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即行はがれるかぶり猫


 その感覚は、ずいぶんと久しぶりだった。
 世界と溶けて、抜けて、再構築する感覚。
 溶けていた時間がどれくらいかわからないのが難だったが、まあ、ほんの数時間だろう。
 普段は人間とあまり変わらないと思っているけれど、こんなときばかりは自覚する。
 ――結局自分は、人間でもなく精霊でもなく、ある意味中途半端な存在なのだと。
 それでもいい、と思えるようになったのは、たかだか千年くらい前。
 ちょこと出逢って、大切な友と出逢ったあの頃に、ようやっと、自分は自分だ文句あるかと開き直れるようになったのだ。

 だから、出逢いというのを無下にしたくない。
 それがたとえどんな状況のもとであっても、何がしかの縁があるはずなのだから――


「――それにしても、これはさすがにあんまりですよねぇ」
「ぶつぶつ云ってるヒマがあったら、手を動かしなさいッ!」

 ちょっぴりヒステリックな叫びに、は思わずため息をついた。
 襲いかかってくるラケルタ族ことトカゲのよーな魔族『リキテン』とやらの攻撃を避け、横からの『シテン』の腹に蹴りを一発。
 そこに、さっきのヒステリックな叫びを放った当人が、光線銃だかなんだかの攻撃を浴びせる。
 『サヨーテン』が弓を構えているのを見て、はヒステリックな――もとい、タチアナというらしい――女性の腕を引いて跳び下がる。
 一瞬遅れて、刺さったらまず昇天間違いなしのでっかい、しかも炎をまとった矢が地面に突き立った。
「あの、タチアナさん」
「何ッ!」
「さっきの兵士たち、戻ってこないんですか? いくらなんでも指揮官見捨てて行かなくたって」
 そう。
 がここに辿り着いたとき、このふざけた名前の魔族3名はタチアナ率いる中隊を襲おうとしていたのだ。
 タチアナは立ち向かおうとしていたが、他の兵たちは魔族に恐れをなして逃げ出した。
 そんな折出現したのだから、当然のようにも魔族たちの標的になったのである。
 火の大精霊石を持って、とっとととんずらするという選択もあった。
 ついでにディルズバルド軍と共闘するのにも、少し抵抗はあった。
 が、いくらなんでも、女性ひとり残して自分が逃げるわけにはいかないし。
 とかなんとか理由づけて、なりにがんばって、魔族たちを撃退しようとしているのである。
 出来れば、戦意喪失して逃げてくれるととってもうれしいなー、なんて考えながら。
「戻ってくるわけないでしょう! 第一戻ってきたとしたら、間違いなく軍法会議にかけて降格しまくってやるんだから!」
「あ〜……それはまず戻ってきませんねぇ」
 軍隊なんて、いつの時代もそんなもんか。
 そんなことを思って遠い目になりながら、リキテンを蹴り飛ばす。
 さっきから肉体攻撃に終始しているせいでか、の息も少しあがっていた。
 精霊力でカタつけてしまえばいいのかもしれないけれど、ディルズバルドの関係者の前ではあまり使いたくない。
 ――幸い、身体をおおっていた炎は、ここに来て再構築した時点で消えていたから、タチアナにとっては『急に現れた怪しい娘』ですむだろう。
 もっとも戦闘中だからさして追及されずにすむのであって、事が終わればただではすまなさそうだが。

 シャロンさんやどこぞの教授も、知的好奇心を満たすためならなんでもするタイプだったしなぁ……

 ため息混じりに、サヨーテンの懐に潜り込んで一撃。
 その間も休むことなく、タチアナは銃を連射している。
 弾切れはないのかと心配したが、一種のエネルギーを放射しているようで、回路が動く限りは半永久的に使えるようだ。

 いつかは倒せるだろうが、かなりの長期戦になる覚悟をが決めたときだった。

 ダダダッ、と、複数の足音が、先ほど兵士達の逃げていった方向から聞こえたのである。
「あれ? 戻ってこられたんでしょうか?」
 だとしたら、ちょっぴり見直してあげるべきだと思いますよ――
 そうタチアナに云おうとして、は振り返り。
 先にそちらを見ていた彼女と同様、目を丸くしたのだった。

