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娘たちの語らい


「どうにも魔族の皆さんにウケが悪いので、わたしたち外で待ってますね」


 外と云っても、集落からそう離れることはない。
 入り口から少し歩いた場所にある、ちょっとした広場のような場所にとちょこは移動した。
 今ごろダークたちは、ドラゴニアで情報収集なりしているはずである。
 万一戦闘になってはとついていってはみたものの、あの反応を見る限りそんなことはなさそうだった。
 ダークやデルマから聞いていたドゥラゴ族のイメージと違って戸惑ったけれど、同じ種族だっていろいろな性格がいるはずだし。
 よって戦力の不安もなくなったので、ならば余計な騒動は起こすまいと、たちは自主的にドラゴニアを辞したのだった。

 それに、ちょっと。ちょことふたりだけで話したいこともあったし。

「どうしてアクラになっちゃだめなのー?」
「ついでに飛ぶのもだめよ?」
「だからどうしてー? 、前はそんなコト云わなかったのにー」

 つまんなーい。
 そう云いながら、ちょこは切り株に腰かけて足をぶらぶらさせている。
 はちょうど向かい合う位置の岩に座っていたけれど、立ち上がって、そんなちょこの頬を指でつついた。
「そりゃあ、わたしだってアクラに逢いたいけど。でもね……」
「でもー?」
 と出会う前の経緯を話してくれたとき、ダークがことばを濁した部分がある。
 それは、後からデルマが教えてくれた。
 どうしてドゥラゴ族と人間のハーフであるダークに、翼がないのかということ。
 最初は、ハーフだからこそないのだろうな、と思っていた。
 けれどそれは、違っていて。
 まだダークが今の目的を持って立ち上がる前、風霊石を狙ってきたドゥラゴ族に、翼をもぎとられたのだというのだ。
 それを聞いてしまうと。
 飛べる自分たちが目の前にいるのは、彼にとってどんな気持ちなのかと考えてしまう。
 だからさっきちょこが飛んだときも、大慌てで引き止めた。
 ……そのときダークがどんな表情をしていたのか、は知らない。
 少し怖くて、申し訳なくて。
 そんな気持ちを誤魔化すためにかけあい漫才(違うだろう)していたら、彼らはとっくに歩いていってしまってたし。

 だから。
 ちょっとため息ついて、はちょこの頭をなでる。

 それに、問題はそんな個人的感情だけじゃない。
 目覚めて実感したけれど、精霊が去って数百年経ったこの世界は、精霊力がとても希薄。
 以前は満ち溢れるそれを取り込んで力となしていたけれど、自分のそれからも補わないといけないくらいに。
 別にその消耗は気にならない。回復出来る。
 問題は、そのときに発される力。
 単純な魔法ならいいのだ。
 今の時代の彼らが使う、言霊と意志で行使出来る程度のそれなら。
 でも、飛ぶための翼をつくったり。
 アクラとちょこで、存在を交換したり。
 そんな、大掛かりなことをやるには、放出される力を受け止める世界が、あまりにも弱りすぎていて。

 ――まだどこかで封印されたままだろう、あの存在を刺激しかねなくて。

 いつか世界が、精霊なき世に慣れてくれたら。
 また思うままに、自分たちは遊べるかもしれないけれど。

 今はまだ、世界は迷ってる。

 守ってくれた精霊達を、まだ、どこかで求めている。
 判るのだ。
 声が聞こえるから。

 黄昏のなか、迷子になってしまったような声が、時折――精霊としての部分に、深く訴えるから。

「御方たちがね、いなくなってしまったでしょ?」
「うん、いないわね。でも、今戻ってきてるんじゃないのー?」
「存在の一部をこっちに送ってるだけよ。だから、うまくコンタクトできないんだけど」

