赤を基調にしたどことなく不気味にファンシーな服と目深にかぶった帽子。
背中に背負ったでっかいがま口。
肩口より上の髪に、細っこい手足。
「……お、女の子?」
ぽかんとつぶやいたの声は、全員の心境を代弁していたのである。
その声に気づいてか、ぼーっと虚空を見ていた少女(?)は、首をきぃっとこちらに向けた。
動きがぎこちないのは起きたばかりのせいなのか、それとも別の理由からなのか。
「女の子ってダレ? わたしはベベドア」
「ベベドア……?」
これは素直に自己紹介すべきなのかと、ちょっと見当違いな方向には悩み。
「危ない!」
いつの間にか、そのベベドアに向けて銃を構えていたディルズバルド兵の動きに気づき、咄嗟にそう叫ぶ。
叫んで。
やっぱり。
他一同と同じように、自分の目を疑ったのだった。
「あなたたち、敵?」
そんな、ベベドアのことばの直後。
銃を構えていたディルズバルド兵の腕が、ありえない方向に捻じ曲げられる。
骨の折れる音はしなかったけれど、兵士の表情から、相当な負荷をかけられているのは見てとれた。
それが。
ベベドアに向けられていた、銃身が。
ぎちぃ、と、たちに向けられる。
――おそらくは、兵士本人の意思を無視して。
「ぐあ!?」
「敵なら、こわさないと…… ウフフッ」
無感情な、だけど、どことなし楽しそうなベベドアの声。
そうして兵士と同じように、指揮官の身体も本人の意思そっちのけで、向きを変えられていた。
まるで天井から糸が伸びて、彼らを操っているように。
いや、それは形容ではなく事実なのだろう。
一歩。
二歩。
じりじりと、指揮官と兵士が、たちに向けて歩かされていた。
「チッ!」
舌打ちして、ダークが剣を抜く。
「やるぞ!」
「で、でも……っ!?」
なんだか無理矢理やらされてるだけっぽいんですけど!!
「やらねば、オレたちが倒されるだけだ!」
「それはそうですけどー!」
とっても納得いかないのは、わたしだけですか!?
そんな声にならないの叫びと同時に、ダークたちは床を蹴っていた。
たちまち鳴り響く剣戟の音、飛び交う銃撃音。
が、操られている人間相手にダークたちが引けをとるはずはない。
自分ひとり参加しないくらいで、戦況に影響はないだろう。
そう踏んで、は戦場を避けるように迂回し、棺の置かれた台座のふもとへと場所を移動した。
やってきたに気づいて、ベベドアが視線を下に向ける。
視線はあるのだろうか?
こうして下から見上げても、ベベドアの目は見えなかった。
深くかぶった帽子の影に邪魔されているのか、それとも元々?
「えぇっと……ベベドアちゃん!」
「なぁに?」
呼びかけると、かっくん、と首を傾げて返答が返って来る。
敵意は感じられなかった。
考えてみれば、ディルズバルド兵が操られたのは、ベベドアに銃を向けてからで。
となると、今のあれは、敵を排除するための行動なのかもしれない。
で、排除するためにダークたちが使われていると。
「あのっ! あれ、やめさせてくれませんか!?」
「どうして?」
「どうしてって……困るんですっ!」
「わたしは困らない。困るのはダレ? 困るのはあなた、群青の戸惑い。でも若草色の信頼」
「……は?」
唐突なことばに、の思考が急停止する。
猛スピードで走っていた車が、急ブレーキをかけたような感じで。
「あなたのココロ、わたしには見える。桜色の優しいヒカリ。ヒカリはヤミを貫くのに、どうして? あなたのヒカリはわたしに馴染む」
「……いや、あの。えーと?」
「フシギなニンゲン。いいえ、あなたはニンゲンでもない。優しいヒカリ。永いトキを経て、眠りから覚めたぼやけたヒカリ」
じぃっ、と。
を見下ろしたまま、ベベドアはそれこそが不思議だとしか思えないことばを次々と口にする。
ただ呆気にとられてそれを聞いていたは、ダークたちがディルズバルド兵にとどめを刺した時点になって、ようやく我に返った。
絶命した指揮官が地面に伏す鈍い音がし、ベベドアと同時にそちらを振り返る。
――ああ、と。
倒れた兵士と立つダークたちを交互に見ての、ベベドアの小さなため息が聞こえたのは、たぶんだけ。
「わたしのパペット、壊れちゃった。人間って壊れやすい」
「――」
正直。
ぞっとした。
目の前で何かが死ぬことに、ここまで無感動になれる存在がいるなんて、知らなかった。
モンスターでさえ、群れの仲間が死ねば嘆くし、憤る。
人間も、今の時代の魔族も、大小の差はあれ変わらないだろう。
だけど。
この、ベベドアという存在は。
「、そいつから離れろ!」
ダークの強い声が飛ぶ。
けれども、の足は動かなかった。
その場に縫い付けられたように、呆然とベベドアを見上げる。
「次は、どうしよう」
きょろきょろ、と、何かを探すようにベベドアの首が左右を向く。
それは、つと、のところで止まった。
「っ!」
「あなたは、アヤツレない」
緊迫したデルマの声。
それに覆い被さるように、ベベドアの声。
てっきりそうされると思っていたは、それまでの緊張も忘れて目を丸くした。
「あなたのヒカリ、わたしに馴染む。あなたはわたしの敵じゃなさそう」
……えぇっと?
