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ほんの、自己満足だけど |
泣いている。・・・哭いている? ・・・ないている 無残に殺された人たちの魂が、まだ地上に留まって ……泣いてる 「あれ? は?」 リオファネス城にて、魔人ベリアスと交戦し、某公爵と戦い、聖石の力でマラークが生き返り・・・ そんな一日のあとようやく、城下町の、裏町に近い宿屋で休息していたとき。 食事時になっても姿の見えないを不思議に思ったか、ムスタディオがラムザに問いかけた。 「・・・?」 ラムザよりも先に、マラークが首を傾げる。 「兄さん。あの、とても強い白魔道士の人よ」 「――ああ。彼女か」 背後から一撃され、あやうく昇天しかけた思い出のあるマラークが、ちょっと身を震わせる。 世界広しと云えど、一撃で人を逝かせかける白魔道士など、そうそうおるまい。 もっとも、単に白魔道士のローブを被っていた本業風水士・というオチがあるのだが。 とりあえずラファのことばを肯定しておいて、ラムザは外を指差した。 リオファネス城のある方角。 「……あとで追いつく、って」 「おいおい・・・一人でおいてきたのか?」 ムスタディオのことばに、ラムザはちょっと苦笑した。 「一人にしないと、そのへんで彫像にして三日三晩雨風にさらすって云われたし」 どういう仲間だ、と、新米メンバー兄妹の視線が集まったが、賢明なことに、誰もがしれっと視線をそらしたのである。 ……泣いている。 泣きつづけている。 「・・・うるさいわよ、もう」 城の要所要所に、白魔法の力を増加させると云われる白水晶を置きながら、わたしは云った。 しつっこく泣く声が、城のそこかしこから多重放送。 死にたくなかった、 怖かった、 どうしてこんな目に。 痛いイタイ痛い怖い怖い怖い―― 最初のうちこそひとつひとつ応えてみたけれど、あまりの多さに、結局わたしは痺れを切らしたのである。 それなら、最初からこんな城に戻らなければ良いのだけれど。 ・・・それではあまりにも、彼らが哀れすぎた。 同情なんてしているつもりではない。……これはわたしの自己満足だ。 「……第一、ほっといたらこの城、思いっきし怪談スポットになるじゃないのよ……」 血はべたべた、死体はどっさり、彷徨う霊たっぷり。 それが城のあっちこっちに。 いくらなんでも、こんな凄惨な場所、掃除しにくる奇特な人間はいないだろうな・・・ 気を紛らすために、いろいろ考えながら、わたしは水晶を置いていく。 そのときだ。 ――つと、誰かが寄り添ってくる気配がした。 知っているような、知らないような。 街中で顔を見た程度の、そんな程度の――いや。 戦いのなかだ。刃を交えた。この気配の持ち主と、たしか。 「・・・イズルード・・・?」 振り返れば、ゆらゆらと揺らめく、蜃気楼のようなモノが在った。 わたしがそれと認めたせいだろうか。 蜃気楼は、数度だけ対峙した、神殿騎士の男の姿をとる。 背後の景色が透き通るほど、淡い存在。 『――【】?』 まさか、彼がわたしの名前を知っているとは思わなかったから、正直、かなり驚いた。 ふと気づけば、少し離れた場所に彼の遺体があった。 そこらに倒れている他の騎士達と同じように、血だらけで。 だけども、他の遺体よりはまだ、綺麗な状態で残っている。 彼の胸に手を置いてあげたのは、誰だろう? ――殺した本人ではあるまいが。 『・・・ラムザの妹・・・』 わたしの疑問が伝わったのか、幼児のようなたどたどしい口調で、イズルードが教えてくれる。 ――大したものだ。 他の霊たちはもはや、生前の自分のカタチさえ忘れてしまっているのに。 このひとは、はっきりと確りと――まだ、【自分】を覚えている。 ……大した、剛さだ。 感心しているうちに、つい、と、イズルードが動く。 『・・・ここで、・・・あいつが彼女を』 「さらったのね?」 こくり。 眠りについてすぐ、おぞましい感覚に襲われて気づいたときには、イズルードは肉体を離れていたらしい。 目の前には、異形と化して城中の人間を殺し尽くしたヴォルマルフと、アルマの気配があって。 何かが反応しあっているような、そんな力の動きのあと。 最初のうちこそアルマを殺すつもりだったらしいヴォルマルフは、どう気が変わったのか、彼女を攫ったのだそうだ。 「……ちょっと待って。気配、って」 貴方、目が? 問えば、やはりイズルードは頷いた。 霊となったのだから、肉体の目に縛られる必要はないわけだが。 強く生前の姿を保つ、これが弊害なのだろうか。 さて困った。 傷ならケアルで治るが、今のイズルードは一種のアンデッドだ。 そんな彼に回復系の魔法なんぞかけたら、一発で昇天させてしまうことにならないだろうか。 『遠慮する』 察したらしいイズルードが、ちょっと怯えた様子で後ずさる。 やっぱり、そういうのに敏感になるものなんでしょうかね。 