そうして、一行はコレオプト神殿へとやってきた。
コレオプトの兵士たちをあっという間になぎ倒し、神殿の奥へと進んだダークたちの前に現れたのは、壁をぶち抜いてやってきたディルズバルド軍。
「だーから! あなたたちなんて大嫌いなんですってば!」
――あわや戦闘かと思われたそのとき。
が雷光をぶちかましたおかげで、相手の戦力はあっという間に激減したけれど。
「一応半分同類じゃん。加減しねーの?」
飛び込もうとしたところ、に先手をかまされて、向かう先をなくしたデルマが所在なさげにそう云った。
ぎりぎりで、雷光に打たれて痺れて行動不能になるという難を逃れて逃げ出した、指揮官と兵士を追いかけるときのことである。
ちなみにそれに対するの返答はというと、
「あーいう人たち相手だったら、ちょっとくらいケガさせたって、良心の呵責なんて感じませんっ」
わたし、あんなふうな人たち、大ッ嫌いです。
――という、とっつきようのない代物であった。
目の前で、力任せにリリアを攫われたときのことが、未だにトラウマになっているらしい。
デルマはそう解釈していたのだけれど、訊いてみたら違っていた。
「それもあるけど……似てるから、嫌い」
「誰にさ?」
「大っ嫌いだったひとたちに」
だから誰だよソレ。
そう訊こうとして――やめた。
デルマの方を見ようとせず、何かを堪えるようにただ前を見ているの表情が、痛々しかったからだ。
代わりにふと、自分のことを思い返してひとりごちる。
アタシもまぁずいぶん、変わっちまったのかもね。
少なくとも、以前はこんなふうに、他の相手のことを気遣ったりなんてしなかった。
それが変わったのは、ダークに出逢って。
決定的になったのは、に出逢って。
半分同士の、彼ら。
似てるといえば、ダークとも結構似ているとデルマは思う。
性格も外見も違うのに、それでもそう思ってしまうのは、やはり人間という共通の血があるせいなんだろうか。
でも、他の人間とこのふたりが似ているとは思わない。比べたくもない。
トクベツ。
……うん。
不意に頭に浮かんだ単語を、デルマは否定しなかった。
そうだよ。
こいつらは、トクベツだ。
アタシにとって。
優しくて哀しい、魔族と人の子。
優しくてつよい、精霊と人の子。
ふたりの背中を見る位置で、デルマが小さく笑ってたことを、知るのは本人ばかり。
だがしかし。
そんなちょっとした心の平穏は、次の部屋に進んだときにあっという間に消え去った。
そこは、ひときわ広い空間だった。
下方に水が張られ、そこかしこに点在する島を橋が繋いでいる。
フロアの中央、一番広いその場所には台座があり、上にはいかにもな棺が鎮座していた。
先行していたディルズバルド指揮官と兵士が、あれだとばかりに足を速める。
ダークたちも負けてなるものかとばかりに駆け出そうとして――
「カトレアさん?」
きょとん、とがまず足を止めた。
いや、順番で云うなら、部屋に入った瞬間に身体をおさえてうずくまったカトレアが一番だったのだが。
「もしもし? だいじょうぶですか?」
「何をしている! 人間どもに奇跡の石を奪われるぞ!」
「ダークさん、でも、カトレアさんが――」
「あいたたたた……ううっ、急におなかが、持病のシャクが……」
の声にかぶせて、カトレアがうめく。
というかおまえに腹なぞあったのかと、そんな疑問を抱くヒマもなく。
チッ、と、舌打ちの音も高くダークはカトレアを一瞥する。
「役立たずめ……! そこで休んでろ! 、来い!」
「え、あの、でも」
病気だったら、キュアとかリフレッシュとか――
云いかけたの腕を引っ張って、ダークはとっとと走り出した。
先行していたヴォルクたちに追いつき、橋を渡り。
「待て! 人間に奇跡の石は渡さん!」
その怒声に、今まさに、棺に歩み寄ろうとしていたディルズバルド兵が振り返る。
頭の被り物の下から覗くのは、侮蔑や軽蔑に分類される感情。
――ガァン、と、銃がダークたちの足元に向けて撃ちこまれた。
「くっ……!」
「貴様らの相手は、あとでたっぷりしてやる。石を手に入れてからな!」
付き従っていた兵士を牽制役において、指揮官は身を翻す。
させてなるかと、ヴォルクが魔力を使おうとしたときだ。
ぱぁ、と。
台座のふもとに配置されたパネルが、指揮官の足の下になったとたんに光り出した。
――同時に。地鳴り。
