そして、オルコスへの帰り道。
「……それにしても何考えてるんでしょう、ディルズバルドとかいう国」
ぶつぶつ。ぶつぶつ。
ぷんぷんといった様子でがつぶやいている。
落ち着いて考えてみたら一連の事件に相当腹が立ったらしく、ダークたちがこれまで見たなかで最大級の怒りように見えた。
が、不機嫌なのは誰もが似たようなものだ。
人間相手にあそこまでいいようにあしらわれて、黙っておれるわけがない。
そのなかでも、ついさっきまで操られていたカトレアは、やはり積もり積もったものがあるらしく。
「何を云う。そなたも人間ではないかえ」
「そうですけどね! たしかにわたしだって人間の血、流れてますけどねっ!?」
まだの血を知らないからだろうその一言に、バチィっと彼女の周囲で火花が散った。
「だけどやりすぎもいいとこですっ! リリアさんが何の鍵握ってるのか知らないけど、やっていいことと悪いことがあるでしょう!」
無関係な魔族、巻き込んで、拷問して、実験に使って、同類に叩かせる、なんて!
「……そなた」
きょとん。
もしもカトレアの容貌が人間に酷似していたら、そんな形容詞が似合ったかも知れない。
「もしや、わらわが彼奴等の実験台にされたのを」
「怒ってますよ!」
寸分の間もおかず、返される答え。
「思い出しただけで腹が立つっ! あんな光景、もう見たくなんかなかったのに……!」
「もう?」
の言葉に反応したのは、ヴォルクだった。
「前にも、人間は同じようなことをしたのか?」
「……してましたよ」
「カーッ、人間ってのはこれだから! ……あ、別にアンタのコトじゃないんだからね?」
「そなた、珍しい人間だのう……ダーク殿が連れておるのだから、只者でないとは思うたけれど」
憤ったりフォローしたりと忙しいデルマの横から、カトレアがもう一度に話しかけた。
そのことばには、先刻のような棘は含まれていない。
がそれに答えるより先に、話題に出されたダークが振り返る。
今の今まで、黙って一行の先頭をすたすたと歩いていたのだった。
「鍵を聞きたいか、」
「え?」
「リリアがああまでして、人間どもに狙われる理由だ」
「え、えと。そりゃあ――」
聞けるものなら、聞きたいです。
そうが答えるより先に、カトレアも興味津々で乗り出すより先に。
「ただし知った以上は、この先何があろうとオレのために動いてもらう」
さらりと。
なんでもないことのように、ダークはそう云った。
が。
そうなる理由はともかくも、ことばの意味だけは、しっかりも把握したようだ。
「……はい?」
口元をひきつらせて、歩む足をぴたりと止めた。
つられたか、周囲の足も止まり、自然ダークも立ち止まる。
改めてに視線を留め、ダークはもう一度云った。
「知りたければオレに忠誠を誓え。オレが目的を果たすまで、オレが魔族の王になるまで。その力をオレのためだけに使うと」
――目のあたりにした、すさまじい精霊力。
――ダークやヴォルクにもひけをとらない、戦闘力。
――ディルズバルドの軍隊を、半数とはいえ追い返した実力。
ずっと考えていた。
いつかの条件で手放すには、あまりにも勿体無さすぎる、その能力を。
どうすれば?