苦笑して、イズルードが戻ってくるのを待った。 おそるおそる近づいた彼は、わたしに実力行使の意思がないことに気づいたらしい。 安堵した様子で、再び、至近まで寄ってくる。 「それにしても、よく、わたしの名前知ってたわね?」 『……異端者ラムザは当然……仲間たちも、判る分には人相書きがまわっていたからな』 さっきに比べれば、喋りが流暢である。 「あーなるほどね・・・わたしも異端者か・・・」 まあ、いいけど。 もともと、そんな熱心なグレバドス教徒じゃなかったし。 ため息ついて、水晶をまたひとつ。 『【】』 「なに?」 どうでもいいけど、その、いちいち確認するようなアクセントのつけかたをどうにか出来ないもんだろうか。 『ラムザたちが話していたことは、ほぼ、正鵠を射ている』 「まあ、あの状況じゃそれ以外考え様がないしねぇ」 『……ヴォルマルフは、すでに人間ではない。相対するときには、用心してくれ』 「ありがとう。伝えておく」 また、水晶をひとつ。 これが最後。 どっかの銀髪公爵と戦った、屋根の上。 やってきたときにはまだそこそこに高かった太陽は、もはや地平線の彼方に姿を消そうとしている。 薄暗くなりだした空に、星がちらほらと瞬き始める。 「それにしても、あんたも大概律儀ね。ラムザたちが戻ってくるかどうか、判らなかったのに」 もし誰も戻ってこなかったら、伝えようって頑張って居残ってた分損じゃない。 『おまえは、きっと来ると思った』 「……どういう意味よ。わたしは好き好んで心霊スポットに出入するよーな暇人じゃないわよ」 ・・・幽霊のくせに笑うな、そこ。 透けた身体を軽く折り曲げて、イズルードは腹のあたりをおさえていた。 こうしていると、透け透け状態である以外、本当に普通の人間だ。 『俺がそう思っただけだ……実際、来たじゃないか』 「・・・イズルード。貴方、なんだかかなりその状態に慣れて来てない?」 『それは……おまえがきたからな』 は? 目を点にしたわたしの手に、触れられようのない手を添えて。 にこりと、イズルードは笑った。 『ありがとう』 「……どういたしまして」 かなり間抜けなその返答に、だけど、イズルードは笑ったりしなかった。 ただ、頬に添えられた手のひらと、寄せられた唇を、彼は実体がないはずなのに、暖かいと思ってしまっただけ。 星は、自分の寿命の際に、それまでからは信じられないほどの光と熱を放出するそうだ。 最期の輝きとして。 イズルードも、そんなふうだったのだろうか。 普通にわたしと話していたようにして、それでも、必死に己を保とうとしていたのかもしれない。 ともすれば飲み込まれかねない、他の霊たちと同じような怨嗟の意識と、戦っていたのかもしれない。 ……彼が消えてしまった今、その答えはもはや得られないけれど。 イズルードと話している間は気にならなかった亡霊たちの声が、また大きくなってきた。 これから夜の帳が下りる。 闇に属する者たちが、力をつけ始める時間だ。 その前に、出来れば事を終わらせたい。 足を軽く開いて、その場に立つ。 手はそのまま下にたらして、顔を少し持ち上げた。 吹き抜けていく風が髪をまきあげるけれど、あまり気にならなかった。 そうして。 「穢れなき天空の光、絶対なる真理の輝き――血に塗れし地上を照らし出せ。凄烈なる意志もちて、灼き清めろ!」 「・・・おかえり」 待ち合わせしていた宿に行くと、ラムザが入り口の傍の樽に座っていて。 開口一番、そう云った。 「ただいま」 良い子で待ってた? 云ってやると、意外にもラムザは素直に頷いたが。 ……ウソつけ。 目の下にクマが出来ている。寝ないで待ってたなこの坊ちゃん。 「出発、明日にする?」 デコピンして横を通り過ぎたら、ラムザの問い。 「リーダーがそれでいいなら、わたしはありがたいけど」 「うん。じゃあ話してくる」 こっくり頷いて、ラムザは1階の酒場の方へと歩き出した。 わたしは、外の階段を上って部屋に直行して倒れこむ予定である。 ――と。 早朝の散歩らしい夫婦が、道を歩いてきた。 会話が弾んでいるらしく、わたしたちに気づかぬまま、通り過ぎようとする。 「ねえ、知ってる? リオファネス城で昨夜、白い焔が燃えていたらしいわよ」 「え? 化け物のことじゃなくてかい?」 「そうなの。もう誰も彼もいないはずなのに、何があったのかしらね?」 「何があったのだろうね?」 「・・・・・・」 「自己満足よ」 云って、わたしは階段を上った。 たぶん、血まみれのリオファネス城の夢だけは見ないだろうと思いながら。 |
第3章終盤、リオファネス城の戦いのあと。 イズルードがお気に入りです。出番少ないくせに印象強くて、尚且つ不憫で(コラ) どちらかというと書いた人間の自己満足っぽい印象が強かったりしますが。 唱えてた呪文は、えぇと・・・ホーリーの強化版って感じでしょうか!(まて) |