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登山日和 |
緊迫した空気が漂っていた。 宿の一室、円陣を組んで座るラムザたち。 詳しくメンバーを挙げるなら、ラムザ、ムスタディオ、アグリアス、ラッド、スールヤ、。 いずれも、この部隊の古株であり、実力者である。 その彼らが真剣な顔をして、額を寄せ合っている光景は、何があったのだろうと周りに不安を抱かせる。 実際、少し離れた場所で、先日めでたく部隊入りしたばかりのクラウドという青年が緊張した顔でそちらを伺っているのだから。 「じゃあ……やろうか」 「ええ」 「恨みっこなしだからな」 「……ああ。ずるはなしだぜ」 ラムザが拳を握りしめ、ぐ、と額に押し当てた。 それは何かに祈る仕草にも似ていて―― 「行くぞ!」 全員が身体に力を込めた。クラウドがごくりと喉を鳴らした。 「じゃーんけーん、ぽんっ!!」 どちくしょう。 手のひらをぐっと握りしめたまま、わたしはそれを睨みつけていた。 その周りでは、手を開いて出した全員が「やったあ!」だの「よっしゃあ!」だの大喜びである。 それが余計にわたしの機嫌を降下させてるってコトに、誰か気づけというのだ。 「というわけで、!」 にっこり満面の笑顔で、ラムザがわたしの肩を軽く叩く。 聞きたくない。 これからその口から発されるだろうとどめを、わたしはかなり聞きたくない。 だけど、最初からのルールなのだからしょうがないのだ、と、一生懸命自分を納得させてラムザを振り返った。 よっぽど怒りがもれだしてるのか、ラムザがちょっと怯えたように後ずさる。 が、いい加減度胸のついてきたこのごろ、坊ちゃんもさすがにこの程度では退かなくなっているのだ。 めでたいと喜ぶべきなのか。 そんなコトを考えている間にも、ラッドに押されてクラウドがわたしの前にやってきた。 記憶をなくしたと云っていた、しかも異世界からの来訪者。 いろいろと不安なのは判る。よーく判る・・・、が。 頼むからいい年こいた男性が、かつてのうちの坊みたいなカオするんじゃないってのよ。 「グルグ火山へのお宝探し権は、見事君に当たりました!」 ――早い話が、クラウドが火山の頂上に隠したとかのたまった武器を回収してこいというわけである。 準備に一日、移動に数日。 わたしとクラウドは、すでに火山の頂上付近までやってきていた。 他のメンバーは今ごろ、そこらの草原で魔物と楽しく戦闘中だろう。 あー、うらやましい。 なるたけ身軽にやりたいから、忍装束でやってきたのはちょっと正解だったかもしれない。 重装備の騎士や、ずるずるローブの魔法使いじゃ、この噴き出すマグマの熱で即席サウナが体験出来るからだ。 それだけは勘弁。 「ほらクラウド、そっち行ったらマグマが出る」 少し後ろをついてくる彼を振り返って、時折指示。 風水の技も習得したわたしにとって、地脈だの溶岩の流れだの読むのは簡単なこと。 だけど、クラウドはそうはいかない。 記憶がないせいもあるだろうが、この世界のことを知らないせいもあるだろうが、・・・なんていうか戦闘に連れて行けるタイプじゃない。 過去のラムザもそうだったから、この人も鍛えればいい線行くかもしれないんだけどね。 「っ、とと・・・」 「そこの足場からは、ここまで一気に跳んで」 「あ・・・ああ」 だから、火山に隠したという彼の武器の回収には、どうしても同行者が必要だったわけだ。 クラウド本人は、最初はひとりで行ってくるつもりだったらしいんだけど。 ……っていうか、なんでこんなおっかなびっくり進む人が、火山の頂上なんぞに隠してこれたんだろ。 