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奇跡のモノたち


 そして。
 念のためにきちんと所持品等装備を整えて。
 いざ扉をくぐったダークたち一行は――今日何度目だろうか――呆気にとられた。

 ばちーん。
「あ〜〜〜れ〜〜〜〜」
 すぱーん。
「やめてたも〜〜〜〜」
 こーん。
「ひ〜〜〜〜〜〜〜っ」

 すぱこーん。

「あれ〜〜〜〜〜〜っ」

 くるくるくるくるくるくる……

「ああっ、ダーク殿!」

「出直すか」
「そうですね」
「行こう行こう」

「ダーク殿、待ってたも〜! あやつこそがコレオプトを束ねる女王、水霊石の持ち主ですじゃ〜!」

 すたすたと。
 部屋の四カ所から出ている謎の物体にピンボールよろしく弄ばれ、こちらに飛ばされたカトレアをわざとらしくシカトして踵を返した一行の背に、慌ててかけられることば。
 それを聞いて、ぴくりとまず、ダークの歩みが止まった。
 となれば、他一同も当然止まる。
 正に部屋を出ようとしていた足を再び戻し、ダークは駆け寄ってくるカトレアを眼光鋭く睨みつけた。
「ああダーク殿、よくおいでくだされた! さあ、わらわと共にあやつを倒し、水霊石を手に入れましょうぞ!」
「裏切り者が何云ってんだいッ!」
 間髪入れずにデルマがそう叫ぶけれど、カトレアは見事な神経の太さでそれを無視し、ダークの足元にすがりつく。
「ダークよ。こいつの云うことを信じるのか?」
 今すぐにでもカトレアをたたっ切りそうな声音で、ヴォルクがそう問いかける。
 ダークは少し考えて、小さく首を振った。
「……まあ、ここが最深部だ。他に考えようはないだろうな」
 そのことばに重ねておっとりと、が首をかしげる。
「それに……今さら見逃してくれそうにはないみたいですしねぇ」
「私はセルキス。コレオプトの女王。愚かな魔族よ、この聖域に立ち入った罪は重いぞ!」
 語尾をかき消して、奥にいる巨大な魔族がそう告げた。
 部屋中に響くその声は、耳から脳に直撃して別のダメージまでも与えそうだ。
 ふとの脳裏に、ヒステリーを起こした妙齢の女性という連想が浮かんだが、あながち間違ってもいなさそうだからおかしな話である。
 その斜め前に立つダークが、腰の剣を引き抜いて、一歩前に出た。
「コレオプトの女王よ。奇跡の石をオレに寄越せ」
 さもなくば力ずくだという言外の意思表示に、けれど返されたのは高い高い笑い声。
「何を云う、人とも魔族ともつかぬ下賎の存在! 貴様ごときに、我が一族の宝は渡しはせぬ!」
「あ。禁句。」
 ぽつりとがつぶやいた――と同時。
「ならば貴様を殺して手に入れるまでだ!!」
 ちらつかせていただけだった剣を、ズラッとダークは引き抜いた。
 それに倣って、周囲の者たちも臨戦体制に入る。
 カトレアが少々気になったが、彼女も武器を構えているあたり、この戦いではダークたち側につく気はありそうである。
 このメンバーで漁夫の利を狙うには、さすがに分が悪いと判断したのだろう。
、武器は!?」
「あ、わたし、ないです」
『はぁ!?』
 一人だけ突っ立っていたに、ヴォルクがそう問いかけて。
 が、予想を上回るその答えに、ベベドア除く全員が絶句した。
「昔使ってた武器は、人間用の小型の銃なんですけど……今のご時世、あってもせいぜいライフルか、小型でも操作性の悪いのばかりですし。使わない方がましかなって」
 それに、しばらく寝てたから勘も鈍ってそうですし。

 いつの間にディルズバルド兵の武器を漁ったんだおまえは。

 ついさっきですが。

「それじゃどーやって戦うんだよ!」
「二本の手があります。ついでに足もあります」

 にーっこり。
 微笑むを見て、一番最初に逢ったあのとき、そういえば攻撃を防いだのはその両手に装着された手甲だったことをダークは思い出した。
 ヴォルクと戦ったときも、思い返してみれば素手で攻撃していた。
「戦えるな?」
「それは勿論」
 念のためと確認すれば、さらに笑みを深くして返答がくる。
「よし、行くぞ!」
 それを見てとって、ダークの号令が飛んだ。


