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ドラゴニア、到着


 泣きたいときには泣いていいんです。
 誰にもそれを止める権利なんかない。
 生きたいのだから、生きてゆけばいいんです。
 誰にも、誰かが生きることを断ち切る権利なんてないんですから。

 ――自分自身でさえも、それは変わらないんです。


 次の目的地はすぐに決まった。
 ドゥラゴ族の本拠地、ラグナス大陸のドラゴニア。
 その一族を裏切り、人間とつがいになったのが、ダークの父ウィンドルフ。
 いわばダークは、ドゥラゴ族にとっては裏切り者の子供である。
 それを承知で行くのだから、当然、ドゥラゴ族の一軍相手に戦闘を繰り広げる覚悟をしていたのだけれど。

 ――けれど。

 さわさわ、と、揺れる梢。
 時折、髪を巻き上げる風。
 森を抜けた先、高山地帯といえる所にある、そこはドラゴニア。ドゥラゴ族の集落。
「……おや。珍しいな」
 ダークたちを目にした、見張りらしいドゥラゴ族の第一声は、そんなのどかなことばだったのである。

 いつ戦いになってもいいように、と、張り詰めていた気がどっと抜けた。
 罠かと疑ってはみたが、好奇の視線は感じても、敵意や殺意はどこをどう睨みつけても見当たらない。
 ベベドアにも手伝わせたが、そんなものないと首を振る始末。
「きゃーっ、おっきな翼の人がいっぱいいるのー!」
 ちょこも飛ぶー!
「やーめーなーさいっ!」
 しかも、後方ではそんな呑気なやりとりまで展開されている始末。
 これでいつまでも気を張っておけというほうが、無理かもしれない。
 ただ、その呑気なふたり――とちょこに向けられる視線が、実はいちばん厳しい。
 ダークはモドキよばわりされるとは云え、魔族ではあるし、デルマやヴォルクやカトレア――ぎりぎりでベベドアも、魔族だ。
 が。
 とちょこ。
 この思いっきり外見人間のふたりだけは、どこへ行こうが魔族の敵意混じりの視線からは逃れられない運命らしい。
 仕方なしに、見張りのドゥラゴ族にたちについて補足をしようとしたときだ。
「やーなのっ! ちょこ飛ぶー!」
「こら! ちょこ!!」
 の制止を振り切って、ちょこが行動に出た。
 切り立った崖を蹴り、宙に踊り出る。
 当然、ドゥラゴ族もダークたちもぎょっとした。
 ダークたちはが宙に浮けることを知ってはいたが、ちょこのそれを見るのは初めてだったから。

 ――バサァ、と。淡い桜色の翼が、ちょこの背中から生える。
 それが実体ではなく、エネルギーの一部がそのような形をとっているということは、服が変わらずにそのままある事実で判る。
「きゃーいのっ、ちょこもいっしょなのーっ!」
「なっ、なっ……!?」
 ちょうどそのへんを飛んでいたドゥラゴ族が、はしゃぎまくって飛んできたちょこを見てその場で固まった。
「ああもう、ちょこ! こら! 余所様に迷惑かけるんじゃないの!!」
 それを追って、が飛ぶ。
 羽はない。
 本人曰く、飛ぼうと思えば飛べるそうで、いまいち原理は把握していないらしい。
 身体を覆う燐光を見るに、一種の魔法とも云えそうだが。
 あっという間にちょこに追いついたは、がばっと少女を押さえ込んだ。
 もともとちょっと空の散歩をしたかっただけなのか、ちょこは大人しくに抱きつく。
「すいません、お騒がせしました」
 ぺこりと一礼し、そのままダークたちのところに文字通り舞い下りる。
 同じことばを繰り返し、は別の意味で集中した視線を避けるようにヴォルクの後ろに逃げた。
「逃げるな」
 その襟首をひっつかみ、ヴォルクがを前に押し出す。
「やっ、やめてくださいよぅ〜!」
「注目を浴びる原因になったのは、おまえたちだろうが!」
「ちょこ、目立ってるのー。えっへんなの!」
「えっへんじゃないだろ! このノーテンキ娘!」
 両手を腰に当てて胸を張ったちょこの頭上に、デルマの拳が炸裂する。
 ごいーん。
 と、実によい音が響いたが、直後にダメージを感じてしゃがみこんだのは当のデルマだった。
「…………ってェ〜〜〜〜〜〜ッ」
 対して叩かれたちょこはというと、
「ちょっといたいの・・・でもデルマんのほうがもっといたそうなの〜」
 頭を軽く手でなでて、きょとんと首を傾げる始末。
「ああ、デルマ、ちょこの石頭は並じゃないのに……」
、ココロが橙に染まってる。おもしろいのね」
「ベベドアっ、しー!!」
「へえぇ〜……、アンタ、そーいうふうなコト考えてたのかい」
 そして横からのベベドアの一言に、実に剣呑な表情になってデルマが立ち上がった。
 いや、元々オルコ族は強面が多いしデルマもどちらかというと目つきが鋭いたぐいなのだが、今はそれに増して凄みが感じられる。
 ……はずなのだが。
 いかんせん、ちょこの石頭ダメージのせいで涙目になっており、あまり迫力もないのであった。
「ご、ごめんねデルマ。キュアする?」
「いらねーよっ! こんなのにっ!」
 てゆーかアンタ、顔が笑ってるんだよッ!
「あら、ばれちゃった」
 てへ。
 指差されたは、照れくさそうにそう笑う。
 少し離れた場所から、カトレアがツッコんだ。
「それはバレるであろうのう」
 そしての横に戻ったちょこも、
「ばればれなのー」
 両手を大きく広げて笑う。
「あーのーなー!!」
 そしてデルマはというと、やっぱり癇癪を爆発させるのだった。

 女性達の騒がしい一幕についていけない男性陣が、すたすたと先に歩いていったことに気がついて、彼女達が走り出すのは数秒後のこと。

 ……とちょこを除いて。



28.娘たちの語らい


■BACK■



飛ばせたかった。それだけだったり。