BACK


せっつく炎


 ドラゴニアの夜は静かだ。
 元々、隠れ里のような場所で、ひっそりと暮らしている一族の集落なのだから。
 モンスター等といった騒ぎもなく、聞こえるのは、梢を揺らす風の音とか、集落を流れる水の音。

 ――その一角、ダークたちの宿にと充てられた小さな小屋で、ぱちぱちと炎が舞っていた。

「…………」

 困った。
 そんな顔で、自分の周囲の炎を眺めているのは云わずとしれたである。
 というか、他に炎をまとわりつかせるような体質の者もいないのだが。
 デルマは火炎系の魔力を使うが、あれは攻撃手段だし。
 こんな呼びかけのために舞う炎など、やはりは自分のもの以外知らない。

 じぃっと、ちょこがを見ている。
、きれいなのー」
 床に寝転んで、わくわくと、炎の舞を飽きることなく楽しんでいる。
 それはそれで心和むが、舞われている自分としては、どうにかならないかなーと思ってしまうわけで。

 で、どうにかするにはというと、方法はひとつ。
 呼びかけに応えないといけない。
 ……なんてこと、とうの昔に判ってる。

 問題は、応えるためには火の精霊のもとにいかねばならないということだ。
 彼がどこにいるのかはまだ判らないが、このラグナス大陸で火の大精霊石の話を聞かない以上、ここではないのだろう。
 加えてアルド大陸でもアデネード大陸でもない。
 ――そうなると。
 これまで訪れたことのないだろう場所、と、必然的に限定されるわけで。

 はあ。

 ため息ひとつついて、炎をまとったまま、は視線を動かす。
「カトレアさん」
「なんじゃ?」
 初めこそ、炎に恐れをなしていたカトレアだが、それが熱を持たない映像のようなものだと気づいてからは、距離をおかなくなっていた。
 それでもほんの少し、後ずさり気味だったりするけれど。
「――この世界には、どんな大陸があるんですか?」
「どんな対空があるのー?」
「ちょこは無視していいですから。」
 えーっ、ひどいのー!
 ぐいぐいと髪を引っ張るちょこの頭をなでてなだめて、はもう一度カトレアに問う。
「ふむ、アルド、アデネード、ラグナス以外でじゃな?」
「ええ」
「とりあえず、生物がいるとされている大陸は――」
 記憶を辿るように、カトレアは身体をかしげ。
「その3つに加えてハルシーヌ、そしてその東のイピスティアかのう」
 ハルシーヌこそが、にっくきディルズバルド帝国の存在する大陸。
 イピスティアは、人間の勢力が強くて、あまりわらわもよく知らんのじゃ。
 微妙に過去の面影を残す地名に、はふむふむと頷いて、過去の地図と照合してみる。
 おそらくハルシーヌがグレイシーヌあたりだろうが、イピスティアは、はて?
 グレイシーヌことハルシーヌの東というからにはスメリアなんだろうか。
 でも、たしかあの国、一度水没したはずだけど。
「それがどうかしたのかよ?」
 ヒマなのか、デルマが横から身を乗り出してくる。
 ベベドアはさっきから窓のところに腰かけてじっとしてる。寝てるのか起きてるのかいまいち判らない。
 そうして身を乗り出したデルマは、あやうくの炎に触れかけて、一瞬固まった。
「――なぁ、。それ、どーにかなんねーの?」
「どうにかしたいんですけどねー。そのためには、火の御方の所行かないといけなくて」
「じゃあ行こうぜ! 今すぐ!」
「これじゃから短絡娘は……火の大精霊石がどこにあるのかさえ、判っておらんのじゃぞ!?」
「うるせーよ、ババア! だったら探せばいいじゃん!」
「雷神岬のドグザや人間どもを、放っていくと云うのかえ?」
「うっ。」
 ――そうなのだ。
 一層自己主張を激しくしている炎の呼び声を鎮めるには、火の大精霊石のもとへ行かねばならない。
 が、目の前にあるドグザやディルズバルド兵もまた、放置するわけにはいかない。

 はあ。

 ため息ふたつめ。
 ついて、は今にもカトレアに掴みかかりそうなデルマをとりあえずおさえた。
 炎がついでに爆ぜるが、熱も衝撃もないそれは、ただ目に刺激を与えるだけ。
 それでも、いつまでも見ていて気持ちのいいものではあるまい。
 これじゃ『怪奇! 花火人間!』とかテロップまで流れそうだ。エルクこそがふさわしいだろーに。
「デルマ。わたし、しばらく別行動してもいい?」
「え?」
「火の御方を探してみる。うまくいけば、大精霊石をお土産に出来るかもしれないでしょ?」
「はーいの、ちょこも行くー!」
 がばっとちょこがしがみつくが、はぽむっとそれを引っぺがす。
「だーめ。」
「えー!? どうしてー!?」
「跳ぶから」
 だから、ちょこは、デルマたちと一緒にいないとだめ。
 きっぱり告げると、理由を察した少女はぽんっと元気に手を打ち鳴らす。
「そっか。ちょこはアンチョコなのね」
「それを云うならアンテナ」
「あんてな?」
 聞きなれない単語をとらえて、デルマが首を傾げた。
「うん。一種の目印かな。世界に溶けた状態で移動するから、ぱっと判る目印があるほうが跳びやすいの」
 それはずっと自分に呼びかける火の精霊の呼び声であり、また、
「ちょこは付き合いが長いから、この子の感覚なら、たぶんどこにいてもわたしは辿れる」
 だから、この子があなたたちと一緒にいたら、用がすんだらすぐにでも戻ってこれるというわけ。
 の説明に、デルマは判ったような判らないような顔をして、考え込む。
 その横で、カトレアが、ふむ、と頷いた。
「つまり、そこな小娘がおれば、わらわたちがどこに行こうと発見できるというわけじゃな?」
「そです。逆に云えば、目印がないと迷う可能性大なんですよ」
 まかりまちがって、とんでもない場所には出たくないですし。
 そう説明している横で、アンテナ扱いされているちょこは、うつらうつらと船を漕ぎ出していた。
 ――それを見て、はふと空を仰ぐ。
 満月が、かなり中天に近い位置にまで登ろうとしていた。

「よし、善(?)は急げですね」

 寝こけたちょこを寝床に横たえて、は立ち上がった。
 ――弾みにぱちっと炎が散って、カトレアとデルマがやっぱり固まってしまうという一幕も展開しつつ。



35.いとまごい


■BACK■