 何だろうと思っていた、部屋中にある丸いオブジェ。
 あれ実は、コレオプト族のタマゴだったらしい。
 戦闘が始まると同時、そのなかの幾つかが割れて、すでに成体へと成長したコレオプト族が出てきたときにはある意味参った。
 あまつさえ、カトレアをピンボールしていたよっつの謎の物体。
 あれがタマゴをぽんぽん生み出すのにも、正直辟易した。

 虫に弱い性格だったら、戦うより先にリタイアしそうである。
 あいにく、そんな気弱な性格の持ち主は――意外にもカトレア含め――いなかったのだが。

 戦力はこちら側の方が勝ってはいても、数の面では後から後から補充のきくコレオプトに分があった。
 そういう意味では、雑魚に構う暇はなく、さっさと女王セルキスを叩かなければいけない。
 そのためには、バリケードを築くように立ちふさがっているコレオプト族を、蹴散らさないといけない。
 堂々巡り。
 しかもぼうっとしている間にも、ぽんぽんタマゴが割れていく。
「あっはっは。元気な女王様ですねー」
「笑ってる場合かよッ!」
「笑うしかないでしょっ!」
 げしげしとコレオプト族の戦闘能力をが削る横で、デルマが孵る前のタマゴを潰している。
 タマゴの殻は結構固く、彼女の装備している爪で一点を突いてやっと穴が開く程。
 しかもだ。
 ブルッ、と、の対峙していたコレオプト族が身を震わせた。
「来ますっ!」
 その行動の意味するところを読み取って、は振り返りざま叫び、自らもその場を飛びすさる。
 一瞬送れて、が立っていた場所を中心に、コレオプト族の生み出した泡がぶちまけられた。
 戦闘開始早々カトレアが真っ先に浴びてしまったその泡、あらゆる行動に対して制限がかかる困った代物である。
 脳からの命令伝達を一時的に麻痺させるようなものなのだろうか、成分はよく判らないが。
 とにかくそんなもの、浴びずにすむに越したことはない。
「よくも私の子を!」
 幼生のままで孵化したコレオプト族を潰したヴォルクに、セルキスの怨嗟の声が投げられる。
 成体は使役しがいがあるが、幼生はまだ、守るべき存在ということか。
「それならそんなにポンポン無節操にタマゴ孵さないで、石渡してくださればいいじゃないですか!」
「渡せるものか! 奇跡の石は我が力、奇跡の石は我が命、易々と他者に譲れなどするものか!」
「それがなくなったからって、一族が滅びるわけじゃないでしょう!」
 戦闘の合間によくもまあ、会話をする暇があるものだ。
 セルキスは奥に陣取ってタマゴを生み出しているだけだからまだしも、は戦闘真っ只中にいるというのに。
 同じく戦場を縦横に走り、剣を揮いつつ悠長に、それを視界におさめる余裕のあるダークもダークだが。
 だから気づく。
 の一言で、セルキスの周囲に、陽炎のような怒りが立ち昇ったことに。
「今のは、まずくないか?」
 周囲のコレオプト族を片付けたヴォルクが、セルキスに向かいつつ、すれ違いざまダークにつぶやいた。
 ベベドアのアヤツリで手中におさめたコレオプト族二体が、セルキスへの通路を確保する。
 同士討ちを忌んでか、操られているコレオプト族への同族の攻撃は頼りないものだった。
 あとはその二体を、追跡を阻む形で配置すれば、セルキスへ攻撃する後ろからの手が伸びることは、まずあるまい。
 そうベベドアに指示し、ダークも地を蹴りながら、先ほどのヴォルクのことばに軽くうなずいた。
「そうだな」
 云われなくても判っている。
 たしかに奇跡の石――水霊石――がなくとも、コレオプト族が滅びることはあるまい。
 が、一族が弱体化することはたしかだ。
 そうなれば、ただちに他の魔族などの支配下におかれる。
 セルキスが石に固執するのはその力だけでなく、一族の滅びを恐れてのことなのかもしれない。
「小癪なことを――!」
 バァッ、と、セルキスの周囲に力が放たれる。
 接近していたとヴォルクは、まともにそれを浴びる羽目になる。
 ヴォルクは元々打たれ強いため、少し圧されただけで済んでいる。
 が、は――

