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アーク


 うわ。
 うわあ。
 うわあ――。

 ぽかんと大口開けたまま、周囲を見渡す。
 サルファスを出て街道越えて、森越え野を越えやってきました、パレンス廃墟。
 かつての文明の残骸が、風化せずに残っているその光景に、さすがに、しばらくことばもなく。
 後ろにマルがいることも忘れて、は入り口で硬直してしまったのだった。

 実は、そんなにパレンシアに詳しかったわけじゃない。
 そもそも一度海没してしまった国だし、皆と一緒に旅していたときだって、たまに立ち寄ったことがあるくらい。
 それでも。
 いちばん鮮明な記憶の時代に通じる、そのままの姿を(ぼろぼろだけれど)保っているという事実が、何より胸を熱くする。
 今の時代には無用の長物にしか過ぎない過去の遺品を、しげしげと見渡した。
 もう使えそうにない冷蔵庫とか、なんだかでっかいタイヤとか。
 あ、電子レンジまで転がってる。
 テレビもあるけど、画面にノイズが走ってるってことは、もしかして電源生きてる?
 ああ、銀色のヂークさんまで転がって……

「……って」

 視界に入った銀色の物体のところに、は走った。
 後で、マルに『あれ音速超えてたんじゃねーの』といわしめたほどのスピードでもって。
「ちょっとヂークさん! 何こんなところで銀色になって転がってるんですかー!」
 がしっ。
 がくがくがくがくがく。
「ガガッ……ピー」
「ヂークさん! ヂークさんってば! まさかほんとに壊れちゃったなんて云いませんよねっ!?」
 がくがくがくがくがくがくがくがく。

 ボキッ。

「……あ。」
「あ」

 あまりに力が入りすぎたか、それとも単にガタがきていたのか。
 揺らされつづけた銀色ヂークの腕が、肩に当たる部分からすっぽりもげた。
 追いついてきたマルが、そこでようやくフォローを入れる。
「あのさー。それ、『ジークベック』っていうらしいんだけど」
 呼ぶなら『ヂークさん』じゃなくて『ジークさん』じゃねーの?
「は?」
「あ、そういえば、なんかヂークなんとかの功績をたたえるために造られたレプリカとかも云ってた」
「はい?」

 …………
 沈黙しばし。

 震える指で、は、ちーとも動かない『ジークさん』を指差した。

「つまり、これ、ヂークさん本人でなくて、えーと……模造品?」
が知ってるのが『ヂークさん』で、コイツも『レプリカ』って云ってたから、そうじゃん?」

 …………

「ごめんなさいジークさん! わたし全然気づかなくて……あのっ、痛くありませんでした!? キュア要ります?」
「おーい」
 落ち着け落ち着けと。
 ひたすらパニックになっているの頭を、マルは熱に耐えつつぽんぽんと叩く。
 どーしよーコイツ。
 絶対ポーレットより年くってそーなのに、なんか全然年上に思えねーよ。
「あのな、それ、なんかバッテリー切れだって。だから、もう動かないし痛くないって」
「……そうなんですか?」
「うん。ちょっと前にオイラたちと話して、なんかアイテムくれたあと、それきり」
「……そうだったんですか……」
 安堵と、ちょっとした失望と。
 混じったため息をついて、はようやくジークベックから手を放した。

「そうですよね……ヂークさん、ボディカラーチェンジするような趣味はなかったはずですし」
「そっちで納得すんなヨ。」


 なんだかんだとありつつも、パレンス廃墟を見てまわるのは楽しかった。
 一緒に来たのがマルだからというのもあったかもしれない。
 彼は実に好奇心旺盛で、がパレンス廃墟の遺物について知っていると悟るや否や、怒涛のような質問攻撃をかましてくれたのだから。
 やれあれはなんだこれはなんだそれは何に使うんだ。
 ひとつひとつ説明すると、喜んでくれるから、それがまた嬉しい。
 まわりまわって――ふとマルが指差したのは、やってきた当初にも見つけた、未だノイズの走っているテレビだった。
「なぁ、これは?」
「テレビっていうんですよ。遠くの景色を、この画面に映し出すんです」
「へーっ、すげーな。ユーベルには全然なかったぜ」
 何か映るかな? これがスイッチ?
 そう云って、マルがテレビのスイッチに手を伸ばす。
 さすがにこの時代、放送局の類はないだろうから無理じゃないかとが云うより、早く。

 ――ジッ、と、ノイズが動く。

 瞬時に粒子が集まって、ひとつの映像を映し出す。

 それは、どういう奇跡だろう。
 たまたま、このテレビがこの映像を映したタイミングで、時を止めてしまったせいなのか。
 それとももしかしたら、いつか誰かが、いつかどこかで誰かが見るかと、焼きつけたのか。

 だけど。それは紛れもなく、ひとつの奇跡だった。

「……ァ……」

 驚愕が大きすぎて、ことばが呼気にしかならない。
「え?」
 マルが聞き返すけれど、首を振るのが精一杯。
 喉が熱い。
 胸が痛い。
 またたきを忘れた目から零れたそれが、頬を濡らしていく。

「……アーク……」

 それは、かつて共に旅をした、一人の少年の姿だった――



 いつだったか、たぶん、一緒に旅をするようになってしばらくしてだったか。
 こんな話をした気がする。

もちょこもヂークもさ、ずっと昔から生きてるんだよな?」
「そうなのー」
「そうジャ」
「そうですよー」

 3人揃って答えると、どうしてか、質問の主であるエルクは、実に神妙な表情になった。
 同じ部屋にいたアークたちも、それぞれの好きに過ごしていたはずなのに、いつの間にかこちらに耳を傾けているようで。

「じゃあ、これからも、ずっと先までも、生きていくんだよな?」
「んー、そうなるのかな」
「うム」
「生きていくのー」

 そうして、なんでいきなりこんな話を? と首を傾げた自分たちに、エルクは云った。

「……俺は」、

 彼は――彼らは云った。

「俺たちは……、きっと、おまえたちを置いていくと思うけど」

 出来れば忘れないでくれな。

「君たちをかけがえなく思う仲間が、この時代にいたってことをね」

 エルクのことばを奪って、そう続けたのはアーク。
 勿論、そのあとエルクがアークにつっかかり、結果として赤色コンビ一大決戦になったことは云うまでもなく。
 それを見ながら、やがて集まってきたみんなと、一緒になって笑っていた。

 ――今ではもう、遠い遠い、いにしえの時代のそんな話。



 不意打ちだ。
 これは完全に不意打ちだ。
 なんだって、こう、思いもよらないものばかり、自分の目の前にわいて出る?
?」
「……ごめんなさ……少し……」
 懐かしくて。
 あまりにも、嬉しすぎて――それから、ほんの少しだけ哀しくて。

 はぁ、と、頭上を仰いで息をつく。
 その拍子に、目じりに溜まっていた水滴が頬を伝う。

 ここからでは瓦礫の天井に遮られて見えない青い空が、何故か見えた気がした。



44.帰り道、並んで


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