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CrossOver__12



 わたしたちの機嫌の急降下を察したクラウドとシドは、(主にクラウドがシドを引っ張り)早々に安全地帯へ避難していた。
 彼らが、青ざめた顔でこちらを伺っているなか。周囲をまるで煙幕のように覆っていた砂煙は、だんだんと色を薄くしていく。
 そうして、それが完全に晴れたとき、彼らは息を飲んだ。
 床に累々と転がる屍どもと、それを足蹴にしているわたしとティファ。
「……ふむな」
「やかましい! 早く逝けッ!!」
「このむっつりスケベッ!!」
 ささやかなルードの抵抗も、左右から蹴られていては無駄なこと。
 そんなわたしの腕をシドが、ティファの腕をクラウドが引っ張る。
「ふ……ふたりとも! とりあえず、そいつを滅するのは後にしろ! 今はヒュージマテリアだ!」
「……」
 ほほーう。わたしに指図するなんて、クラウドも偉くなったものだ。
 イヴァリースで記憶喪失になってチョコボ頭揺らして途方に暮れてた誰かの姿が一瞬かぶが、それは胸に留めておく。
 最後に一際大きな音をたててルードを蹴り飛ばし、クラウドたちに遅れること数秒で、わたしとティファもまた、ロケットに入り込んだ。
 そうして聞こえてきたのは、ちょっと信じられない会話。

「ロケットの調子はどうなんだ?」
「だいたいはOKだ」
「でも……」
「オートパイロット装置でロケットをメテオにぶつける計画なのに、肝心の装置が壊れてるんだよ」
「壊れてるだぁ? 修理はどうなってる?」
「シエラがやってるけど……」

 ちょっと待て。シド。
 何をノリノリで、ロケットの調子なんか技術者達と話し合ってるのよ?

 あまりに予想外な光景のため、思考停止の憂き目に陥ったわたしとティファの手前では、クラウドがぽかんと口を開けている。
 そんなこちらの様子は、見えているのかいないのか。
 両腕をぶんぶん振り回し、足で床を蹴り、シドはますますハッスルしていた。
「ケッ! あの女に任せてた日にゃ、100年経っても終わらねぇぜ!」
 あの女、というのは、“シエラ”という人物のことだろうか。
 話の流れからすると、その可能性がいちばん高そうではあるが。
 ホレホレ、と、シドはひとりの技術者の背を、わたしたちが入ってきた入り口側に押し出した。
「こいつはオレ様が動かしてやるから、オートパイロット装置なんてほっとけ!」
「ちょ……ちょっと待て、シド! どういうつもりだ!?」
 実に素直な技術者たちは、あっさりとロケットから退出した。どうやらシドは彼らに“艦長”と慕われてるようだから、その人望もあるんだろう。
 見慣れぬ服装のわたしがめずらしいのか、ちらちらと視線を向けながら。
 だが生憎、放心状態の続いていたわたしには、それに反応してやるだけの余裕もなくて。
 ようやっと思考のスイッチが入ったのは、同じく我に返ったクラウドが、シドに食ってかかったのとほぼ同時。
「そ、そうよ、シド!」
 はっ、と、こちらもクラウドの声で意識を取り戻したらしいティファが、あわててふたりに走り寄る。
「マテリアのなかには、古代種の知識と知恵が封じられてるのよ!?」
「その力を借りてこの星を救うためには、ヒュージマテリアを失うわけにいかないんだ、それは判ってるはずだろ!?」
 クラウドとティファの攻撃に、だが、シドは一寸たりともひるまない。
「おお、判ってるぜ!」
 マテリアが大切なものだってのも、おまえさんたちの考えもよ!
 ――と、鼻息荒く云ってのける始末。
「でもな」、
 その剣幕にふたりが息を飲んだのを見てか、シドは少し声のトーンを落とした。
「オレ様はよ、科学の力だろうが魔法の力だろうが、んなこたぁどうでもいいんだ」
 そう云ってすぐ、「いや」とかぶりを振り、
「……どっちかってえとオレ様は、科学の力にかけてみてえ」
「科学……」
 それは、イヴァリースでははるか昔に衰退したモノだ。
 歴史が必要としなかったのか、必要としすぎて滅びたか。
 つぶやいたわたしに目を向け、シドはさらに云いつのる。
「姐ちゃんは、空に憧れたことはねぇか?」
「……空?」
「おうよ」
 おそらく、それは誰もが一度は思うことだ。
 青く、青く。
 広く、遠く。
 澄み渡った、どこまでも広がる青い天蓋を。
 自由に飛び回る鳥たちの姿を、地べたの者たちは一度は羨望を込めて見上げるだろう。

 ――地上の枷を振りほどき、自由に風に乗れたなら。

 わたしの使うレビテトの魔法だって、その憧れが形になったものだ。
 低空も低空の浮遊が精一杯で、毒沼の回避に使うくらいがせいぜいだけど。

 ……こくり、と、うなずく。
「憧れは、あるわ」
「そうだ。そして、その憧れがこれで現実になる」
 地べたを這いずり回ってた人間が、空を飛べるようになった。
「ついには、空を通り抜けて宇宙まで行こうってんだ!」
 腕を大きく広げ、シドは告げる。
 瞳をきらきら輝かせ、それを何よりも誇らしく思っていることを、わたしたちに知らしめながら。
「科学は、人間が自らの手で生み出し育て上げた“力”だ」
 その科学が、この星を救うかも知れねえ。
「科学のおかげでメシを食ってきたオレ様にとってよ、これほど素晴らしいことはねえぜ!」
「しかし、シド……」
 それでも、クラウドは彼を思いとどまらせようとする。
 彼の懸念ももっともなものだ。
 メテオとは、古代種の残した究極の魔法だという。
 空に浮かぶ兇星。あれに比べれば、このロケットははるかに小さいという。
 そんな機械のカタマリをぶつけたところで、あれがどうにかなるのかというと――いくらヒュージマテリアが積んであるとはいえ、首を傾げざるを得ない。
 ……けれど。
 それでも、シドは云うのだ。
「しかしもかかしもねえ! 神羅がどうのこうのもあるか!!」
 オレ様はな、あとから、ああやっとけば良かった、なんて考えたくはねえんだよ!
 ぐいぐい、と、クラウドの背を押し出そうとしながら。
「さあ、ここはオレ様の仕事場だ! 関係ねぇおまえたちは、とっとと出て行きやがれ!!」
「シド……!」

 ――ゴゥン、

 腹に響く震動。
 ロケットが、大きく揺れた。



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