BACK



金髪坊ちゃんがやってきた




「マスター、呼んだ?」

 ドーターの戦士斡旋所は、2階が簡易宿になっている。
 登録を終えた傭兵は、たいてい、ここを根城にしていた。
 お呼びがかかるまで儲け話に精を出したり、経験を積むためにモンスターと戦ったり。
 もっとも、戦争の近づいている昨今、そんなことする暇もなく召集されていく人が多いのだけれど。
 さて。
 今は昼間である。
 わたしは、2階の宿からおりてきて、マスターに声をかけたところだ。
 そんな現状を見て、わたしが暇人だったなどと云わないように。
 だって、登録を済ませたのは、たかだか小一時間前のこと。
 砂漠を越えてきた疲れもあるし、今日一日ぐらいはゆっくりしようと思っても不思議じゃないだろう。

 そうしたら、ちょうど荷解きしたところに、階下からのマスターの声が響いたのである。

「ああ。。ご指名かかったよ」

 ――そう。
 ちょうど、今のセリフから『ああ』を抜き取ったのと丸々同じだった。


「――ちょっと待ってよ」

 顔見知りだという気安さもあって、わたしはずかずかとマスターの待つカウンターに歩み寄った。
 周囲にいた傭兵仲間が、チラチラと視線を送ってくるが、そんなのはどうでもいい。
 見慣れない金色頭がいるが、それも無視。
「登録してたかだか小一時間でご指名? 何それ。適当に名簿めくって一番上のを選んだとかいうオチだったら、依頼人殴り飛ばすわよ」
 たしかに、金だけで雇用を決める傭兵も多い。
 所詮世の中金がなければ、やっていけないものだから。
 それは個人の生き方だし、わたしがどうこういうことじゃない。
 だけど、わたしは、ちゃんと自分の腕を評価してくれる相手じゃないと、雇われてやりたくはないのだ。

 一応、それがなけなしのプライドってものである。

 わたしの剣幕に、マスターは苦笑するばかり。
「いいや、違うよ。最初からあんたが目当てだったらしい」
「はぁ?」
 さすがにこれには呆気にとられた。
 同時に、ますます判らない。
 この間までわたしが所属していたのは、南天騎士団の末端――要するに、傭兵寄せ集め部隊だ。
 指揮していた隊長がなかなかのくわせもので、かなり楽しかった。
 で、今いるのは南天騎士団ではなく北天騎士団の管轄であるドーター。
 しかも、契約完了後、行き先を隊長他に告げた覚えもない。
「……どういうこと? わたし、そこまで有名になったつもり、ないんだけど?」
「あの……」
 眉根を寄せてマスターに詰め寄ったわたしの横から、遠慮がちな声がした。
 さっき存在を無視した、金色頭の――

 坊ちゃんだ。

 なんか一目見てピンときた、というか。
 やわらかそうな金色の髪、そこにひとふさはねた触覚もどき。
 丸っこい琥珀色の眼はいかにもお人好しそうだし、腰の剣なんかすごく重そう。
 青い服がところどころ盛り上がってるのは、インナータイプの軽鎧でも装備しているせいだろうか。
 どっちにしても、後方で守られていそうなタイプである。

 なんで、こんな場違いなのが斡旋所に――

 …………

「あ」

 思い出した。

 たかだか半日もない、数時間前。
 ゼグラス砂漠で。
 わたしは、この坊ちゃん他数名と逢っていた。

「――覚えててくれたんですね」

 わたしの様子を見て、坊ちゃんは、『嬉しい』と顔いっぱいに描いて笑っている。
 ああ。
 なんだか、あんまりにも坊ちゃんすぎて、無性につっついていじめたいタイプなんですけど。
 そんな苦悩はおいといて、わたしはとりあえず、その坊ちゃんに向き直った。
「まさか、あなたがわたしを指名したの?」
「はい」
 問えば、すぐさま答えが返ってくる。
 にっこにこ笑顔のオプション付きで。
「砂漠での戦い、お見事でした。それで、どうしても力を貸してほしくて、僕ら、こうして引き返してきたんです」

「……『引き返させた』んだろうが……」

 今にも死にそうな声が、近くのテーブルから聞こえた。
 いったいどうしたと振り返れば、ぐったりと突っ伏しているのがひいふう……一個小隊ほど。
 どいつもこいつも、坊ちゃんと同じほどの年齢だ。
 というか、さっき砂漠で逢った少年少女ばっかりじゃない。
 そして、うめいていたのは、髪を7:3の割合で分けた小生意気そうな坊ちゃんである。
「引き返させた……って、じゃあ、もともとの目的地は違ってたわけ?」
 どうやらこの坊ちゃん、人を勧誘するためだけに、越えようとしていた砂漠を途中で引き返してきたらしい。
 大物なのか、それともただのバカなのか。
「ああ。もともとは、砂ネズミの穴倉を目指していたんだ」
 焦げ茶の髪をオールバックにした少年が、それなりに元気そうな声で答えた。
 元気といっても、他の突っ伏し組に比べればというだけで、疲労の色は隠せない。

 ・・・って。

「砂ネズミの穴倉!? あそこからすぐじゃない! 何考えてるのよ!?」

 わたしの絶叫に、マスターを始め、全員が耳をかばう。
 そんなに大きな声をあげたつもりは、なかったんだけど。
「俺もそう云った。やることがあるんだから、先にすませてから戻ろうって。云ったんだけど、こいつ、聞かなかったんだ」
 突っ伏したまま、別の少年が告げた。
 その隣の少女はもう口をきく気力もないのか、微動だにしない。
 肩が上下しているので、かろうじて呼吸が判別出来る程度。
「え、でもいいじゃない。今からトンボ帰りすれば、充分、侯爵を助けるには間に合うと思うよ」
 そうして、にこやかに金色坊ちゃんは仰った。
 その一言に、他一同は、もれなくテーブルに突っ伏している。
「侯爵?」
 聞き逃せないその単語をとらえて、わたしは坊ちゃんを凝視した。
「なんでそんなのが、砂ネズミの穴倉で、あんたたちの――任務?――と関係あるわけ?」
「はい。エルムドア侯爵はご存知ですよね?」
「知ってるけど……」
 有名だし。
 銀髪美形だし。
 というか、何度かあちらで仕事の世話になったこともあるし。
 実はひそかに傭兵仲間――とくに女性側――からは、大好評。
 外見だけならこうもいかないが、何せ、彼の異名は『銀髪鬼』。
 強くて見目もいいとなれば、捨て置かれるわけもない。
 その割に、かの侯爵様は独身を貫いているらしいけれど、それには何か理由があるんだろうか?
 いや、そのへんのゴシップはどうでもいい。
「侯爵がどうしたの?」
「はい。骸旅団にさらわれて、そこに捕まっているんですよ」
 さらり、坊ちゃんは云った。



「バカかあんたは――!」

 わたしは怒鳴った。そりゃあもう、力の限り。


/ 



■BACK■



うちの夢小説はジャンルあれこれありますが、
一人称で書いているのは現時点、FFTだけだったりします。
しかも、ナニをトチ狂ったか、とうとう続きもので書こうとしています。
......どこまで気力が持つか、レッツトトカルチョ。