BACK |
東方司令部到着 |
「お久しぶりです、ホークアイ中尉・・・」 疲れきった少女の声が耳を打ち、ホークアイは身体ごと、声のした方を振り返った。 声の主は、思ったとおり。 にっこりと微笑んで、ホークアイは口を開く。 「久しぶりね、」 お元気そうで何より、と、続けようかと思ったが、目の前の少女のいでたちを見、かろうじて飲み込むことに成功した。 いったいどのような強行軍をしけばこうなるのやら。 いつもならぴしっと着こなしている軍服も、真っ直ぐ整えられている肩ほどの長さの髪も、今日はみるかげもなくヨレヨレだった。 とどめのように、両手にはでっかい旅行カバンを抱えている。 ぱっと見、旅行者に見えなくもないが、そのくたびれ果てた様子はただの夜逃げのようでもある。 今は昼だが。 「どうしたの? 中央からわざわざこんなトコロに来るなんて」 ホークアイの問いに、と呼ばれた少女は大きく息をついた。 荷物をどさっと床に投げ出し、がさごそとなにやら書状を取り出してみせる。 ――・少尉。◯月▲日をもって東方司令部勤務とする―― 他にいろいろ書いてあるが、要約すればこんなもんである。 まじまじとそれを眺めたホークアイは、つとめて表情を殺し、改めて彼女に向き直った。 ふ、 両手をあげてお手上げのポーズ。 遠い目をしながらは云う。 「良く云えば栄転です」 「・・・悪く云えば左遷か」 「どひいいぃッ!?」 「あら、大佐」 からは背中側、ホークアイからは真正面。 「やあ、」 無駄に爽やかな笑顔を浮かべて立っているのは、東方司令部一のクセ者こと、『焔の錬金術師』ロイ・マスタング大佐であった。 ずざざざざざざッ どこぞの家庭内害虫もかくやの勢いで、がホークアイの後ろに回りこむ。 ロイからすれば、ホークアイを盾にされたような感じだ。 当然、不機嫌そうな顔になる大佐殿。 「・・・久しぶりに逢ったお兄さんに対してその仕打ちかい?」 「だだだだだだだ誰がお兄さんですか!!」 ただ近所に住んでた年上の人ってだけでしょう! 「つれないなあ」 鳥肌立てて否定するの手を握り、ロイはにっこり微笑んで。 「昔は『ロイ兄ちゃんロイ兄ちゃん』ってあーんなに私に懐いていたのに」 「昔は昔です!」 「いや、私は是非今もそう呼んでほしいね」 「わたしは御免こうむります」 笑顔で迫るロイと、血の気が引きつつも逃げようとする。 間にはさまれたホークアイ中尉。 はあ、とひとつ息をつき、ホークアイはちょうど目の前にあった大佐の鳩尾に膝を入れた。 「げふっ!」 それなりに力が入っていたらしく、その場に崩れ落ちる東方司令部大佐殿。 ・・・情けな。 「……それにしても、どうしたの? ほどの錬金術師が、何をやらかせば中央から東方に飛ばされるわけ?」 第一、ついこの間特例扱いで中尉の階級で中央軍部に士官が決まったばかりじゃないの。 「・・・えぇと・・・」 と、口篭もった。ホークアイのセリフどおり錬金術師である。 国家資格だって持っている。 天才と名高い鋼の錬金術師が12歳で資格をとったのには敵わないものの、が資格を取得したのは14歳、充分たいしたものだった。 ついでに云うなら二つ名は『朱金の錬金術師』。 名前のとおり、数ある錬金術のなかでも、特に金属類の練成に長けているところからこの名を戴いている。 金や銀といった貴金属の練成は違法なこともあって自ら禁じているが、ある金属と金属をかけあわせて新しい合金を造りだすことにかけては彼女の右に出るものはいない――との噂まであるくらいだ。 資格をとるときに作り出した金が、鮮やかな朱色をまとっていたのも理由のひとつだとか。 いつの間にやら復活した大佐も、真面目な顔になってを覗き込んだ。 「私も知りたいな。