きっかけは、向こうが持ち出した。
大精霊石――かつて世界を生み出し、見守っていた始原の精霊の力の込められた、輝石。
それにまつわる幾つもの思惑。
5つの大精霊石を集めた末に得られる力。
それを求める者たち。
魔族、人間。それぞれが。
それぞれの理由で、5大精霊石を求める今。
秘匿というわけではない。
だが、それを知る者を野放しにはしておけない。
敵か味方か。
大精霊石をめぐっての各々の立場は、それしかあるまい。
「いや、あの。ダークさん。いくらなんでも、それちょっと、条件にしては不公平すぎません?」
さすがに、も眉をひそめ――
けれどすぐに、表情を改める。
「あなたは、魔族を支配すると云ってましたよね。人間を滅ぼすとも。その理由はなんです?」
「……オレの目的はただひとつ。魔族を救うことだ」
怒りと憎しみしか知らぬ魔族を束ね、まとめ、その上に立ち。
争いなどない、平和な魔族の世界を、オレはつくる。
そのために大精霊石が要る。
それら5つを集めて得られる、大いなる力が要る。
「……」
それを聞いて。
の表情が、ゆっくりとほころんだ。
人間を滅ぼすとか。魔族を支配するとか。
そういったものよりも。
ずっとずっと、大きなものを、ダークが抱いているのを感じて。
ずっとずっと、先にあるものを、彼が見ていると悟って。
「――あなたみたいな人たちを、わたし、知ってました」
は告げる。
遠く、はるか遠く。
時の彼方で別れてきた、大好きな人たち。
己のことなど顧みず、ただ、すべての存在を救うために。
傷ついて、戦い抜いた人たち。
どうしてだろう。
姿もその在り様も違うのに。
意志の輝きが、とても似ていると。――そう思う。
ねえ、聞こえる?
まだ世界も、捨てたものじゃないよ。
――遠い同胞へ向けて。心のなかで、つぶやいた。
それから。
頷く。
「わかりました」
軽く目を閉じたは、だからそのとき、ダークの双眸が安堵するような光を宿した事を知らない。
一瞬のことだったから、周囲の者たちでさえ、それには気づかなかった。
「だけどまだ、わたしは、あなたをよく知らない」
だから。
「時間をくれますか?」
そう長い時間、かからないと思いますから。
返答を結局保留したことに、ダークが少し眉を顰める。
それでも、ダークがそのことを追及するよりも、が続きを告げるほうが早かった。
「まあ、それだけじゃ、それこそ不公平だと思うので」
起こしていただいたこととか、この世界について教えてもらったこととか。
実際素性もわからないのに、一緒に連れて歩いてくださってることとか。
恩義はむしろ、わたしの方が多大に受けていますから。
「わたしの存在にかけて、今、ひとつだけ約束します。あなたが目的を果たすまで、わたしは絶対に、あなたの歩みを阻む場所に立たないって」
わたしの心と意志はわたしのものだけど、あなたが望むなら、あなたの力にもなります。
「勿論、あなたが王になったあと、人間を滅ぼそうとしたら――そのときは自由ですから、何か抵抗するかもしれませんけれど」
付け足しに、苦笑して。
ダークは、つとを見据えた。
「うつろうことばだけでの誓いを、信じろと?」
「精霊にとって、紡いだことばは己の力、存在そのもの。それを覆すなら、報いは消滅なんですよ」
それでも不服ですか?
「……それこそ、信じる材料がないな」
「それは、裏切ったときに確かめてください」
あなたの敵にまわろうとした瞬間消滅するんですから、意味はなくなりますし。
消滅しなくても、それこそ叩き潰してしまえば問題ないでしょう?
にこり――にっこり。
微笑むに、嘘は感じられなかった。
少なくとも、ダークはそう感じたし、ヴォルクたちも否を唱えることはなかった。
「判った」
ダークも頷いた。
視線はまっすぐ、に向けたまま。
「その誓いを受けよう」
――ずいぶんと、あとになって。
の友達という少女が、経緯を聞いてこう云った。
「がことばに出して何かを誓うって、珍しいのよ」
消滅どーのじゃなくって、一度口にしたお約束とか、ぜぇったいに守り抜いちゃうんだから!
「……判ってる。嫌というほどな」
苦い顔で、ダークが答えていた、そんな一幕はまだまだ先のことだけれど。
誓います。今は、ただひとつ。
わたしはあなたの行く手を阻まない。
――この存在にかけて。
9.向かうはアデネード