-しあわせになれ-
表紙の裏には走り書き。
ぴったりくっついた次の用紙。
剥がすまで読めない秘密のメッセージ。
よりにもよって気づいたのが何故自分だったのか。
ぴったりとくっつけられた紙の端が、年月の経過によって少しめくれて折れていた。
癖というのは毎度やってしまうから癖なのであって、どんな本でもどこまで読み進めていてもまず表紙をめくる性分である自分にしてみれば、その曲がりは、毎度袖にひっかかる、少しうっとうしいものだった。
幸せになれ。
いい加減面倒になって、指で伸ばしてしまおうと少し持ち上げたとき。
ぴっ、と、手ごたえ。
力の入れ具合を間違ったのか、周囲だけだったらしい糊付けが剥がれてしまった。
ぴっ、ぴ――
そのまま一気に紙は剥がれる。
厄介な、と思う間もなく目に飛び込んでくる『ニホンゴ』。
幸せになれ。
「……」
思考は数十秒。
「ふん」
すっかり続きを読み進める気が失せて、クロロはノートをぱたんと閉じた。
パクノダあたりに触れさせたら、どういう顔をしていいかわからないまま書いている女の姿でも読み取っただろうか。
「」
「はい?」
文字の勉強は教える相手と教わる相手が傍にいないと始まらない。
クロロは日本語、今は主に漢字。読み取り重視。
呼ばれて顔をあげた少女はハンタ文字。書き取り帳がそろそろ真っ黒。
「プリン。そろそろ冷えたかな」
「あ! 見てきます!」
しばらく前、マチとわいわいやりながら作っていた菓子の如何を問うや否や、少女はぱっと身を起こしてばたばた部屋を出て行った。長く垂らした帯がひらり、赤い残像を目に残す。
マチさん、プリン冷えたでしょうかー? 遠くから聞こえる声。
そろそろいいんじゃない? 何、団長が催促してる? 応じる声。
はい! マチさんも一緒に食べませんか? のんきな提案。
いいね、と、返事が出るのはその時点で予測済み。的中率はおそらく九割九分九厘。
行きと違って荷物があるから、戻ってくるのにはおそらく一分。
「無責任だな」
呟いて、クロロは棚から糊を引っ張り出して、紙の全面に塗りたくる。そしてくっつけ、ばん、と手のひらで圧着。
「あんたがいない時点で、あいつの幸せなんか程遠いんだって知ってたんだろう?」
焦げ茶の髪。
夜色の双眸。
いとおしげにノートを見つめていたまなざし。
の知らないその姿。
語る気はないし、今のこれを教えてやる気もない。
幸せになれ。
無責任で勝手極まりないメッセージ。
幸せにしろ。
――なんてばかげた笑える空想。
まだ、少し遠い明日の話。