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大好きな金色 |
目を、奪われたんだ。 その剣の強さとか、またたく間に敵を無力化した戦術の高等さとか。 そういったもの――よりも、ずっと。 目を奪われたんだよ。 その、きれいで強い燈金色の眼に。 「どうしてラムザの部隊に入ったかって?」 ライオネル城で化け物になった枢機卿をどついたあと、しばし養生していた街の片隅、小さな酒場。 他愛ない世間話のなかで、ふと話題になったのは。 どうして、はラムザの部隊に入ったのかということ。 「スールヤは判るんだよな、士官学校で同部隊だったんだろ?」 「うん、そうよ」 「ラッドはガフガリオンの所で一緒になって」 「ああ」 「アグリアスは、言わずもがな」 「そうだな」 指差し指差し確認するムスタディオのことばに、全員、いちいち律儀に頷いている。 「で。は傭兵だったんだろ? どんな縁で部隊に入ったんだ?」 「どんなって・・・雇われたんだけど。1400ギルで」 「安ッ!?」 儲け話のひとつもこなせば稼げる額に、ムスタディオは驚愕したように後ずさる。 ・・・当時の士官候補生の身分からすれば、充分大金だったんだけど。 そう云おうとした僕を、がちらと見た。 「自分の腕に惚れてもらえれば、傭兵としては嬉しいじゃない?」 すぐにムスタディオに振り返り、はそう云った。 こちらから表情は見えないけど、きっと笑うなりしてるんだろう。 「あ、そうよねぇ。一応縁っていうのはあるかもね。なんたって斡旋所経由じゃないし」 唯一当時を知っているスールヤが、ぽん、と手を打って云った。 「斡旋所ではないなら、どこで知り合ったのだ?」 不思議に思ったらしく、アグリアスまでもが身を乗り出してきた。 そういえばラッドにも話したことはないなと思っていたら、彼も興味津々で僕らを見ている。 そんなに、珍しい出逢いってわけじゃないんだけどなあ…… さて、どう話したものだろう。 砂ネズミの穴倉に、エルムドア公爵救出のため向かう途中だった。 ――砂丘の先に人影が幾つか見えたのは。 「おい、何だあれ?」 アルガスが最初にそれを見つけ、僕らを促して。 照りつける太陽の下、ざっと両手の指くらいの数の人間が、たったひとりを取り囲んでいる構図が見えた。 砂漠の横断中だろうに、囲まれているひとりは白いローブをすっぽりかぶっていて、表情は見えない。 逆に囲んでいる側は、薄汚れた皮鎧や下卑た笑いもはっきりと、その人に向かって何事か云っていて。 さすがに知らぬ振りも出来ず、渋るアルガスを引っ張って、僕たちはとりあえず近くまで行ってみることにしたのだ。 そろそろ、声が聞こえるかという位置まで近づいたとき。 「・・・ローブを脱げばいいわけ?」 聞こえたのは、女の人の声。 内容から察するに、囲まれた側の人だ。 ……盗賊十人近くに対して、女性ひとり!? 反射的に駆け出そうとした僕を、ディリータが横から羽交い絞めにする。 「ディリータ……ッ!?」 「しッ」 不本意ながらも、腰を落として、砂丘の陰から頭だけを覗かせる。 野盗もその人も目の前にだけ集中していて、観客には気づいていないようだ。 会話は続けられている。 「――ふう」 わざとらしいため息が、僕たちのところまで届いた。 小さく首を振って、その人は奴等の浴びせかける野次のなか、ローブを取り去る。 砂漠の風に煽られて、ふわり、と、束ねられた髪が露になった。 茶色――焦げ茶――黒? 太陽の光を反射して、その髪はところどころ色が違った。 ふたつにわけて、前の方でゆるやかに束ねられた髪の奥にある双眸は。金色? ローブのなかはこげ茶色の服。動きやすそうな、身体にぴったりした。 腰には長剣を佩いている。 ぱっと見は白魔道士かとも思える彼女の、その姿に、野盗たちも一瞬驚いたようだった。 だけど、彼らはすぐに気を取り直したらしく、下卑た笑みを再び浮かべる。 「いい身体してんじゃねーか、姉ちゃん」 「捕まえて売り飛ばす前に、俺たちも楽しませろよ?」 じり。 狭まる包囲。 「ディリータ!」 