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そうでなければ生きられなかった




「いやぁ、半日くらい遅れたってだいじょうぶかなー、なんて思ったんだけど」
「いったいどういう育ち方したら、そんなお気楽な思考形態が出来上がるわけ!? あんた本当にベオルブ家の人間なの!?」
「俺も信じられない」
「信じたくねぇ」
「以下同文」
。ラムザはこういう奴なんだ。いちいち怒っていると、神経保たないぞ」

「……ディリータ。あんた、こんなのと友達やっててよく生きてこれたわね」

「慣れだよ」

 さらりと告げるディリータに、わたしは心底感服した。



 じりじりと、照りつける太陽。
 息苦しいほどの熱を伴った風。
 ここはゼグラス砂漠。
 雇われる雇われないの問題は保留して、わたしたちはドーターを飛び出していた。
 だって、放っておけるわけないでしょう。エルムドア侯爵といえば、国家の要人よ?
 坊ちゃんことラムザ・ベオルブだけはしつっこく、契約書とペンをカウンターから借り出してきてたけど。

 ――そう。
 ラムザ・ベオルブ。

 ベオルブ家の人間なのだ、この坊ちゃんは!

 ある意味あらゆる戦士たちの人生の目標である、天騎士バルバネスの血をひいているというのだ。
 こののほほんっぷりで!
 この微妙な外道っぷりで!
 この少女っぷりで!(注:性別上は男の子らしい)

