えぐえぐえぐ、と、泣きそぼったサヨーテンが、にひっしとしがみついている。
「あーはいはい、いい子だから泣いちゃだめよ」
その身体に腕をまわし、斧がかすって出来た傷にキュアをかけているに向けられる視線は、そりゃあすさまじく厳しかった。
もっとも、約一名、とっても楽しそうな顔をしてる少年がいるが。
「なぜ魔族を助けるの!? あなた、いったい何を考えているわけ!?」
先鋒をきったのはタチアナだった。
「そうよ! 魔族は人間の敵なのよ、今殺しておかないと、後でどんな悲劇を起こすか判らないのよ!?」
続いて、赤い服来た茶色い髪の少女。
胸元のホクロが、何気に色っぽい。
そこを、弓使いの少年がひょっこりに近づいてきた。
この少年だけは、に敵意を向けたりしていなかった。サヨーテンに対しても同様に。
「なあ、ねえちゃん。ポーレットもああ云ってんだけどさ、なんで魔族助けたんだ? もしかして友達なのか?」
寄越される質問への答えは、とてもシンプルですむ。
「なんでもなにも、戦う気がない相手まで殺すのはどうかと思いません?」
「あー、そりゃそうだな。ガンツが悪ィや」
「ふざけるな! 魔族相手にそんな理屈が通じるか!」
ガンツ、と呼ばれた斧を担いだ男が、どすッと地面を蹴り飛ばした。
それをちらっと横目で見て、はことさらに冷たい声をつくる。
「あーそうですか。魔族相手なら背後から襲ってもいいと仰られるんですね」
「魔族こそが卑怯な手段を堂々と使うだろうが!!」
「へー、それじゃあなたは魔族と同レベルでケンカされるんですか」
「なっ……!」
「ちょっと、今のは聞き捨てならないわ! 誰が魔族と一緒ですって!?」
「皆さんですが」
ぷい、とそっぽを向くと同時。
パン、と、乾いた音がその場に響いた。
平手打ちをくらった頬が、じんわり、熱と痛みを訴える。
ダークに叩かれたよりは痛くないな、などと自己分析しているに、ポーレットの怒声が降ってきた。
「魔族なんかに情けをかける必要はないわ! こいつらは、人の生活を踏みにじって、それまでの幸福も何もかもを奪って――!」
――あ。
ちょっとカチンときた。
ポーレットを見上げる。
少し涙目の少女は、けれど、それ以上に瞳を魔族への怒りで彩っていた。
でも。でもね。
それは――人間のことしか考えていない理屈だよ。
魔族も、魔族のことしか考えてないこと多いけど。
「では、魔族には情愛はないと? 己の生活を幸福とも思わず、ただ戦いを撒き散らす存在でしかないと?」
震えているサヨーテンをなでて、は告げる。
「この子、さっき、リキテンとシテンが倒されたときに立ち止まりましたよ。ふたりの死にショックを受けたんでしょう」
「それは味方が倒されたから――」
「じゃあ少なくとも、同族への親愛感情はあるわけでしょう。それを砕いたのはあなたたちなんですけど」
「だが! 戦いを挑んだのはそいつらだろう!」
語気も荒くガンツが云うが、はやっぱり淡々と応じた。
「戦いの結果として死ぬのならしょうがないです。でも、逃げようとした相手まで手にかけるのはどうかと思います」
云いたいのはそれだけです。
沈黙が舞い下りる。
怒りを膨張させたか、逆に云いくるめることが出来たのか判断しようとした刹那、サヨーテンがに擦り寄った。
「……アリガト……」
小さな小さな声で、サヨーテンはそう告げた。
「ゴメンな」
ぺろり、と、頬をなめる舌。
爬虫類の舌は、犬や猫のそれとは違うけれど、込められたそれは同じ。
くすぐったくてあたたかくて。
「どういたしまして」
も小さく笑って、頬をすり寄せた。
「……なんなのよ、あなた、いったい……」
ポーレットの声が、頭上から降る。
敵意は消えたらしく、含まれているのは戸惑いだけ。
「――何と申されましても――」
答えかけて。
そういえば、最初にダークと出逢ったときも、似たようなやりとりをしたことを思い出した。
くす、と、思い出し笑い、ひとつ。
それからポーレットに向き直る。
「わたしは――」
告げかけたときだ。
バシィ! と、たちの立つ地面を、一条の光線が薙いで砕いたのは。
すっかり傷の癒えたサヨーテンが、をかばうように前に出る。
が、それ以上の攻撃はなかった。
視線を転じれば、いつの間に移動したのか、もう少し登った場所にある広場へ行こうとしているタチアナの姿。
「タチアナさん?」
「動くと撃つわ!」
「タチアナ! キサマ!!」
ガンツが吼えるが、タチアナはそれをさらりと流す。
「バカな奴等。敵に情けなどかけるから、こうなるのよ!」
じり、じり。
狙いを一行に定めたまま、タチアナはゆっくりと移動する。
向かう先は広場。
――しつらえられた祭壇に、安置されている火霊石。
「くっ……!」
そうして。
広間の淵に足をかけたタチアナは、そのままばっと身を翻す。
あの位置からなら、たちが追いつくより先に火霊石が手に入ると踏んだのだろう。
が、銃のねらいが外れたなら、たちがタチアナを追うのは道理。
すかさず立ち上がって、広場への道を駆け上がる。――なぜか、サヨーテンもいっしょに。
「なつかれたなー、ねえちゃん」
弓使いの少年が気軽に声をかけてきた。
「そうですねー。ええと……」
「あ、オイラ、マル。ねえちゃんは?」
「はい、といいます。さっきはありがとう」
「いやいや。ねえちゃんはきれいだしな」
「マル。外見でだけ判断しちゃだめよ。もしかしたら、変身した魔族かもしれないわ!」
いまだしこりがあるのか、きつい口調を取り戻して横から云うのはポーレット。
つくづく信用されてないなぁ……
苦笑して、はマルと顔を見合わせた。
の思惑を悟ったのか、マルがポーレットに告げる。
「あのなぁ。オイラ、外見じゃなくての周りの空気のこと云ってるの。ポーレット判んね? すげぇきれいじゃん」
「いや、マルさん、それちょっと持ち上げすぎ」
「マルでいいってば。――っと」
気づけば。
そんな会話をしている間に、知らず広場に到着していた。
祭壇に視線を向ければ、躊躇しているタチアナの姿が見える。
どうしたんだろう?
首を傾げて、すぐに気づいた。
岩をくりぬいて造られた祭壇の上、安置された火霊石の周囲。
まるで石を守るように、炎のような神気が渦を巻いていた――一種の結界。
「あらら……火の御方も用心深いですねぇ」
「アレ、オレたちの宝だ。誰も触れないけど」
サヨーテンのことばどおり、タチアナが何度か銃を撃ち込んでみても、結界はびくともしていない。
彼女に持っていかれるのは困るのでそれはありがたいが、これでは自分も持っていけない。
呼びかければオッケーだろうか。
でも、ディルズバルドとか初対面の人の前で、あんまり特異体質曝したくないなーって気持ちもあったりする。
が、忘れてはいけない。
そもそもがここに来たのは、火の精霊の意志に呼ばれてのことだったということを。
38.つばさ見えて