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オロカモノわんこ |
「オロカモノ」 ぺしっとラムザの頭を叩いたら、お坊ちゃんはやっぱり涙目になって、うらめしげにわたしを睨む。 ・・・オロカモノだから、オロカモノと云ったのよ。 その筋では有名な、ガフ・ガフガリオン(洒落で息子の名をつけたのか、両親よ)の傭兵部隊に入って、何ヶ月か過ぎた。 一時期は相当暗かったラムザも、少しずつ笑顔を見せるようになり、わたしたちはほっと一安心。 結局、ジークデン砦でバラバラになった仲間たちの一部とは再会出来ていないけど、なんとか逃げ延びて、元気でやっていると信じたい。 そんなこんなしつつ戦いの日々を送っていた、ある日のコトだった。 「はっはははは! そいつァ、が正しいぜ」 あまり積極的に表情を見せないラムザが、やけに子供のようなカオをしたのが面白かったんだろう。 食べかけの肉を振りまわし、ガフガリオンは豪快に笑う。 「……貴方までそういうことを云うのか?」 「いやあ。俺もさすがにに一票だな」 「ラッドまで……」 「ちなみにあたしもね」 スールヤとラッドが、それぞれ手を挙げて云った時点で、ラムザはその場に突っ伏した。 わたしたちは今、どこぞのお貴族様の愛娘を助けるべく、現在、少人数で作戦に入っている。 ここは、その移動中の野営だ。 ペースを落とさずに進むなら、一両日中には目的地に辿り着けるだろう。 ・・・目的地には、ちょっとした嫌な思い出もからむのだが、仕事なら仕方あるまい。 魔法都市ガリランドから北に2日ほど進んだ場所に、そこはある。 おそらく今も、一件の風車小屋が、そこにはあることだろう。 ガリランドからジークデン砦に向かう途中の街道沿いの風車小屋。 かつて、ラムザの親友の、ディリータの妹・ティータが誘拐されたとき、わたしたちが乗り込んだ場所なのだ。 別に、小屋自体に思い入れはない。 その先にあるジークデン砦のコトを考えると、気が重くなるだけだ。 ティータが死に、ラムザが親友を失い、歩くはずだった道が瓦解したその場所。 まったく、皆して…… そうブツブツ云いながら、ラムザはほどよく暖まったミルクを手に取った。 「けれど、娘を無傷で取り返さなければいけないんだろう? 僕が囮になって時間を稼ぐから、みんながその隙に後ろからっていうのは、そんなにおかしいかな?」 「案自体は悪くねェがな……ラムザ、おまえに交渉が任せられると思うか?」 「……それはどういう意味だ?」 「いや、あんたのこったから、真正面から『娘を返せ』とか乗り込みそうでコワイのよ」 「他に云うべきことはないだろう?」 「オロカモノ」 べしぃ。 普段より威力5割増のデコピンで、ラムザはあやうくミルクを取り落としかけた。 ガフガリオンからタッチの差で奪った、たき火で焼いていた肉を振って冷ましつつ、 「そーんなコト云ったら、娘を人質に使われて逃げられるのがオチよ」 「そうそう。ココはやっぱり、探りを入れつつ時間稼ぎだよな」 だから囮案自体は悪くないんだけど、人事面でボツ。 「ま、そーいうコトだな。おまえはオレたちと一緒に後ろからもぐりこめ。で、肝心の囮だが……」 「わたしがやりましょ。隊長殿」 「そうだな。に任せるか。しっかり頼ンだぞ」 「待ってくれ、女性のに任せるくらいなら、僕が行――」 「「「オロカモノ」」」 ラムザ以外の全員の合唱になった。当たり前だ。 女性は女性ってだけで、かなり男性と区別される。この時代からすれば、当然の反応だろうけど。 蔑視されると云ったほうが正しいか。 女のくせに、女如きが。 そんなコトバもたまに聞く。 アグリアスとかいう女性が騎士となった最近は、そんな風潮も見直されはじめてるようだが、長い間のそれは、まだ根強い。 ちょっと見識のある人間のならまだしも、貴族の娘を人質にとって金銭要求するような阿呆どもは云うに及ばずだろう。 男とは云っても実力主義のガフガリオンや、元々そういう偏見がなかったラムザたちは別だけどね。 ――故に。 「あの・・・すみません」 動きづらい白いローブに身をまとい、髪型もかわいらしく結い上げて。 見た目、完璧に無害な白魔道士になりすましたわたしは、何も知らない旅人を装って、風車小屋の戸を叩いた。 中の会話を聞きつつ、待つことしばし。 