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短気が揃えば刃が交わる


「……しかし」
「はい?」
「おまえを連れて行くのはいいが、また一悶着起きるかもしれんな……」
「ああ、魔族と人間は仲悪いんですか?」
 じゃあ、精霊はお好きでしょうか。
「……人間ほどには嫌われてないと思う。というか好き様も嫌い様もない」
「もういないから?」
「たぶん」
「でしたら、半分は嫌われないで済むかもしれません」
「半分?」

「わたし、精霊と人間のハーフなんですよ」




 案の定と云うかなんというか、連れて行ったの評判は芳しくなかった。
 スイエンがエサを待っている、教会遺跡でのことだ。

「ちょっとダーク! また人間つれてきたのかよ!」
「ダーク、おまえ……」

 スイエンの前で待っていた、ヴォルクとデルマが露骨に嫌そうな顔をする前で、がすたすたと進み出る。
 すわ攻撃かと身構えたふたりに、ぺこりと頭を下げた。
「初めまして。と申します」
「え? あ? ……えーと、アタシはデルマだよ」
「のんきに挨拶し返している場合か!」
 巻き込まれたデルマが名乗り返した横から、ヴォルクが怒声をあげる。
 そればかりでなく、手に持った斧で今にも襲いかかりそうだが、傍にいるダークの眼光がそれを制していた。
「ダークよ。こいつも何かの利用価値があるというのか?」
 あからさまにいぶかしげな声と視線に、ダークはことさらゆっくりと頷いてみせる。
 長い黒髪、ゆったりとした服で、なおかつ結構おっとりとして見えるを指差し、
「あると云えばある……こいつは、精霊と人間の間に生まれたらしい」
『精霊!?』
 改めて。
 デルマとヴォルクの視線が、に集中した。
 敵意と警戒が少し薄れて、驚きが前面に押し出されている。
 まじまじと、を頭のてっぺんからつま先まで眺めて、同時にまた一言。
『どこが!?』
「えぇと……ここが」
 の身体が淡く輝く。
 精霊石による、魔法の発動に似たひかり。
 だけど、もっとやわらかく、優しいひかり。
 精霊石もなしに生み出されたそれは――魔力、いや、精霊力? その発動。
 それを、ダークたちが感じたと同時。

 ふわり。

 まるで羽根が風に吹かれて舞い上がるかのように、の身体が宙に浮く。
「……少なくとも、ただの人間なら、こんなことは出来ないと思います」
 わたしが寝こけてる間に、そういう変革が起こったのでなければ。
 少し寂しそうにそう云って、は地に足をつけた。
「なるほど、おまえがただの人間でないのは認めよう」
「ありがとうございます。えぇと……」
「ヴォルクだ」
 告げて、だが、と、ウーファーの戦士は続ける。
「それだけでは、おまえが我々を害そうとしていない証拠にはならんぞ」
「そう? なんかコイツ、ウソとかつけそうなカンジじゃないよ?」
 純粋な人間でない、という部分で、ダークに似ていると感じたのだろう。
 少しだけ気安い仕草で、デルマがを指差した。
 ヴォルクに露骨に疑われたは、小さく笑って頷くばかり。
「ええまあ、初対面の相手を信用しろなんて、無茶は云いません。わたしだって、ダークさんに力を貸すのは、人を探してもらう代わりなんです」
 それを訊いて、ヴォルクが笑い出した。
 肩を震わせて、を見て、くぐもった笑い声をこぼす。
「力を貸す? おまえのようなひ弱そうな奴がか?」
 バカにしきったそのことばに、けれど、は気を悪くした様子もない。

「見た目だけで判断しないでいただけると、うれしいです」

 ……前言撤回。
 悪くは、していたようである。
 そしてそれが、ヴォルクの心境に油を注ぐ結果になる。
「よく云った。それならば、貴様はオレを負かす自信があるというのだな!」
「おい、ヴォルク……」
「お手合わせ、いたしましょうか?」
「ちょっと、アンタも挑発してんなよ」
『やかましい(です)』
 同時にふたりが振り返り、ダークとデルマにそう告げる。
 びしばし火花が飛び散って、これは一戦やらねばおさまらないかと、傍観者ふたりは諦めた。


 が、さすがにそこで戦ってはスイエンに悪影響を与えかねない。
 というわけで、教会から少し離れた野原に、わざわざ一行は移動した。
 魔族はどいつもこいつもと、ダークが頭痛を覚えている横で、デルマが精霊も好戦的なんだねと、呆れたようにたちを見る。

「命を落としても後悔するなよ!」
「あなたこそ!」

 そうして、ふたりは同時に地を蹴った。


 振り下ろされる斧の下をくぐり、がヴォルクの懐に迫る。
 かと思えば、半歩ほど身体をずらしたヴォルクが、突っ込んだの頭上に武器を振り下ろす。
 避けられたことに驚きながらも、勢いを殺さずに抜けることで、は頭上への一撃を躱してみせる。
 そのまま身体の向きを変え、ヴォルクが体勢を整える前に仕掛けようとするが、ヴォルクのそれは陽動で、狙っていたとばかりに振り下ろしが来る。
 持ち上げた左手の手甲で火花を散らして受け流し、は再び横に飛んだ。

