オルコスから、東に進むこと少し。
かつての人間たちの教会跡、今ではダークの父、ウィンドルフの墓標でもあるこの地で。
伝説のモンスター・飛炎が再び、この世界に姿を現していた。
身体を包む、燃えさかる炎。
大人数を乗せるために巨大化した、その姿。
あの小さなスイエンからは考えられない姿に、一同が絶句した横で。
「きゃーっ! 飛炎ひさしぶりーっ!」
――大喜びで、飛炎に抱きつきに行った女性が、いた。
いわずとしれた、壺娘ことさんである。
「……すごいねアイツ……」
「ああ……」
飛炎が懐いたのは、ダークと。
ダークはタマゴから面倒みた挙句にあれこれエサを与えていたので納得いくが、何故まで。
そんな疑問を思わず抱いた他一同だったが、無心に飛炎と戯れるを見ているうちに、どうでもよくなった。
「飛炎、飛炎。覚えてる? 知ってる? わたし、あなたのご先祖様と遊んでもらったことがあるんだけど」
『 ! ! 』
「わぁ、ありがとう、知っててくれたのね」
「……もういいか?」
いい加減、アデネードに向けて出発したいんだが。
「あ、ごめんなさい」
見慣れた子に逢えると思わなかったから、なんだかうれしくて。
最後に飛炎の鼻先に頬ずりして、はダークに場所を譲った。
とん、とん、と軽く跳ぶように歩き、後ろに待っている一行の元へ戻る。
そんな彼女を待っているのは、デルマやヴォルク、カトレアといった魔族の面々。
ひとりたりとて同じ存在のない、異色を放つ一行である。
「なぁ、。アンタ何年生きてんだい?」
「え?」
「だって飛炎て、伝説のモンスターだろ? ってことは相当長い間、誰も見たヤツがいないってコトだろ?」
「鬼娘にしては、珍しく頭が回転しとるようじゃのう」
「うるさいよババア!」
すかさず横からツッコミを入れたカトレアに、デルマが怒声で返す。
すっかり見慣れた光景と化したそれに、とヴォルクは顔を見合わせて、片方は笑み、片方はため息をついた。
そうして、飛炎となんとか意志を通じさせたダークが、くるりと一行を振り返る。
「何をしている、早く乗れ!」
「あ、はーい」
「判ってるよ!」
「うむ」
「承知しましたぞえ」
実に個性あふれた返答とともに、彼らは巨大化した飛炎へ乗り込んだ。
馴染みだと云い切ったは、久々の空の旅にうきうきしているようだが、他のメンバーの表情は固い。
ダークは空を飛ぶ経験を知っているせいかそうでもなさそうだ。
デルマも、一度空の散歩としゃれこんだことがあるので、むしろ少し楽しんでいるようである。
カトレアはというと、飛炎の炎が燃え移らないかどうかが一番の関心ごとらしい。
「・・・」
で。
一番がちがちになっているのが、実はヴォルクなのであった。
普段の貫禄を顧みるに、飛炎の手の上でちょこんとかしこまっている姿は、どことなくどころでなく笑いを誘う。
いや、本人、至極真面目……というか、切羽詰っているのだろうが。
「ヴォルクさんヴォルクさん。落ちたりなんかしませんから、あんまり緊張してると酔っちゃいますよ?」
「いや、いい。オレにかまうな」
「そう云われても……」
耳も尻尾もピーンと立った、ある意味警戒しまくりわんこポーズのヴォルクを、放っておける性分のではなく。
万が一のときはとこっそりビニール袋(あるのかそんなの)持参して、彼の隣に腰かけた。
「気分が悪くなったら云ってくださいね?」
「……すまん」
ぽんぽんと、軽く背中を叩かれて。
やはり気が張り詰めていたのを、今ごろ自覚したのだろう。
少しだけ気を抜いた顔で、ヴォルクはそう答え――じーっと自分を見上げると目が合って、また固まった。
「な、なんだ?」
「いえ……あの……」
ぽ。
ほんのり頬を染めて、はやはり、じーっとヴォルクを見上げる。
「……あの……抱かせていただいていいですか?」
『は!?』
これには、ヴォルクだけでなく全員の合唱になった。
今まさに、飛炎を飛び立たせようとしていたダークしかり、カトレアと漫才を繰り広げていたデルマしかり。
一同の視線を一身に浴びているはというと、目の前の目的しか頭にないらしく、やっぱりヴォルクを見上げたままで。
「えと……毛皮が気持ちよさそうで……昔、パンディットと遊んでたの思い出して。あ、パンディットって、リーザって子と一緒にいたモンスターなんですけど。イヌ科の。たまに抱かせてくれたんですけど、ふわふわであったかくて気持ちよくて――」
云いながら。
