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これはわたしの意志


 とは云っても、ではすぐにコレオプト神殿に向かおうということには、さすがにならなかった。
 コレオプト神殿は、魔族であるコレオプト族の住処だ。
 当然魔族のテリトリーに存在している。
 それはある意味幸いだが、そもそも精霊石は、魔族にとっては力の源。生命そのもの。
 ましてや今回の目的は、絶大な力を誇る、五大精霊石のうちのひとつ。
 それを渡せと云って、はいそうですかと応じるわけはない。絶対にない。
 ゆえに。
 真っ直ぐコレオプト神殿に向かうよりはと、少し北にある集落で、一行は準備を整えることにしたのである。

 その集落の名前は、ルルムという。
 そこもやっぱり、の記憶を刺激する場所。
 パルトス。
 かつて人の間でそう呼ばれていた場所だと、が確信をもってそう云ったのは、中央に構える闘技場を目にしてからのことだった。


 とりあえず必需品の購入や、武器パーツの見直しのために、各自自由時間をとることになった。
 終わり次第、コレオプト神殿に向けて出発である。
 そんな一種の自由時間は、やっぱりちょっとした息抜き気分。
 いや、が息を抜くほど気を張っていたかといわれると、他一行は間違いなく首を傾げるだろうが。
「こんにちは、えーと、コラプの方」
「あれ、珍しいね。人間が来るなんて。よく八つ裂きにされなかったねぇ」
 コラプ族は、人間だろうが魔族だろうが商売できればそれでいいという性分だ。
 店頭にひょっこり顔を覗かせたを見ても、別に驚くこともなくそう云った。
 ちなみにそのの背後には、ひしひしと彼女を睨むルルムの魔族たちの姿があるわけだが……
「それはですね。強いご主人がいますから」
 すぐ横で周囲にガンつけているダークを指して、は笑う。
 ルルムへ着いたと同時、魔族モドキと因縁つけてきた他の魔族たちを、一撃で黙らせた少年を。
 町の面積は広いが、その大部分は闘技場だ。
 店や住居となっている部分は意外に狭く、広場で騒ぎを起こせばルルム中の者はそれを見る。
 コラプ族もその騒ぎを見ていたらしく、ああ、と手を打っていた。
「さっき騒いでたのはあんたらかい。遠目だったけど、強かったねぇ」
「でしょう。ダークさんは強いんですよー」
 ヴォルクを一撃でふっ飛ばしかけたおまえが何を云っている。
 背後のダークの視線はそう語っているけれど、生憎コラプ族との会話に熱中しているは気づかない。
「ダーク? あー、オルコスの新しい族長になったって、そうか、あんただったのかい」
「知っているのか?」
「まだ広まってないけどね。おれたちの間では噂だよ。魔族モドキにオルコ族が――おっと、失言だったかな」
「……」
 少し。
 表情を顰めたダークを、ちらりと。
 が、気遣わしそうに見上げる。
 だけどすぐに笑みをつくって、チッチッチ、と、人差し指をメトロノーム。
「あまーい。聞いて驚いてください。わたしなんかですねぇ」
。買うものがないなら行くぞ」
 ことばの続きを遮って、ダークはそう云った。
「あ、えーとそれじゃコラプさん、薬草10個くださいな」
「はいはい。200ゴッズだよ」
 とたんに世間話は終わり、会話は店と客のものに。
 品物を受け取って代金を払い、ようやくが立ち上がる。
 他の誰も聞いていないことをざっと確認して、ダークはに話しかけた。
「あまり云いふらすな。得にならんぞ」
「……ダークさんだけモドキって云われるの、ちょっと悔しいじゃないですか」
 なんと答えるべきか迷って、結局、ダークはため息をつくだけで終わらせる。
 同情かただのお人好しか、それともただの負けず嫌いか。
 横にある、パーツ類の店に歩きながら、ダークはぽつりとつぶやいた。
「オレはいい。慣れてる」
「でも」
「それに、人間も魔族も、この世界に存在していることは間違いない」
 どんなに憎みあっていても。
 どんなに滅ぼしたいと思っていても。
 ふたつの種族は結局、世界に存在しつづけている。
 けれど。
「だが、おまえは違う」
 足を止めて振り返れば、後ろをついて歩いてきていたが、危うくぶつかりかけてよろけていた。
 周囲を、もう一度見渡す。
 ヴォルクは、向かう先のパーツ屋で熱心に何かを手にとって眺めている。
 デルマは、少し離れた小屋でなにやら見世物を見ているようだ。
 カトレアはどこに行ったか知らないが、あの性格ではどうせそう離れた場所にはいないだろう。
 そして、その他の住人達も、ちらちらと視線を感じはするが、声の聞こえるような位置にはいない。
 度を越すのも毒とは云うが、この場合、用心しすぎて損はないだろう。

