あれだけ怒りまくっていた彼女が、まるで油の切れた人形のような動きで振り返る。
さもありなん。
声音に含まれた怒りを感じている周囲のデルマたちさえ退かせながら、ダークはすたすたとの所まで歩を進めた。
パンッ。
乾いた音が、夜の草原(クレーター群発地帯)に響いた。
使ったのは右手。
人のそれと変わらない皮膚を持つ右手のひらは、今しがた発生した衝撃でじんとした熱を生み出している。
それ以上の痛みが襲っているのは、引っぱたいたばかりのの頬だろう。
少し紅くなったそこを押さえて、は俯いた。
「バカはおまえだ」
「……」
「自分の力をどう過信しているか知らんが、今回の顛末を見てみろ。背後から不意打ちを食らって、あっさり窮地に陥ったな」
「……」
「相手を侮ったな?」
「……はい」
気持ちは判る。
今の魔力の行使を見ても、さきほどの戦いを見ても。
他者の追随を許さない強い力を持っているのは、嫌というほど知っている。
それでも。
「自信と過信を取り違えるな! こんな強大な魔法を使えるのなら、どうして最初から使わん!」
「……使わなくても、勝てるかな、って」
「それが油断だというんだ! いいか、戦うのなら全力を出せ! 殺さねば殺されるくらいのつもりでやるんだ!」
「……」
「いいか、」
さらに俯いたの顔を起こさせて、ダークは告げる。
「オレの許しなしに危地へ赴くな。死ぬこともだ」
誓え。
今、この場で!
「をいじめちゃダメなのーっ!」
ぐいぐいと、ちょこがダークを押し返そうとする。
が、それはが制した。
いいから、と、ちょこの頭を数度なでて、少し潤みだしていた目じりをぬぐう。
「……誓います」
精霊のことばは、意志そのもの。
彼女のことばは、存在にかけて。
「……ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げたから視線をそらし、ダークは後ろの一行を振り返る。
「おまえたちもだ!」
オレに従うというのなら、勝手に死ぬことは許さん!
――真っ先に頷いたのは、オルコスの悲劇を知る、デルマとヴォルク。
続いて、ベベドア、カトレア。
「ちょこも?」
そこに、きょとんとしたちょこの声が響く。
素晴らしくマイペースなその一言に、固かった空気が一瞬にして霧散した。
が苦笑して、しがみついたままのちょこの頭をなでた。
「もう、ちょこったら相変わらずね」
「ちょこは変わらないのー」
「そうね」
ほのぼのとした空気が、その場を覆う。
発生源は間違いなく、数百年ぶりに再会した友人同士だった。
が、ふと、ダークを振り返る。
お伺いを立てるその視線に、ダークは彼女をひっぱたいたときの表情のまま、小さく頷いた。
にこり。
それでも、ダークの心境の変化を察しているのか、は小さく微笑む。
軽く会釈して、視線をちょこに戻した。
その場にしゃがみこみ、ふわりと、小さな友達を抱きしめる。
応えて、ちょこの腕がの身体にまわされた。
「ひさしぶり、ちょこ」
「ひさしぶりなの、」
22.魔王の娘、同行する