- 小劇場、その2 -



※Fateの人気投票後に勢いで書いた散文です。
いろいろ矛盾もありますが、ご寛恕のほど。

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 本日、衛宮さんちのさんは、大きなお屋敷でひとり、お留守番をしておりました。

「♪ ♪ ♪」

 ひとりぼっちのわりには、台所から楽しそうな歌声が流れています。ついでにことことと何かを煮込む音や、とんとんとリズミカルに食材を切る包丁の音も聞こえてきます。
 ちょっと目を移せば居間のテーブル、そこにはすでに出来上がった料理が、所狭しと並べられておりました。
 いつもの卓袱台だけじゃ足りなくて、長机も数個追加されています。勿論、そのうえにも料理の山です。
「♪」
 新たな料理を追加して、さんは、ふと、壁にかかった時計を見上げました。
「うん、そろそろ発表終わったころだよね」
 急がなきゃ。
 ひとつつぶやくと、ちょっとゆるんでいたエプロンの紐を締めなおし、いそいそと台所に帰ります。
 その時計の横のカレンダーには、赤ペンで大きく『Fate/stay night 人気投票結果発表日』と、書いてありました。



【発表日の夕暮れ 〜衛宮さんちの誰かさんがいる風景〜】




『祝! セイバー1位! と、士郎7位 と、ランサー8位』

 とでっかく(ちいさく)書かれた横断幕の下、「えー、それでは」と衛宮さんちの士郎くんが云いました。
 ちなみに1位のセイバーに加えて何故7位の士郎くんや8位のランサーさんが並んでいるのかというと、“衛宮さんちのきょうだいでそのサーヴァントつながり”だからです。妙なところで優遇されてます。
 最初は6位の桜さんの名前も書こうとしていたのですが、当の本人が真っ赤になって遠慮したためお流れになりました。当人曰く「だって3位以内じゃないからメインヒロインの立場がないんです……」だとのことです。でも順位的には士郎くんと続いていますので、祝賀会の席もお隣になり、ちょっぴりしあわせそうなのですが。
「ま、なんだ。みんな、それぞれに順位獲得おめでとう」
 至極無難な挨拶に、一部からブーイングが起きました。
「衛宮! それは厭味か!? あんなに作中活躍した僕が19位に甘んじたことへの厭味なんだな!?」
「……間桐。おまえ、自分が何をやったか判っていてそういうことを云っておるのか?」
 わめく慎二くんを、一成くんがたしなめています。
 ちょうどそこに料理を運んできたさんは、「あはは」と乾いた笑いをこぼしました。
「おい、。おまえも何か云ってやってくれよ」
 一成くんをはたいたあと、慎二くんが仏頂面でさんにフォローを求めてきました。
 が、それはちょっと難しい相談です。
 なので、さんはあっさりと答えました。
「ごめん無理。慎二が救いようないほどバカじゃないのは知ってるつもりだけど、今回は暴走しすぎだったし」
「……おまえなあ……」
 がくー、と、慎二くんは力尽きました。
 その肩を慰めるように叩いて、さんは一成くんの前に料理をおきます。
「む。衛宮――いや士郎ではない、こちらの衛宮だ、おまえは司会をしていてくれ――……で、衛宮。めでたい席に申し訳ないが、あまりなまものは……」
「あ、そっか。火をとおしたやつならいい?」
「うむ、そうしてもらえるとありがたい」
 南無南無、などとつぶやく一成くんに、さんはくすくす笑ってしまいます。出したお刺身を引っこめて、大皿からいくつかの料理を小皿にとると、一成くんの前においてあげました。
 それから、
「一成。いいかげん呼び分けようよ。両方“衛宮”じゃ判りにくいよ?」
 これまで何度も繰り返した提案をしてみましたが、
「いいや。年頃の女人の名を呼び捨てるなど失礼だ。……かといって今さら敬称をつけるのも似合わぬ気がするしな」
「カタイんだよな、柳洞はほんとに。少しは僕を見習えよ」
「あんたはナンパすぎるんだよ」
