもしれないが、生憎、甲板に転がっているわたしやユフィ、クラウドには何の慰めにもなっていなかったりするのがいとかなし。
「っつーか……さすがに、あんな揺れまくりのモノに乗りつづけるってのは……辛いわね」
「へへへ、アタシの苦労がわかったかー」
 あんたらみたいに慢性化してないわよ、と注釈入れて、わたしは仰向けのまま目を閉じた。

 ――あのあと。
 神羅からどさくさに紛れて強奪した潜水艦は、ジュノンの港に留めてきた。
 上とは違い、下側の住民はなべてわたしたちに好意的で、ちょうどいい場所がある、と案内してくれたのだ。
 それからエアポートに向かったものの、一歩遅かった。
 さっさと発進した飛空挺が、ヒュージマテリアを乗っけて行ってしまっていたのだ。
 が、それを悔しがる暇はなかった。
 わたしたちは速攻こちら側の飛空挺に引き返し、ロケット村とやらに向けて出発。
 ものの1時間もかからずに着くというその間に、わたしたちは、疲れ果てた身体を休めるべく、こうして甲板に転がっているというわけだ。……どこぞの港に打ち上げられた魚のように。
 余談だが、ヴィンセントは飛空挺の定位置に戻っていった。
 化け物かアイツは。
 と思ったそれは、あながち冗談でもないあたりが笑えない。
 海底に潜った先刻、雑魚との戦いでちょっと窮地に陥ってしまったときだ。
 ヴィンセントは、何かのタガを外したかのように異形へと姿を変じたのである。
 仰天するわたしに、クラウドが説明した。
 ……悪の科学者の実験のせいで、こんなことになったのだと。
 説明する彼の表情が至極真面目だったが、クラウドにはもう少し、場の雰囲気に合ったことばというものと勉強してほしい。どこの三流サーガだ、という感が否めない。
 とどのつまりは、結局、どいつもこいつも神羅だかジェノバだかの被害者なのだということなのだろう。
 それはもしかしたら、この星丸々が、そうなのかもしれない。――神羅どころか、人間という生き物の。
「そういえば、昔――」
 ずっとずっと昔は、イヴァリースもこんな飛空挺が空を翔けていたと聞く。
 すでにおとぎ話であり伝説であり、歴史と大地に埋もれた話。
「むかし?」
 知らずこぼれたことばに、ユフィが食いついてきた。
 この際、気分転換ならなんでもいいのかもしれない。
 彼女と逆に、少し気分も回復してきたわたしは、その声をきっかけにして身体を起こす。
「飛空挺の文明なんて、もう、気が遠くなるほど昔の話だわ。――わたしの世界じゃあ、ね」
「へえ、そうなんだ」
「そうよ。わたしは歴史学者じゃないから、詳しく知ってるわけじゃないんだけど」
 それでも、往時を思わせるものが、時折トレジャーハンティングの結果として姿を現すことがある。
 ムスタディオお気に入りの、『空想魔学小説』が、いい例だ。
 文明レベルという広義で考えれば、クラウドを招いた天球儀然り、うちの労働八号然り……
「ま、今のわたしたちには、こうして空を飛ぶなんて、夢のまた夢って感じかしら」
 空に憧れ海に憧れ、いつかまた、その場に踊り出るとしても。
 まだ、イヴァリースの者たちは、地面のうえで必死に生き抜くすべしか知らずにいるのだから。
「……でも、私、そのほうが好きだわ」
「あれ、ティファじゃん。めずらしいね」
 ここんとこ、飛空挺ん中じゃ、ずっとクラウドんトコにいるのにさ。
 甲板に出てきた人影を認め、ユフィが声をあげた。
 風になぶられるままになっている長い黒髪を片手で抑え、ティファは「そんなんじゃない」と、笑ってみせる。
「ロケット村に突入するのは、クラウドと私とになったから。それを伝えにきたの」
 そしたら、なんだか興味深い話が聞こえたから――
 そう云って、少し居心地悪そうに身じろぎ。
 通路が狭いわけじゃない。
 単に、盗み聞きするような形になったのが、申し訳ないんだろう。
「うえー!? アタシは!?」
 がばっとユフィが起き上がり、ティファの機微などそっちのけで食ってかかった。
 とたん――衝動が襲ってきたらしい。
 「うぷ」と口元を抑え、ぎょっとして身を退いたティファを尻目に、飛空挺のなかにダッシュする。
 ……相当顔色が悪かった。
 あれはたぶん、しばらく戻ってこれないな。
「あんな状態で、戦闘させられないわよね」
 ユフィの足音が小さくなったころ、彼女の背中を見送っていたティファが、視線をこちらに戻して苦笑する。
 ちょうど同じようなことを思っていたため、わたしも、笑ってうなずいた。
「……人間には、憧れが必要なんだと思う」
 ふと笑みを消して、ティファがつぶやいた。
「空、海、そして星自身、――宇宙。手の届かないものに憧れて、手を伸ばしてがんばるのは、無駄じゃないんだと思う」
「そりゃねえ……それが、ある意味発展の原動力なんでしょうし」
 もっとも、その結果として、この星はこんな騒動の渦中にあるわけだ。
 あくなき探究心も、場合によりけり、である。
 言外のつぶやきに気づいたか、彼女は、じっとわたしに視線をそそぐ。
 何を読み取ろうというのか、やけに真摯な面持ちで。
 反応を待とうとわたしも黙ってみれば、先に根負けしたのは彼女だった。
「クラウドがね、話してくれたの。少しだけ」
 イヴァリースのこと、あなたたちのこと。
「あなたのこと、こわいお姐さんだって云ってた」
「……あ……そう」
 どいつもこいつも。
 ちょっとだけくさったわたしを見て、ティファは慌てて両手を振る。
「あっ、ち、違うのよ!? そのこわいって意味じゃなくて!!」
「“怖い”にそのもどれもこれもありますか」
「でも、恐ろしくないわ」
 ティファは云う。
「マテリアなしで魔法は使う、ライフストリームを通ったのに平然としてる、戦闘だってプロ顔負けで、なのに……」
 む。
 彼女のことばを遮るために、わたしは指を一本立てた。
 ちちっ、と、少々早めのメトロノーム。
「最後のだけは訂正して。わたし、こちらの世界には素人だけど、傭兵としてはプロのつもりよ?」
「……あっ。そうか。そうね、ごめんなさい」
「第一、戦闘技術云々ですごいって云うのは変よ。あなたたちだって、海底通路の巨大機械みたいなのと何度も戦ってるんでしょう?」
 しかも、星を喰おうとしてるジェノバとの戦いまで決意して。
 わたしからしてみれば、あんたたちのほうがよほど命知らずだわ。
 ――それこそ、うちの坊ちゃんみたいに――
 そう云おうとして、なんだか、不意に笑みがこぼれた。
?」
「失礼。どっちもどっちだったわね」
 くすくす、口元を押さえて笑いつづけるわたしを、ティファはきょとんとして見つめていた。
「……どっちもどっち、って?」
「どこの世界でも、世界を救おうなんてヤツは底なしの大莫迦しかいないんだ、って、今さらながら思い知っただけよ」
「…………」

 それって、誉めてるの?

 しばしの沈黙の後、ティファはそう云った。
 わたしは、
「もちろん」
 と、胸を張ってうなずいておいた。

 だって。
 本当に、どいつもこいつも莫迦ばかりなんだもの。



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08です。延々と続いてます。
憧れも願いも、進んでいくにはきっと必要で大切なんでしょう。
次、なんかいやんな感じに思わせぶりな人、出ます。