騎士団が娘の奪回にきたのじゃないかとか出ているが、結局、女の一人旅だろうってコトに落ち着いたらしい。 少し乱暴に扉が開けられ、無精ひげ生えまくりな男が顔を出した。 無遠慮に男はわたしを眺め、 「お嬢さん、こんな山道でどうしたんですか?」 ――親切な木こりでも装ってるつもりか。 うっすら開かれた戸の奥に、いくつかの人影。 薄暗くてよく見えないけれど、片手の指ほどはいるだろう。 娘の姿までは確認出来ないのが、少々惜しい。 ざっとそれだけを見てとって、わたしは見知らぬ人に警戒しつつ、助けを求める表情をつくってみる。 うまくいったかどうかは、あとで外野から感想でももらうことにしよう。 「あの……ガリランドからイグーロス城のお師匠に、お届けものをしに行く途中なんですけど……」 街道の途中でモンスターに襲われ、無我夢中で走っていたら山道に入り込んでしまった。 一昼夜歩いたけれど街道には戻れず、どうしようかと思っていたら小屋があったのでやってきた。 昨日のうちにガフガリオンたちとたてた筋書きだ。 このまま信用して、中に入れてもらえれば娘の安否も確かめられるが、さて? 慣れない女の子ぶりっ子に、我ながら寒気を覚えつつ、わたしは彼らの反応を待った。 ・・・が。 世の中、そうそう計画どおりに行くもんなら、誰も苦労はしないということである。 一人は戸口でわたしを舐めまわすように見て、他の男たちはこちらに背を向け、なにやら話していた。 シルフがこっそり中継してくれる話の内容は、どんどんヤバくなるばかり。 曰く、見目がいいからどこかに売り払おうとか。 曰く、身代金より娘とセットにして売れば、より儲かるんじゃないかとか。 曰く、その前に自分たちで頂いてしまおうとか。 ……いつぞや叩き潰した、骸旅団のほうがまだマシだ。 ぼんやりとそんなことを考えているうちに、彼らの話はまとまったらしい。 向こう側にいた男の一人が歩いてきて、わたしの腕をつかんだ。 反射的に振り払おうとしたけれど、まあ、並の女性なら、まず男性には力では抵抗出来まい。 手加減しているとも知らず、男は幾分楽しそうに、わたしに顔を近づけた。……息が酒臭い。 「俺たちが、人里まで連れて行ってやるよ」 「人は人でも、人買いどものいる里だがな?」 ひゃっひゃひゃっ、と、下卑た笑い声が耳を打つ。 ここにきて、遅いとか云われそうだけど、わたしも少し焦り始めていた。 ・・・出来れば、こんな外で正体ばらさずに、さっさと中に入れてほしいんだけど。 このままじゃ、中に入るわけにいかないし、旅人として考えるならこんな状況になった場合、さっさと逃げ出そうとするはずだ。 それよりなにより。 こんな会話、近くに潜んでいるはずのお坊ちゃんが聞いたら―― そう、思ったときだ。 「いい加減にを放せ! この悪党ども!!」 「バカかテメエ―――!!」 ザザアァッ! と葉っぱを撒き散らしつつ、ラムザ(前者の叫び)とガフガリオン(後者の叫び)がわいて出た。 「……やっちゃった……」 わたしは、頭をおさえてうめいた。 それからあとは、ほとんどなしくずし状態だ。 腕を掴んでいた男を投げ飛ばし、小屋に転がり込み。 適当に飛び込んだ部屋にいた娘を、どうにかこうにか保護して。 勿論その間は娘の護衛に力を尽くさなければいけないわけだから、誘拐犯たちを相手にしているガフガリオンらの手助けは出来ない。 ・・・まあ、無理に手助けする必要もなかったかもしれないが。 「一人やけに張り切ってるのがいるけど、バーサクられてるわけじゃないんで、怖がらなくていいからね」 「……そ、そうなんですか?」 不安そうな娘を宥めつつ、わたしは時折部隊の包囲を抜けてこちらに来る敵を倒すことに、専念出来ていたのだった。 が。 「ラムザが張り切ってくれたから助かっちゃったぁ♪ ――……なんて絶対に云わないからね」 うなだれたラムザに向けて、わたしは指突きつけてそう云った。 娘を無事に貴族宅に送り返し、誘拐犯たちを官憲に突き出した後だ。 好きに使えとばかりに渡された、特別ボーナスは、しっかり懐に収めた。 今目の前にある軽食も飲物も、全部ラムザの自腹である。 ・・・ここまで情けない雇い主がいまだかつて、存在しただろーか。 しなかったな。 階下の酒場で大盛り上がり中だろう部隊メンバーたちとは正反対に、ラムザは落ち込みまくりである。 自分でも、今回の失態はよーく判っているんだろう。 だからわたしも、必要以上に突っ込んだりはしたくないんだけど。 