 ちょっと離れた席から投げられた紙コップが、すこーんといい音をたてて慎二くんの横っ面に命中しました。
「美綴! 何するんだよいきなり!」
、そんなんにかまってるとナンパ菌が伝染るからこっちおいで」
 怒鳴る慎二くんをさらりと流し、紙コップ投擲の犯人である綾子さんがさんを手招きました。
 さんはちょっと迷いましたが、料理を配るのもまだ途中でしたので、慎二くんのことを一成くんにお願いしてその場を立ち去りました。通りしなに料理を配っていき、手招いた綾子さんの隣に膝をつきます。
「さすが主将」
 ナイスコントロール、との賛辞を込めたさんのことばに、綾子さんは「なんの」と笑います。
「それより、一々相手しなさんな。あいつは調子に乗りやすいからね」
「そうだね。そこが面白いんだけど」
「……やれやれ。甘やかしてもいいことないよ?」
 別に、甘やかしているつもりはないのですが。
 苦笑いする綾子さんに料理を渡して、さんはまた立ち上がりました。
「はい、藤ねえ。9位おめでとう」
「えへへ〜、ありがと。おねえちゃんの面目躍如だよね」
 嬉しそうに頭をかいてる大河さんに、さんもほっこり笑います。一時はそのイロモノキャラっぷり故に「ベスト10は危ういか?」と云われてた彼女も、ふたを開けてみればこんな位置。
 おねえちゃんは強いのです。
 冬木の虎は強いのです。
 もっとも、10位以内でなかったら、きっと主催者のダイイングメッセージに“虎”と書かれていたことでしょうが――って話がずれました。
 さてさて次の人ですが――その前に、士郎くんの司会です。
「思うことはそれぞれだろうけど、今回の順位がすべてってわけじゃないし――今日の集まりは“何位を祝う”ってのじゃなくて、こうしてみんなで結果を見て集まってあれこれ云い合える、そのことを楽しむ集まりになればいいなと思う」
 うんうん、と思いつつ、さんは料理を並べていきます。
 士郎くんのことばどおり、集まったひとたちは、隣や傍のひとと楽しそうに、たまに悔しそうに、たくさんのことばを交わしていました。その熱気が何より楽しいと、さんは思います。
「……麻婆はないのか?」
「ありません」
 料理をおいた瞬間そう云われて、さんは、質問したひとをちょっと呆れた眼差しで見下ろしました。
 質問の主は誰かと云うまでもありません、丘の上の教会の神父さんです――こう書くとなんだかメルヘンちっくですが、本人はメルヘンに煮えたぎった真っ黒い泥をかけて後ろ足で蹴り飛ばすようなひとです。
 ちょっと残念そうな顔になった神父さんに、さんはこう付け加えました。
「……少し考えはしたんですけど、一部から非難ごーごーだったので」
 たとえば、神父さんの横の英雄王様とか。
 たとえば、全身蒼い槍使いとか。
「ふむ……ならば仕方あるまい」
 ため息とともに、神父さんは懐から何かを取り出しました。
「なんですか、それ?」
「うむ。我が家に伝わる麻婆の素だ。これをかければどんな料理もあっという間に麻婆に変し――――」
「「やめんかあぁぁぁぁぁッ!!」」
 離れたところからゲイボルク。
 真横からエア。
 宝具の同時攻撃を受けて、神父さんは吹っ飛びました。
 ちょうど開け放たれていた道場の扉から、庭にダイビング。左胸にジャストミートしたゲイボルクが背中を突き抜けて地面に刺さり、庭には奇怪なオブジェが出来上がりました。
「……」
 扉の近くに座っていた真アサシンさんが、音もなく腕を伸ばして閉めました。
 グッジョブ。
 まあ、どうせ神父さんの心臓は材料が“アレ”ですから、ゲイボルクが刺さっても大したことにはならないでしょう。復活したら自力であがってくるに違いありませんし。
 真アサシンさんに「ありがとう」と振るさんの手を、神父さんを吹っ飛ばした張本人のひとりががっしと捕獲しました。
「いつまで興じておるのだ、。さっさと終わらせて我に給仕せんか」
 ほれほれ、と、空いた側の手で自らの横――つい今しがたまで神父さんが座っていた席――をぺちぺち叩いて、英雄王様ことギルガメッシュ様が云いました。