相当うずうずしているのか、許可さえ出ればすぐにでも飛びつきそうである。
「・・・・・・」
そうして。
必死にお願いされてしまったヴォルクは、沈黙することしばし。
遠い目になること少々。
間をおいて。
「……か、かまわんぞ」
「ありがとうございます!」
結局、のキラキラ眼差し攻撃に、根負けしてしまったのである。
許可を出されるやいなや、やっぱりは待ってましたとばかりにヴォルクに飛びついた。
かといってがヴォルクを抱っこできるはずもなく、展開されるのは、ぎゅうっと横から肩口にしがみついて、首から背中にかけての毛に頬ずりしている光景になるのだが。
「ふわふわ〜……きもちい〜……」
「……アンタ、ヘン。」
うっとりしているに、あきれ返ったデルマのツッコミが入った。
「いやでもほんとに気持ちいいんですよ? 結構固そうなんですけど、こう触ってみると判るやわらかさっていうか!」
「力説するな……」
何を意地になったのか、は握りこぶしつくってデルマに云い返す。
一連のやりとりで疲れ果てたヴォルクが、もう視線をそちらにやろうともせずに、そう云った。
とたん。
「行くぞ!」
何の前触れもなく、ダークの声が響いて。
「うわっ!?」
「あ〜れ〜!?」
「ぬおぉッ!?」
「わわ!?」
ごうっ、と、飛炎が空へ舞い上がる。
身体を押さえつけるような重力との戦いも、ほんの少しでピークを過ぎた。
あっという間に雲の上に出た飛炎は、そのまま、ダークの指示した方向に向けて一直線に飛び進む。
――アデネード大陸。
の過去の知識で云うなら、水の大精霊石があるというそこは、かつてのアリバーシャあたり。
懐かしいのか哀しいのか、そんな自分でもよく判らない感情が、心に忍び寄りかけたとき。
ふと。
飛炎の手の先の方に立ち、進行方向を見ていたはずのダークが、こちらを見ているのに気がついた。
当然、視線が合う。
なんだろうと思っていたら、そのうち、軽く睨まれたような気がして。
だけど、その後すぐにダークは視線を前に戻したため、確認も出来なくなったはしばらくの間、首を傾げていたのだった。
そうして、やってきましたアデネード大陸。
空の旅を堪能した一行(約一匹除く)は、無事に、飛炎のエサ場も兼ねた水辺に降り立った。
「ヴォルクさん、我慢しなくても良かったのに……」
少々ふらふらになったヴォルクを見て、が困ったように笑う。
「アルファが平然としているのだ、オレが弱音を吐くわけにはいかん」
「いや、それは立派ですけどね……?」
「ほっとけよ。そーいうヤツなんだって、ヴォルクは」
「でも、デルマ。このままじゃ、モンスターに遭ったとき、ヴォルクさん戦力になりませんよ?」
「だーから敬語はいいって!」
「ウーファーたるもの、この程度で敵に背を向けたりはせん!」
「うるさいのう、まったく……」
わいわい、がやがや。
「やかましい!」
ぴたっ。
いい加減しびれを切らしたダークの鶴の一声で、異種族混合漫才は終わりを告げる。
……いや、まあ、本当に。
よくここまで、見事に異なる種族ばかりが揃ったものだ。
ウーファー族、オルコ族、ピアンタ族。
おまけには精霊と人間の子で、ダークは魔族と人間の子。
それが、ぱっと見、和気あいあいと。
会話のキャッチボールに勤しんでいる光景など、ダークは生まれてこのかた、ついぞお目にかかったことはない。
周りにいたのはオルコ族だし、その族長のデンシモは極めて縄張り意識が強かったし。
だけど。
そんな彼らを見ていると。
ほんの、少しだけ。
自分が進む道に自信が持てるような、そんな気分になるのも本当だった。
すべての魔族がひとつに集う、その光景が、そう遠くないものに思える。
が。
それはそれとして。
「オレたちは、人間より先に水霊石を手に入れなければならん! いつまでも無駄話などして時間を潰すな!」
「ご、ごめんなさい」
しょぼーんとがまず謝って、
「でもさー、その水霊石だっけ。どこにあるのか判ってんの?」
デルマがそう云って。
「コレオプト神殿だと、わらわが教えたであろうが!」
カトレアが、そうツッコんで。
危うくまた、漫才会話が繰り広げられようとしたとき。
「いいかげんにしろ!」
実にいいタイミングで、ダークの叱責が飛んだのだのである。
なんというか、リーダーというよりか、すでにツッコミ役とか保父さん役とかいったほうが適切かもしれない。
10.これはわたしの意志