――後で。
何度か、思い返してはみたけれど。
この夜が一番、事件の多かった日ではなかろうか。
なんとか気分的にも落ち着いて、ダークたちはそのまま野宿することにした。
焚き付けに使えそうな枝を適当に集め、モンスター避けに火をつける。
そのままでは使えそうにない大きさの木までもが集まったため、それは斧で割ることになった。
で、野宿することになった原因を感じているのか、その役をが買って出たのだが。
がきっ。
ごすっ。
すかっ。
「……どうしてうまくいかないんだろ」
「がんばるのー」
横から覗き込んでいる楽しそうなちょことは対照的に、ヴォルクの斧を借りたの表情はかんばしくない。
斧の持ち主として見守っていたヴォルクが、呆れたように息をつく。
「おまえを見ていると、つくづく気が抜けるな」
「失礼な。わたしはこれでも、一生懸命やってるんですよ?」
そのことばに反応して、斧と木相手に悪戦苦闘していたが、むっとした顔で振り返る。
が。
ヴォルクはますます疲れた表情になって、
「どこがだ! だいたい、斧をそんなふうに握ってたのでは入る力も入らんだろうが!」
「……あら?」
「もういい、。ヴォルク、おまえがやれ」
きょとんと斧を握る手を見たに、こちらは完璧にあきれ返ったダークのことばが飛んだ。
「まーだーかーよー。アタシ、火ィ起こす準備できてんだぜー?」
精霊石片手にデルマが云う。
そのとおり、すでに片手にじんわりと魔力がスタンバイ。
でも薪が十分な数ないので、停止中。
「ウフフッ」
何が楽しいのか、ベベドアが首をぴょっこり伸ばして笑う。
「やれやれ、鬼娘はこれだからいけ好かぬ。気の短さでは右に出るものなしじゃのう」
挑発するように云ったカトレアに、お望みどおり炎が飛んだ。
「熱い! 何をするのじゃ!」
「どやかましいッ! いちいち横からうるさいんだよッ!」
葉っぱの一部に燃え移って、慌てて消しているカトレアの抗議に返されるのは、やっぱりデルマの怒鳴り声。
しかしすでに見慣れた光景と化しているため、今さら誰も止めようとしない。
付き合いがまだ短いはずのベベドアやちょこは、そもそもそーいうのに頓着する性格ではなさそうだし。
というか、ちょこはと久々に逢えたのが嬉しいのか、彼女から離れようとしない。
「ねーねーー、ちょこもデルマんのお手伝いする? いっちゃえ、やる?」
がくり、と、デルマがコケた。
「なんだよ『デルマ"ん"』って!」
「デルマんはデルマんなのー」
にこぱーっと。
太陽もかくやの輝きの笑顔に、デルマは地べたに突っ伏した。
「ご、ごめんなさいデルマ……ちょこってば、呼び方に一癖二癖あって……」
おたおたとフォローにまわるの横で、ちょこはそんなこと知らぬげに、一行を次々指差して。
「えっとねー、ダーくんでしょ、ヴォルくんでしょ、カトレアおばーちゃんに、ベベドんー」
「「勝手に省略するな!」」
「誰がババアじゃ!!」
「べべドんって、ダレ……?」
それぞれの叫びやつぶやきが、夜の森に響いた。
が、いくら訂正させようとしてもちょこが呼び方を変えることがないということを、彼らは数分後知る羽目になる。
天真爛漫な子供と、ほのぼのとした女性。
ふたり揃えば、周囲の気を多大に抜いてくれること必至だということなのかもしれなかった。
――けれど。
その夜ばかりは、否が応でも気を張り詰めておくべきだったと。
彼らが後悔するのは、もう少しばかり先の話。
野宿ともなると、見張りを立てなければならない。
ちょこは除外するとして、あれこれと話し合った結果、一巡目にダークとヴォルク。二順目にとカトレア。三順目にベベドアとデルマということになった。
夜も半ばを過ぎた今、か細いたき火に照らされているのは、二順目のとカトレアだった。
「夜更かし、お辛くありませんか?」
火が苦手なのか、少し離れた場所にいるカトレアに、はそう話しかける。
特に他意があったわけではないのだけれど、何故かカトレアは目に見えて動揺した。
びくりと身体を震わせて、どこぞを見ていた視線をに戻す。
「わ、わらわのことなら気にせずとも良いぞえ。それより殿こそ、眠くはないのかえ?」
「いえ、平気です。旅も野宿も慣れてますから」
「……のう、殿」
にっこり笑うの傍に、おずおずとカトレアがやってくる。
昼間の背信が後ろめたいのだろうか?