「王様。そこ神父さんの席……」
 一応さんもそうツッコんでみましたが、
「アレよりおまえのほうが我の隣に相応しい」
 と、さらにツッコミどころ満載のお返事が返ってきました。
 本当はセイバーさんがお隣だともっと嬉しいのかもしれませんが、生憎1位のセイバーさんと13位のギルガメッシュ様ではちょーっと席が遠すぎます。
 いえ、ギルガメッシュ様も最初は「我がセイバーの隣に行くのだー!」と喚いたとか喚かなかったとか。エクスカリバーと宝石剣ゼルレッチをくらって、結局撃沈したそうですが。
 そのときさんはまだ台所にいましたので、その光景を見ておりません。が、閃光や爆音は見えて聞こえましたので、あー道場の復旧またアーチャーがやるんだなー、とかは思いました。
 ですが、さんもギルガメッシュ様の要望に応えることは出来ません。ここは神父さんの席ですし、なにより、まだ料理を全部配り終わっていないのです。
「あー、それじゃ10位のキャスターから順番にコメントを……」
「え、私ですか? ……あの、宗一郎様の隣に座りたいのですが」
「いやそういうコメントじゃなくて。こう、10位ゲットに対して喜びとか。あと葛木先生の隣に行くのは無礼講になってからな」
 前座のこれらが終わるまでに、全部配ってしまわないといけないのです。マイクを握りしめたキャスターさんが、
「宗一郎様、たとえ順位が離れても私たちの愛は永遠です」
「カット」
「カット」
「カットカット」
「ワラキアかおまえら」
「だめなんですか? では私と宗一郎様の馴れ初めを」
「キャスター、それは生徒たちには毒だ」
「あ……そうですわね。お子様には刺激が強すぎますわね。それでは私たちの家族計画を」
「ねえ、あんたわざとやってんでしょ、キャスター?」
 などと時間稼ぎをしてくれていますが(本人してるつもりはないのでしょうが)、ちょっとさんの仕事が遅れ気味です。
 話しかけられるたびに一々応じているのですからそれも当然なのですが、さすがに少々焦り始めてきました。
 ですので、
「ごめんなさい、王様。まだ仕事が残ってるの」
 ぺこり、と頭を下げてさんは立ち上がりました。
「むう――配膳などそこらの雑種にやらせればよかろうに」
 仏頂面のギルガメッシュ様は、それでも、渋々手を放してくれました。
 が、何を思ったのでしょう。自らの前におかれた料理の皿を掴むと、さんの持っているお盆に戻したのです。
「お……王様?」
「最後に持ってこい。そのまま給仕せよ」
「…………」
「返事は」
「……はあい」
 真顔で子供っぽいことをする王様に、さんはついつい笑ってしまいました。
 が、立ち上がって――硬直しました。

 にかっと笑ったランサーさんが、ぺしぺしと自分の横を叩いてます。隣のひとは当然いますので、半分ずれて――その、座布団を半身空けて。そこに座れと云っているのでした。
 みっつ隣のイリヤさんが呆れた顔で見てますが、気づいているのかいないのか。気づいてて知らないふりをしてるんでしょうが。
「大変ね、。ほんとうに手伝わなくてもいいの?」
 料理をおくさんに、イリヤさんが慰めるように云いました。ちょっぴり、おもしろがってる節があるようです。
「うん、へいき。今日はみんなのお祝いだもん、楽しいよ」
「そっか。――うん、私も楽しいな。バーサーカーやみんなといっしょにこの家でご飯食べるの、楽しい」
「――だね」
 イリヤさんの隣には、大きな大きなバーサーカーさんが座っています。一生懸命身体を縮めようとしてますが、ちょっと無駄みたいです。
 でも、道場は広いので、バーサーカーさんも座れば頭がつっかえませんし、お客様全員を入れてなお余裕があるのでした。
先輩、私やっぱりお手伝いしましょうか?」
 と、桜さんが声をかけてきました。
 先輩でもあるさんだけが忙しそうにしてるのが、申し訳ないのでしょう。さっきからそわそわとして、凛様にたしなめられておりました。
「いいっていいって」
 笑って、さんは答えます。
