あちこちに横たわる、オルコ族。
傷ついた者たち、すでに息絶えた者たち。
地下牢で、傷を負わされて気絶していた。
町の出入口に落ちていたオルティナ。
指し示している事実は、たったひとつ。
――リリアが、人間にさらわれたということ。
「……ごめんなさい」
闘技場――生き残ったオルコ族たちが、身を寄せ合っている場所で。
悄然とうなだれているのは、だった。
それから、をリリアの元に向かわせたゴーマ。
「一隊目は退けたんだけど……次にきた兵士達まで追い出すだけの、力、残すの忘れてました」
最初に、あまりに全力で魔法を行使したせいらしい。
その前にヴォルクとの戦いで、いくらか消費したというのもあるが。
「いや、いい。おまえはよくやった」
「……ごめんなさい」
「もういいって。な? 元気出せよ。アンタが前半の部隊やっつけたおかげで、あとの兵士たち、そいつら担いでリリアさらって逃げるだけで手一杯だったんだろ?」
柄にもないね、まったく。
そんなふうに自分自身へ悪態をつきながら、デルマがの肩を叩く。
のうなだれっぷりがあまりに哀れだったのか、ヴォルクまでもが気遣うような視線を向けている始末。
そして、始末といえばもうひとつ。
ダークの厳しい視線を受けて、縮み上がっているゴーマ。
ディルズバルド軍が来ると知らなかったとはいえ、を単身地下牢に向かわせたことで睨まれているのを、とっくに察しているらしく、先刻から一言も発さずに沙汰を待っているようである。
が。
ダークがその件について言及するより先に、が立ち上がった。
「行きましょう!」
「どこへ?」
「バラム荒野です! 彼ら、あそこに戻るみたいなこと、云ってましたから!!」
リリアさんを取り返しに行きましょうっ!
――ごうごうと。
雷ではなく、炎が、の背後で燃えさかっていた。
「……たっくましー。」
ぼそり、デルマがつぶやいた。
そうして、の傷の治療もそこそこに、一行はバラム荒野へやってきた。
前方をすかし見て、が実に厭そうな顔になる。
「……飛空挺……ですか」
「あれが何だか判るのか?」
判ります。
そう、ヴォルクの問いに答えるの表情は、あまり良さそうなものではない。
「ああいうの、そこらじゅうにあるんですか?」
「いや、オレも方々を彷徨ったが、見るのは稀だった」
「……でしょうね。過去の遺物を再利用してるみたいですし。無事に使えるモノはそうそうないですよね」
そんな会話をしながら、彼らの足は進む。
走る速度を緩めることなく辿り着いた先には、果たして予想通り、ディルズバルドの兵士達がいた。
何を話しているのか、荷物やら武器やらが散乱した一角に数名が集まっている。
――ひとりがこちらに気づいた。
指差して、何か云っている。
そこに、ダークたちは駆け込んだ。
「リリアはどうした!」
その第一声に、デルマがちょっとだけ顔をしかめる。
けれども、前方を見ているダークは、そんなことを知る由もない。
「勿論、連れて行かせてもらうぞ」
それだけを云って身を翻そうとした、指揮官らしき人物に。
剣を抜いて、迫ろうとしたけれど。
「おまえたちの相手は、別に用意してある!」
「――!?」
その、ことばと同時。
他の物と同じように、ただ捨て置かれているだけのように思われた、銀色のタマゴのようなものが震動し始めた。
バキィ、と。
頂上部から、まるでタマゴの殻をむいたときのように、中身が露出する。
「な……!?」
――透明な膜。いや、容器。
満たされた何かの液体。
その中に。
「アレ、魔族じゃねーの!?」
枯れ果てた植物のような、そんな存在が。ひとつ。
知らず、ダークは右腕の痣に触れていた。
魔族だろうが。なんだろうが。