それは思うだけにして、はカトレアのために少し横にずれた。
「なんですか?」
足元までの巻き布ごと、膝を抱えて問いかける。
ずるずるで動きにくいんじゃねーの、と一度デルマに称されたが、これが意外に動きやすいのだ。
……馴染んだ服でもあるし。
なにより、魔族のテリトリーで人間用の服など求めるわけにもいくまい。
オルコスの族長であるダークに頼めば、コラプ族あたりに云って取り寄せてくれそうだが、そこまで甘えるつもりはなかった。
そんなの考えなどカトレアには読める由もなく、彼女は彼女で思うところがあるようだ。
「殿は、精霊の力を使えるのじゃな?」
「ええ。本家には敵いませんけれど」
「それでは、地霊石に干からびさせられたわらわに、元の姿を取り戻させるというようなことは……」
そういえば。
カトレアは、ディルズバルド軍につかまって、利用されていたという。
その折、地霊石のエネルギーの過度な照射によって、今のような姿になってしまったと、出逢った当初嘆いていた記憶がある。
本来の姿をは知らないけれど、カトレアにとっては何よりも許しがたいことなんだろう。
――でも、
「難しい……ですね」
目に見えて肩を落としたカトレアに、心中で手を合わせながら。
「地の精霊力によって変質させられたのなら、地の精霊力でそれを正すしかないと思――」
告げようとしたときだった。
一度炎を向いた視線を、再びカトレアに戻したとき、彼女は精霊石を手にしていた。
魔力の発動を促す、媒体を。
「スリープウィンド」
不意をつかれた。
まさか、こんなところで、カトレアが何事かしかけてくるとは思っていなかったから。
急激に全身を支配しようとする睡魔に、は必死に抗したけれど。
「カトレ……ア……さ……」
「すまぬのう、殿」
わらわにも、譲れぬ、強い願いがあるのじゃ――
ぼやける視界のなか、最後に見たのは、眠るダークの方へと歩いていくカトレアの後ろ姿で――
……
…………
……………………
……
夢なのだとわかってる。
過去の映像なのだとわかってる。
わかってるのに――その結末を変えたくて。
「アーク! ククル!」
伸ばした手は宙を空しくかいただけ。
周囲の仲間たちが叫ぶ声は、なんだか、遠く離れたどこかから。
闇黒の支配者に取り込まれ、肉体を失ったククル。
彼女の声に応え、その身体を聖櫃として用いようとするアーク。
――そう。
これは、あのときの記憶だ。
覆しようのない出来事。
取り返しようのない過去。
何が出来た。自分に。
精霊の血をひいているからといって、闇黒の支配者を止めも出来ない。聖櫃の代わりにもなれない。
――なにも出来なかった。
長い長い時間を生きて、自分はいったい何をしていた?
誰も。自分は救うことなど出来なかった。
大切な、大好きな仲間の、たったふたりさえも。
自分も、仲間の誰も彼も。
あのときほど、無力感に苛まれたことは、きっとない――
「!」
「ッ!?」
闇のなかから、急激に意識が浮上する。
後悔と慙愧の海から、の意識は一瞬にして現実に引き戻された。
呼びかける声を聞きとり、それがダークの声であるのを判別すると同時、ばっと身を起こす。
「――」
ぐらり、と、一瞬身体が傾いだ。
先刻受けたスリープウィンドが、まだ残っているようである。
・・・スリープウィンド?
誰から?
ぼやけた頭で、なんとか思考を整理しようとするより先に、なにやら怒りまくったダークの表情が目の前にあることに、遅まきながら気がついた。
「カトレアはどこへ行った!?」
「そうだ、カトレアさんッ!!」
その単語に記憶を刺激され、やっと意識が覚醒する。
条件反射でそう叫んだ後、はたと気がついて首を傾げた。
「……って、皆さん殺気だってどうしたんです?」
「どうしたもこうしたもあるか!」
やっぱりのんきなのことばに、けれど今度ばかりは脱力している暇もないとばかりに。
ガスッ、と、地面を拳で抉って、ダークが吼える。
「水霊石を奪われたんだ!」
誰に――そう訊くまでもなかった。
にかけられた眠りの魔法。
最後に見た、ダークの方へ歩く姿。
そして、今は影も形もないカトレア。
以上が示す事実は、たったひとつ。
察して、もがばっと立ち上がる。
すでに起き上がっていた一行の間をすり抜け、のほほんと眠ってるちょこを背におぶった。
こんな騒ぎでも目を覚まさないあたり、素晴らしいお子様である。
そんなことを思いつつ、目を閉じる。
気配を追うときは、他の感覚を断ったほうがやりやすい――とくにこんな、騒然としたなかでは。
大地や、風や、そして複数の怒り。
……空を飛んでゆく、何者かの気配。気にはなったけれど、それよりも先に探すべきものがある。
それらいくつもの合間を縫って、糸のように残る――水霊石の移動した痕跡。
強大な力を内包する所以か、それなりに時間は経っていたと思うが、未だにはっきりとつかめるその軌跡。
「こっちです!」
が示した方向に、全員が一斉に走り出した。
24.ドグザという魔族