「どーんと構えてていいんだよ、今日はみんなが主役なんだから」
 ね、ライダー。
 桜さんの隣に座る眼鏡美人さんは、そのことばにこくりと頷きました。が、直後「ですが」とその形良い唇から否定が紡がれます。
「サクラの気持ちも汲んでやってほしい。――さっきから、今にも立ち上がってエプロンをつけそうで、どうしたものかと思っていたのです」
「……桜……」
 おいおいおい。
「だ、だって……先輩が動いてるのに私だけ座ってるなんて、今までなかったし……その……身体が勝手に……」
 もじもじと、両手の指をこねくりながら俯く桜さんは大変かわいらしく、さんは頬が弛むのを抑えきれませんでした。
 でも、今日ばっかりは譲れません。これはさんが買って出たさんのお仕事なのですから。
「はいはい、それじゃ桜、さっさとが終わるように解放してあげなさいよ」
 と、横から凛様がフォローしてくれました。
 残すはこのへんの人々の分(プラス英雄王様)だけなので、それは願ったり叶ったり。
「桜、あとで料理の追加要望が出たら一緒につくろ」
「はいっ」
 ぱあっと顔を輝かせた後輩の頭を撫でてやって、さんは凛様とアーチャーさんの座る場所へと移動します。
「おまたせ、遠坂さん。アーチャー。ふたりそろって2位3位、おめでとう」
「ええ、ありがと」
「ふむ、奇しくもといったところかな」
 にっこり微笑む凛様の横、まんざらでもなさそうに口の端を持ち上げるアーチャーさん。
「もっと素直に喜べよ、アーチャー」
 向かいに座ったランサーさんが、にんまり笑って茶化します。半身ずれた位置はそのまま、本当にさんをそこに座らせる気なのでしょうか。
「ランサー……わたし、今日は裏方なんだってば」
「構やしねえよ。俺はの注ぐ酒が飲みてえ」
「むー、今日は無礼講だからいいのかなあ……でもここは保護者として担任として……だけど葛木先生も何も云わないし……」
 ぶつぶつ悩む大河さんの視線の先には、キャスターさんからの熱視線をさらりと受け止めている葛木先生がおります。無礼講になるや否や、その隣にはキャスターさんが空間移動で出現することでしょう。
「暇があったらね。……あと、8位おめでとう、ランサー」
「おうよ」
 料理を置く手を捕まれて、さんはランサーさんのほうに引き寄せられました。頬に唇を寄せられて、ちょっとびっくりです。
「――ランサー」
「勝利のご褒美ってことでいいだろ?」
 から、ってのは頼んでも無理そうだしなー。
 などと笑って、ランサーさんはさんを解放してくれました。それからちらりと英雄王様を見て、にやりとした表情を浮かべます。
 血管を浮き上がらせたギルガメッシュ様の背後に、無数の武器が浮かび上がりました。
 ――“王の財宝”発動です。
「王様、それは禁止……!」
 あわてて止めに入ろうとしたさんの横を、
「“無限の剣製”――」
「“この身体はきっと剣で出来ていた”――――!!」
 ダブル固有結界で生成された剣の群れが通り過ぎ、ギルガメッシュ様の生み出した剣をことごとく相殺していきました。
「――ム」
 ぴりりりー。
 マイクを通した警笛は、いつもより大きいです。
 笛とマイクをそれぞれ手に持った士郎くんが、ちょっと息を荒げておりました。タメなし固有結界発動は、やはりキツかったのでしょう。
「ギルガメッシュ、いくら無礼講でもやりすぎはだめだって云っただろ。ひどいようだと退場させるぞ」
 そう云う士郎くんの背後では、セイバーさんが鬼気迫る形相でエクスカリバーを構えておりました。この宴、もとい料理の山を戦闘で台無しにするのならいつでも発動する体勢です。
「……フ、フン。ちょっとした余興だろうが。一々目くじらを立てるな、雑種が」
「そうそう、余興に腹を立てるなんて大人気ないぜ。なあ?」
 ランサーさんのセリフは、それだけならギルガメッシュ様の後押しのように聞こえなくもないのですが、真意は全然反対方向です。