揺れ自体はそれほど大きなものでなくても、一行の動きを止めるのに十分だった。
ダークたちしかり、ディルズバルド兵たちしかり。
「な……なんだ!?」
詠唱を中断したヴォルクの横で、デルマが、
「ああッ!」
と叫んで、背後を指差した。
「橋が沈んでるよッ!」
――そうして。
「ほっほっほ……、奇跡の石は、そこにはないぞえ」
ひとり対岸に残っていた、カトレアの笑い声が響く。
揺れはとうの昔におさまっていた。
孤島と化した中央にいるダークたちを、カトレアは心底おかしそうに見つめ。
「ここは玉座の間ではない、封印の間じゃ」
「な……!?」
「カトレアさん、ウソついたんですか!?」
「ウソとは失敬な。わらわは、ここが玉座の間などと云っておらぬ。そなたらが勝手に勘違いしただけじゃろ」
・・・う。
痛いところを突かれ、がうなだれる。
尤も、そのを中央に引っ張っていったのはダークなのだから、うなだれる順番が違うのだが。
そうしてダークはと云うと、視線で殺せそうな勢いでカトレアを睨みつけていた。
が、今の手も足も出ない状況では、逆にカトレアを満足させるだけ。
その証拠に、カトレアはまたしても笑い声をあげて、とんでもないことを口にした。
「そこにはいにしえの時代、神に刃向かいし人間の王が造りあげた最強最悪のモンスター、ベベドアが封じられておる!」
ベベドアには、どんな者でも太刀打ちできぬわ!
勝利を間近に確信したカトレアの表情は、けれど次の瞬間凍りつく。
「――にんげん、おう?」
パシィ、と。
雷が大気を満たしていた。
黒髪が、ゆらりと、風もないのに揺らいでいた。
普段は愛嬌のある双眸が、ダーク以上に剣呑な輝きを宿していた。
パシィ。
雷の一筋が、床石を砕いて跳ね散らす。
バシィ!
ひときわ大きな雷が、カトレアの足元に炸裂する。
「ひぃ!?」
思わず後ずさったカトレアだが、の雷は、特にあちらだけを狙ったわけではないようだった。
「うわ! うわうわ!」
デルマの足元にも雷が落ち、彼女は驚いて飛び退る。
当然ヴォルクにも、ダークにも。
ディルズバルド兵にも、それは等しく降り注ぐ。
――雷が、膨張する。
が、それが臨界点を迎える前に、デルマが行動に出ていた。
「! オイ!」
雷の下をかいくぐり、の肩を掴んでがくがくと前後に揺さぶる。
「……え?」
すぐに。
剣呑な意志は消え、普段の表情に戻って、はデルマに視線を移した。
「・・・あ。」
軽い自失状態だったのだろう、周囲の視線と状態を見て、は口元に手をやって頬を染める。
その毒気のなさとさっきまでの表情のギャップが、別の意味でダークたちを固めるわけだが。
そんな彼らに、はまなじりを下げて問いかけた。
「ご、ごめんなさい。お怪我はありませんでした?」
わたし、あんまり感情が昂ぶっちゃうと、見境なくなることがあって――
放っておけばコメツキバッタと化しそうな勢いだが、生憎、その面白い光景を堪能できる状態ではない。
の平謝り攻撃を推し留めて視線を戻せば、とっくの昔にカトレアは姿を消していた。
「……クソッ、カトレアめ!」
「あんの裏切り者――――!」
カトレアの消え去った空間に向けて、デルマが思いっきり叫ぶ。
つまるところ、カトレアは水霊石のある場所への案内と見せかけて、神殿のトラップゾーンに一行を招きいれたというわけだ。
しかも、先行していたディルズバルド兵ともども。
戻る道さえふさいで。
さすがにこれにはことばもなく、しばし空白の時間がその場に下りて。
――直後。
……いにしえの封印はここに破れり……
どこからとなく、声が響いた。
声というより、まるで音。
けれど、意図をもったそれは、間違いなく声。――言霊。
……永久の眠りを妨げるものに、死の呪いあれ……
「もう起きる時間……?」
奇妙に無機質な少女の声は、一行の目の前の棺のようなものからこぼれた。
ギイィ、と、重々しい音を立てて、棺の蓋が開く。
カトレアは云っていた。
いにしえの昔、人間王という存在が生み出した最凶のモンスターが眠っていると。
だから彼らは構える。
裏切り者への憤りは、後でどうにでもなる。
今は、目の前の危険を排除することが大前提だと。
……けれど。
ゆっくりと、そのなかから身を起こした曰く『モンスター』を見て、ダークたちがどうしたかというと。
呆気にとられた。……それだけだった。
12.ベベドア