一瞬、考えて。
言葉の真意は結局つかめないままだけれど、意味だけはつかんで。
だから、は声を張り上げる。
「わたしがあなたの敵じゃないなら、ダークさんたちも敵じゃないです! わたしの保護者ですからっ!」
ずる、べしゃ。
壁に飾られていた、スケルトンの飾り物が操られ、それを迎え撃とうとしていたダークたちが。
のそのことばを聞いた瞬間、床と仲良くなる音がした。
じぃ、と。ベベドアはダークたちを見る。
その横に走り寄ったを見る。
「だいじょうぶですか? 怪我は?」
「人間ごときに、オレたちがやられるか」
というより、おまえの発言に脱力しただけだ。
「アタシ、キュアほしい」
「あ、わかりました」
の『魔法』は、精霊石を必要としない。
最初にヴォルクと戦ったときもそうだったが、自分自身の力でそれを行使するのだという。
命を削っているのと同義ではないかと問うたけれど、本人はそういうのではないのだと云った。
ある意味、世界に力を貸してもらっているのだと。
精霊石などではなく、自分のなかの精霊のちからを、使っているのだと。
それはほんの少しずつの力だから、ちゃんと休息をとれば回復することが出来るのだと。
精霊石によって魔力を支えている自分たちとは、根本的に違う。
それを、ダークは悟っている。
かつ、それは、十二分に切り札になり得ることも。
人間も魔族も精霊石によって、その特殊な能力や魔力を行使することが出来るのだ。
それを無視することの出来るがこちら側にいるとなれば、大局において一歩リードしたも同然である。
見守るダークとヴォルクの前で、が目を閉じて何かつぶやいた。
――ぱぁ、と。
デルマの傷にかざしたの手から、やわらかな光が降り注ぐ。
キュア。
本来は癒しの精霊の力を借りて行う、初歩の治癒魔力。
傷跡が見えなくなった腕を、デルマが振り回して状態を確認する。
そうして、ダークたちは改めてベベドアを見上げた。
少し距離をおいているのは、必要以上に近づくと、アヤツリとやらが自分たちにも降り注ぎかねないからだ。
「あの……ベベドアちゃん」
さてどうしたものかと思案するうちに、が先に口を開いた。
ダークに制されたので、パネルの外側ぎりぎりから、でもちゃんと真っ直ぐにベベドアを見上げて。
「わたしたち、あなたの敵じゃないです。捜し物のために、ここにきたの。……起こすつもりは、なかったんです」
「どうして?」
「――え?」
ベベドアは首を傾げる。
「あなたの心、深い深い底も見えない部分がある。人間王への怒りがある。それなのに、どうしてあなた、わたしを敵と思ってないの?」
「……人間王……」
その単語に。の表情が変わる。
雷に身構えたダークたちだったけれど、そうはならなかった。
小刻みに震える身体を抱いて、は首を横に振る。
「だって、あなたは人間王じゃない」
「でも、わたしは、人間王に造られた」
「それでもちがう。――わたしは人間王が大嫌いだけど、あなたのことはまだわからないから」
「それは、ウソね」
「……」
「わたしがわからないのは、本当。でも、その前がウソ。嫌悪と哀しみは、ちがう。あなた、ココロにウソをついている」
淡々と告げるベベドアのことばは、けれどに突き刺さったらしい。
震えが一層強くなり、今にも倒れそうになって――それでも、彼女はそこに立っていた。
「……ウソつき、なんでしょうか。わたし」
「それはわからない」
でも、と、ベベドアは続ける。
無機質な声のはずが、どうしてか、を慰めようとしているように聞こえた。
「でも、そうしなければあなたが壊れてしまいそうなのは、わかる」
