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突撃!マスタング家の晩御飯 後編 |
急遽引っ張り出してきたらしい大き目のテーブルに、これも箱から出したばかりに思える新品の客用食器。 そうしてその上に所狭しと盛り付けられた料理の山。 ご馳走、と云うほど豪華なものではないけれど、暖かみに溢れた家庭料理だ。 だが。 「あ・・・そうだった。アル君ごはん駄目だったんだ・・・」 がーん、と顔に書いて、が硬直する。 どうやら、純粋に人数だけで料理の量を決めたらしい。 でもってその数の中には、当然エドワードの弟でもあるアルフォンスも含まれていたわけで。 だが、アルフォンスは現在鎧である。内臓なんかついてない。 物を中に放り込むことは出来るだろうが、それじゃ空っぽの胴体で腐る。 そもそも空腹にもなりゃしないんだし。 「・・・姉・・・」 がっくり肩を落としたエドワードの横で、ロイが腹を押さえて笑いを必死にこらえていた。 「何笑ってんだよ大佐」 「いや、なんていうか・・・・・・らしいなと思って」 お互い視線を合わさず、小声で会話するエドワードとロイ。 ふたりの目の前には、しょぼーんとした朱金の錬金術師と、それを必死になだめようとしているエルリック弟。 はあ、とため息をついて、エドワードはふたりの間に身体を入れた。 「姉心配するなよ。アルの分も俺が食うし!」 「え!? でも結構量あるよ!?」 たしかに。 彼らの前に鎮座しているテーブルは、けっして狭くない。 そしてその上に所狭しと並べられている料理の山も、けっして少なくはないのである。 驚いてそれを指差すだったが、そこにロイがフォローに入る。 ただし笑いをこらえているため苦しそうだが。 「いや、鋼のはほら、たくさん食べないといけない事情があるじゃないか」 そう云った瞬間、最後の糸が切れたのか、『ぶはっ』とか噴出しながらロイはしゃがみこんだ。 そして当然、エドワードの額には青筋が浮かぶ。 「それでフォローのつもりか大佐ぁ!」 大佐の家に来てから青筋立てっぱなしだなあ、兄さん・・・ を手伝ってテーブルを整えていたアルフォンスのつぶやきは、誰にも聞こえることはなかったという。 なんだかんだ云っても、まっとうな寝床を提供してもらえるならそれ以上のものはない。 長旅が続くと列車の座席で寝ることも野宿さえもまれでないため、ベッドのありがたみは身に染みて判っている。 居間のソファに、クッションを大量に持ち込んで造った即席のベッドだが、屋根があるだけありがたいというものだ。 「・・・・・・やっぱり明日は宿を探すぞ」 その上にばったりと倒れ伏したエドワードのことばに、床に座っていたアルフォンスが身体を起こす。 「え? せっかくよくしてもらってるのに?」 「あれがか?」 「・・・姉さんには」 半眼で睨みつける兄の形相に、慌てて補足を試みる弟。 突っ伏して顔をアルフォンスに向けるという体勢のまま、エドワードがため息をついた。 「姉の心遣いには正直感謝してんだけどさ・・・あの大佐と同じ屋根の下っていうのがなんともなー・・・」 「安心したまえ、鋼の」 「うわぁ大佐!?」 居間のドアを開けっ放しにしていたのが致命的だったか、通りかかったらしいロイが苦笑してエルリック兄弟を眺めていた。 夜も少し更けてきた時間にふさわしく、かちっと軍服を着てコートを羽織り――全然ふさわしくないって。 「お、脅かすなよ! いるならいるって云え!」 胸に手を当ててぜーはー云いつつエドワードが叫ぶと、ロイは軽く肩をすくめて、 「『今』きたところなんだよ」 「――大佐、その格好はどうしたんですか?」 家でくつろぐにはあまり全然まったくふさわしくない、軍人然としたその姿。 「急用が入ったんだ。……つくづく、軍部はこういうところが困ったもんだ」 ため息と同時に発されたロイのことば。 ・・・ぱちくり。 まだ幼さの残るエドワードだが、そんなふうにあっけにとられているとよけいに幼く見える。 本人認めたくないだろうが。 「ちょっと待て。大佐。あんた今から司令部直行?」 「ああ」 「姉は?」 「部屋だよ。もう寝てるんじゃないかな、長旅で疲れただろうし」 彼女が起きる前に帰れるよう努力するつもりではあるがね。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 かなり、いや、ずいぶんと重い沈黙が舞い下りた。 にこり。 ロイが微笑を浮かべる。 背景にキラキラしたものが飛び交っているが、そんなものはエドワードには何の救いにもなりはしなかった。 背後に浮かぶ黒いものを視界に入れないようにするので手一杯。 「信じてるからな。鋼の。」 自分を棚に上げて何云ってやがる! ・・・と、叫びたかった。 