ココに来る途中訊いてみたら、なんだかそのときは自分が自分じゃないみたいで、よく覚えていないというか、判らないんだそう。 しかし・・・ 歩き出しながら、再び振り返る。 進むたび歩くたび飛ぶたび、ぴこぴこ揺れる金髪が、どーしてもうちのボコ連想させてくれるんですけど。 思わず上に乗っちゃいたくなるんですけど。ダメかしら。・・・ダメだわな。 わたしがそんなコト考えているとはつゆ知らず、クラウドは足を止めてこちらを見ていた。 また、踏んじゃいけない場所があるとか思ったんだろう。 馬鹿正直でかわいいなあ、この人。 思わず顔をほころばせたわたしを、クラウドは不思議そうな顔で眺めている。 わたしも別に追求しようとはせずに、腕を伸ばして傍の岩場を指差した。 「少し休もうか?」 水筒を開け、持参してきた飲物を注いでクラウドに渡す。 彼が飲んでいるうちに、携帯食料を取り出して二人分に分ける。 返ってきた器を受け取って、今度は自分が飲む。空いた片手で、食料をクラウドの手に落としながら。 「しっかしまあ、えらく辺鄙なトコロに隠したものね」 あと僅かの場所まで迫った頂上に目をやって、わたしは小さく笑った。 クラウドの視線がこちらに向けられたのを感じたけれど、あえて彼のほうは見ないまま。 「・・・すまない」 「ああ、そういう意味で云ったんじゃないんだけど――何か火山に拘りでもあったのかと思っただけ」 「拘り?」 「何か記憶がなくても、ひっかかるモノがあったとか」 「・・・・・・」 ・・・・・・ ありゃ。黙りこくってしまわれた。 ちらりと横目でクラウドを見ると、彼は視線を足元に落として俯いていた。 「・・・火山……、いや、やま…………山だ」 「山?」 「……ニブルヘイムの山で・・・魔晄炉・・・・・・」 ぽつりぽつりと。 おそらくわたしに話しかけているわけではないんだろう、つぶやかれるそれは。 彼のいた世界と、なくした記憶と、何か関係があるんだろうか? 「あのとき・・・俺はセフィ……スと・・・ック……ソルジャー………いや、・・・ノバが・・・」 まるで謎かけ。 ただし絶対に、わたしには答えの判らない謎々。 彼が気のすむまで見ているつもりだったけれど、先にクラウドの方が、はっとしたようにわたしに目を向けてきた。 ・・・不思議な色の双眸。 海の青、空の蒼、湖の済んだ碧。 「すまない。俺、考え出すとすぐに周りを忘れるみたいだ」 「ああ、気にしないで。慣れてるし」 いつまでも覗いていたくなる眼から無理矢理視線をひっぺがし、笑ってみせた。 「うちのリーダーもそう。悩みだすとしばらく丸まってるから、這い上がってくるまで待つの」 「・・・そうなのか? そういうふうには・・・」 「チッチッチ(指振り)、最近は結構図太くなったけどね。昔なんかすごかったんだから」 即座に否定してみせると、蒼い眼がきょとんと丸くなって。 次に、こらえきれなくなったらしく、小さくふきだした。 「……いい人だな、あんた」 「そういうコト云われたの、初めてだわ」 「云わなくても、みんな判ってるんじゃないのか?」 「わたしの偉大さなら、周知の事実のはずだけど」 「偉大?」 「自慢じゃないけど、うちの部隊じゃラムザと1、2位を争う実力者よ」 そう云うと、ますますクラウドの笑みが深くなる。 もともと童顔ぽいけど、笑うとますます幼くなるね、この人。 そう――思って。 実際にそれを、クラウドに教えたらどんな顔するだろう、と、考えた刹那。 わたしたちは、同時に立ち上がった。 すぐに動けるようにまとめてた荷物を、投げるようにクラウドに押し付けた。 驚いた顔でこちらを見る彼に、ただ短く。 「ここまで来たからもう判るでしょ? さっさとあなたの武器、回収してきなさい!」 