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- 総帥と占い師の事情 -



「なるほどなるほど、そういうワケね〜」

 やってくれちゃうわねぇ、もう!
 机をバシバシ叩いて笑うメイメイの前で、エクスが、頭を抱えて突っ伏していた。
 メイメイが机を叩くたびに、エクスの頭が小刻みに揺れる。
 彼の前に置かれた、真球の水晶も揺れる。
 そうして、エクスがつぶやいた。
「こんな……こんな素っ頓狂な性質だったなんて……」
 最近、あれこれ資料持ち出して、何か研究してるなとは思ってたけど……
「いやあ、もう、総帥様! 彼女サイコーね!!」
 どうしようもないとばかりに朽ち果てたエクスの肩が、今度のメイメイのバシバシ叩きのターゲット。
 ひとしきりそんな光景を繰り広げていたふたりだったけれど、先に我に返ったのは、メイメイのほうだった。
「うん、でも、……正直云っちゃうと、やっと謎が解けたなあって気持ちだわよ?」
 何しろ、ちゃんに関しては、星の読みようがないんだもの。
「……メイメイがいつも云ってた“改変”のことかい?」
「そぉそぉ! さしものエクス総帥も、こればっかりは影響受けちゃってるわよね?」
「うん。たしかに」
 居住まいを正し、エクスはメイメイに向き直る。
「君の云う“改変”前の過去は、君しか知らない。今、僕たちが生きているここは、“改変”後の世界だからだね」
 でも、
「――“改変”が起こったのが8年前。それは、20年前のあの島での出来事に対して。……時間が過去から未来に動くものなら、20年前からすでに、今日、彼女がこんな事態に陥るのは――いや、彼女がここへ来ることも、あの魂と出逢うことも……すべては決まっていた運命だって云うのかい?」
 占い師としては、定まった未来なんてない、っていうのが君の定説だろ?
 んー、と、朱に染まった頬に指を押し当て、メイメイは少し思案顔。
「なんて云えばいいのかしらねえ……あの子はホラ、リィンバウムにとってはイレギュラーな存在でしょ?」
 白い焔のあの子と出逢ったのも、そもそも、こっちの輪廻を外れた場所でのことだし。
 生まれたのは、くだんの名も無き世界だし。
 あの子の星は、あの子がここに来た時点で、初めて輝きだしたもの。
「だから」、
 ひとつめ。あの子がこの世界にこない可能性もあった。
 ふたつめ。訪れていても、あの傀儡戦争において、この今日につく道を選ばない可能性もあった。
 みっつめ。そもそも、幻獣界の女王の異名を持つ彼女が、こんな実験をしない可能性だって当然あった。
 よっつめ、……指を折りかけて、メイメイは動きを止める。
 小さく肩をすくめて、
「過去は過去よ。20年前の過去があるから、この時代が存在してるの」
 だから、“改変”は行われた。たしかに。
「でも、ちゃんが来るまで……いえ、来てからも、その過去が確たるものになる保証はなかったのよ」
 今、このときまでは。
 “改変”がなかったことになる可能性だって、いくらでも、あったということ。
 だけど同時に、いちばん可能性の高い道がそれだった――それになった。8年前、あの子が落ちてきたときに。
 難しいな、と、苦笑したエクスに、メイメイはにっこり笑ってみせる。
「未来はいくらでも変わる可能性がある……その未来次第においては、過去さえも変容する場合だってある、ってことね」
「でも……それこそ、イレギュラーなことだよね?」
 そんなのを、界の意志は認めるのだろうか?
「事実、認めたからこそ、こうあるのよ〜?」
「判ってる。判ってるけど……いいのかなぁって思っちゃうんだよ」
「いーのよぅ。それをこそ、あのとき――意志以って……望んだんだから」
 白き焔の現出を?
 紅と蒼の結末を、変え得ることの出来る、唯一の確たる白を?

 ……それと知らぬまま。
 その意志は、たしかに強く望んだのだろうから。

 もしかしたらそれが、ひとときはおさまっていた、白き焔への呼びかけを、再燃させたきっかけかもしれない。
 焔の使い手、彼女が眠った今となっては、もう、予想して会話する材料くらいのレベルのものだけれど。
「……そうか」
 なら、もう何も云えないよね。
 そうつぶやいて、エクスもようやく立ち直る。
 いや……無理矢理立ち直った、と云うべきか。
「とりあえず」、
 まだ少し痛むらしいこめかみを押さえて、エクスはつぶやく。
「ミモザには……というかあのふたりには、もうちょっと責任のある立場を与えてしまおう。下手なことが出来ないように」
「あらま。実力は蚊帳の外?」
「そんなことないよ。そろそろいいかな、とは思ってたからね」
 それでも、なんとなく、ギブソンがミモザの巻き添えという感が否めないのは――まあ、万人共通の感想にはなるのかもしれない。

 ……唐突に出向いて唐突に辞令渡してやろう。

 そのときのふたりの顔を想像して、エクスは、ちょっとだけ溜飲を下げた。蒼の派閥の総帥というのも、これでなかなか気苦労が絶えないものらしい。
 そんな総帥を尻目に、メイメイが「よいしょぉ!」と立ち上がる。
「メイメイ?」
 どうかしたのか、との疑問符に、彼女は微笑んだ。嬉しそうに。
 楽しそうにしあわせそうに、――うれしそうに。

「ちょっと、迷子をお迎えに行ってくるわね、総帥様」
「……お迎え?」

 うん、と、微笑んだままメイメイは頷く。
「お迎えと、あとは、知的好奇心。叩き込まれた記憶をなぞりに行ってくるわ」
「……ああ」
 改変の事実を知るのはメイメイだけ。
 改変前を知るのもメイメイだけ。
 改変後を――メイメイだけが、知らない。
 いや、記憶としてはあるはずだ。だが、彼女にとっての過去というものは、改変前の歩み。それを、改変後の歩みで上書きした状態。
 両方をともに、メイメイは持っている。
 そうして、体感したという比重で云うならば、改変前の記憶こそが、彼女にとっては確かなものであるのだろう。
 いまだ改変後のそれは、上辺の知識でしかないのだろう。

 ――それを。知りたいと。見届けたいと。たしかに歩みと抱きたいと。

 微笑むメイメイに、エクスもまた、微笑んだ。
「判った。いってらっしゃい」
 3時間後に、ギブソンたちの屋敷で落ち合おう。
 ひらひら振られる形のよい手のひらに応え、メイメイも細い腕を持ち上げる。
「おっけ〜。じゃあ行ってくるわねっ」
 云うや否や、メイメイの姿はかき消える。砂が風にさらわれるよりもまだ早い、ほんの一瞬の所作だった。
 がら空きになった空間を少しだけ見つめ、エクスもそうして立ち上がる。
 急ぎ足に店を出た彼が振り返るころには、当たると評判の占い屋は消え失せて、空き地に小さな看板が立っているだけだった。


 ――これもまた、はじまりの一端。



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なんでも知っているように見えて、思うところはあるわけで。