査定も難なくこなしていたんだろう? どうして・・・」 「いや、査定じゃないんですよ」 まっとうに接してくれれば、だって別にロイから逃げたりしない。 何が楽しいのか、逢えば頻繁に彼女にちょっかい出してくれるこの焔の錬金術師のことを、なんだかんだ云っても嫌いじゃないのだから。 「ただ・・・」 ふう、とため息をついて、は明後日の方向に視線を向けた。 ただ、強欲な上司がいまして赴任したばかりのわたしを監禁した挙句裏取引で金造れとかけしかけるもんだからついブチ切れて皮膚を金に変えたぽいコトしたみたいで大騒ぎになりまして・・・ おいおいおいおい。 ホークアイは無表情ななかに冷や汗を流し、ロイは完全に引きつった。 腹をくくったか、話しているは淡々としたものだ。 「で、こちらとしては正当防衛だったはずなんですが、さすがにやりすぎだと云う判決がくだりまして」 そりゃそうだ。 皮膚を金属に変えたら、皮膚呼吸が出来ない。 すなわち、ほっとけば呼吸困難で死ぬ。 ふたりの視線に気づいたか、は視線を戻してにっこり笑った。 「だいじょうぶですよ。ギリギリで練成解除出来てたはずですから」 「・・・そういう問題なのかしら・・・」 こめかみ押さえてホークアイがぼやく。 「・・・で、やりすぎだと判断された結果・・・?」 はい、と、頷く。 「中尉から少尉に降格されまして、こちらにすっ飛ばされたわけです」 「降格!?」 特例扱いで中尉になっといて、それからすぐに降格!? そのことばにぎょっとしたロイは、あわててホークアイの持っていた書状を奪い取った。 そして目に入る『・少尉』の文字。 「……」 大佐絶句。 「・・・大佐?」 固まったままの上司を不審に思ったホークアイが声をかけようとした。 が、彼女の手が肩を叩くより早く。 「!」 「ぎゃあああぁぁぁあ!?」 がばぁぁッ の小柄な身体は、あっという間にロイのいがっしりした腕に包み込まれてしまう。 「なっ、何するんですかー!?」 じたばた暴れるものの、所詮は成人男性の力に敵うわけもない。 ホークアイからは、ばたばた振っている足がかろうじて見えるだけである。 陸揚げされた魚のようだと思い・・・ふと、中尉は目の前の少女に限りない同情を覚えてため息をついた。 「かわいそうにな。よし、これからは俺を頼ってくれ。大船に乗ったつもりで!」 「いーーーやーーーーー! ロイ兄さんに貸しを作ると後で何云われるか判らないーーー!」 「ははは、安心しろ。俺が責任もって面倒みてやるから!」 「じゃあ中央に一日でも早く戻れるように」 「却下。」 「面倒見るつったじゃんよバカ兄さんッ!」 「せっかくきてくれたを手放す選択なぞ、誰がするか」 「いやーーーー! はなしてーーーーー!!」 口調も呼び名もいつの間にか、公的なものではなくなっている。 つーか。 ここは東方司令部のど真ん中なんですけど。 そうつっこもうとしたホークアイだったが、時既に遅し。 「・・・何してんだよ、うちの大佐は」 紫煙をくゆらしながら呆れたように尋ねてきた、通りすがりのハボック少尉に、ホークアイ中尉は首を横に振ることで答えに変えた。 普通ならばここで疑問符がさらにでっかくなるところだが、彼もざらにマスタング大佐の下で働いているわけではない。 視線をずらし、ロイの身体にほとんど隠れている少女の姿を見つけると、得心のいった顔になった。 「恒例行事か」 「ええ」 恐ろしいことに、マスタング大佐と少尉が揃うと必ずと云っていいほどこんな騒ぎが起きるため、事情を知る人々の間では『恒例行事』で通るようになっている。 勿論、そんなことは知らないが。 「っていうか・・・がここに勤務するってこたぁ、これから毎日アレが見られるわけか?」 「おそらくそうでしょうね・・・」 「いや、むしろアイツを置いておけば、やはり大佐も真面目に仕事するかもしれんぞ。