 立ち上がったさんの腰を座ったままがっつり抱きこんでにやりと笑う様は、あきらかにギルガメッシュ様を挑発しています。もはやケンカを叩き売りしてるのと同レベルです。
「もう、ランサーがちょっかい出すからでしょ」
 ですので、さんはぺちっとランサーさんの手を叩いて放させました。
「はは、悪ぃ悪ぃ」
 ちっとも悪びれてないランサーさんの頭を、もう一発。それからギルガメッシュ様に小さく頭を下げて、さんは、今しがた出してたエクスカリバーなんて影も形もなくお茶をすすってるセイバーさんのところに行きました。
 司会をやってる士郎くんの席は、その関係でお隣です。
「はい、士郎。7位おめでと」
「ん。サンキュ」
 口元からマイクを退かした士郎くんが、応えてにっこり笑います。ぶっきらぼうな表情しか見たことない数名が「ををを」とつぶやきました。
 それから本日の本命、セイバーさんです。
「セイバー、1位おめでとう。セイバーの好きそうなものそろえてみたから、いっぱい食べてね。足りなかったら云ってね」
「はい、ありがとうございます。……出来れば、のお茶がついているととても嬉しいのですが」
 ちらり、と、卓のうえのビールやおちょこを見て、セイバーさんが云いました。騎士王様は、お酒よりもさんのお茶のほうが嬉しいみたいです。
「うん、でも乾杯はお酒でね。――日本ってそういう慣わしだから」
 お茶は、あとで料理が進んで口を休めたくなったらね。
「はい、楽しみにしています」
「うん」
 じゃあ士郎、司会がんばれ。
 最後にきょうだいの背中をぽん、と叩いて、さんは立ち上がりました。小走りに、ギルガメッシュ様のところへ行きます。
「はい、王様」
「うむ。――何をしている? ほれ、座れ」
 料理をおいて立ち上がろうとしたさんの腕を、またしても英雄王様ががっしり掴みました。
「いやでも、ほら。神父さん復活してるし」
「ぬを!?」
 気づいていなかったのでしょうか。お隣に復活していた神父さんを見て、ギルガメッシュ様は本気で驚いているようです。
「ふ。あの程度で我が泥を砕けるわけもない」
 なんだか人間やめちゃったチックなセリフとともに、神父さんは悠然と、料理に秘伝麻婆の素を振りかけておりました。多少は遠慮してくれているのでしょうか、においも色も普通の麻婆です。
 ただ、どうしてあんな粉かけただけでお刺身が麻婆になるのか、さんにはいまいちからくりが読めませんでした。
 これも一種の魔術でしょうか? もはや魔法の領域でしょうか。
「むう。退け、コトミネ。を座らせる」
「何を云う。ある程度酌が済むまでは無闇に席を立たぬが慣わしだぞ。王とは慣わしを破るものなのか?」
「――――むう……」
 うん、やっぱり口で神父さんに敵うひとはいなさそうです。
「あとでお酌にまわるから、あとでね王様」
 ぽんぽん、と肩を叩いてなだめて、さんは立ち上がりました。士郎くんにばいばいと手を振って、とととっ、と道場を後にします。
 台所に戻るかと思ったその足で、けれど、さんは門のほうへと行きました。
 衛宮邸の門には、ひとりの侍が背を預けて立っています。偽アサシンさんこと小次郎さんです。外の人とかアサ次郎とかいう呼び名で親しまれています。
「アサ次郎さん」
「おお、殿か。宴はたけなわかな?」
「今から乾杯だよ」
 云いながら、さんは手にしたお盆をアサ次郎さんに渡します。
「はい。これアサ次郎さんの分」
 どこの家でも門があったら縛り付けられちゃう体質なんて、難儀だねえ。
 やってきたはいいものの、柳桐寺ほどでなくても立派な門を眼前にして、その場に縫いとめられてしまったアサ次郎さん。これはもうパブロフの犬の領域です。本人は楽しんでるみたいですが。
「何、私は構わんよ。――心遣い、いたみいる。殿は中に戻らぬのか?」
 頭を下げて酒や料理の載った盆を受け取り、アサ次郎さんは首をかしげました。衛宮士郎くんのきょうだいであるさんですから、中にいないほうが不自然だと思ったのです。
 が、さんは「ううん」とかぶりを振りました。