「覚えておけ。精霊はすでに伝説の存在だ。――そしておまえは、その力を行使する存在だ」
 そんな存在が、この世界にいると知れたら。
 リリアを、大精霊石を狙っている、ディルズバルドに知れたら。
「間違いなくおまえは、そのために狙われるぞ」
 大精霊石を集めて得られる、大いなる力。
 その横に、精霊の娘。
 それらが揃えば、民心の掌握など容易いことだろう。


 ――魔族にせよ人間にせよ。

 精霊への思いだけは、どちらも、共通しているのだから。


 目を丸くしてダークのことばを聞いていたは、けれど、最後に小さく笑う。
「何がおかしい?」
「だいじょうぶ」
 答えになってない答えを云い、彼女はダークの横に並んだ。
 黒い髪が、ふわりと弧を描く。
 森の奥の澄んだ湖のような色の眼が、笑みをたたえたままダークを見上げた。
「だいじょうぶ。わたしの意志もわたしの力も、わたしのものです」
 ことばの意味を。
 掴みかねて。
 首を傾げるダークに、向けられたのは真摯な表情。
 なんでもないことのように。
 たった一言、は云った。

「わたしにも誇りはあります。わたしの意志を無視して力だけ使われるくらいなら、何がどうなろうとも、わたしはわたしを守るために抵抗します」

「・・・・・・」

 そのとき、自分がどんな感情を抱いたのか、あとで考えてみてもダークは思い出せなかった。
 ただ覚えていたのは、なんでもないようにそんなことを云うの過去を、垣間見たような気分になったという、それだけのこと。
 そうして。
 そんな感傷めいたものを抱いたのが、自身でも意外に思えて。
 だから、ダークは呆れた表情をつくって口を開く。
「抵抗が通じない相手だったら、どうするんだ」
 あーそうですねぇ、と、は笑った。
 ……それは、もう、とっくにそのときの身の振り方を決めている表情だった。

「いっぱい抵抗して、それでダメなら――わたしがわたしであるうちに消えてしまいたいと、……思います」

 それは、『死』ということだ。
 精霊達がかつて、この世界から旅立ったという意味ではなく。
 半分が人間であるこの娘の存在を、抹消してしまうということだ。
 ――本人の意志で。
 おそらく、意志だけで、は死ぬことが出来る。
 半分の精霊の血が、それを可能にするのだろう。

 知らず、ダークは息を飲んでいた。

「大した覚悟だな……」
「当然でしょう。望んで持って生まれたわけじゃないけど、自分の力のヤバさくらい判ってるつもりですもん」

 力を持つものは、常に、何がしかの覚悟が必要なのだと。

 言外にそう云って、は、また笑顔に戻る。
 けれど。
「ダークさん?」
 何か考え込んでいるダークに気づいて、表情を怪訝なものに変えた。
「いいのか」
「は?」
 唐突な問いに、目を丸くして。
 ころころ表情変えるのは、むしろあの子の十八番なのにな。
 そんな、埒もないことを考えながら。
 口に出したのは、疑問符ひとつ。
「オレも、結局、おまえの力を目的のために利用しようとしているんだぞ」
 それからそのことばを聞いて、やっぱりは笑ってしまった。