けど。 いつまでうなだれてるつもりなんだろう。 情けないにも程度ってものがあるんだけど。 そう思いながら見守っていると、ようやくラムザが動いた。 おそるおそる顔を上げて、わたしの方を見る。 ・・・叱られた子犬かあんたはッ!! 耳があれば伏せてるだろうし、尻尾があれば巻き入れているだろう。 そんな光景が、あっさり想像出来てしまって、わたしはそのまま頭を抱えた。 「だって」 「だって?」 いつもならぴんと跳ねてるはずの髪一房(一部では触覚との噂もある)も、まるでしなびた草のよう。 とりあえず先を促すと、ラムザはまた視線を落とす。 「あのままじゃ、がかどわかされると思ったんだ」 どこで覚えた、そんなことば。 「・・・中に入れりゃ、娘さんの様子の確かめようもあったでしょ」 「男たちの人数、予想より多かったし」 「あの程度の数だったら、なんとかなるでしょ? なったし。身体目当てだったらなおさら」 乗りかかろーとして興奮してる隙にあんたたちが突入してくれれば、不意突けてもーちょっと楽だったかもしれないのに。 わざとらしく露骨な表現を使うと、ラムザは少し顔を赤らめた。あーかわいい。 それから、眉をしかめる。 「……は、それでいいの?」 「そりゃ嫌だけど。請け負った仕事はなるべく確実に遂行したいじゃない?」 ・・・それにしても、だ。 ラムザのセリフを総合するだに、とどのつまりが、この坊ちゃんは。 「わたしを、心配、していた、と?」 「うん」 わざとらしく区切りつつ云うと、こっくり素直にラムザは頷く。 あのねぇ、と。 本格的に痛み出した頭を押さえて、わたしは彼の額を突っついた。 「あんたはわたしの雇い主。だったらもー少し、鷹揚に構えるくらいしてみせなさいよ」 傭兵ってのは身体張ってなんぼなんだから。 生きるためにはそれくらい、覚悟しなきゃならないご時世なんだから。 好んでやりたいわけじゃないけど、判ってるつもりよ。 だけど、ラムザは頑なにかぶりを振る。 「それでも僕は嫌だ」 たとえ楽な道が困難になっても、それで命を落とすようなことになっても。 「僕は、僕の手が届く限りの人たちだけでも守りたい」 「あんたね、雇い主が傭兵守ってどうするの」 逆でしょうが、逆。 根本的な部分で、認識の食い違いがある相手に、いったいどう説明すれば理解してもらえるのか。 そんな、暗澹とした思いに陥ろうとしたときだ。 「気にしなくていいよ。僕が勝手にそうしたいだけだから」 どうやら昼間の失態は開き直るか立ち直るかしたらしく、にっこり笑ってラムザは云った。 そして、わたしは唐突に悟った。 何云っても無駄だろうということを。 ジークデン砦での事件がそうさせたのか、それとも元々そうだったのかは判らないけれど、これはきっと、今のラムザの信念なんだろうってことを。 確固としたそれを覆すのは、容易じゃない。 ましてや、妙なところで頑固な坊ちゃんのことである。 あれに匹敵するほどの何かがない限り、絶対に考えは曲げないだろう。 そうと判れば、これ以上問答しても無駄かもしれない。 「あー、そういやそもそもはあんたの勝手な行動のせいで作戦が食い違った反省会をしてたんだわねー」 「うわっ、またチクチクくるようなコト云わないでよ」 「でなきゃ反省会にならないでしょうが」 半分ムキ、半分笑いながらつっかかってくるラムザを躱しながら、わたしも笑う。 「まあ、今回に関してはお礼も云っとくけどね。ありがと」 「・・・え?」 ぽんぽん、と頭を叩いてそう云ったら、ラムザはしばらくきょとんとして。 ぱぁ、と晴れやかな表情になった。 ……やっぱり犬だ、こいつ。 オロカモノで犬なお坊ちゃんだけど、……まあ、それだから、1400ギル分とっくに働いたと思ってても、ついてっちゃうのかもしれないなあと。 妙に悟ったような気分になったのは、とりあえずヒミツにしておこう。 |
ゲームで語られていない、ガフガリオンの部隊にいたときの話。 ジークデン砦から逃げたラムザが、何を思いどうしていたのか... なんてことには全然触れていませんが、ガフガリオンの部隊はけっこう楽しかったんじゃないかと。 何より、さんとガフガリオンは性格合いそうで。 でも、それだから、一度敵にまわると互いに容赦せずに。それが礼儀だから。 それにしても、ラムザ、傭兵部隊一年生〜♪ って感じですな。好きだけど(笑) |