 が御方と呼ぶのは、精霊のこと。
 それを知っているちょこは、素直に頷いて、続けて疑問。
 だけどそれに対する答えを、はとっくに用意していた。
「だから、世界がちょっと弱ってるの。そこに、ちょこがアクラになって大っきな魔法炸裂させてごらんなさい。壊れちゃうかもしれないでしょ?」
 どかーん。
 そんな仕草をしてみせると、ちょこも意図を察したらしい。
 どかーん。
 同じように両手を頭の上で広げ、
「……それは、ヤなの」
「でしょ?」
 にっこり笑って、は云った。
「あれ?」
 けれど、ちょこは首を傾げる。
「それじゃあ、が跳ぶのは別に平気なのよね?」
 だって、世界に一旦溶けて再構成するだけで、どっかーんって爆発するわけじゃないから。
 そう云われて。
 返すの表情は、苦笑。
「うん。そうなんだけどね。跳ぶ機会なんて、別にないだろうから」
 自分の移動しかフォローできないから、使っても意味なさそうだし。
 それに、念には念をということばもある。
 無事ですむという保障もない以上、下手に刺激しないほうがいい。
 だって、世界に無茶はさせたくないのだ。

 そう――誰だって変わらない。
 この世界を大切に思うことは、この世界に暮らす者なら誰だって変わらないのだ。

 精霊であれ、人であれ、魔族であれ――


 だからこそ、誰もが。あの時代、戦った。


 馳せる想いは遥かな彼方。
 時の向こう、世界の果て。
 もう戻ることのない、遠い遠い時間の先。

 戻ることはない。
 時計が逆にまわることはないように、過ぎた時間は取り戻せない。

 それでも、無性に。

 彼らに逢いたくてしょうがなくなる、自分がいる。


 そんなふうに思っているのを見抜いたのか、ちょこがひょこっとを覗き込んだ。
、なにかんがえてるの?」
「何考えてると思う?」
 当てられたら、今度お菓子奢ってあげる。
 なけなしの金銭の入った財布を取り出して云うと、お菓子ということばにつられたお子様の表情が太陽のように晴れやかになった。
 それから、すぐに腕を組み、うーんとうなって考え込む。
 だけどそれもほんのちょっと。
「わかったの!」
 今日の晩御飯がハンバーグなの!
「それはちょこの願望でしょ。しかも確定事項になってるし」
 外れたから、おやつはなしね。
 そもそもこの時代に、ハンバーグなんてものが存在しているのかどうか。
 魔族の生活しか見ていないけど、あの文明を知っているにしてみればかなり原始的な暮らしぶりである。
 もっとも、それよりずっと昔はたしかに、人間もそんなふうに暮らしていたのも知っている。
「ね、ちょこ」
 まだおかしが諦めきれずに、次なる候補を考えようとしている少女に呼びかけて。
「わたしたち、いつまで生きるのかな」
「死ぬまでなのー」
「・・・いや、そうじゃなくってね・・・」
 この子に訊いた自分がバカでした。
 見たこともない神様にそう謝罪して、はがっくり肩を落とす。
「だいじょうぶなの」
「・・・?」
 そんな彼女を抱きしめて、ちょこがよしよしと頭をなでた。
「どんな長い時間でも、大切なおともだちがいるから、ちょこはへいきなの。もそうよね?」
 誰も彼もが自分たちを置いて行く。
 だけど、それでも。
 まだここに、自分と同じ時間を生きてくれる子がいる。

