そして顛末はというと、結局カトレアもダークたちに同行することになった。
コレオプト神殿が迷宮であり、奥に辿り着くには自分の知識を用いるしか手段はないということばをダークが買ったためだ。
完全に戦力外通告されているが、当人も戦闘という野蛮な行為は嫌っているようだから問題ないだろう。
デルマとヴォルクが苦い顔をしていたが、ダークの決めたことだからと受け入れたようである。
で。
それとは別に、ひとつ問題が発生していたりするのだが。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ぢー、と、ダークを睨めあげる。
それを真っ向から受け止めて、同じく睨みつけているダーク。
蚊帳の外にされたデルマたちは、固唾を飲んで行方を見守っている。
先に口を開いたのは、だった。
「……どうしても、人間を全部滅ぼされるんですか?」
「当然だ。そうでなければ、魔族が滅ぼされる」
さっきから数分、似たような問答が繰り返されていた。
魔族を支配するというダークの目的に、人間の全滅という項目が含まれているのを知ったが、一気に機嫌を損ねたためだ。
「納得行きません」
「ろくに聞きもしなかったのはオマエだろうが」
「だって。魔族の王になるとしか、云わなかったじゃないですか」
「人間と魔族が世界を二分している、という話はしたぞ」
「だからって、そこまで仲が悪いなんて……」
睨みつける視線が、少し弱くなる。
うー、とうなってうなだれて、が小さくつぶやいた。
「……どうしてこうなっちゃうのかなぁ……」
それは、自らの不手際を嘆いているようであり。
また、過去の何がしかが無駄になったのを哀しんでいるようでもあり。
けれども、ダークにしてみれば、のそんな感傷に付き合っているひまはない。
「それで。オマエはどうする」
「……」
「今までどおりオレについてくるか? それとも、魔族と手を切って人間側につくか?」
「…………」
黙りこくったに、ここぞとばかりにたたみかけて。
「まあ当然か。人間にしてみれば、魔族は薄汚い好戦種族らしいからな。そんな奴等に付き合うような酔狂さなど、持つはずが――」
こーん。
の投げた石が、見事にダークの鎧にヒット。
力を入れていなかったせいもあって、傷ひとつついちゃいないが、ダークのことばを止めるには十分だった。
「そういうふうに考えてるんだったら、迷ったりしませんっ」
強い口調でそう云って、ぷいっとはそっぽを向いた。
「わたし、ダークさんたちのこと好きですもん!」
「・・・・・・」
『・・・・・・』
ダークのみならず。
全員が、呆気にとられてを見た。
「何ソレ」
ぽかんと、成り行きを見守っていたデルマがそうつぶやく。
「ですからっ。わたし、皆さんのこと好きなんですってば!」
拾ってもらいましたし一緒にいてくれましたし遊んでくださいましたし!
いつ遊んだんだ。
そんなツッコミが、誰かの脳裏に浮かぶと同時。
ちょっぴり泣き出しそうな顔になって、が立ち上がった。
今の今まで、膝抱えて丸くなっていたのである。
当然荒野の上に座っていたので、土やら砂やらが服にこびりついているが、当人気にした様子はない。
「いいです。もう」
「ほう?」
やはりここで手打ちになるか。
――少しばかり。
そんな不安も胸をよぎって、けれどダークは薄い笑みを浮かべてに応じる。
それから、心中で首をかしげた。
不安?
だれが? オレがか?
何が不安だというんだ?
自問は。解が出る前に、のことばで遮られる。
「ついていきますっ!」
実に、予想外の一言。
それから。
「わたしはまだ、今の世界がどんなのか知らないですから」
真っ直ぐに。
視線を上げて、ダークたちを見て。
「あなたたちのこと好きです。でもそれは、世界の半分を見ただけでしょう?」
だから。
「ついていきます。あなたが魔族の王になるまで。そのあとで、世界の残り半分を見に行きます」
「……そんな勝手が通じると思うのか?」
ついてくるというのなら。
多少なりとも、覇道の支えになるというのなら。
事が終わったからといって、自由にすると思うのか?
最初から、手放すつもりはなかったのかもしれない。
精霊の娘。
風の精霊を親しく呼ぶ者。
――ダークが道を定める、最後のきっかけになった精霊の。
その稀有なる存在。
人間も魔族も等しく、その心を寄せる存在。
その貴重さを、判っているつもりだから。
「判りません。この旅で人間に愛想尽かすかもしれないし、逆に好きになるかもしれないけど、未来のことなんて誰にも判りませんもん」
ふてくされたこどものような顔で、は云う。
「だから今は、あなたについていきます」
決めるのはそれだけ。
選んだ道はそれだけ。
他に何も要らない、目の前の標はたしかに定めた。
強く。強く云い切って――
ダークたちのことばを失わせただったけれど。
ふと。双眸を揺らがせる。
「それにですね」
まなじりを下げて、先刻までの緊迫などどこへやらで。
「・・・その。やっぱり、知らない世界に一人で放り出されるのは、不安です」
その視線は、ダークを見ている。
起こしたことを責めているようにも、捨てられるのを恐れた小動物にも思える。
「そうか」
不意におかしくなって笑うと、むーっとの眉が一層寄せられた。
が、さっきまでと違って、空気が張り詰めるようなことはない。
それを本人も判っているのだろう、表情を苦笑の混じったものに変えて、大きなため息ひとつ。
これで、完全にそれまでの雰囲気が霧散した。
デルマとヴォルクが、心なしほっとした表情で顔を見合わせていたのが、少しばかり印象的だったかもしれない。だってそれは、今まで見たことのない彼らの表情だったから。
8.誓いをまずひとつ