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お散歩とお話と…


 日が暮れたルルムの街には、ところどころに灯りが灯される。
 そう強くない炎に照らされた街は、昼間と違ってどことなく幻想的だ。
 の記憶にある、パルトスという街のあり方からは、それはあまりにも変わり果てていた。
 街を照らしていた、電灯という名の文明の産物。
 夜になっても衰えなかった、地上の灯り。
 それが今はどうだろう。
 か細い光が、夜の闇に飲まれないようにと懸命にがんばっている様は、まだ遠い、が生まれたばかりの時代を思い出させた。
、楽しいの?」
 ただ歩いているだけなのに、どうしてそんなにヨロコビが胸を満たしているの?
 に手をひかれているベベドアが、疑問符をつけてはいるものの、やっぱり平坦な口調でそう問うた。
「うん。楽しい」
 頷いて、にっこり笑う。
「……そう。わたしには分からない、けど、あなたが楽しいのなら、それでイイ」
「ベベドアも、楽しくなってくれたら、わたしは嬉しいな?」
「わたし、分からない。ヨロコビ、イタミ、ウレシサ、カナシサ、わたしは映し出すだけ。わたしは鏡。鏡は感情を持たない」
「そうでもないかもしれないよ。どこだったかなー……九十九神っていう伝説があって」
「ツクモガミ?」
 闘技場と宿屋への入り口のある広場にさしかかったところで、は足を止めてそう云った。
 首を傾げるベベドアを促して、松明からそう離れていない場所に腰を下ろす。
「ずぅーっと昔、大災害より前に教えてもらったの。お父さんだったかお母さんだったか……」
 長い間存在している物には、魂が宿るという伝説。
 そんなことを話そうと、が口を開いたときだ。
 ふっ、と、ふたりの頭上がかげる。
 松明が消えたのではなく、その光を遮る位置に何者かが立ったせいだ。

「おうおう、人間がこんなところで何してやがる!? ここは魔族様の街だぜ!」

 ――柄の悪い、そんなことばをかけてきたのは、数人の魔族だった。
 の記憶が正しければ、昼間には見なかった顔である。
 どこからか流れてきたのだろうか?
 モンスターでいうところの、ガーゴイルに似た姿がひとり。たしかヴァル族とかいった。
 それから、こちらはおそらくオーガ族。これがふたり。
「……」
 困った。
 昼間の騒動を見ててくれれば、(虎の意を借る気はないが)ダークの連れってことで納得はしてくれたかもしれないが。
 周囲の魔族たちはと見渡してみるが、生憎彼らは見て見ぬふりを決め込むらしい。
 いい感情をもたれているわけではないと知ってはいたが、はっきり云ってちょっと困った。
 の沈黙をどうとったのか、魔族たちは、ずいっと踏み出し、見下すようにしてとベベドアを睨みつける。
 かたや人間ハーフ、かたや人形。
 魔族らしくないいでたちがふたり、こんなところにいたのがそもそもまずかったのか。
 後悔すれども時すでに遅し。

 ――ぐいっ、と、の襟首が掴み上げられる。
 酒でも飲んでいたのだろうか、アルコール臭い息が真正面からかかる。

 それにちょっと顔をしかめたら、ますます目の前の魔族の顔が険悪になった。
「あぁ!? 何か文句があるのか!!」
「いえ……別に」
 ただ、下ろしてくださると嬉しいなー、なんて。
 それは口にしなかったけれど、襟首をつかんでいた手は放された。
 が、一瞬宙に浮いたの鳩尾を狙って拳が繰り出される。

 どすっ、と。
 鈍い音が響いた。

「……ッ」

 少しだけ急所はずらしたけれど、痛いものは痛い。
 衝撃を全部受け流しきれず、床に崩れ落ちたの髪を、別の魔族が引っ張って起こす。
 わざとらしく鼻をつまみ、大声で、
「あーっ、臭ぇ臭ぇ! 魔族の街に人間のにおいがぷんぷんしてやがるぜ気持ち悪ィ!」
 ……アルコールのにおいに比べたら、マシだと思いますが?
 とは、やっぱり云わない。
 即殺そうとしないところを見ると、酔っていて気分がいいのだろう。
 黙っていれば、もしかしたらそのまま見逃してくれるかもしれない。
 が。
「臭いのは、あなたたち」
「あぁッ!?」
 それまで黙って見ていたベベドアが、ぴょこりと身を起こしてそう云った。
 の髪を掴んでいた魔族の手を払い、その間に立ち。
「ドロドロの、憎しみ。淀んだ緑青色のココロ。あなたたちのココロは醜いわね」
「ベ、ベベドア……」
 弁護は嬉しいんだけど。
 嬉しいんだけどっ!
 それはちょっと今の状況ではまずいのではっ!
 が云うより先に、くるりとベベドアの首が回転した。
 ――180度。
 ぎょっとした魔族たちを尻目に、ベベドアは淡々とに告げた。
「彼らのココロ、あなたに向かうのは殺意ともうひとつの淀み。彼らは知っている。人間のオンナという相手に、何がいちばんの辱めになるか知っている」
 あなたは暴力には耐える気でいた。
 でも、辱めを黙って受けるようなココロじゃない。違う?
「あなたはダークと共にいる。ダークに仕えてる。ダークはわたしのマスター。マスターのモノはわたしも守る」
 ベベドアが、そう云いきるよりも先に。
 ぱち、と、の周囲で火花が散る。
 身体が小刻みに震えだした理由は、他の誰でもなく、当人がいちばんよく判っていた。

「さ……さいてーっ!!」

 叫ぶのと同時。
 放出した感情が、雷になって床石を砕いた。
「そーいう方向で痛い目見せようなんて、最ッ低!」
 ぴんしゃんしたの反応に、魔族たちが思わず後ずさる。
 さっきまでの威勢はどこいった。
 が、そんな魔族たちの戸惑いなど知らず、はつかつかと彼らに迫り、
「痛い目見せたいなら、正々堂々と戦い挑んでくださればいいじゃないですか!」
 それともなんですか、そんな汚い手段じゃないと人間程度に勝てないとか仰いますか!?
「なっ……なんだと!?」
「黙ってれば好き勝手云いやがって!」
「望むところだぜ! ぶっ潰してやらぁ!!」
 売り言葉に買い言葉。
 ダークかデルマかヴォルクがいれば、こう云ったかもしれない。

 ――つくづく、喧嘩を売るのが上手な奴だと。



18.夜の一番勝負


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つくづくケンカっ早いなあ。
ちょっとアレな表現が出ちゃいましたけど、まあ、ありえるかな、と。
そういう部分、淀んだ劣情っていうのは、何かしらあるんじゃないかなと。