「いいから見てろ!」 今度こそ、と飛び出そうとしても、ディリータの腕はゆるまない。 「……落ち着いて、よく見ろよ」 どこか斜に構えたような話し方をするアルガスが、珍しく、真摯な声でそう云った。 むしろそれに驚いて、僕は改めて彼女の方を見る。 バサバサ、と、手に抱えたローブが風に揺れて、茶色の砂漠と青い空の間に白いカーテンのようだった。 その反対側の手が、腰の長剣の柄に触れる。 野盗たちは、抵抗しても無駄だぜ、などと云っているようだった。 「――やかましい」 凛、とした声が耳を打った。 「さっきから聞いていれば、売るだの犯すだのバラすだの。そんな狂言に素直に従うわけないでしょうが」 「へへっ、強がる姿もかわいいねぇ」 「まあ仲良くしようぜ?」 「どうせ敵わねぇんだし、大人しくしたほうが身のためだぞ」 ――強がる? そんなことはない。 直感的にそう思った。 「あら、お生憎様」 彼女は―― 「わたし、強いわよ?」 どちらが先に仕掛けたかは知れない。同時だったかもしれない。 唐突に始まったその戦いは、僕らを釘付けにするのに充分だった。 バン! と、彼女が砂に手をついた。 「吹き荒れろ!!」 それと同時に、砂が無数に舞い上がり、つぶてとなって野盗たちに襲いかかる。 目をつぶされるばかりでなく、相当な勢いだろう砂粒は、服や皮膚さえも切り裂いたようだ。 「五人!」 それだけで、一気に野盗たちの戦力は半減した。 うめく仲間たちを乗り越えて、激昂した五人が向かう、が。 「がっ……!?」 「六人!」 剣の腹を相手の手に叩きつけ、取り落とさせる。 その腹部に膝を見舞い、無力化。 そのまま返す刃で後ろから迫った敵を払いのけ、ローブを巻きつけた拳を叩きつける。 ――七人目。 八人目は、下から伸び上がるようにして出された掌底突で脳震盪を起こしたらしく気絶。 九人目は相当腕が立ったようだが、結局、彼女の剣技の前に膝をついた。 そして。 敵わないと悟ったらしい十人目――おそらく頭目だろう男が、九人目を退けた彼女の後ろから肉迫する! 「後ろ!!」 身を起こして、叫んだ――よりも。 彼女の方が早かった。 つい、と身体をずらし、髪の毛数本犠牲にしただけで、彼女は凶刃から逃れる。 そのまま跳んで距離をとり、再び突っ込もうとした頭目に切っ先を突きつけた。 「逃げたら? 今なら見逃すわよ」 「やっ……やかましい!!」 そこで素直に従うようなら、野盗などになっていないだろう。 そのとおり、一度は衰えたはずの勢いを復帰させ、いやそれ以上の気迫で、頭目は彼女に迫る。 大の男が女に負けるわけにはいかない――彼が憤ったのはそんなところだろう。 が。 そんなしょうもないプライドは、彼女の敵ではなかったらしい。 しょうがないわね、とつぶやいて、彼女は大きく跳び退る。 それを、頭目は恐れをなしたととったらしい。 ……冷静に考えれば、1人で9人も倒してのけた彼女がそんなことになるはずないと判っただろうに。 砂漠をゆく風に乗って、詠唱が聞こえる。 それは、僕の初めて聞く呪文だった。 「――穢れなき天空の光よ、血に塗れし地上を照らし出せ――!」 頭目の目の前を、純白に輝く火柱が灼いた。 へっぴり腰で逃げていった頭目の鼻先を焦がしたあの炎の正体は、白魔法唯一にして最強の攻撃呪文『ホーリー』なのだということを聞いたのは、もう少しあとになってからだった。 「ありがと、助かった」 砂丘の影から姿を見せた僕らに、彼女はにっこり笑いかけてくれた。 野盗を殴ったローブを再び羽織る気はないのか、小脇に抱えたそのままで。 「いえ、僕たちは何も……」 「女だてらに一人旅などしているから野盗に――げふッ」 「お見事です。感服しました」 手を振って否定する僕の横でアルガスをどついたディリータが、軽く頭を下げる。 「そう? ありがとう」 彼女はそれを聞いて、少し照れたように笑った。 ……あ。かわいい。 戦いのときの鋭さとはまた違う、ちょっと丸っこい目を細めて。口の端を少し持ち上げて。 そして、正面から見て初めて気づく。 単純に金色だと思っていたその双眸は、少し朱のかかった燈金色。 