そうして、そのダークたちの耳に騒ぎが届いたのは、ルルム中の魔族がわらわらと闘技場に詰めかけ始めた頃だった。
まず、ひとりが闘技場の方から走ってきた。
広場の中央にいたオーガ族がふたり、何事かそいつに耳打ちされ、ひとりが闘技場へ走り出した。
もうひとりは、近所にいた何人かにまた話を持ちかけた。
持ちかけられたうちの半分は闘技場へ走り、残り半分はまた他の魔族に。
そんなこんなで、あっという間にルルム中の魔族は闘技場へと集まり始めたのである。
――幸か不幸か、ダークはそのとき、外れの方にいたヴォルクと会話していたため、話が届くのが少し遅れた。
話を持ってきたのは、デルマである。
「あー! いた! 何やってんだよこんなところで!!」
甲高い彼女のことばに、ダークとヴォルクはいぶかしげに振り返る。
「どうした?」
「そういえば、街の方が騒がしいようだが……」
悠長な男どものことばに、デルマが思わず石畳を蹴り飛ばしたのは無理もないことである。
「のんきなコト云ってる場合じゃないよッ! が流れの魔族どもと闘技場で試合やるっつーんだぜ!?」
次の瞬間。
ちょうど、またたき一、二回程度の間を置いた、その街外れには。
もはや、人っ子一人の姿もなかったのだった。
明々と灯された、奥の大きな炎に照らされて。
おわん型の闘技場の中央、向かって右側に立つのは。左側には魔族3人。
周囲の、もとは観客席だったろう朽ち果てた瓦礫のあちこちに陣取っているのは、集まってきた魔族たち。
「おい、!」
普段は闘技場への挑戦者が通る入り口に、ちょうどダークたちが駆けつける。
「あ、ダークさん。あら、ヴォルクさんにデルマも」
「何やってんだよアンタはよッ!」
のほほんとしたの声に、デルマが床を蹴ってそう怒鳴る。
「何って……今から試合です」
「3対1でか!?」
「そうですよ。あ、ちょうどよかった」
ぽん、と手を打って、がちょいちょいと試合場の端にいるベベドアを手招いた。
「ほらベベドア。ダークさんたちが来たから、あっちに行っててね」
流れ魔法が飛んだら危ないから。
背中を押されて、ベベドアは小走りにダークたちのいる場所へとやってきた。
「オイ、ベベドア。いったい何があったんだ!?」
「と散歩していた。彼らが、を人間と忌んでドロドロのココロをぶつけて、が鮮赤の怒りを生み出した」
「……なーんで精霊のクセに、そんな短気なんだよ……」
「それだけじゃないだろう。あいつがそれだけで、あそこまでなるか?」
試合場の出入口で交わされる会話は、比較的中央へもよく聞こえる。
ダークのベベドアへの問いが聞こえたらしいが、ぱっと振り返った。
「ベベドア、しーっ」
そう云って人差し指を口に当てる仕草は、子供じみていて愛嬌がある。
こんな切羽詰った場面でなければ、少しは和んだかもしれない。
が、今の状況ではわざとらしい以外の何ものでもない。
ダークがさらに言及しようとするより先に、はぱっと視線を相手の魔族たちに戻した。
「それでは、始めましょう!」
「ケッ、あの世で後悔しやがれ!!」
あっという間に詰まる、両者の距離。
たちまち起きる、野次と歓声。
その渦のなか、それでもベベドアにそれ以上を追及する気もなくしたダークは、ため息をついて出入口の壁に寄りかかる。
「おい、見ないのか?」
「奴が負けると思うか? ……油断しなければの話だがな」
ヴォルクの問いに、そうとだけ返して目を閉じた。
「む……」
それもそうかと頷くヴォルクの声がしたが、彼はそのまま試合を見ることに決めたらしい。
その横で、行けーっ! とか、あーっ惜しい! とか、デルマの声も聞こえる。
ベベドアは、に『しー』と云われたことを守っているのか、一言も発しない。
そういえばカトレアの姿が見えないが、果たしてこの場に来ているのかどうか。
粗野な戦いは好みじゃないとか云っていた気もするから、我関せずと宿で一足早く睡眠と決め込んでいるのだろうか。
ふと。
懐が熱くなった気がして、ダークは無意識にそこを探った。
固いものがふたつ、手に当たる。
父から受け継いだ風霊石、手に入れたばかりの水霊石。
淡く、か細い光だけれど、いつにも増して輝くふたつの石。
――なんだ?
首を傾げてみるものの、その理由が判らないまま、結局それを懐に戻そうとしたときだ。
――ワアアアァァァァッ!
夜を突き抜ける大歓声。
はっと視線を移せば、が魔族のひとりを地に伏せたところだった。
魔法を使った様子はない。
「ははははっ、いいぞ人間ー!」
「人間如きが調子に乗るんじゃねぇ!」
に浴びせられる歓声は、大別してそのふたつ。
対して魔族たちには、だらしないぞとか不甲斐ないぞとかそんなもの。
魔族は、強き者であれば認める。
それが人間でも?
……いいや。
まだ石に触れていた手に、じんわりと熱が伝わる。
零れだす、の力。
精霊としての、存在。
知らぬ間に、それが闘技場を満たしていた。
高揚しているのだろう。
動き回るのが久しいのか、少し額に汗して、2対1というのにちっとも焦った様子もなく。
楽しそうに。
少しずつ零れだす、精霊の息吹。
闘技場の魔族たちに、それは少しずつ染みとおる。
知らぬ間に――悟る。
あの娘は、ただの人間ではないのだと。
そうでなければ、ここに集っている魔族たちの反応は納得できない。
同類がやられているのに、楽しそうに声援を送るなど。
「、いっけー!」
デルマが、拳を天に突き上げた。
同時に、ふたりのうちの片方が膝をつく。
もうすぐ勝負もつくだろう。
それで奴等から文句が出るようなら、改めて自分たちが出て行けばいい。
そう、ダークが考えたときだ。
「ッ!」
てっきり気絶していると思われていた、最初に倒されたはずのひとりが起き上がって、背後から何かをに投げつけた。
「あー! 汚ェぞテメエ!!」
「あれは、パラライズクラッカー。人間の生み出した、麻痺を誘発するドウグ」
ベベドアのことばどおり、ががくりと膝をつく。
それでも倒れないでいられるあたり、素晴らしい精神力だとしか云いようがない。
だが、そこに、起き上がった方と合わせてふたりがかりでの攻撃が入る。
ガードも出来ない今のには、まともに攻撃を受ける以外すべがない。
「ダークッ!」
「、コワレちゃう」
「卑怯者どもめが!」
デルマとベベドアとヴォルクが、ダークを振り返る。
そのときにはすでに、ダークは剣を抜き放ち――
そこに、
「――?」
ド ク ン
脈動が聞こえた。
ドクン ドクン
鼓動。
ドクン ドクン ドクン
拍動。
「どうしたんだよダークッ! 行くよ!?」
「――魔力――」
急かすデルマの声にかぶせて、ベベドアがつぶやいた。
観衆のなかでも、敏感な者は感じているらしい。
唐突に出現した、強大な魔力の鼓動。
地から響くような、否、天から重圧を与えるような。
? 違う。
これは――
19.ふっかーつ!