さっき。
本当に、ついさっき。
ディルズバルド群の残した、タマゴのような機械。
そのなかにおさまっていた魔族が、よろよろと起き上がって悲嘆に暮れていたのである。
唐突な第三者の登場に呆然としている間に、あちらが先にダークたちを見つけた。
おぼつかない足取りながらも、ふらふらと近づいて――
「なんだ、テメエ!」
そんな、デルマの声に遮られる。
「そなたたちが、わらわを助けてくれたのかえ?」
が、当の魔族はデルマの怒鳴り声など歯牙にもかけていない様子。
デルマ、ダーク、ヴォルク、それから腕に抱えられたままのを一瞥して、最後にダークに視線を戻した。
「わらわはピアンタ族のカトレア。礼を申すぞ」
けれどそのことばに、返答したのはヴォルクのほう。
「同じ魔族だからと、手心を加えたと思っているのか?」
「そうだぜ! 人間なんかに味方しやがって!!」
「わらわが人間の味方じゃと! ふざけたことを申すでない!」
間髪入れず、カトレアが叫んだ。
おや、と。
虚を突かれて、一行は口を閉ざす。
「わらわは、あやつらに利用されたのじゃ!」
「利用だと?」
「そうじゃ。彼奴ら、卑怯にもわらわを――」
話し出して、すぐ。
何事を思ったのか、ふるりと身体を震わせて、カトレアは沈黙した。
「どうしたんです?」
が声をかけるけれど、目も向けずにうつむいたまま。
それは無視しているのか、それとも、別の思考にとらわれているのか。
判断のつけにくいなか、ようやっと顔をあげた後の第一声は、
「云えぬ……あまりにも辛い体験じゃった」
「ならば信じられんな」
即座にヴォルクが云う。
腕にを抱えたままでちょっと迫力が減っているけれど、じろりとカトレアを睨んで。
が、カトレアも負けていない。
老婆のような顔で、表情の変化がわかりにくいが、彼女はたしかにを睨んだ。
「何を申す。第一、そこな娘は人間ではないかえ」
「コイツはいいんだよ、コイツはッ!」
「魔族の敵たる人間と仲良うしておるそなたたちこそ、魔族に背を向けておるではないか!」
「……あのう」
デルマとカトレアの舌戦が始まろうとした刹那。
槍玉にあげられたが、おずおずと横から口を出す。
「気になってたんですが……そんなに、魔族と人間って仲が悪いんですか?」
あの、ディルズバルド軍ってトコとだけじゃなく、こう、全体的に相容れないほど、絶望的に?
――さあ、そのあとがすごかった。
一瞬の沈黙ののち。
全員が、一斉に口を開いたのだから。
「仲が悪いも何もあるか! 人間は敵だ!」
「奴らはオレの部族を、妻と子を殺したのだぞ!」
「勝手にアタシたちのナワバリに入って、好き勝手しやがるし!」
「わらわを森からさらい、拷問にかけて奇跡の石の場所を聞き出しおったのじゃぞ!」
はい?
人間への敵意にあふれたセリフの渦に、思わず目をまわしたも。
人間がいかに非道か力説しようとしたヴォルクとデルマも。
そして、当然ダークも例外なく。
視線が再び、カトレアに集中した。
「奇跡の石だと?」
「あ」
――沈黙、しばし。
視線に耐えかねてか、それとも一度云ってしまったことだと諦めたのか。
カトレアは息をつき、頷いた。
「わらわたちピアンタ族は、もともと森で静かに暮らしておったのじゃ。そこに、ディルズバルド軍がやってきおった」
ピアンタ族の賢者と呼ばれるわらわなら、情報収集に効果的だと考えたのであろう。
わらわはさらわれ、先ほど飛び立ったあの乗り物に連れ込まれた。
気づけばどことも知れぬ建物のなか、奇跡の石の在り処を告げるまで、地霊石の力を使って延々と苦しめられたのじゃ。
かいつまんで話されるカトレアの体験に、全員の表情が厳しくなった。
ディルズバルド軍のやり方もそうだが、気になることもあるからだ。
「カトレア。奇跡の石といったな。それはなんだ?」
「わらわたちの間には、魔族に力をかしこさを与えるアイテムと伝わっておる」
「……力とかしこさ……」
なぁ、と。
なにやら思いついたらしく、デルマがダークを振り返った。
「それって、もしかしてさ」
「うむ、ディルズバルド軍が狙っているのなら――」
ヴォルクも、同じことを考えていたらしい。
そうしてダークも頷いた。
「大精霊石かもしれんな」
そうしてカトレアに質問再び。
すなわち、その奇跡の石とやらはどこにあるのかと。
「アデネード大陸の中央、コレオプト神殿の奥深く、玉座の間にあると云われております」
答えをもらえば、ダークの決断は素早い。
「よし、そこへ行くぞ!」
カトレアから視線を動かし、デルマとヴォルク、まだ腕に抱えられたにそう告げる。
――それにしても、いつまで抱えられてるのかと。
ついツッコもうとした矢先、またしても背後から声がした。
「ダーク殿は、奇跡の石を手に入れてどうされるのじゃ?」
カトレアの問い。
「決まっている! 人間どもを滅ぼして、オレが魔族の王になる!」
間をおかず答えるダーク。
む、と、の眉が寄せられた。
気づいたのはヴォルクのみ。
デルマは、連れて行けというカトレアに気を立てていて気づかない。
連れて行け、いや戦力にならない、そんなやりとりのなか、ヴォルクはに問いかける。
「どうした」
「……本当に仲悪いんですね。人間と魔族って」
ため息混じりのことばに、今さら何を云うのかと思ったことは、まぁ間違いではないだろう。
ただ、今ではヴォルクもこの娘を知っている。
何百年となく眠っていたという。
まだ、魔族さえ生まれたか生まれていないかという時代のことだと。
だから、つとめて普通に答えた。
「考えれば判るだろう。オレたちはモンスターから進化したのだ。人間とモンスターが友だった歴史などあるわけがない」
それならば、現状も納得のいくものではないか。
そう続けようとした先に、が今度こそでっかいため息。
「たしかに全部が全部じゃないですけど、わたし、昔、遊んでもらっていましたよ」
「……モンスターに?」
「はい。ことばは通じなかったけど、でも、わたしは彼らが好きでしたし、彼らもわたしのこと好いてくれてたと思います」
「それは、おまえが精霊だからではないのか?」
いいえ。
は首を振る。横に。
「元々は、純粋な人間である子が心を通じ合わせていたんです。わたしは、その横からたまにかまってもらっていただけ」
だから絶対的に敵対していたわけではないのだと。
そう告げられても、やはり心境的に信じられるものではなかった。
ヴォルクの表情を見て、それを悟ったのだろう。
少し哀しそうな顔になって、それでもは何も云わずに口を閉じた。
7.さだめたしるべ