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魔王の娘、同行する


 そうして騒ぎが一段落したのち。
 何が問題になるかというと、壺から出てきたちょこの身元だ。
 の友人であるとは前々から聞いてはいたが、こんなのが只者であるわけがない。
 説明を求められ、は、膝の上で寝ているちょこの髪を梳きながら質問に答えていった。
 場所は相変わらず草原。
 闘技場を焼き尽くしておいて、そうそうルルムに帰れるわけもないからである。
「長い話になりますので結論だけ云いますね。この子は、魔王セゼクの娘です」
 魔族の王を目指すダークが、不機嫌そうに何か云いかけるのを制して、のことばは続いた。
「といっても、この場合の魔族は、今世界にいる魔族たちと、根本的に在り方が異なります」
「セゼクというと……」
 カトレアが、なにやらつぶやいた。
「ええ。異世界からの来訪者です。遥かとおい昔、魔界から、地上の楽園を目指して訪れた者たち。モンスターから進化したという今の時代の魔族とは、ルーツが違うんですよ」
「絶大なる魔力を誇る、究極の魔族じゃな」
「光に焦がれ、地下に偽りの楽園を築いた者たち。闇に染まれぬ闇。それが、かつて魔族と呼ばれたモノたち」
「ちょこは、そんな彼らの王の娘です。かつてはアクラと名乗っていましたが、事情があって」
 そのあたりの事情よりも、ダークの興味を引いたのは、『究極の魔族』というそのことばだった。
「――究極の魔族?」
「わらわたちの間では、そう伝えられております」
 かつて精霊石の力によって、モンスターは魔族に進化した。
 そして大精霊石を用いれば、究極の魔族と謳われるかの魔王セゼクにも匹敵する存在に近づけるのだと。
 かいつまんで話すカトレアのことばが進むにつれ、ダークの左手が右腕の痣に触れる。
「……究極の存在か」
「ダークさん?」
 怪訝な顔で首を傾げるをちらりと見やり、ダークは右手を握り締める。
「五大精霊石を集めて得られる大いなる力……」
 それは、決意の現れ。
「それがあれば、究極の魔族に進化出来るというのか」
「云い伝えではありますがの。ですが、大精霊石ひとつでもかような力を秘めております。五つ揃えば、まさにそれも不可能ではないかと……」
 何かをそそのかすようなカトレアの声音に気づいて、ヴォルクが表情を険しくする。
 それでも何も云わないのは、何を企んでいようと叩き潰すという意志の現れか。

 ――ぐっ、と、握りしめたダークの手に、さらに力がこもった。

 五大精霊石。
 まつわる、伝承。
 それが言い伝えでも構わない。
 石ひとつでさえ、一種族の隆盛を易々と保つだけの力があるのだ。
 ならば、5つ集まれば。
 それはどれほどの力になる?

 ――そう。

 おぼろげだった目的が、ここにきて、ひとつの形を成す。

「ならば、オレこそがその進化を手に入れる!」

 真なる魔族、究極の存在たる力を手に入れ、

「そして人間を滅ぼし、魔族を支配する!!」

 うむ、とヴォルクが頷いた。
 カトレアは満足そうにほくそえんで、その意気ですじゃと告げてくる。
 デルマとが、どことなし共通した、物問いたげな表情をしていたけれど、何も云わなかった。
 ベベドアがそんな二人を見て、首を傾げていた。


 そういえばさ。
 ――ふとデルマが思い出したようにつぶやいたのは、そのとき。
「そいつ……どーすんだい?」
 デルマが指差した先には、くぅくぅと眠る天界の魔王の娘。
 久々に逢ったのが嬉しいのか、眠っているというのににがっしりしがみついて離れようともしない。
「……えぇと……ご迷惑かけるのは判ってるんですけど……」
 そんなちょこを抱きかかえるようにして、がちらりとダークを見た。
 懇願するようなその視線は、ことば以上に雄弁である。
 つまり、
「一緒に連れて行っちゃ、ダメ、でしょうか……」
 ちょこはとっても破天荒なんです。
 ついでに云えば、行く所行く所騒動を巻き起こすんです。
 でも。
 ちゃんと面倒見ますから。
 だから。
「アタシは、別にいーけどさー? 少なくともカトレアよか役に立ちそーだし」
「なっ、何を申すか!!」
「おまえがちゃんと面倒を見きれるのなら、オレに云うことはない」
 デルマは何かとカトレアにつっかかりたいらしい。
 彼女の性格では、どうしてもカトレアとそりが合わないものなのだろう。
 また、それに一々反応するカトレアもカトレアだが。
 そんな横で、ヴォルクがぽつりとそう告げた。
 ぱぁ、との表情が晴れやかになる。
「わたし、わからない。でも、ダークがいいと云うなら、わたしもイイ」
 ベベドアのことばで、ますます。
 そして結局。
 の視線は一周して、ダークに戻ってくるわけで。
 はぁ、と。
 ため息ひとつついて、ダークはを見た。
 そんな仕草にさえ、今はびくびくしているらしい。先刻叩いたのが、まだ尾を引いているのかもしれない。
 その気になって注視すると、まだ頬の腫れは残っているようだった。
「断ったら、どうする気だ?」
「ちょこをつれて、安住の地を探します」
 即答である。
 冗談でなさそうだから、余計に怖い。
「でも……出来るなら、あなたが王になるって目的を果たすまで、ちゃんとお手伝いしたいです」
 起こしてもらった恩のお返しは、やっぱりそれだと思いますし。
 それに、今は、あなたのことをちゃんと知りたい。

「我侭かもしれないけど、わたし、あなたがすべての先に見るものを見てみたい」


 ――誓いはふたつ。
 ひとつは、けしてダークの道を阻まないという誓い。
 ひとつは、ダークの許しなしには戦いへも死地へも赴かないという誓い。

 ふたつめは勢い任せに誓わせたが、そのふたつだけでも十分、破格だとさえ今は思う。
 それ以上を望んでどうするのかと、そんな自問もある。
 だから。
 今はまだ、それでもいい。
 誓いとはまた別に、はその意志で、ダークの道の手助けをするというのだから。

 ――それで、いい。

「好きにしろ」
「ありがとうございます!」

 ため息混じりにそう云うと、は、本当に嬉しそうに笑ってそう云った。



23.楽しき?夜営


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見てみたいから、いっしょにつれて行かせて、って…お願いか脅迫か?(笑