ご褒美目当てに」 「・・・そうねぇ・・・東方司令部の円滑な職務遂行のために、この際には・・・」 「そこ! 不穏な相談してるんじゃない!」 ごいーん、と。 どうやらロイの腕のなかから逃れたらしいが、とっさに練成した合金ボールを投げ、それが見事にハボックの腹にぶち当たった。 「・・・げふ」 「天誅。」 据わった目でハボックを見るだったが、 「こら。私の部下に何をする……いや、君も今度から私の部下だったな♪」 「その音符マークはなんですかってかまた抱きしめようとしないでください!!」 「よし、命令。午後から私とデートしなさい。デート。」 「イヤです!!」 全力で暴れている。 だが、傍からみているホークアイとハボックにしてみれば、あそこまで反応過敏だからさらにロイが面白がるのである。 「そんなつれないこと云うと、命令違反で軍法会議にかけるぞ」 そうしたら、さらに中央に戻る日が遠ざかるな。 「いやあああぁぁぁぁぁあぁあぁぁ! エド君アル君助けてーーーーーー!」 「残念だね、今は彼らはどこにいるやら」 「うううっ、やっぱし士官なんてするんじゃなかったー、エド君たちと気ままに旅してる方が楽だったよー」 「ははは、グラン准将の押しには誰も敵わないな」 「何云ってんの莫迦兄さん! ・・・ってちょっと待って!」 なんでグラン准将から強い要請があったおかげで断れなかったの知ってるの!? 「なんでって・・・は優秀だから、是非貴下でその才能を、より引き出してほしいって准将に話したのは私だからだが」 「んな"……ッ!?」 兄さんの企みだったのー!? 企みとは人聞きの悪い。ただ単に、地域は違えど同じ軍属なら逢う機会も増えるかなーって思っただけだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」 「そうか、声が出ないほど嬉しいか」 「・・・に・・・」 「ん?」 「兄さんのあほんだら――――――――――――――――!!!!!」 「今明かされるの軍部士官の秘密! とか云って一面を飾れそうな気がしてきたぜ」 「私もそこまでは知らなかったわ……どうして急にが中央に士官したのか不思議だったんだけど」 「なんていうか・・・鬼だな」 「あれはただの我侭小僧よ」 唯二冷静に事態を見詰めているふたつのつぶやきが、じゃれあっている大猫と子猫の耳に入ることはなかった。 その代わり。 「お。忘れてた」 ぽん、と手を打ったハボックのつぶやきは、ちょうどが息切れして黙り込んだタイミングと重なったので、瞬間的に静まった廊下によく響いたのである。 「大佐ー。列車強盗ですぜ、ハクロ将軍が狙われてるそうですが」 真横にいたホークアイ中尉がぎょっとした顔で振り返った。 再び暴れようとしていた少尉が、ビデオのように瞬時に動きを止めて硬直した。 その彼女をまた抱え込もうとしていたマスタング大佐がよろめいた。 そして一瞬のち。 「「「早くそれを云えーーーーー!!」」」 これまでで最大の絶叫が3人分、東方司令部をゆるがしたのだった。 「あああ、せっかく午後からデートの約束とりつけたのに・・・」 「たまには俺たちと残業デートしましょうや」 「っつかとりつけられてません」 「はは、何を云ってる。断ったら軍法会議」 「卑怯者ぉぉぉぉ」 まわされてきた声明文は、ロイが読まないと云ったので未だにホークアイの手のなかにある。 3人(主に2人)のかけあいを聞きながら、とりあえず目を通し――中尉は、ふぅ、と息をついた。 ――過激派に、このお茶目な東方司令部陣の実体を思い知らせてやりたい、とか考えながら。 だけどつい口元が弛むのは、なんだかんだ云ってもこのお茶目な司令部を気に入っている自覚があるからだったり、する。 |
知っている人は知っている。 |