 ざ、と、の黒髪が描いた残像を、一瞬遅れて斧が薙いだ。

「なるほど、逃げ回る能だけはあるようだな!」
「身体が軽いって云ってください!」
「ほざけ!」

「……なァ、ダーク?」
「なんだ」
「アタシさぁ、が全然緊張してないっぽく見えるんだけどざ……」
「そういう性格なんだろう」

 傍観者の会話など、当然届くはずもなく。
 なおも、ふたりの攻防は続く。

 ただ、直接攻撃だけでは勝負がつきそうになかった。
 ヴォルクの一撃は当たれば大きいが、はことごとくそれを躱す。
 の攻撃は命中率こそ高いものの、ヴォルクの固さの前にあまり効果がないようだ。

 となれば。

 自然、決着は、魔力というもうひとつの攻撃手段に移るわけで。

「ならば……これはどうだ!」

 大きく距離をとり、ヴォルクが呪文を詠唱し始めた。

「魔法オッケーでしたらわたしも行きます!」

 同時に、が胸の前で両手を音高く組み合わせる。
 その瞬間。
 ヴォルクの詠唱をかき消して、すさまじい精霊力が場に満ちた。

「な……なんだいこれ!?」
「……魔力なのか!?」

 驚くダークたちの目の前で、勝負はついていた。



「すっげー! すっげーよ! アンタいったい何者だい!?」

 精霊力をが行使する寸前、ダークの「勝負あった!」ということばで、とヴォルクは同時に動きを止めた。
 そこに、デルマが感動した様子での傍に走り寄る。
 今の攻防と、精霊力の具現で、警戒心はキレイに消えたようだった。
 ある意味素直。ある意味単純。
 デルマはダークを珍しいと云ったが、彼女も魔族としては珍しい性質なのではないだろうか。
「えと……精霊と人間の半々です」
「それにしてもすげーって! 最後にやったのナニ? あれ、魔法!?」
「はい。一応、魔法です」
「あーもー敬語なんていいよむずがゆい!」
「……いいんですか?」
「いいんだって! アタシ、アンタのこと気に入ったんだから!」
 女同士の友情(?)が育まれている横で、ダークとヴォルクは向かい合う。
 てっきり人間の女如きに敗れたことを悔しがっているかと思ったが、意に反してヴォルクは静かなものだった。
 人間への怒りが消えたわけではないだろう。
 だが、ダークが認めていることと、半分あるという精霊の血の証明。
 それが、少しだけ、怒りを興味に変えたのかもしれない。
 ウーファーは、強き者には敬意を払う。
 じっと己の手を見つめ、傍に来たダークに苦笑してみせた。
「なるほど、我がアルファが認めただけはあるな」
「……そうでもない。オレも驚いた」
 ギドの家では、咄嗟の反射神経と防御行動しか見ていなかった。
 あそこまで、攻撃においても強力を発揮するようには、とても思っていなかったのが本音だ。
 つまりは、ダーク自身もの外見で判断していた節がないでもないというわけで。
 まだまだオレも、相手を見る目が足りんな。
 そんなふうに、小さく自戒していたことを知るのは、とりあえずダーク本人ばかり。

 ……しかし、とにかく。
 これでまたひとり、強い(魔族ではないけれど)部下が、手に入った。
 しかも、ちょっと手放し難いほどの能力付で。
 の予定は探し人のちょこを見つけるまでらしいが、その後はいそうですかと別れるには、少々惜しい能力の持ち主であることがはっきりしたわけだ。

(かと云って、力ずくで云うことを聞きそうな奴ではないし……)

 さてどうしたものかと。
 ダークがそんなふうに考えているとはつゆ知らず、デルマがを引っ張ってやってくる。
「よっしゃ! なんかよく判んないけど、強い味方も増えたんだしさ! さっさとスイエンにフェニックスの血飲ませに行こうぜ!」
「……デルマ、貴様、ダークを殺すのではないのか?」
 『味方』と。
 ひどくあっけらかんと云うデルマに、呆れたようなヴォルクのツッコミが入る。
 云われたデルマは、う、と、口篭もって。
「い、いいんだよ! 殺すまでは、アタシは敵にはならないんだから!」
 ――と、理屈になっているのかいないのか、微妙なことを云って、まだそのへんの事情を知らないの目を丸くさせていたのだった。



 そうして。
 先に与えた反発の木の実に次いで、彼らはフェニックスの血をスイエンに与える。
 そのとき、スイエンをかわいいかわいいとはしゃいだのがひとりいたが――誰かは、あえて記すまでもあるまい。



4.精霊に、最も近いふたり。


■BACK■



ヴォルクとデルマとの出会い。
ダークのお墨付きってこともあってか、やけにあっさり認めてもらえたり。
...いや、まあ、精霊っていうのは結構トクベツな血って感じがします。
1〜3よりも、ずっと。なにより、この黄昏の世界だからこそ。
いかん、なんだかとっても複雑入り混じりそうです。げふん。本当に続けられるのかこれは。