待つ時間は、存外短くて済んだ。
たちは雪のなかに突っ立ってダークの帰りを待っていたわけだが、立ち尽くしていた足が痺れる前に、また、身体が寒さに凍える前に、ダークは洞窟の奥から戻ってきた。
……あまり、その表情はかんばしくなかったけれど。
「ダーク!」
真っ先にデルマが駆け寄る。
ダークの手に携えられた見慣れぬ王冠を見て、目を輝かせた。
「試練、越えたんだな!?」
「――ああ」
「いやっほう! さっすがダーク!」
飛び跳ねて歓喜を表すデルマを、さすがに今回ばかりはカトレアも茶化したりしなかった。
満足そうに、ヴォルクと共に頷いている。
少し離れた後ろで、ちょこがを見上げて笑った。
「ね、ちょこの云ったとおりだったの」
「そうだね」
にっこり笑って、も返す。
ただ、ダークの表情が、あまり釈然としない。
たしかに普段から仏頂面だけど(失礼)、こんなときくらい、もう少し喜んでもいいのに。
――尤も、その分、デルマの感情表現で差し引きオッケーなのかもしれない。
実年齢が見たままである彼女は、感情表現が本当に判りやすい。
ご機嫌でも不機嫌でも、見ていればすぐに判る。
好きも嫌いもはっきりしている。……そのせいで、カトレアとの仲は険悪なわけだが。
だから、見てれば判る。
彼女の気持ち。
きっと当の本人と相手であるダーク以外、彼女の気持ちに全員気づいてる。だからカトレアはつっかかるわけだが。
ほんとうにかわいいなぁ。
などと思うのは、自分が無茶苦茶に長ーい年齢を重ねて物の見方がズレてるせいだろうか。
思い出してみれば、エルクやトッシュにも、よく趣味が年寄りくさいと云われた覚えがある。
あれはいつだっけ?
たしか、シルバーノアでゴーゲンさんといっしょに盆栽いじりをしていたときだっけ。
あ、それからイーガさんの碁の相手をしてたときにも。
でもそんなこと云ったら、トッシュさんの趣味だって結構意外だったんだけどな……
そういえば、来る途中にちっちゃい花が咲いてたな。昔は見なかった種類。
もし見せてあげられたら、やっぱり喜んでくれたのかな。
テスタの人が、ひそかに嘆いてた記憶があるなぁ……親分の趣味を口外したら、絶対なめられるって。
わたしは、かわいくていいなって思ってたんだけど――
「ー?」
「えっ?」
ぐいぐい、と袖を引っ張る感触で我に返った。
そこはシルバーノアでもない。テスタでもない。
もうそんな船も地名もない、遥かな時間を越えてきた場所。
雪降るドゥラゴ族の聖地、竜骨谷。
「どしたの? ぼーっとしてたら、みんないっちゃうの」
「あら?」
云われて見渡せば。
目的は達成したのだから、もうここに用はないとばかりに、歩き出している一行の後ろ姿。
が。
とちょこがついてきていないことに、すぐさま気づいたらしい。
くるっとダークが振り返り、声をかけてきた。
「何をしている、行くぞ!」
「はっ、はい!」
「はーいのー!」
あわてて、ちょこといっしょに走り出して――何故か、身震いした。
結構勢いの強くなった雪にかすれて、前を行くダークたちの姿が途切れ気味。
距離としてはそんなに離れていないのに、なんだかこのまま、彼らが消えてしまいそうに思えた。
――かつての彼らのように。また。
……やだ……!
ちょこを引く手に力をこめて、足を速めた。
「待っ……」
目の前。
ちょうどタイミング良く――いや、本人にしてみれば悪く――正面にいた、ヴォルクの腕にしがみつく。
「お、おい!?」
ちょうど肩口の毛皮がないあたり、むきだしの二の腕。
そこに、ぎゅうっとしがみついた。
おいていかれないように。
おいていかないように。
「……どうした?」
ただ事でないの様子に気づいたか、ひっぺがそうとしていたヴォルクの動きが止まる。
ちょこがの腰にしがみついているから重さもそれなりだろうに、びくともしないあたり、さすがウーファー。
トコトコとベベドアがやってきて、を覗き込む。
「濃紺の不安。限りなく黒に近い、蒼色の喪失感。……過去の幻影」
「なにか、嫌なことでも思い出したのかえ?」
「あ、ご、ごめんなさ……っ」
ただ怖くて。
「なんだか……おいて、いかれそうで……」
「ナニ云ってんだよ。アタシたちが、アンタ置いて行くわけねーだろ?」
途切れ途切れに語るを、デルマがそっとヴォルクから離した。
「カトレアなら、いつだって置いてってやるけどサ」
「フン、おぬしこそせいぜい見捨てられんようにするのじゃな」
『おまえがいうな!!』
――誰のツッコミだったかは、あえて伏せる。
31.たいせつな、