!」

 防御の姿勢もとらず、ただ。
 そこに立ち、彼女はそれを全身に受けた。
 受けてなお――多少の苦痛の表情はあれど、そこに立つ。
 駆け寄ろうとしたデルマとカトレアが、呆気にとられているのがダークの視界の端に映った。
 逆の端で、ベベドアが首をかしげているのがなんとなしにおかしかった。
 そして。
 がほぼ平然としていることに、驚きを隠せないセルキスに向かって。
 当のの声が飛ぶ。
「ダークさんなら、守ってくれますっ!」
 唐突なその発言に。
 ぴたり。
 あれほどに激しかった、戦闘の音が止んだ。
 動きも止まった。

 それは、そのセリフの唐突さに対してか、感じられる真摯さに対してか。

「魔族を救うんだって、平和な世界にするんだって、わたしに教えてくれました。コレオプト族のことだって、きっと例外じゃないです」

 頂点に立つために。
 大精霊石が、必要だ。
 手に入れるために。
 邪魔する者は、排さなければならない。

 ――けれど。

 静まり返った空間に、ダークの歩む音は場違いなほど大きく響いた。
 止めていた足を向ける先は、当然のように女王の祭壇へ向けて。

「一度だけ問おう、コレオプトの女王よ。水霊石を渡し、オレに従え!」

 おろおろと。
 周囲のコレオプト族が、ダークとセルキスを交互に見る。
 女王の一撃を受けてなお立つ、やヴォルク。
 その彼らを従えている、ダーク。

 強き者に従うのが、魔族の定めだというのなら。

「おもしろい」

 ――いうのなら。

「ならば、私を倒し、我が一族の王の名を手にするがよい!」
「セルキスさん!」
「私は女王! 王たるもの、他者に屈するは力もってねじ伏せられたときのみ! 私はコレオプトの女王、セルキス!」

 どうして力じゃないと解決できないんですか、とか。
 それが魔族なんだよ、とか。
 おまえもダークに味方するつもりなら、魔族の掟に従え、とか。
 のココロ、深緑と蒼碧。カナシイの? 憤りなの? とか。
 何をしておる皆のもの! ダーク殿を応援するのじゃ! とか。
 応援するだけかよテメエはっ! とか。

 そんな、やデルマたちの口論(一部除く)を後ろに聞きながら、ダークは肉迫した。
 右手には抜き身の剣。
 左手には魔力の塊。
 携えて。
 先刻までは、ただ目の前の力に固執する存在としか、思っていなかった女王セルキスへと。
 セルキスはもう、他のコレオプト族に指示を出さない。
 女王の命に従うが至上の彼らは、命令がなければ何も出来ずに立ち尽くすだけ。
「魔族モドキが魔族の王を目指すか――まさしくこの黄昏の世にふさわしい、喜劇じゃ」
「黙れ!」
 揶揄する声音に、ダークは剣を揮ってセルキスに斬りつける。
 怒りは攻撃を単調にする。いつか、ダークがヴォルクに語ったことばだった。
 けれど、セルキスは祭壇から動くことは出来ないのだろう。
 己を守るべきコレオプトの戦士たちに指示を出さぬまま、ダークの刃をその身に受ける。
 おろおろと走り寄ろうとしたコレオプト族は、背後の一行が押し留めていた。
 守られるばかりだった女王の身体に、剣はやすやすと潜り込んでいく。
 いつになってもいい気分のしない、肉を切り裂く感触。
 それに、ダークが少し顔をしかめたときだった。
「あの娘……なんと申す?」
 何故、そんなことを訊くのかと。
 思ったのはたしかだった。
 けれど、この深く潜り込んだ剣は、間違いなくセルキスを絶命させるだろうことを、ダークは確信していた。
 だから。
 冥土の土産にくらいはと、そんな気分になったのかもしれない。
だ」
 答え、なお、貫くその腕に力をこめる。
 ずぷっ、と、柔らかいそこに、刃を埋めた。

「私のそれが奇跡の石なら、あれこそは奇跡の娘だな」

 ああ、そうか。
 あれが奇跡の娘なら、そなたも案外そうなのかもしれぬ。

 人と魔族。
 人と精霊。

 異なる存在の血をひいた、世界にふたりとない者たちよ。

「・・・・・・」

 最後のそのことばは、ダークにしか聞こえなかった。
 その声はとてもとても小さく、また、それきり、セルキスは絶命したから。



15.水の精霊


■BACK■



奇跡、ですよね。あの世界では、とくに。
魔族と人間が愛し合う、とまではなくても、友情なんてないその時代に。
生まれてそして在る彼らは、本当に奇跡のようなものだと。