 どこぞにあるという空想魔学小説だって、この意外性にはかなわないんじゃないだろうか。

 ああ、脳裏に描いていたバルバネス像までもが崩壊の危機だ、なんだかただの親父になろうとしている……

 って。
 いけないいけない。
 頭を振って、要らん妄想を払う。
 ラムザのペースに呑まれて、わたしまで緊急時にあるまじき思考を展開するわけにはいかないのだ。
「とにかく!」
 先頭を歩いていたため、ぐるりと振り返れば、ラムザ部隊全員を視界におさめられる。
「確認するけど、エルムドア侯爵をさらったのは、骸旅団の総意じゃないのね?」
「ああ。ドーターの裏路地で、リーダーのウィーグラフが、侯爵の誘拐をしたらしい旅団員を詰問していたからな」
 すかさずディリータが答える。
 ラムザの友達やってるなんて信じられないほど、この少年は頭がいい。
 何気に暴言だけど、気にしないように。
 勉学が出来るとかそういう部分でなく、なんというか、要領がいいんだろう。ディリータは。
 それは逆に、余計なコトを考えすぎて爆発する可能性も持ち合わせているってことだけれど……ラムザがいるから、ちょうどいいのかもね。
「ハッ! 骸旅団なんざ、全部同じ穴のムジナだろうが! 平民の分際で……!」
 ――憎々しげなセリフを吐くのは、曰く7:3分けの坊ちゃん。アルガスというらしい。
 何があったのやら、平民をいたく嫌っている彼は、わたしに対しても態度が辛らつだ。
 とはいえ長い傭兵稼業、こんなのなど足元にも及ばない扱いを受けたことがあるため、どーでもいい部類なんだが。
 そんなアルガスのセリフに、疲れた顔になっているのが、ラムザの士官学校仲間。
 少年ふたりのうち、右がイングラム。左がハリー。
 紅一点がスールヤ。
 士官候補生だから当然お貴族様のはずだが、あんまり坊ちゃん嬢ちゃんって感じがしない。
 まあ、こんなご時世で悠然と子供に我侭放題させる親もいなかろうが。
「それじゃあ、何人か先行して乗り込みましょう。大人数で行って刺激して、逆上されたくはないしね」
「骸旅団の抵抗があったらどうするんだ!?」
「やかましい、七三」
「し……っ!?」
 ぶぷ、と、イングラムとハリーがふきだす音。
「あはははっ、さんうまい!」
 手を叩いて笑うのはラムザ。をいをい。
 しかし、ディリータでさえ肩を震わせているとなると、相当ウケてくれたようだ。
「笑劇はさておいて」
 そんな彼らを眺めながら、わたしはつづける。
「抵抗はないと考えて、いいと思うわ。おそらく、自分から進んで返してくれるでしょうね、ウィーグラフなら」
「どうして、そんなことが判るんだ?」
 問うのはイングラム。
 この砂漠の行軍で、がっちり鎧を着込んでマントまで付けておきながら、実に平然と元気な奴である。
 何故平気なのかと聞いたら、暑い地方の出身だからだそうだ。
 いいのだろうか、そんな理由で。
「ウィーグラフは、理想主義者として有名だもの。少なくとも彼本人は、目的である貴族やその関係者以外にまで被害を及ぼそうとしたことはないわ」
「だが、侯爵様をさらったのは!」
「だから。旅団の一部が勝手に突っ走ったからこそ、彼はそれをドーターで問い詰めていたんじゃないの?」
 ぐ、とアルガスは黙り込む。
「それじゃ、誰が行くの?」
「わたしがまず交渉するわよ。――万が一だけれど、抵抗されたとしたら、あんたたちだけじゃ心もとないし……」
 はぁ。
 ため息ついて、一行を改めて見渡した。
 新品の武器鎧が勢揃い。
 加えて、さっき出発してすぐにモンスターに出くわしたのだが、戦闘光景がまぁかわいらしいことかわいらしいこと。
 そう強いモンスターでなかったのが幸いだけど、果たしてそれでウィーグラフを相手取れるかどうか。
「ハッ、やけに自信満々だな。平民ごときが」
「あーやかましい」
 つっかかってくるのも元気の良さ。
 好意的に解釈していたけれど、そろそろ堪忍袋の尾も切れた。
 ザッ、と砂煙あげて立ち止まり、アルガスを睨みつける。
「訊くけど、今いちばん稼ぎのいい職業は何か知ってる?」
「いきなりなんだ……?」
「傭兵よ。作物や、馬や牛を奪われる酪農家より、正義の名のもとに上から武器を安く買い叩かれる商人より、腕と仕事の折り合いがつけば高額要求だってかなう傭兵が、いちばん割がいいの」
 しかも、誰だってなろうと思えば傭兵になれる。
「武器持って名乗りをあげれば、それだけでなれる時代だわ。商人なんかと違って、許可なんてとる必要もないもの」
「それがどうしたんだ」
「その割に、トータルで見た場合の畏国の傭兵の数は大きな変動がない。これ、どういうことか判る?」
 どこでそんな情報を、などと訊かないように。
 一応、あちこちにコネをつくっておくのも、傭兵の大事なお仕事のひとつ。
 ……保身の意味もあるけれど、ね。
 そうして、意外にも。
 顎に指を当てて考えていたラムザが、最初に口を開いた。
「……つまり、名乗りをあげるのと同じ数だけ、辞める人間も多いってこと?」
 ・・・今さら気づくのもどうかと思うが、最初の敬語はいまや影も形もない。
 ま、こっちの方が数倍いいけどね。
 とりあえず、それはどうでもいい。
 肯定のために頷いて、ラムザのことばにもう少し補足。
「辞める人間もいる。でもそれ以上に、命を落とす人間のほうが多いわ」

 スールヤが、真顔になってわたしを見た。
「あなたは、どれくらいの間、傭兵として働いてるの?」
 ――どうやら、最初の意図をわかってくれたらしい。
 伊達に士官候補生など、やってはいないということか。
 にっこり笑って、答えの前に、質問をもうひとつ。
「わたし、いくつに見える?」
「え? ……えぇっと……20歳くらい……?」
 男どもが何も云わないのは、女性に年齢を訊くなという、変な決まりごとを守っているせいなんだろうか。
 しばらく考えて、スールヤがおずおずと答えた。
 で。
 それを聞いて、わたしはその場で脱力した。

 えーえー、なんか敬語使われるから、年上に見られてるだろーなーとは思ったけどさ。

 思ったけど、そこまで上に見られてるなんて、思いもしなかったんだけど!