 やっぱり似てる。
 そう思う。
 遠い昔に、自分たちをおいて、いってしまった彼らに。
 魂の光が。とてもよく似ている。

 本当に力だけを望むなら、そんなこと云う必要はないはずだ。
 本当に利用だけするつもりなら、何も云わずに従わせておけばいいのだ。

 きっと、このひとは、優しいんだ。

 だけどそう云ったら、全力で否定されてしまいそうだ。
 もしかしたら、怒られるかもしれない。
 魔族を力で支配するという目的のためには、人間を滅ぼすという目的のためには。
 そんな心は、きっと邪魔でしかないのだろうから。

 何があったんだろう?
 このひとを、ここまで変えるだけのことが。


 ――どんな痛みや哀しみを、このひとは、抱えているんだろう

 ・・・知りたいな


 それは、が目覚めて初めて、ダークに興味を抱いた瞬間。
 興味を抱いてしまえば、何気なく見ていた彼の動作が意味を持つようになる。
 たとえば今みたいに右腕の痣に触れているのは、そういえば大事にとりかかる前に見る仕草だな、とか。
 厳しい顔してるけど、今はなんだか少しまなじり下がってかわいげがあるな、とか。
 他愛もないこと。
 どうでもいいこと。
 うん、たぶん、そんななんでもないことなんだろうけど。

 このひとを、知りたいと思ってしまった。

 過去の思い出に、彼の姿を重ねてるだけかもしれない。
 時の彼方の友人たちを、彼を通して見てるだけかもしれない。
 でも。

 ――このひとを、知りたいと思った。

 自身の半身たる人間を滅ぼそうとしていても。
 戦いにその身を浸しつづけているとしても。

 だけど、このひとならきっと、数多の果てに優しい世界をつくってくれると思った。

 出来れば人間を滅ぼしてほしくはないから、その点についてはまだ譲れないけど。
 それでも。
 ついて行きたいと、思った。

 うん、だからこれは。
「わたしの意志です」
 あなたについていくことは。


 唐突なの一言に、ダークの目が少し丸くなる。
 ああ、やっぱりかわいいなぁ、このひと。
「あなたがいつか、わたしの半身である人間を滅ぼすかもしれなくても、わたしは、あなたと一緒に行きます」
 あなたに要請されたからでなく、何かの交換条件だからでもなく。

 わたしがそうしたいと、思うから。

「だから、これは、わたしの意志なんです」

 呆気にとられていたダークの表情が、ゆっくりと、笑みに変わる。
 意図しているのかいないのか、ひどく優しい感じの。

「そうか」
「はい」
「行くぞ」
「はいっ」

 短いやりとりのあと、先に歩き出したダークの後を一歩遅れて、も歩き出した。

 すぐにパーツ屋に辿り着き、店番のコラプ族と品質がどうのこうのでもめていたらしいヴォルクと合流する。
 そのヴォルクは、先ほどからのふたりのやりとりを見ていたのだろう――声が聞こえていたかは、判らないけれど。
 それを証明するかのように、やってきたふたりを、実に微妙な表情で迎えたのだった。
「嬉しそうだな、ダーク」
「ああ。もまともに戦力で考えられる。……なおさら、コレオプト族程度に手こずっていられんな」
 強い力。強い意志。
 備えた存在が、またひとり。
 集うのは、それが王となる定め故の布石か。


 ――ただ、その存在は精霊の娘、人の子供。
   いついかなるときでも、傍に、というわけにはいかないのも道理。
   それを彼らが知ることになるのは、まだ、もうしばらく先のこと。



11.コレオプト神殿突撃


■BACK■



ルルムの街にてお買い物タイム。
なんとゆーか、相手が固定されているとこうも雰囲気が違うものなのでしょうか。
いえ、単にわたしが他のキャラに比べてダーク好き度が高いだけですけど(笑)

...あ、ちゃんとカーグも出てきます。ハイ。さん、イピスティアに行く予定ですから。