「今日は人気投票のお祝いだから、わたしは裏方。あとの料理を運んだら、まったりお部屋で休みますー」
 一日中料理してて、ちょっと疲れたし。
 そう付け加えるさんを見て、アサ次郎さんはゆっくりと微笑みました。
「そうか。ならばここで一息つかれぬか? 同じ酒を楽しむにしても、傍に愛でるべき花があるのとないのとでは、楽しみの段が違うからな」
「あはは、アサ次郎さんてば上手なんだから」
 じゃあちょっとだけお付き合いしようかな。
 そう云って、さんは傍の石に腰をおろしました。一日中立ち仕事をしていて疲れているのでしょう。「うー」とうなりながら、足を伸ばしてほぐしています。
 そんなふたりの間を、そよそよと風が吹いていきました。
 こきこきと肩を鳴らして、さんはアサ次郎さんを振り仰ぎます。
「ねえ、アサ次郎さん。楽しいね」
「これは唐突。どうされた?」
「――うん、急にそう思ったの」
! まだ戻ってこんのか!?」
 すぱーん! と道場の扉を開け放ち、ギルガメッシュ様が叫びました。きょろきょろと庭や家を見渡した赤い双眸が、最後に門に――そこに佇むアサ次郎さんと座るさんをとらえます。
「ははは、其方の王は気が短いなあ」
「……短すぎ……」
「いつまで我を待たせる気だ、! さっさと戻って給仕せんか!」
 がー! と怒鳴りながら、英雄王様が門に向かって歩いてきます。
「はいはい、今行きまーす!」
 云って、さんは立ち上がりました。走り出し、数歩進んだところで振り返ります。
「アサ次郎さんも行こう。――ちょっとだけならだいじょうぶでしょ?」
「……ふむ?」
 薄く笑んで、アサ次郎さんは足を踏み出しました。すると驚いたことに、縛りも重みも感じずに、足はすたすたとさんのあとを追いかけます。
「これは奇怪。何をなされたかな?」
「ひみつ」
「ふむ。女人は多くの秘め事を抱えるものだ、深くは問うまい」
 そうつぶやくと、アサ次郎さんは歩くペースを速めてさんの隣に並びました。斜め下で揺れるふわふわとした髪が、なんともさわり心地がよさそうだなあと思って眺めていましたら、
「遅い!」
 仁王立ちして待っていた英雄王様が、がばっとそれをかっさらっていきました。
「これこれ、英雄王殿よ。女人をそう手荒に扱うものではないぞ。野に咲くけなげな花を事情あって手折るときのように、優しく丁寧に抱いてやらねば」
「ふん、雑種ごときが喧しい。これは我のものだ、どう扱おうと我の勝手だろう」
 ぷいっとそっぽを向いた英雄王様は、そのまま、さんを片腕で担ぎ上げました。
「――おやおや」
 それを見て、アサ次郎さんは口の端を持ち上げます。
 口では結構乱暴なことを云いながら、今のギルガメッシュ様の動作はまるで春風が野をそよがせるようであったからでした。
「あ、! 早く来い、乾杯待ってるんだぞ」
 そうこうしているうちに、人影がもうひとつ、道場のほうから出てきました。
「士郎! だからわたし裏方――――」
「だあもう、いいから来いって」
 手をぶんぶか振るさんを、ていやっ、と人影――士郎くんがかっぱぎました。誰からってそれはもちろん、ギルガメッシュ様からです。
「おい雑「あ、アサ次郎も動けたか。よかったな、これで全員揃うぞ」
 何か云いかけた英雄王様をきれいに無視して、士郎くんはアサ次郎さんに話しかけました。
 その肩に担がれたさんが、ごめんねと手を合わせています。
「ああ、殿のおかげらしい――如何なる技を用いられたか、判らぬのが残念だが」
「ん、知らぬが花ってよく云うし」
「ええい早く戻るぞ貴様等! いつまで経っても宴が始まらんだろうが!」
 またものほほんと始まりだした会話を、ギルガメッシュ様がブチ切りました。
 そのままずんずか歩き出した英雄王様を追いかけて、さんを担いだ士郎くんが歩きます。そのちょっと後ろにアサ次郎さんがつづきました。

 さて、改めてみんな揃い踏み。
 これから宴のはじまりです――――

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