 青い服、赤い服、緑の服、茶色のズボン。
 ディルズバルドの兵たちは、こんなにカラフルな一団ではなかったはずである。
 ついでにいうなら、ああまで見事にてんでばらばらな体格でもなかった。
 そもそも、女の子なんていなかったし。

 青い服を着た少年――年は、ダークと同じくらいだろうか――が、剣を片手にこちらを視界にとらえたようだった。
「タチアナ!」
「カ、カーグ!?」
 呼びかけに、驚きを隠せない声でタチアナが応じる。
 その後ろからやってきたリキテンをとりあえずどつき飛ばしながら、もちらちらと視線を向けてみた。
「お知り合いですか?」
「……」
 この場合の沈黙は、肯定なのか否定なのか。
 いまいち判断に悩みながら、シテンの腹にまた一撃。
 うめいて後ずさりつつも、彼らの闘争本能が鎮まることはない。
 というか、人間側の援軍(なんだろうか?)が現れたことで、ますますヒートアップしたようにも見える。はた迷惑な。
「あーしつこい。」
 自慢じゃないが、は気の長いほうではない。
 うっすらと青筋浮かべて、とりあえず退けようと――

 ドスッ!

「あら?」

 蹴りを叩き込もうとした矢先、その横を縫って矢が一本、魔族の身体を貫いていた。
 振り返れば、上半身裸の男の子が、くるっと弓をまわして得意げな顔。
「ねえちゃんだいじょうぶか!?」
「うん、だいじょうぶです。ありがとう!」
「カーグ、おまえたち、なぜ!?」
 の語尾にかぶせて、タチアナが叫ぶ。
 それに応えるのは、カーグと呼ばれた少年だった。
「たとえ敵でも、同じ人間が魔族にやられているのを見過ごすわけにはいかない!」
 剣を構え、こちらの戦場に突進しながら、彼はそう云った。
 それで、もとりあえずの人間模様を把握できたのである。

 えーと。
 あの青い人が連れてる人たちが、一絡げで仲間。
 でもってタチアナさんと敵って云ってるんだから、そういうことで。
 魔族はここにいた先住民(?)で。
 でもってわたしが、唐突に現れた、完璧な部外者、と。
 うん。ばっちり。

 だからどうなるというわけでもないが、ひとまずカーグたちの一団はとタチアナにとっての援軍ともいえそうだった。
「というわけなので、リキテンさんとシテンさんとサヨーテンさん、そろそろお引き取りいただけません?」
 が、返事の代わりにやってきたのは、重量の乗った頭上からの一撃。
 戦いに心を支配されているらしく、もはやの声など届いてもいないようだった。
「魔族にそんな話が通じるわけがないでしょう!」
 横手からやってきた赤い服の少女が、の行動に腹を立てたらしく、きつい口調でそう云った。
「あはははー! ねえちゃんいいキャラしてるな!」
 逆に、弓使いの少年にはウケたらしい。
 いや嬉しくないけど。
 そんなこんなしてる間に、カーグがリキテンを、斧をかついだひときわ体格のいい男が、シテンを相手どる。
 よほど場慣れしているのだろう、少女や弓使いの少年、タチアナの援護もあってか、ふたりはあっという間にリキテンとシテンを無力化していた。
 それを見て、が相手していたサヨーテンは、戦いの高揚が抜けたらしい。
 弓につがえた矢を下ろし、地に伏した兄貴分たちを信じられないといった顔で見、それから目の前のを見――

 ぐるっ、と、背を向けて走り出した。

「あら」

 まぁそれもいいだろうかと、は思う。
 人間を恐れて逃げてくれるなら、でもってどこか奥地でひっそり暮らしてくれるなら、たぶん今の時代のお互いにとってはいいことなのかもしれない。
 まみえれば戦いが避けられない以上、かかわりをもとうとしないのが、今は一番いいのかもしれない――

 けれど。

 そのサヨーテンを、男が追う。
 大きな体躯からは想像出来ない、意外な素早さで。――迫る。
 斧を振りかぶる。
「ちょっ……!!」
 制止の声よりも、先に。

「待ちなさいこのバカ――――!!」

 思わず。
 良い子のにゃんこをかぶるのも忘れ、は男の後頭部にハイキックをくらわしていたのだった。



37.戦い終わって一悶着


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