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ぼくらの一分間戦争


 木漏れ日、きらきら。
 葉っぱ、さわさわ。
 そよ風、ふわふわ。

  ――ああ、なんていい天気。

 視線、びしばし。
 雷、ばりばり。
 必殺ベタフラッシュ。

  ――ああ、なんて殺伐とした空気。


 くうくう。聴こえるのは、規則正しい寝息。
 図書館の裏手の小さな庭に身体を投げ出して、気持ちよさそうに寝ているのは
 さっきから頭上で展開されている、発火しそうな視線のぶつかりあいなど、全然気づいていないらしい。
「・・・・・・大佐、あんた仕事はいーのかよ仕事は」
「はは、私くらいになると、いろいろと融通が利くのさ」
「単に部下に押し付けてきたって、素直に云えよ」
「素直ばかりが人間の美徳ではないぞ、鋼の」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 ばちばちばちばちばち。

 よく目を覚まさないなあとに感心しつつ、よく飽きずにいられるなあとエドワードと大佐に感心しつつ。
 少し離れた木の下で、アルフォンスはぱらりと本の頁をめくる。
 こちらから見える光景は、一本の木の下で3人が並んでいるというもの。
 うちのひとり、はすっかり熟睡中。
 こんないい天気にさわやかな風、睡魔の誘いを断れなくても、全然不思議じゃない。
 残りふたりが両側に陣取って、舌戦と視線をスパークさせてても気づかないのは、もはや大物と云うべきか。

 いや、あそこにいる全員、大物と云えば大物なんだけど。
 この場に揃いも揃った、国家錬金術師3人。
 もしもテロリストがこれを見たら、垂涎ものだ。きっと大喜びで襲ってくるに違いない。

 なんでこんな光景が出来上がっているかと云うと、話は簡単。
 例によって例のごとく、図書館に通い詰めていたエルリック兄弟とが、休憩しようと庭に向かう途中、ちょうどやってきていた大佐と遭遇。
 エドワードが必死で引っ張るのにもかかわらず、が目的地を話した結果、ならばご一緒させてもらおうか、と半ば無理矢理くっついてきた次第。
 真っ先に休憩を云いだしただけあって、辿り着いた途端に眠り込んだの両側に、どちらからとなく腰かけて。
 はい、一丁出来上がり、というわけだ。
 ちなみに、アルフォンスが一本離れた木に陣取ったのは、場所がなかったのと、余波に巻き込まれたくなかったからである。

「つーかさ」
「なんだね?」
 仏頂面のまま、エドワードが視線をそらす。
 敵意がなくなったわけでないのは、相変わらずの殺気にも似た気配で一目瞭然。
 もっとも、笑顔を浮かべたまま黒い何かを撒き散らしている大佐だって、充分にコワイ。
 あのふたりに平然と接するコトが出来るのは、たぶんとホークアイくらいだ。
「なんで大佐、姉に拘るんだよ。あんたなら選り取りみどりじゃねえの?」
「そうだなあ。否定はせんがね」
 珍しくエドワードが大佐を誉めたな、と思ったのも束の間、
「なにせ国家錬金術師というのみならず、この年にしてこの地位だし、自分で云うのもなんだが一級品のお買い得だしな」
「・・・前言撤回。」
「失礼な」
 それを自らぶち壊す発言をかました大佐への、エドワードのツッコミはしごく当然であろう。
 仮にでも、エドワードと同じような反応をするに違いない。
 傷ついた顔をしている大佐だって、アレは間違いなく演技だ。
 そうしてさらに眉をしかめて、エドワードが口を開く。
「……色街経験くらいあるんじゃねーの?」
 うわ、そういうコトを訊くか。
「まあな」
 しかもあっさり答えるか。