「砂漠を越えるの? 気をつけてね、最近物騒だから」 「はい。お心遣い感謝します」 「やだなぁ、そんなにかしこまらなくてもいいわよ」 「しかし、名のある方とお見受けしましたが……」 ぱたぱたと手を振って笑う彼女に、ディリータも少し気を抜かれたようだった。 それでも、何か云いたげなアルガスを抑えることは忘れない。 「そんなんじゃないわ。単に、生きていくのに必要だから修めただけ。今みたいなこともあるしね」 「あの……貴方のお名前は?」 「なまえ?」 まさかそんなこと訊かれるとは思わなかったに違いない。 丸い目をきょとんとさせて、数度またたきして。 それから、もう一度、彼女は微笑んだ。 「よ。・」 「ありがとうございます。俺は――」 「あ、いいからいいから」 云って。 彼女は身を翻す。 「じゃあね。縁があったらどこかで逢いましょ」 「さんは、どちらに!?」 すでに歩き出したその人に、半ば叫ぶように問いかけた。 燈金色の眼は、もうこっちを見なかったけれど、は片手を持ち上げてそれに応える。 「ドーターよ。戦争が近いから、傭兵の登録しにいくの」 それじゃ、今度こそさよなら。 青い空と茶色い砂漠の間に、白いローブが翻る。 濃い茶色の髪が、風になぶられてふわりと浮かび上がっていた。 「――で、そのあとを追っかけて、ドーターの斡旋所でとっ捕まえたのよ。ラムザってば」 砂漠を短期間にほぼニ往復して、あたしたちなんか死にかけたってぇのに。 「うっわ。すげぇ」 死にかけたことに対してか、それとも別の何かに対してか。 とにかく感心したようなムスタディオの声。 「……ラムザ……おまえ以外と根性あるのな」 ラッドが少し疲れているようだ。どうしたんだろう? 「……傭兵として、このような事態はどうなんだ?」 複雑怪奇な顔で、アグリアスがに問うている。 は、やっぱり小さく笑ってそれに答える。 「死ヌほどびっくりしたわね。ベオルブさんちの末弟ってのもそうだったけど、まさか引き返してまで雇おうとする人がいるなんて思わなかったし」 「で、1400ギル? 一目惚れした相手に安すぎねぇ?」 「いや、それがねぇ」 士官候補生つーても、早い話ただの学生じゃない。 1400ギルって、あのときのラムザたちの全財産だったらしいわよ? 一部アルガスの懐からくすねたことを、は知らないらしい。 楽しそうにそう云っているに、ほう、と感嘆混じりの視線が集まる。 「そりゃラムザ、大正解だったな」 ムスタディオが、腕組みしてうんうんと頷いた。 「うん。ちょうど部隊人数に不安が出てたのも、背中押した感じかな。……ベオルブの兵持ち出すわけにいかなかったから」 「との出逢いは、まさに、渡りに船?」 「云えてる。なにせなしじゃこの部隊、半分くらい立ち行かないだろ?」 「そうねー勝てないわけじゃないけど、苦戦しちゃうわね」 いつの間にか、話の内容は集団戦闘の心得だの修めるべき技術だの、そんなものに変わっていた。 別に口をさしはさむ問題でもないので、僕はそのまま彼らを眺める。 ――いちばん目が行ってしまうのはやっぱり、燈金色の眼の持ち主。 戦力になるから、とか。 部隊の増強、とか。 勿体つけたそういった理由――よりも、ずっと。 目を、奪われたんだ。 その、きれいで強い燈金色の眼。 じっと見ていたら気づかれたらしく、その双眸がこちらを見ていた。 慌てて視線をそらそうとしたけれど、それじゃ余計にわざとらしい。 どうしようかなと迷っていたら。 「ラムザ」 凛、とした、あのときと変わらない声で。 細めた、燈金色のまなざしで。 が、僕の名前を呼んだ。 「ついでだから、これからどうするか話し合いましょ」 なにせ、枢機卿殺しちゃったから、下手な場所には行けないしね。 「あ、うん」 頷いて。 手招きに従って、傍に行った。――きれいで大好きな金色の傍に。 |
ゲーム中あきらかに起こりえないことですが、まあいっかと(笑) ひたすらに強い、っていうのが基本設定なので。 ラムザをびしばし鍛えてやる、漢気あふれたお姐さん(どうなんだそれは) 趣向を変えて、ラムザの一人称でした。意外に書き易かったっす。 |