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給金交渉決裂以前




 ――砂ネズミの穴ぐらこと、かつて砂漠の民の集落が築かれていた付近には、骸旅団と思しき数名が見張りを固めていた。
 砂漠の民が滅びて以来、訪れる者などないこの地に人間がいるだけで、怪しさ大爆発なのだ。
 それらが一様に、濃い緑をまとっていれば、さらに判り易すぎだ――要するに、あの緑はかつて、骸騎士団の団旗に使われていたそれと同じ色というわけ。
 少々手間はかかったものの、ラムザたちはあっさり見張りを倒してのけた。

「……が手伝ってくれれば、もっと早かったのに」

 後方で回復魔法にしか労力を使わなかったわたしを、前線で奮闘していたスールヤがうらめしそうに睨んだ。
「うーん、そうしようと思ったんだけど。でも、よく云うじゃない」
 獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす、って。
「やっぱり先輩としては、自分らで倒せる相手には、自分らでがんばってほしいところだしね」
「なまけたかっただけじゃねぇのかよ……」
 弓の射程を忘れて突っ込んで、痛い目に遭ったアルガスだが、それでもこちらへの敵意は忘れないようである。
 もう相手をするのも疲れたため、わたしは彼に視線さえ向けずにいた。
 その代わりと云ってはなんだけれど、ちらりと傍のラムザに視線を移す。

「第一、わたし、まだこの部隊と雇用契約結んだわけじゃないもの。一応話を聞いた以上、畏国人としては侯爵を放っておけないから一緒に来ただけ」

 それに一応、侯爵とは浅からぬ縁もあることだし。

 とか考えていると、目の前に、ずいっと差し出される契約書とペン。
「・・・・・・」
 雇い主のところには、いったいいつの間に書いたのか、ちゃっかり『ラムザ・ベオルブ』の署名。
 そうして、雇われる側の氏名を記入する部分は、当然まだ空白である。
 契約書に落とした視線を持ち上げれば、にっこり笑ってそれを差し出すラムザの姿。
「・・・・・・」
 大きなため息をひとつついて、わたしは契約書を指で弾いた。
「1400ギル」
「は?」
 ディリータ、あんたそんな間抜けな声も出せたのね。……妙なところに感心してみる。
 それ以上にきょとんとしたラムザは、まるでビックリ箱を開けたこどものよう。
「手付金で1400ギル。報酬は月極めでいいけど、最低3000ギル」
 金持ってそうな相手にはもっとふっかけることにしているが、なにぶん目の前にいるのは士官候補生のペーペーなので、大幅に譲歩してみた。
 もっとも、この程度の所持金さえあるのかどうかが、とっても謎ではあるけれど。
 果たしてラムザは、目をまん丸くしたまま、こうつぶやいた。
「……お金、要るの?」
「そこまで世間知らずか、あんたは」
「いや、カウンターにあったろう。張り紙が」
 さすがに、親友をそこまで間抜けと思われたくないのだろう。こめかみ押さえて、ディリータが云った。
「紹介料込みで基本料金1400ギルから――って。ラムザはそれだけ見てたんだ」
「……基本料金ってことばの意味を、とりあえず覚えさせておきなさい」
 こめかみ押さえて、わたしも云った。
 基本は基本だ。
 しかも、傭兵一年生くらいの人間を雇うときの基準だ、それは。
 ……まかり間違っても、このわたし、ここ数年は紹介料込み3000ギル未満でこの身を売ったことはない。

「おい、いつまで話してるんだ! 他の奴に気づかれる前に行くぞ!」

 そこにアルガスの怒声が飛び、わたしたちは当初の目的を思い出して、とりあえず走り出したのだった。
 もちろんラムザは、契約書をちゃっかり、大事そうに懐にしまいなおしていた。


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なんかほのぼのしてますが、前後に戦闘はさまってます(笑
当時から、彼らはこんな感じだったのですねー。
要するに、交渉するとか決裂するとか以前の漫才劇なのでした。