が、叫んだらが起き出すかもしれない予感が脳裏をかすめて、エドワードは結局実行に移せなかったのである。 とりあえず、の寝室があるという2階には絶対にあがらないぞと兄弟の誓いをして、エドワードとアルフォンスはそのまま寝てしまうことに決めた。 そう、寝てしまえばいいのである。 次の朝目を覚ませばロイも帰ってきているだろうし、その頃にはも自力で起きているだろう。 何事もない朝がくるだろう。 てか一緒に旅してた頃は宿の部屋が足りなくて、一緒の部屋で寝ることもまれではなかったから、別に大佐が云ったようなことも、他に問題視するよーなこともない。 はず、なんだけど。 ・・・なんだけど。 マスタング大佐が余計なコト云ってくれるから、妙に意識してしまってしょうがない。 アルフォンスはともかく、エドワードが。 はあんな性格だし、こっちが気にしなければいいんだけど。 軍部に士官すると別れてから、たぶん一年も経ってない。半年も・・・あるかどうか。 要するに、離れていた期間と云ったらそれくらいしかないのに。 どうしてか、軍服を着てマスタング大佐と並んでいるを見たとき、エドワードは心臓が飛び上がるかと思ったのだ。 ――どうしてだろう。 不安なんだか心配なんだか怒ったんだか、自分でもさっぱり判らない。 たしかに自分にしては珍しく、昔からに対しては独占欲めいたものがあった自覚はある。 だから中央に引っ越していったと再会したときは嬉しかったし、そのときご近所の縁で側にいたロイに反射的に反感を覚えたし。 少し離れていた空白。そして再会したときの、気持ち。 「だー、やめやめやめ!」 「兄さん?」 いきなりわめいて髪をかきむしりだしたエドワードを、アルフォンスが驚いて見やる。 「考えたって判らねーもんは判らねーんだ! うむ! てなわけで寝るぞアル!!」 「え? あ、うん」 兄さんって、昔からバレバレなのにどうして自分じゃそれに気づかないんだろう・・・ ぼふっと急作りの寝床にダイビングしたエドワードを眺めて、アルフォンスはふと遠い目をしたのだった。 が、賢明にも追求を避け、同じように床に横たわる。 「・・・じゃ、おやすみ、兄さん」 「おう、おやすみ」 そうしてエルリック兄弟は、睡魔と手を繋ごうとした。 が。 コンコンコン。 軽いノックの音。 横になったばかりの身体を、ふたりはがばりと持ち上げる。 幽霊の類でない限り、部屋を訪れる人間はひとりしかいない。 「姉?」 ドアに近寄りながら誰何すると、その向こうでかすかに頷く気配。 「うん。入っていい?」 エドワードとアルフォンスは顔を見合わせた。 こちらが2階にあがらなくても、がおりてきたんではさっきの誓いなんぞあってなきがごとしということに気づいたのだ。 ほどいた金髪をざっくらばんにかきまわして、エドワードは扉の鍵を外す。 「・・・えへへ、こんばんは」 部屋の明りを受けて、燈金色に輝くの眼。 それを見るのが好きだったことを、ふと、ふたりは思い出した。 ふたり分のホットレモン(はちみつ入り)持参でやってきたは、アル君も飲めればいいのにね、と困ったように笑ってエドワードに片方のカップを渡した。 そのまま床に腰を下ろそうとしたので、慌ててアルフォンスがクッションを渡す。 どうせ寝床代用だから大量にあるのだ、幾つか本来の用途に使ったところでなんら問題ないし。 「・・・ひさしぶりだね」 カップを両手に持って冷ましているエドワードに、その隣に座っているアルフォンスに。 均等に投げかけられた、ことば。 あたたかくて、優しくて。 一緒に旅してた時間よりは、ひさしぶり、の期間は短いはずなのに。 ひどく懐かしくて。 少しだけ、心臓が小さく鳴いた。 「アル君、傷増えた?」 「あ、目立つ? 小さいのはほっといてるんだけど・・・」 「だめだよ、ちゃんとエド君に見てもらわないと。大きなダムだってちょっとしたヒビから決壊するコトあるんだからね?」 「はーい」 よしよし、と、がアルフォンスをなでる。 「姉さん、ありがとう。でも……」 この鎧の身体は、撫でてくれる感覚も、ただよってくる飲み物のにおいも判らない。 そう云ったけれどの手は留まることなしに、数度鎧の身体をなでて、それから最後に、ぽんぽんと頭を叩いて終わりになる。 「感覚は判んなくても気持ちくらいは通じてるでしょ?」 にっこり笑って、が云う。 同じことば。 同じ笑顔。 一度目の再会を中央で果たしたときに、エルリック兄弟のしでかしたことを聞いて驚いたは、そのときも今も、同じように笑ってる。 この身体は鎧。鋼鉄の、神経など通わないただの容れ物。 なのに。 じんわりと、左胸の部分が熱くなったのは、たぶん気のせいではなくて。 その部分に手を添えると、金属のぶつかる音がして――でも、やっぱり、暖かかった。 いい? と断って、がエドワードの右腕をとった。 機械鎧である、鋼の錬金術師と呼ばれる由来のそれを。 