トンッ、と、軽い足音。
飛び下りたベベドアが、に歩み寄る。
思わず身構えたダークたちの横を抜けて、彼女の前に立つ。
「遠い過去の喪失、あなたのココロを束縛してる」
「・・・・・・」
「あなたのココロ、誰かを憎むことはない。だけど、そうしないと、喪失に捕われて動けない。――だから、人間王を憎む気持ちにすりかえたのね」
「――……違う」
「ちがわない」
「違うもん、わたし、本当に人間王大嫌いだもん……!」
ぼろっ、と。
まるで子供のように涙を流して。
はその場に座り込んだ。
「だって、みんな、そのせいで……世界が壊れて、痛くて辛くて悲鳴が聞こえて、だのに、わたし、友達ふたりでさえ助けることできなくて……っ!」
だから。
「人間王は嫌い……!」
その涙は。
知らない世界に放り出された不安とか、過去の自分への後悔とか、張り詰めていた心境とか。
そんなものが、ごっちゃになった涙。
「わたし、人間王は嫌い。人間王だけが、大嫌い」
――自分に云い聞かせるように、はつぶやく。
「、落ち着け」
震えつづける肩に手をおいたら、びくりと彼女は全身を震わせた。
まだ涙に濡れたままの双眸で、ダークを見上げる。
それはたぶん、初めて見る彼女の表情。
笑みも怒りも見たけれど、こんなにぼろぼろで、痛々しい色は初めて見た気がした。
一瞬。
それに目を奪われかけて、ダークは急いで視線を逸らした。
を立たせながら、とりあえずの元凶であるベベドアに目を向ける。
「――おまえも、いい加減にしろ。コイツを追い詰めて楽しいか?」
「楽しいって何? わたしは、色を読んだだけ」
かっくんと首を傾げる様はなら愛らしいとか思うのだろうが、どことなく不気味な印象があるのを否めない。
目があるのかどうかさえ判らないが、その視線は、今度はダークに向いていた。
「あなたの色は、澄んだ空の色。彼女の色は、蒼氷の哀しみを内包した薄紅の色。ふたりとも、彩りがめぐってる。いくつもの光――」
あなたたちは不思議。
モンスターにも人間にもない、彩り。
「あなたたちは、何?」
「……何と云われても」
ぐすっ、と、目元を服の袖でぬぐったが困った顔になる。
衝動はおさまったらしく、掴んだままの腕からは、もう震えも伝わってこなかった。
「テメエこそ、なんなんだよっ!」
ビシィとベベドアを指差して、デルマが怒鳴った。
心の色とやらを形容しているらしいベベドアの喋り方は、彼女にとって相当まどろっこしかったようだ。
そうしてその声に反応してか、ベベドアの顔がくるっとデルマの方を向く。
「わたしはベベドア。人間王に造られたモンスター」
それから、
「紅蓮のほむら、蒼白い復讐のほのお。あなたたちの色は、単純」
「ダレが単純だぁっ!」
「あなたたち」
一部。
ひじょーに。
緊張感を削ぐ、やりとりがないでもないが。
それを横目に、がなにやら考える素振りを見せていた。
「造られた……?」
あ。
ベベドアのことばを噛んで含むように繰り返し、ぽん、と手を打つ。
「思い出した……あなたの能力、どこかで見たと思ったら、ドールマスター系の子なんですね!?」
「ドールマスターって何? わたしはベベドア。アヤツリアヤツラレル、糸を紡ぐ」
「うん、判ります。そういう能力なんですね」
「どういうことだ?」
一人で納得しているに、ヴォルクが声をかけた。
ぱっと振り返ったには、さっきまでの悲痛な色は欠片もない。
目の前に出された謎かけを自力で解いたこどものような、誇らしい表情。
元々単純なのか、それとも、演技なのか。
まだ、見極めるには難しい。