 ――それは絶対ではないけれど、とても大きな支え。

 たぶん自覚なしになんだろうけど、健気なコトを云ってくれたちょこを、ぎゅーっと抱きしめた。
「うん……うん、そうよね。ちょこがいるものね」
「そうなの。それに、ヂーくんも、きっとどこかでお眠りしてるのー」
「そうね」
 懐かしい名前。
 遠い、あの時代を思い出させるもうひとりの名前。
 機神ヂークベック。
「そういえば、ヂークさん、どうしてるんだろう?」
 たしか、アレクたちの手助けしたあと溶岩に飲まれてどこか行ったらしいけど。
「きっと、岩のなかで眠ってるのー。発掘されたら火星なの!」
「・・・・・・化石・・・・・・?」
 それはちょーっとヂークさんに失礼じゃないかなー?
「ちがうの、ちょこ誉めたのー」
「誉めことばじゃないでしょっ!」
「えー?」
「えー、じゃないっ」
「のー」
「変えればいいってものでもないっ!」
「じゃあどうしろっていうのー!」
「素直にヂークさんにごめんなさいしなさい!」
「ヂーくんいないの」
「お空に向かって謝りなさーいっ!」
「それじゃヂーくんがごしんじゅうしちゃったみたいなのー、ってばしつれいなのー」
「揚げ足をとるなっ! それに心中じゃなくて臨終でしょ!」
「しんじゅうとりんじゅうならしょうしょうの違……あれー?」
「あら?」
 すでに、何百年も前から恒例の、ことばの剛速球キャッチボールに興じていたとちょこを。
 まるで猫を持ち上げるように、襟首捕まえて宙に浮かせる者がいた。
 きゃっきゃっと笑っているちょこと、目を丸くしたに注がれるのは、5人分の呆れた視線。

 確認するまでもない。云うまでもない。

 ドラゴニアでの情報収集を終えたのだろう、ダークたち一行だった。
 ちなみに、たちを吊り下げているのはヴォルクである。
「まあ、ヴォルクさんったら怪力さん」
 語尾にハートマークつけて云ってみたら、途端に手が放される。
 重力に従っては足から着地、ちょこは無駄に空中回転して同じく着地。
 少し乱れた服をなおして、はにっこり向き直る。
「おかえりなさい」
「何今さらカッコつけてんだよ、もうッ!」
 そう云いつつも、デルマが、少し乱れてしまった髪をなおしてくれる。
 爪で傷つけないようにだろう、ゆっくりとした動作で、少しばかりおずおずと。
「ありがとう、デルマ」
「ありがとなのー」
「フンッ」
 少し頬を染めてそっぽを向いたオルコ族の少女を、微笑ましく見つめて。
 それから、はダークたちに視線を移す。
「お疲れ様でした。ドラゴニアはどうでしたか?」
「あー、それがさー。ドゥラゴの族長のジジイめっちゃ腹立つって!」
「……やっぱり戦いが?」
「それはなかったのじゃがな、どうにもこうにも……我関せずとばかりの言い草での」
 珍しく、カトレアも疲れた様子である。
「と申しますと?」
「わかったの! 自分たちでどうにかしろーっていわれたの!」
「それに近いな」
 珍しく自説が当たって、逆にきょとんとしたちょこ。
 そんな様子を見て、険しかったダークの表情が少し和らいだ。
 そうして、ドラゴニアでの顛末をとちょこに話す。

 かつてダークたちを襲ったドゥラゴ族は、ドラゴニアの意向で動いているわけではない。
 昔、ドグザにそそのかされ集落を離れた奴らだそうだ。
 そしてドゥラゴの長、ウィリウォーはドグザやそのドゥラゴ族らがどこにいるか知っているが、今のダークたちに答える義理はないという。

「……それではどうしろと? 大陸中しらみつぶせと?」
「ダークは、ドゥラゴの長になる」
 あまりにもそっけない対応を聞かされて、眉をひそめたに、ベベドアがそう答えた。
「長?」
 ヴォルクが頷く。
「竜の試練を受けて王冠を持ち帰れば、ドゥラゴ族の長として認められる。そうすれば、ドグザたちの行方を話してもいいとのことだ」
 なるほど、そういうことかと。
 もようやく納得がいった。
「要するに、タダで教える気がないだけなんですね。もう」
殿。それを云っては、身も蓋もなかろう」
「それじゃまるで、アイツがただのワガママ頑固じーさんみたいじゃん」
 ――そう、カトレアが云って、デルマも頷いて。
 そんな珍しいやりとりのなかの、そんな戯れ事が。
 とデルマが気まぐれに思いついたそんな形容が、まさかぴったりそのとおりだったということを、まだ誰も知らない。



29.束ね導くひと


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飛ばせたかった。それだけだったり。