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たいせつな、


 怖いのなら、近づかなければいいんだ。
 恐れるのなら、最初から関わらなければいいんだ。
 それなのに。
 ああ、それなのに。

 疲れたおぶれとせがまれ根負けして、結局ちょこを背中でねんねさせてるヴォルクを見ながら。
 その横で、相変わらず元気に云い争いしているデルマとカトレアを見ながら。
 いつもどおりのマイペースで、とっとこ歩くベベドアを見ながら。
 たぶんさっき混乱したのを気遣ってくれてるんだろう、少し歩調を落としての前を歩くダークを見ながら。

 思うのは、そんな少しばかりの後悔に似た感情。

 どんなに長い時間を生きても、失うことには慣れない。
 多くを体験したのだから慣れてもよさそうなものなのに、変わらない。
 それどころか、経験するごとに怖くなる。
 慣れてしまったら、心が磨耗した証拠であると知っていても。
 突発的に恐怖を感じるたびに、いい加減麻痺してしまおうかとさえ、思ったことも一度や二度でなくて。

 ――よわむし。

 だけど、それくらい、彼らのこと好きなんだなと思う。
 逢ってあんまり間もないけど。
 ばたばたと、ついてきちゃってるけど。

 ――だいすき。

 怖くても、恐れても、結局。
 自分は誰かとかかわることを、やめたりはしないんだろう。

 ――あいしてる。

 人間に傷つけられて、それでもなお、この世界と共にありたいと。云っていた、彼らをふと、思い出した。

 ――ああ。だって、世界にはまだ、こんなにも。

 きれいなこころが、いくつも在る。


「あのー、ダークさ……いえすみませんごめんなさい」

 『さん』と。
 つけようとした瞬間、じろっと睨んできた赤い双眸に、は息継ぐ暇もなく謝った。
「で、えーと。ダーク」
 それから、改めて話しかける。
「なんだ?」
「ずーっとずーっと未来の話になるんですけど」
 『?』と。
 唐突な展開に、ダークの頭上に疑問符が浮かぶ。
「もしもね、あなたたちのことを、ずーっと先の誰かに話すときがきたらね」
「・・・・・・」

「そうしたら、……仲間って、云っちゃっていいですか?」

 わくわく、と。
 まるで千載一遇の思いつきのように、輝かんばかりの表情で。
 こちらを見上げるを一瞥して、ダークはひそかにため息ひとつ。

 なんだってこいつは、こう突拍子もないことばかり云う?

 そんなこと知らぬげに、はにこにこ笑って告げる。
「大切な仲間がいるんです。きっと、この世界とひとつになって、わたしたちのこと見守ってくれてる仲間たちが。……いたんです」
 知っている。
 その仲間たちのことは。
 やちょこが、折々に、思い出すように交わす会話を漏れ聞いたことがあるから。
 表情でわかる。
 口調でわかる。
 とても。――とても。
 大事にし合っていた、間柄だったのだろうと。
「わたしですね、そのみんなと同じくらい、ダークたちのこと好きです」
「気軽に使うな、そんなコトバ」
 『好き』なんて。
 精霊の娘が、魔族に云っていいコトバじゃないだろう。
 そう答えかけて、ふと。
 いや、精霊だから云えるのかと。
 ――世界を愛する。まるごと愛する。
 そうだ。
 精霊達が魔族の存在を良しとしないのなら、世界は自分たちを抹殺さえ出来るはずなのだ。
「アタシもさぁ。人間はキライだけど、アンタは別だよ」
 会話が聞こえたのか、くるりとデルマが振り返る。
「そーだね。アンタのコトバを借りるなら、アタシもアンタが『好き』なのかもしんない」
 照れくさいのか、ちょっと頬を染めて(肌の色が色だから、判りづらいが)そっぽを向いて。
 それでも伝えるべきことを、デルマはちゃんと伝えた。
 そうしてそれを聞いた瞬間、がとても晴れやかに微笑う。
「はい! わたしも、デルマのコト大好きです!」
「……ちょこもデルマん好き〜……」
 むにゃむにゃと。
 のことばに被せて、ヴォルクの背中で眠っていたはずのちょこのことば。
 が、普段のハイテンションさがないところを見ると、どうやら寝ぼけただけのようだった。
「ウフフッ」
 ベベドアが、ぴょこっとの隣に並んだ。
「やっぱり、アナタのヒカリは、ワタシに馴染む。闇に反発しない、染み渡るヒカリ」
「うーん、わたし、別に光の御方の影響が強いわけじゃないんだけどな?」
「精霊のチカラじゃない。ヒカリは、アナタのココロが持つヒカリ」
 ますます。
 わけがわからない。
 ベベドアのコトバの真意が掴みにくいのはいつものことだが、今日も今日とて同様らしい。
 云われたのみならず、それを耳にした全員が首をかしげる。


 ――ぱちっ、と、小さく炎が爆ぜた。




32.炎の誘い


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