「ベベドアちゃんは、魔力の糸を紡いで相手を操ることが出来るようなんです。それが彼女の能力。かつてドールマスターと呼ばれたものたちの、おそらくは本家本元なんでしょう」
「その、ドールマスターというのは何だ?」
「人形を操り、その力によって戦った……そうですね、一種のモンスターだったでしょうか」
「わたし、アヤツルのは人形じゃない。生けるもの、朽ちたもの、すべて、わたしの糸はアヤツル」
横から入る、ベベドアの注釈。
殺気も敵意もすっかり霧散した空気に、ダークはふと我に返った。
カトレアに閉ざされたままだった足場を見、周囲を一瞥したあと、ベベドアを見下ろす。
「おい、ベベドアとか云ったな」
この封鎖された仕掛けを解く方法を、おまえは知らないか。
「知ってる。そこの柱のなかにある、スイッチを押せばいい」
「……あっさりな仕掛けですね」
「カトレア程度の思いつく罠など、この程度だということだ」
何気に本人が聞いたら怒りそうなセリフとともに、ダークは示された柱に歩み寄った。
一ヶ所、微妙に色の違う部分を発見する。
開けばまさにスイッチがあり、迷いもせずにそれを押下した――瞬間。
あっという間に、場は、カトレアによって罠が作動させられる前の状態に戻ったのである。
そうして。
「ベベドアちゃん?」
不思議そうなの声に振り返れば、ベベドアが彼女をじっと見上げていた。
――ぴょこん。
首を持ち上げ、きょとんとして見下ろすに、ちょっとだけ口元を吊り上げてみせる。
それから、くるりを身をひるがえす。
柱のところから戻ってくるダークと、向かい合う形。
「わたしはあなたのパペットになる」
「なんだと?」
「あなたはフシギ。彼女もフシギ。あなたたちのココロ、もっと見たい」
「……そんなにわたし、奇怪な存在なんでしょーか……」
「あんなヘンなヤツから、ヘンって云われるアンタって……」
「デルマ。泣きますよ?」
どんより落ち込むに、追い打ちをかけるデルマ。
呆れて見ているヴォルク。
そうしてダークは、少しばかり呆気にとられてベベドアを見下ろした。
「オレに……従うというのか?」
「わたしはあなたのパペットになる」
もう一度、ベベドアは繰り返した。
「――わたしの中の大きな力、あなたについていけと云う」
ふと、舞い下りる沈黙。
刹那のそれを打ち破ったのは、デルマだった。
「ほっとこうよそんなヤツ。気味わりィよ」
「だが、カトレアよりは戦力になるぞ。あのアヤツリとかいうのは使える」
さっきの戦闘を思い出してか、ヴォルクが思慮深げにそう云った。
最後にはと見ると、意外や意外、ベベドアと目線を合わせてしゃがんで、微笑っている。
ちょっと前まで泣いていたのがウソのようだった。
「ベベドアちゃん、一緒に来てくれるの?」
「……おい。。さっき泣いたのはなんなんだ」
「別にベベドアちゃんが嫌いで泣いたんじゃないですよー。ちょっと昔の厭なこと思い出して、ぐっときちゃっただけです」
あっけらかんとそう云って、証拠とばかりににっこりにっこり。
そういうものなのかと諦めて、ダークは再びベベドアを見据えた。
「いいだろう。ベベドア。おまえが望むなら、オレに従え!」
――ぴょこん、と、ベベドアが頷く。
自分を示し、
「わたしはベベドア。あなたのパペット。アヤツリ、アヤツラレル存在」
ダークを示し、
「あなたはダーク。わたしのマスター。アヤツリ、アヤツラレル存在」
くるりとまわって、そう告げた。
心なし、――楽しそうに。
――そうして、数分後。
安置されていた宝箱を開けている一行の後ろでは、赤い帽子がぴょこぴょこ揺れていたのであった。
13.わたしのナマエ、あなたのナマエ