「だが、あんた一人じゃ――」 そうクラウドが云い終わるより先に、岩陰から、溶岩の中から、じわりと魔獣たちが姿を見せた。 かつてここで朽ち果てた戦士の亡骸に邪霊がとり憑いた奴。 炎を糧として生きる、自爆がやっかいなボム。 ざっと見たトコ、20匹を軽く越している。 「たしかにわたし一人じゃきついけど、素手の人間がいたって大して変わりはしないのよ」 額に魔力を集中させる。 魔力増強のアイテムをひとつも持ってこなかったことを、ちょっと後悔したけれど。 まずは牽制、ご挨拶。 『――氷の女王よ、我に力を!』 途端、それまでの熱気が嘘のように消し飛んだ。 わたしたちの頭上に姿を見せたシヴァが、圧倒的な冷気で場を凍えさせる。 「ほら行って!」 なかなか動こうとしないクラウドを、とうとう痺れを切らして蹴っ飛ばした。 「さっさと行って、多少は手伝えるよーになってから戻ってきなさいっ!!」 「わ・・・判った!」 やっと走り出したクラウド。それを追おうとした魔獣に一発水遁玉を投げ、ひきつける。 「あんたたちの相手はこっちよ!」 戦いだしてすぐに、ヤバイと思った。 熱と登山でそもそも体力が奪われていたのか、普段なら出来る動きが出来ない。 「っ!」 体当たりをかましてくるボムを、すんでのところで回避。 その勢いのまま、ボムはわたしの後ろにいたボーンスケルトンに突っ込んで、二匹一緒に水溜りならぬマグマ溜まりにダイビング。 ボムはすぐさま飛び上がってきたが、スケルトンの方は、たぶんアレでお釈迦だ。 これで通算、7匹目くらい。 残っているのはまだ10匹以上。なのに息が上がりだしている。 ・・・クラウドが戻るまで、持ちこたえられるだろうか? 自問の答えは、すぐに出た。 ザバアアアァァッ! さっき沈没したとばかり思ったスケルトンが、横のマグマ溜まりから突然姿を現す。 しまった、そう思うのと同時、からくりはすぐに判った。 力を失ったと見せかけて、溶岩の中を迂回してきたのだ。 そのまま朽ち果てた剣を腰だめに構え、真っ直ぐにわたしに突っ込んでくる。 「くッ……!?」 片方の刀で剣戟を防ぐ、あわよくば弾き飛ばしたかったけれど、そこまでの力は出なかった。 結果、わたしの足はそこに縫い付けられる。 しかもコイツと力勝負をするうちに、当然、横手から別の魔獣が向かってくる。 一匹ならまだしも、ざっと片手の指と同数。 ――いちかばちか。 この状態で、魔力がどれだけ引き出せるか判らないが―― 「!」 呪をつむごうとした瞬間だった。 初めて目にする、片刃の大剣――刃の付け根あたりの、あの穴はなんだろう――を高く構え、クラウドが頂上近くの岩場から文字通り『降ってきた』のである。 「凶斬り!」 雄叫びと同時に、その重たげな剣が信じられない素早さで振るわれ、『凶』という軌跡を描き。 次の瞬間、わたしに向かってきていた数匹のスケルトンが空中分解していた。 それを横目に、クラウドはきれいな姿勢でわたしの横に着地した。 そのまま、わたしを押さえ込んでいたスケルトンまでも斬り伏せる。 「・・・クラウド・・・」 「大丈夫かっがふう!?」 「そんな技使えるんなら云ってくれれば剣貸したのに何黙ってるのよこのたわけーーーーーー!!」 わたしの繰り出したアッパーは、クラウドの顎に見事クリティカルヒットしたのだった。 その後のアレイズで魔力使いきったのは、ある意味お約束。 「・・・ふーん、その剣じゃないと身体が動かないんだ?」 無事に火山から帰り、待ち合わせ場所でラムザたちと合流した夜。 いつものように酒場の一角に陣取って、わたしたちはちょっと遅めの食事をとっていた。 余談だが、ラムザは相も変わらず酒場にいるってのにミルクしか頼みやしない。 