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侯爵救出




 結論から云おう。
 エルムドア侯爵救出は、実にあっさりと成功した。

「ほら、云ったとおりだったでしょ」

 たった今、ウィーグラフの姿を飲み込んだ扉から視線を外し、わたしはつぶやいた。
 視線の先には、ウィーグラフに斬られた骸旅団の男の姿。……見覚えがある。たしか、ギュスタヴとかいう男。骸旅団の副団長だったはずだ。
 ちょうど彼らが刃を交え、決着がついたところにわたしたちが駆け込んだ形になる。
 侯爵の命を盾にウィーグラフは逃亡したが、ま、ラムザたちの目下の目的は侯爵の保護。
 そうして、侯爵の元に駆け寄ったラムザたちにこちらの声は届かなかったようだが、傍にいたイングラムたちには、よく聞こえたようだ。彼らは、揃って首を上下させている。
、スールヤ。ハリーとイングラムも、こっちこっち」
 そんななか、ラムザがわたしたちを手招いた。
 気を失っていたらしいエルムドア侯爵が、頭を抑えて、ゆっくりと身体を起こしているところ。それをアルガスが手伝っている。
 こう云っちゃなんだが、仕えてる相手にはそれなりに献身的なのね、あいつも。
「……君たちは?」
 そうして、ようやっと正気を取り戻したらしい侯爵は、アルガスに礼を云って立ち上がると、わたしたちを見回して、開口一番そう告げた。
 スッ、と。
 誰に何も云われずとも、全員が膝をつく。口火を切るのはラムザだ。
「ラムザ・ベオルブと申します。――侯爵様が誘拐されたと聞き及び、僭越ながらアルガス殿にお力添えさせていただきました」
「同じく」
 ディリータがつづける。そして、わたしたちも頷いた。
「ベオルブの――そうか、礼を云う。皆、顔をあげてくれ」
 侯爵のことばに、もう一度頷いて、俯いていた顔を持ち上げる。
 真っ先に目に入ったのは、長い銀色の髪。そして、対照的な黒でまとめられた衣服。
 ガリランドへ向かう途中でさらわれたせいだろうか、思ったよりも重厚な装備ではなかった。……旅団に奪われた可能性も、ないではないだろうが。
 そんなふうに見ていると、ふと、一同を見渡していた侯爵の視線がわたしで止まる。
「……君は、たしか、だったか?」
「え?」
 ぽかん、としたアルガスの声が、なんとなしおかしい。
 一介の傭兵程度の名を、どうして侯爵が覚えているのか、と云いたいんだろう。
 親しみを込めて呼ばれた名に応え、わたしはにっこりうなずいた。
「はい、侯爵」
「久しいな。今は、彼らの部隊にいるのか?」
 「はい」そう答えかけたラムザの口に、やまびこ草を放り込む。
「いえ……ドーターで、少し話をする機会がありまして。それで侯爵が誘拐されたと聞き及び、微力ながら」
「そうか。ここまで来てくれたこと、感謝する。――元気そうで何よりだが、以前の話は考えてくれたかな?」
「いいえ、ちっとも」
「おい、キサマ!」
 よりによって侯爵相手に、そんな人を食った返答をしたのが気に食わなかったのか、アルガスが怒髪天をつく。
 飛びかかろうとした彼を、傍にいたラムザとディリータが抑えこんだ。
「ああ、構うな」
 軽く手を振り、侯爵もアルガスにそう告げる。それから苦笑して、わたしを見下ろした。
「いい加減立ってくれるか? 君をこうして見下ろすのは、どうも落ち着かない」
「……皆も?」
「もちろんだ」
 そのことばに、わたしはイングラムたちを促した。彼らがおずおずと立ち上がったのを見届けて、自分も。
 それから、立ってもまだ見上げねばならない、長身の侯爵に、再び視線を戻す。
「そうですね。このくらいの差の方が落ち着きます」
「まったくだな。君を跪かせたと知ったら、彼から雷が落ちかねない」
「……また、懐かしいことを」
「事実だろう?」
 顔を見合わせて、小さく笑う。
 それから、取り残された感のラムザたちを振り返った。
 実に平然と会話しているわたしと侯爵の様子に、みんな、目を白黒させている。……だから、傭兵にはあれこれコネがあるんだってば。常識よ?
 一歩横に避け、わたしは彼らから見て、侯爵の斜め後ろに移動する。
「わたしが以前所属してた、傭兵部隊のお得意様だったの。部隊は数年前になくなったけど、生き残りはわたし含めて、未だに懇意にしてもらってるというわけ」
「……もしかして、……」
「なに?」
 なんとなく、おそろしいものを見るような目で、ディリータが口を開いた。

「イヴァリースで、かつてもっとも有名な傭兵部隊を率いていた男の苗字が、たしか、と聞いた覚えがあるんだが――」

「わたしの属してた傭兵部隊の頭領よ。知ってのとおり、もう、とっくの昔に空の上だけど」

 ……ディリータは、額を押さえて天を仰いだ。


 本当に、感謝してるのよ。
 生きてるかどうかも知らないけど、たぶん生きてたら今も田畑を耕しているんだろう両親に。
 感謝、してるの。本当に。
 偶然だったとはいえ、彼の部隊の通る道筋に、わたしを捨ててくれて。

 だって、あの部隊じゃなくて、他の傭兵部隊だったら、わたしはきっと、生き延びることは出来なかっただろうから。



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思わせぶりな会話してますが、はてこれが今後どこかで
動いてくるかと問われると、首を傾げるしかないわけで(こら)
元傭兵部隊の話も、織り交ぜていきたいなあとは思ってるんですが。