 視線は本に落としつつ、意識はふたりの会話に向ける。

 たしかに大佐は大人だ。地位もある。人生経験だって豊富だろう。
 対するは、まだ子供だ。当人も力不足の自覚は持っている。
 もしも大佐がそういう意味でを望んで、対等な立場を求めるのなら、ひどく時間がかかるだろうに。
 それでもそうしてしまう理由は。何?
「別に姉じゃなくてもいいじゃねーか。これってひと、いなかったのかよ」
 おそらくエドワードの問いも、そういう考えから生まれたものだと思われる。
「逆に私も訊きたいね」
「あ?」
は君にとって、何なんだ?」
 からかうような視線と裏腹に、紡がれたことばはひどく真摯な色。
「姉さんと呼ぶのなら、普通、それ以上の感情はないと解釈する。――君はまだ若いんだ、出逢う機会ならある、にだけ決める理由は・・・」
 自分も兄も、まだ十代の半ばにすら達していないことを、アルフォンスは思い出す。
 若いと云われれば若いのだろう。ただ、その時間をすべて費やしても、得られるかどうか判らないものを欲するあまり、普段は意識に上らせないだけで。
 姉と呼ぶのは、幼い頃からの癖。習慣。
 だけど、本当に姉なのだとのみ思っているわけでないのは、彼の態度を見ればすぐに判る。
 アルフォンスの場合は、本当に呼び名のとおり以外の感情は、ないのだけど。
 姉でなくて、でも姉と呼んで。その複雑な行き違いを、それでも続けるのは何故?
「……簡単に云ってくれるな」
 ざわり、空間が騒ぎ出す。
 ちりちり、ないはずの背中が総毛立つような感覚。
 視線の先にいるエドワードの、生身の手のひらが強く握りしめられていた。

「・・・何を憤る。本当のことだろう」
「これからとか先があろうがなかろうが、どうでもいいんだよ」
「何がだ?」
「もう俺は、姉に逢ってる」

 親しい友も、心を許す身内も、たしかにいる。
 そのひとたちを大切にしたい、そのひとたちに感謝している。
 なくしたくない存在なのだと、この心は自覚している。

 だけど。

 ふう、と。
 エドワードの剣呑な気配を霧散させるためか、大佐のため息は少し大きかった。
「まったくだ」
 大佐の意図どおり、はっ、とした顔でエドワードは視線を大佐に移した。
「・・・・・・悪ィ」
 それから、渋い顔になって再び明後日を向いて。
 それでもそのことばは、謝罪。
 気づいてしまったんだろう。
 相手も、それは同じなのだと。

 誰でもいいわけじゃない。
 誰かを待っているんじゃない。

 ――たったひとりは、もう、決まっている。

 ともすれば、いつでも自分たちを飲み込もうとする、国家錬金術師という眩い称号の裏の、闇。
 けれど引き込まれずにいられるのは。
 ぎりぎりの淵でも、なんとかふんばっていられるのは。

 ――決めてしまったら、もう、早いも遅いもない。以外も以上もありえない。

「……んー」

 ぴたり。
 重みを増していた空気が、一斉に消し飛んだ。
 エドワードと大佐が、殆ど同時に、自分たちの真ん中に眠っているを見下ろす。
 知らず肩の力を抜いたアルフォンスの見つめる前で、うっすら目を開けたは、朱金の双眸を心地好さげに細めて――笑んだ。

 ――

 お互いが、微笑を浮かべているのに気がついて。
 『げ・・・』とふたりは口にして、うんざりした顔をつくった。
 それから、ふい、と、また別々の方を向く。

 ――君だけが、こんなふうにさせる。

 どうやら寝ぼけただけらしく、はまた目を閉じていた。
 ただ、手が寂しくなったのか、ぱたぱた、芝生を叩いて何かを探すような素振り。
 ぱたぱた・・・きゅ。
 辿り着いた先は、エドワードのコートの裾。
 赤色の布をぎゅっと握り、は安心したように口の端を持ち上げて。
 今度こそ、深い眠りのなかに戻っていった。

「・・・・・・」
 にやり、勝ち誇った笑みを浮かべるエドワード。
「・・・・・・」
 む、と、不機嫌な顔になる大佐。
 だけれどすぐに、不敵な笑みを浮かべると、の側の手を伸ばし、優しく彼女の髪を梳く。
「――!」
 抗議しようとしたエドワードだけれど、気持ちよさそうに喉を鳴らしたに気づいて、ことばを飲み込んだ。
 代わりにと云いたいのか、コートを掴んだの手を、そっと上から包み込む。
 お互い云いたいコトはありそうだが、とりあえず、今日はこれで妥協したらしい。
 やっと平和な空気が戻ってきたのを見て、アルフォンスも再び、頁をめくる手を動かし始める。


 木漏れ日、きらきら。
 葉っぱ、さわさわ。
 そよ風、ふわふわ。


 なんだかんだ云っても、結局、どっちもどっちなんだよね。
 ふと顔を上げたら、いつの間にか目を閉じていたふたりを見て、アルフォンスは小さく笑った。


  ――ああ、なんていい日。


■BACK■



タイトルと中身が合っていません。微妙に合ってたりズレてたり(どっちだよ)
光景を想像してみると、なんかかなり笑えてしまったんですが......
結局ふたりとも、弱いのです。守りたい人だし、一緒に歩きたい人だし。
笑っていて、ほしいし。
ていうか寝てる上で舌戦(小声)繰り広げられたら、普通、目ぇ覚ましますよねー(笑