いつもアルコールを勧めてはみるのだけど、のらりくらりと逃げられる始末で。 そのうち飲ませてやろうと、パーティ内でひそかに組合が結成されていることを、彼は果たして知っているのか。 「ああ。他の……あんたのそのルーンブレイドも、いい剣だっていうのは判るんだが、どうも、これじゃないとだめみたいだ」 しげしげと剣を眺めるラムザに、クラウドが親切に解説している。 ……顎を撫でながら。 「――で、それを知らなかったおまえが、彼をぶっ飛ばしたわけか」 「・・・姐さん云わないで」 「ああ、きれいにぶっ飛ばされたよ。川の向こうの花畑が見えたくらいだ」 「クラウドも云わないでー」 すでに部屋に荷物を置いてきた気楽さからか、アグリアスは楽な格好。剣を携えてはいるけれど。 天井近くにつけられたランプの明りが、彼女の下ろした金髪を、きらきらと彩っている。 きりっとしたその眉宇をわたしに向けて、アグリアスは半眼の呆れ顔をつくってみせた。 「『姐さん』はやめろと云ってるだろう」 「えー?」 「えー、じゃない。私はおまえの姉になった覚えはないぞ。杯を交わした覚えもない」 「じゃあ今やろう?」 「他の呼び方を考えれば、それで丸くおさまるだろうが」 「『あぐりん』とかどうだ?」 のしっ、と、頭に重み。 腕を組んで乗っかってきたのは、どうやらほどよく出来上がったらしいムスタディオ。 その彼の鼻先に、アグリアスの愛剣がズビシと突きつけられる。 「そうかならば感謝をこめて聖光爆裂破をお見舞いしてやろう」 「姐さん棒読みだぜー」 ちなみに↑はわたしじゃなく、少し離れた場所で大食いに挑戦していたラッドだった。 大盛りカレーを5杯食べればタダ、という奴なのだけど、すでにその5杯を突破して6杯目も片付こうというトコロ。 あ、マスターが青ざめてる。 というか、けっこう細身の身体のどこに、あれだけの量が入るのか謎だ。 「だから姐さんはやめろと云っている!」 で、アグリアスは律儀にそれに反応する。 そんなだから、みんなにからかわれるんだぞ。 ……まあ、騎士として真っ直ぐに進んできた彼女が世間ズレしてたら、それはそれで嫌だけどもさ。 「あっ、そうだ!」 ぽん、と、手を叩いてラムザが云った。 今まさにラッドを斬り捨てようとしていたアグリアス含め、全員が彼に注目する。 「今度から、みんなお互いに愛称をつけてそれで呼び合うっていうのはどうかな?」 「じゃ、ラムザはラムね。ほら、う○星奴らの世界に帰りなさい」 「うわっ、スールヤ冷たい!」 「元気でな、ラムザ。いや、ラムちゃん」 「あーのー、僕リーダーなんですけどー?」 「おや? そうだったっけー?」 「〜、みんながいじめるよー」 たったかたっ、がば。 あんた本気で年を考えろ。 と云いたくなった口を、なんとか押さえ込んで、云ったのは別のコト。 「わたしとクラウドだけでグルグ火山に行かせた采配ミスの、報いだと思いなさい」 にっこり。 「うっ・・・」 がーん。 ショックを受けてるラムザの顔がおもしろくて、追い打ちをかけようと思ったけどやめた。 横で一生懸命笑いをかみ殺そうとしているクラウドが、目に入ったから。 殆ど日常茶飯事であるこのやりとりの、何が楽しいのだろうと思って見たら、彼は半分涙目になりながらこう云ったのだった。 「あんたたち、・・・・・・面白いな」 その口調があんまりしみじみしてたので、わたしたちは彼をどつくコトが出来なかったのである。 その代わり、 翌日からの旅で魔獣に遭遇するたび、駆り出されるクラウドの姿があったけれど。 デュライ白書には記されていない、これが剣に刻まれた物語の一幕であり、真実である。 記されなくて良かった、切実に。 |
なんか、結構おばかさんなお話でゴメンナサイ。 |