利き腕でもある右腕を、エドワードはためらいもなしにに預ける。 「・・・こら、ちゃんと手入れしてるんでしょうね?」 う、と引きつるエドワード。 それを見たは、やっぱり、とため息をついた。 「サビとか劣化は金属な以上どうしても起こるんだから。ちゃんと手入れしないとダメでしょ?」 ウインリィにもあれだけ云われてるのに。 「……ついめんどくさくてさー・・・」 お説教が始まる予感にかられて、エドワードは慌てて弁解する。 弁解になってないが。 それを聞いて、は困ったようにクスクスと笑った。 「・・・内緒ね」 人差し指を口に当て、エドワードとアルフォンスを交互に見る。 ふたりが頷くのを確認して、宙に何かの印を描く。 エドワードが両手を合わせ魔力を循環させて錬成を行うのに対し、は空中に図形を描くことで意識と魔力を手のひらに――指先に集中させる。 そうして。 ふわりとエドワードの右腕に添えられたの手のひらから、こぼれるかすかな光。 「・・・おー」 これでよし、と云われてから、エドワードが腕をぐるんぐるん回す。 「どう?」 「うん、いい具合。・・・姉、こんな裏技持ってるんならなんで今までやってくれなかったの?」 「何云ってるの。人間楽するコトばかり覚えちゃ堕落するばっかりじゃない」 「姉さん・・・いくらなんでも堕落って・・・」 「……堕落か……」 苦笑交じりのアルフォンスのことばに反して、つぶやかれたエドワードのことばは重かった。 がはっとした顔になり、アルフォンスが口をつむぐ。 「ごめん、エド君アル君。わたしそんなつもりじゃなかったんだけど・・・」 考えなしだったね。 しょぼん、とはうなだれる。 エドワードが、母親を蘇らせようとして足を踏み入れた禁忌を思い出したのは自明の理だった。 そうしてそれが、何気なく口にしたひとつの単語からだということも。 「・・・姉」 落ち込んでいる幼馴染みに、呼びかける。 責任を感じているらしいを見ているうちに、エドワードの方が苦笑を浮かべていた。 「あ、でもね!」 「うわ!?」 肩に手を伸ばそうとした刹那、がばりとが顔を上げる。 逆にの両手がエドワードの肩をしっかりつかんで。 いつか彼女がつくったという朱金を想像させる双眸が、真っ直ぐにエドワードを映し出す。 「堕落しようが地獄に落ちようがそれこそ国家錬金術師で悪魔とか云われたって、ってそれはわたしもなんだけど」 自分で自分の発言にツッコミを入れるという器用な真似をしながら。 は、笑みを浮かべて。 「わたしは、エド君とアル君が大好きだからね!」 告げる声。ことば。 同じ呼び方、変わらない声。 リゼンブールを思い出す。自分たちの故郷を。 ――うれしくて。切なくて。 そんなごちゃごちゃの気持ちなのに、不思議と、澄み通ったような感覚。 「なんでリゼンブール出身ってのは、こんなに――」 こんなに、優しいんだろう。 禁忌に通じた自分たちにさえ。 最後までつむがなかったことばを、はしばらく考えていた様子だったけれど。 やがて、考えても無駄だと悟ったのか、ぱっと、頬に当てていた手を放した。 そのまま両手を広げて、エドワードの頭を抱え込む。 「なっ、ちょ、姉!?」 あわてまくりのエドワードもなんのその、ちょっとずらして身体半分空けて。 「ほれ、アル君も」 「え!? 僕重いよ!?」 「鎧だけの重さなんて意外とたかが知れてるの。いいからおいで」 たまには姉さんらしいことさせてよ、と笑いながらが云った。 ――何も。変わらずに。その声も、差し伸べられる手のひらも。 それに自分たちがどれほど救われたか、きっと、知らないんだろう。 今、どれだけ、泣き出しそうになっているかも。きっと。 その後。 弟よ、俺たちは一蓮托生だッ! と、エドワードがアルフォンスを引っ張ったり。 勢い余って倒れこんだアルフォンスに、が押しつぶされかけたり。 目が冴えてしまって、お互いの錬金術の披露し合いになったり。 果たしてマスタング家の一室で、どんな騒ぎが展開されたのかは、本人たちしか知る由はない。 ――ただ。 「・・・・・・」 頼むから最後まで仕事していってくれ、と、すがる部下を振り切って夜明け前に帰ってきた大佐がそれはもう複雑極まりない表情になったことと。 アルフォンスによりかかって寝ているの膝に頭を乗せて熟睡中のエドワードを蹴り飛ばしたい衝動を必死で押さえ込んだことは。 とりあえず、たしかな話らしい。 ――これにて最初物語、幕。 |
や......やっと書きなおし分完了。 ヒマな方はどこが違うか捜してみてもいいかもしれません。 全然晩御飯に突撃してない悔いは残りますが、そこはそれ。 鎧って結構重そうに見えるけど、中身の人間がいないとそんなには重量ないって 昔どこかで聞いたんですが……間違った知識だったらごめんなさい。 ツッコミお待ちしてます。とりあえず、最初物語、これにて幕。の、はず。 |