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錬金術師たちのお茶会。


 実に数年間、逢っていなかったことになるんだろう。
 もしかしたらもうすぐ、両手の指では足りなくなるくらいの年月を間に挟んでいたんじゃないだろうか。

「・・・・・・姉!?」
「エド君!?」

 ――ふたりが再会を果たしたのは、国家錬金術師の証を受け取るために赴いた、中央の総督府でのことだった。

 その年の国家錬金術師資格取得者については結構なニュースになった。
 なにせふたりともまだ十代前半、しかも片方は女の子、もう片方はちびちゃい少年。
 国家資格の取得最年少記録を塗り替えたのは少年の方だが、少女の方だってたかだかその2歳上だ。
 珍しもの好きな国家錬金術師は我先に彼らを見にきたし、新聞にだって載りまくった。
 だが。
 揃って国家資格をとった少年少女が、実は同じ故郷の出身だと知る者は、当人たち以外にはいなかったのだけれど。



 それはもう、季節ひとめぐり以上前の話だ。

「何に驚いたって、あのときのにだな」
 久しぶりに立ち寄った東方司令部では、相変わらず仕事をさぼりたがるこの人のおかげで監視体制を解けないホークアイ中尉の見守るなかでの会話になった。
 彼らがやってきたと聞いた瞬間、驚異的な手腕でもって本日分の仕事だけは終わらせたマスタング大佐は、コーヒーを口に運びながら笑ってみせる。
「・・・・・・もう忘れて、ロイ兄さん」
 こちらはミルクを大量に入れた、ほとんどコーヒー牛乳状態になったものを飲みながらの抗議である。
「いやいや、あれで驚くなって方が無理だろう。国家資格の証明貰いに行っただけのはずなのに、鎧と少年引っ張って総督府駆け下りてきたんだから」
「あー、あれは俺もびっくりした」
 普段は何かと大佐につっかかる鋼の錬金術師が珍しく同意しつつ。ちなみに飲んでいるのは、こちらはコーヒー。ブラックである。
 ・・・切実な悩みがあるのだから、曰く『牛から分泌された白濁色の液体』でも、頑張って飲めばいいだろうに。
 そうしてその横に、本人ちょこんと座っているつもりだろうが、その図体のせいで部屋のなかで一番存在感があるのは、鋼の錬金術師の弟である。
「うう、エド君までそーいうコト云う……」
「んー・・・姉自覚してなかったろうけど、あのときすごかったんだぜ。なあ、アル・・・ってそうか、おまえ外で待ってたっけ」
 呼びかけに、大きな鎧は小さく頷いた。
 それから、頭上に縦線浮かべて落ち込んでいる少女の肩を、とんとんと軽く叩く。
姉さん?」
 姉さんと呼びかけてはいても、彼らと彼女は血縁関係ではない。
 兄さんと呼んではいても、彼女と大佐が血縁関係者ではないように。
 肩のあたりまである黒髪を、一部取り分けて頭のちょっと高いところでくくっている少女が、どよーんと頭を持ち上げた。
 視線の向かう先は、この東方司令部随一の実力者であるロイ・マスタング大佐こと焔の錬金術師。
「だって・・・久々に逢ったと思ったら、真っ先に一年前のコトをネタに持ち出すような元ご近所の兄さんがいるし」
 それから、ちろりと鋼の錬金術師ことエドワード・エルリックを軽く睨んで。
「しかもそれに思いっきり同意してるのが、一緒に旅してる幼馴染みときたし」
 最後に、呼びかけた鎧――名前はアルフォンス・エルリックという――の方を向いて。
 手に持っていたコーヒーカップを置いた少女は、がばりと鎧に抱きついた。
「わたしの味方はアル君だけだね・・・」
 しんみりとした口調は、わざとやっているのがバレバレなのだが。
 そうと判っていても、黙っておれない人間が約二名。
 何に黙っていられないかって、そりゃ、少女が抱きついたのが自分じゃなくてアルフォンスだったからなのだけど。
 金色のみつあみ跳ね上げてソファから飛び上がり、エドワードがアルフォンスから少女をひっぺがす。
「何云ってんだよ姉! 俺はいつでも姉の味方なんだぞ! っつーか幼馴染みだし今は一緒に旅してるだろ!」
「わ、判っ、判ったから揺さ、ぶらないで・・・・・・」
 年下の幼馴染みの過剰な反応に、頭を前後にがくがくさせながら、とりあえず肩を揺さぶるのはやめてもらおうと思った瞬間。
 ぺいっ、とエドワードを跳ね除けて、気づけば今度はロイの腕のなか。
「味方じゃないなんて心外だな。もし今火事が起きたら、私は何をさておいてもだけは救出してみせるってくらい大事にしてるのに」
「何をさておかなくても、姉しか助けるつもりねーんじゃねーか?」
 跳ね除けられたエドワードが、ロイを睨みながらツッコミを入れるが、そんなもん焔の錬金術にとってはどこ吹く風である。
「いや、軍部の人間なら避難訓練はばっちりだから心配ないだろう。――なあ、中尉」
 いつ仕事が入るか判らないので目を離した隙に逃げられては困ると思ったのか、それともこの訪問客が帰ったらこれまでに溜まりこんだ仕事を全部片付けさせるつもりか。
 とにかくまだ大佐の監視を続けていたホークアイ中尉は、不意に会話を振られて、ふと考える素振りをした。
 それから、軽く頷いてみせる。
 それを受けて、大佐は実に爽やかな笑みを鋼の錬金術師に向ける。
「ほら、大丈夫だろ」
「俺たちはどーなるんだよ? 軍部の人間じゃないぞ」
 自分とアルフォンスを交互に指差しつつ、ひきつりつつも再び問いかけるエドワード。
 ようやく気づいたような顔になって、ロイは、ぽん、とこぶしで手のひらを叩いた。
 浮かべた笑みがますます爽やかになったのは、果たして見ていた人間の錯覚だったんだろうか。