「あのね――」
「そうかな? 僕たちと同じくらいだと思うけど」

 抗議の声をあげようとしたとき、ラムザがぽつりとつぶやいた。
 その横で、ディリータが小さく頷いている。
「……」
?」
「正解。今年で17よ」

 ――ぎょっ。

 ラムザとディリータ、そしてわたしを除いた一行が、一気に目を丸くした。
 ざわめく彼らを尻目に、わたしはふたりを振り返る。
「よく判ったわね、あんたたち」
「うん。、行動も言動も大人びてるから、最初は本当に年上だと思ってたんだけどね」
「意外に表情が幼い――というか、子供じみてるところもあるから、そうじゃないかと思ったんだ」
「……さすが、ベオルブで育っただけあるわね」
 家系ね、とは云わなかった。
 ラムザだけだったら、間違いなくそう云えたろうけれど、ディリータがいたから。
 ディリータ・ハイラル。
 その名を、わたしはイヴァリースの上層部の関係者として耳にしたことはない。そうなれば、必然、彼の出生は予想できようというもの。――アルガスが時折ディリータに向ける視線だけでも、それは一目瞭然だった。
 少しだけ嬉しそうに、ラムザとディリータは顔を見合わせる。
 それを横目に見ながら、わたしは、他の一行……主にアルガスを視界におさめた。

「年齢に驚いてくれたついでに云うなら、わたしが傭兵稼業に足つっこんだのは6歳のとき。――あんたたちが、まだのほほんとお屋敷でお勉強してたころね」

 再び、彼らの目が丸くなる。今度は、ラムザもディリータも。
「ハッ……口減らしでもされたかよ」
「アルガス!」
「ええ、そのとおり」
 貧しい農村では、子供は労働力だ。だけれど、生まれすぎた子供は決して歓迎されない。
 たまたまわたしが生まれた年は、本当に、子沢山の年だったらしい。――そして歓迎されなかった子供はどうなったかというと、まあ、あまり口に出来る内容ではない。
 少なくとも、6歳まで育ててもらったわたしは、幸せな方だったと云えるだろうから。
 ついでに云うなら、捨てられた山中で傭兵部隊に拾われたことは、たぶんこの人生最大の幸運だったと思っている。
 だからこそ、今のわたしが在るのだ。

「戦場の経験も戦いの知識も、わたしのほうがはるかに上なの。戦いの場に、家柄や身分なんか関係ない。実力がすべてよ。――いい?」

 踏み出したと同時に砂がはねて、わたしの足に熱を伝えた。
「別に、敬われようと卑下されようと気にしない。だけど、人がせっかくあれこれ考えてるんだから、はねつけるばかりじゃなくてちょっとは受け入れる度量を見せてみなさいよ」
「なっ……平民ごときがつけあがるなッ!」
 繰り出された拳を受け止めようかと思ったが、とりあえず、上体をかしがせて避けた。
 ついでに、重心が前に移動したところを見計らい、突き出された腕をつかむ。そのまま、彼の突っ込む勢いさえ利用して引っ張った。
「ぐ……っ!」
「女には平手って、相場が決まってるでしょ」
「ふざけるなッ……!?」
 砂をまとわりつかせ、アルガスは飛び起きる。
 ――そして、わたしの両手に凝る魔力の光に、動きを止めた。
 さすがになんの魔法かは判らないようだが、その禍々しい輝きに恐怖を感じたらしい。唾を飲み込み、硬直したまま。

「……力もなく放り出されたガキが、生きていくためには、とにかく強くならなきゃいけなかった。あんたなんかにわざわざ負けてやるほど、生易しい性格じゃないわよ、わたしは」

「アルガス、もういい加減にしよう」
 呆然と見守る一行のなかから、ラムザが進み出てアルガスを助け起こす。
 その手を払うかと思ったが、アルガスは意外にも、苦い表情ながら抵抗もせず起き上がった。
 ディリータが、肩をすくめている。……そういうことか。
 もう怒りもとおりこして、わたしも結局、肩をすくめざるを得なかった。


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要するにアルガスは貴族びいききわまれり、なのですね。
そして何気にハードな人生の一端を披露しつつ、なおも砂漠を進みます。