ここでジャマをしようというのなら、叩き潰すだけだと自分に云い聞かせる。
「――人間に味方する魔族など、知ったことか!」
叫んで。
剣を携え、その物体へと向かう。
が。
唐突に、物体が震える。
その異様な様子に、ダークのみならず全員の動きが止まった。
ぶるぶる、と震動。
そして、物体のてっぺんが、ひときわ大きく揺れて。
バシュッ、と。
まるい、それこそタマゴのようなものが射出された。
「あっ……悪趣味……っ!」
がひきつった声でつぶやくのが聞こえた。
そのタマゴのようなものは、地面に着弾すると同時にすぐさま孵る。
いや、孵るという云い方は妙かもしれないが、この場合、他に適当な表現もない。
「モンスターを生み出すのか!?」
幸い、そう強力なモンスターではないようだ。
踏み込んだヴォルクの一撃で、それは地に伏す。
けれど、すぐさま射出音。
しかも連続して数個。
「なんてコトしてくれるんですかあの人たちはー! 基本的魔族権の尊重はどこいったんです!!」
「アイツラがそんなコト考えてるもんかッ!!」
「ええッ!? 仲悪いとは聞いてましたけどそんなに!?」
「でなきゃ、ヴォルクが出会い頭にアンタ殺そうとするハズないだろ!?」
――ちなみに。
そんな会話の間に、彼女たちはしっかりしゃっきりモンスターを絶命させている。
「大元を叩くぞ、ヴォルク!!」
「承知した!!」
その光景を横目に、ダークとヴォルクはタマゴ本体に向かう。
頑強そうに見えた物体は、けれど、意外にも呆気なく切り崩された。
戦闘自体にそう時間はかからなかったのだが、ダークたちが再び目を向けたとき、飛空挺はすでに離陸したあとだった。
「人間どもめ!!」
悔しそうなヴォルクの声。
が、そこまで思い通りにさせてたまるかとばかりに、の声があがる。
「追います!」
「!?」
それと同時。
生まれる光。浮かぶ身体。
教会跡で見せたときと同じように……いや、今度のそれは浮かぶためでなく、文字通り『翔ぶ』ためのもの。
その証拠に、の周囲でごうごうと風が唸りだす。
あと一瞬で、おそらく弾丸のように飛び出していく――そう思われたけれど。
ぐらっ。
「え?」
不意に。
の身体が傾ぐ。
ぐらぐら。
「あれ?」
風のうねりが、少しずつ、勢いを衰えさせていった。
比例して、の浮かぶ高度も下がる。
「きゃー!?」
最後には、文字通り。
落っこちた。
ちょうど真下にいたヴォルクが、仕方ないとばかりにを受け止める。
さしたる衝撃もなく、の身体はその腕のなかにおさまって。
「す、すみません」
「飛べないのか?」
さっきはきれいに浮かんでいたのに。
その光景を思い出しながら問うと、当のも首をかしげるばかり。
「うーん、なんだか、力を使いにくいです。突発的に使おうとしたから、調整不足だったみたいで」
前はそんなこと、なかったんですけど。
「あー、でも、ヴォルクさんとかオルコスとかで放出しすぎただけかも……」
そう結論づけて、がうなだれる。
役立たずだなぁと自嘲する様子がなんだか幼く見えて、ダークは苦笑した。
「気にするな」
云って、空を見上げる。
ディルズバルド軍が飛んでいってしまった、その痕跡さえ残っていない空を。
リリアの連れて行かれた、その蒼穹。
さらわれた。
光霊石を。
リリアを。
そう考えた瞬間。
――ずき、と。
小さな。
本当に小さな棘が、刺さったような痛み。
「……なんだ、これは?」
胸がしめつけられるような、けれど痛みとは違う、不思議な感覚。
やはり自覚なしに腕の痣に触れて、ダークはひとりつぶやいて――
「わらわは、かような荒野で息絶えてしまうのかえ……」
そんな、気の抜けるようなセリフが聞こえてきたため、一同そろって振り向いたのだった。
6.ピアンタ族のカトレア