とアルフォンス君は私が責任もって保護してやろう。だから安心して成仏してくれ、鋼の」

 ぴきッ

「ほら、、いらっしゃい。アルフォンス君も」

 鋼の錬金術師の額に青筋の浮き上がる音を察したホークアイが、さりげなくロイの腕から少女を引っこ抜いた。
 そのまま、隣の部屋に続く扉にアルフォンスともども連れて行かれる。
 部屋を出る前に、は空中に軽く何かを描く仕草をして、そのまま手のひらを壁に押し付けた。
 バチッ、と魔力が働き、ただの壁だったはずのそれは、耐火性の合金になる。
 壁だけじゃない、天井もソファも本棚も、おおよそ部屋中のものすべて、だ。
「お見事」
「金属成分を引っ張り出しての錬成かあ・・・この分野は、姉さんに敵う人いないよね」
 ぱちぱちぱち、と、ホークアイとアルフォンスから拍手をもらって、照れ笑いを浮かべてみたり。
 そうして3人が隣の部屋に移動し、
 ぱたり、
 軽い音を立てて扉を閉めた瞬間。


 ドゴゴゴゴゴゴゴオオオオオォォ!

 ドガアアアアァァァッッ!!

 先ほどロイがたとえ話に出した火事よりもタチの悪いと思われる爆撃音が、連続して部屋の中で響き渡った。

 本来ならば警報は鳴るわ人々は右往左往するわの大騒ぎになるんだろうが、東方司令部は無反応である。
 ちょうどそこに追加の書類を持ってやってきたハボック少尉も、なんでもない顔でホークアイにそれを手渡しながら、
「またやってんのかい?」
 と、気軽に声をかける始末。
 対するホークアイもかすかな苦笑を浮かべたのみで、
「ええ。……慌ててる人がいたら、恒例行事だから心配するなって伝えてあげてちょうだい」
「へいへい、了解」
 相変わらず騒がしいが、ゆっくりしてけよ、と。
 ホークアイの横に立つ少女と鎧に声をかけて、ハボック少尉は部屋を後にした。
 それを見送って、ホークアイが再び二人に向き直る。
「どうする? 終わるまで待ってる?」
「うん、そうします」
「右に同じく」
 先に答えたアルフォンスに続いての同意。
 ふたりとも同じ意見と知ったホークアイは、では、と、こちらの部屋にある椅子を勧めて自分も腰をおろした。
 未だ爆音の耐えない隣の部屋を見て、ひとつため息をついて――
「ねえ、。そろそろ本気で軍に入る気はない? あなたがいる方が、大佐もまともに仕事してくれると思うんだけど」
「そろそろ……って、わたしが今何歳だと思ってるんですか、中尉」
 それにわたしがいる程度で勤務態度改めるようなロイ兄さんでもないでしょ?
 あはは、と笑いながら答えた少女のその反応に、アルフォンスとホークアイは顔を見合わせた。

 『知らぬは本人ばかりなり』――

 お互い、相手が同じことを考えていると知ったアルフォンスとホークアイは、まったく同じタイミングでため息をつく。

 なんで焔の錬金術師が、ことあるごとに鋼の錬金術師にケンカ売るような発言をしてるのか、
 どうして、いちいちエドワードはロイに売られたケンカを買っているのか、
 ホークアイが結構本気で彼女を勧誘しようとしているのは何故なのか、

 知らないのは、本人だけのようだった。

 しかもついでに云うならこれも知らないのね・・・
 そう思ったことは声には出さず、ホークアイは先ほどハボックに渡された書類に目を落とす。
 アルフォンスと少女の、『いつケンカが終わるかトトカルチョ』に参加するべきかそれとも注意しておくべきか、ちらっと考えながら。

 ――認証No.‐‐   『朱金の錬金術師』
  本日より要観察、結果によっては後年中央軍部への所属を命ずる――

 とりあえずまず考えるべきは、これを我らが親愛なる焔の錬金術師と鋼の錬金術師に告げるかどうかだった。
 本人に云うつもりはまったくないけれど。


■BACK■



このお話が、主人公さんの設定になります。ハイ。
国家資格をとってからしばらく、エドたちと旅をしてました。
東方司令部にもたまに立ち寄ってました。
その数年後、コミックス1巻よりちょっと前に中央の軍部に配属になります。
ってこんなトコロで長々解説してどーーするッ てか矛盾あったらご指摘ヨロシクです。