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彼らのバランス |
「あ・・・・・・」 バサッ。 「どうした?」 「姉?」 今日も今日とて訪れた、東方司令部の一室。 早い話、ロイ・マスタング大佐のある意味私室と化している応接室で。 ちょうど訪れていた、ヒューズ中佐とアームストロング少佐。 部屋の主であるマスタング大佐と、と同伴のエルリック兄弟の視線を一身に受けて。 朱金の錬金術師ことは、ものの見事に石化していた。震える声で、ぎしぎし軋みつつ、自分に集中する一同を振り返り、 「・・・今日って何日・・・?」 「おう、五日だな。それがどうした?」 顎でカレンダーをしゃくり、中佐が答える。 口を開きかけたエドワードが、むっとした顔で睨みつけるが、ヒューズさん、どってことないようだ。 そして。 は落とした本を拾おうともせずに、呆然とつぶやいた。 「・・・・・・査定に使おうと思ってたネタ、先越されてる・・・・・・」 どうしよう。査定まで時間ないのに。 『なにー!?』 ガタンと椅子を蹴倒して立ち上がり、真っ先にに詰め寄ったのはエドワード。 アルフォンスが小さく拍手している。 「どこ!?」 の足元に落ちていた本を拾い上げ、手渡して。 覗き見たタイトルは、錬金術のどうたらこうたら、の本・・・というよりは、研究成果。 十何年前に没した錬金術師の研究の成果を、弟子が解読してまとめあげた報告書だ。 東方司令部の、マスタング大佐の部屋に資料としておさめられている、レアものでもある。 そんなものほいほいと置いておく大佐の神経も、どーかしてると思うが。 が示したのは、その一部分。 「ココとココ……この仮定を成り立たせるまでと、こっちの応用。あと、この証明式……」 云いながら自分の手帳を取り出して、エドワードに見せる。 ヒューズ中佐がひょっこり覗いて、わけ判らんと首を振った。 これ、発表用の下書きですから暗号じゃないですよ、とが云うけれど、それでもわけ判らんよ、とヒューズは笑う。 が、少し遅れて覗き込んだマスタング大佐とアルフォンス、アームストロング少佐。 それから、目の前で見せてもらったエドワードは、ふんふんと数度頷いて。 ・・・・・・ああぁ、と、異口同音にため息。 「うわー……基本過程の構文がほとんど一緒じゃねーか」 「そういえば、この錬金術師も金属関係の研究者だったらしいな……殆どがそれで埋まっている」 から本を受け取り、ぺらぺらとめくって苦い顔でつぶやくマスタング大佐。 「で、でも……証明立てちゃったあとは、姉さんと全然違うんだし……」 ていうか同じ基礎立てといて、後半ここまで違うんだ。勉強になるなあ・・・ 「ふーむ、たしかに。だが過半が同じであると、審査も厳しくなるやもしれんな」 「同じ分野の研究してたら、重なりも出てくるもんだろーけど、ココまで重なってるとなあ……」 ため息をついて頭に手をやったエドワードの目が、ぎょっと見開かれた。 「あ、ああっ、ちょっと待て、待て! 姉泣くなよっ!!」 すっさまじく途方に暮れた顔で、視線を巡らせていたが、急に手を顔の前で振られ、びっくりして動きを止める。 潤みかけていた双眸がまん丸になったのを見て、心底安心した他一同。 が、これで問題が片付いたわけじゃない。 「……しかし査定は二週間後。土台から新しい理論を固めるには、難しいだろう?」 やっぱり苦い顔のまま、ロイが訊けば。 「・・・うん・・・」 と、弱りきった顔で、頷く。 「姉さん、今度の査定は力入ってるってがんばってたのに・・・」 「しょうがないよ。先に発表しちゃった方が優先だもん」 アルフォンスの慰めに、小さく笑って答えて、だけどやっぱり重い空気は残る。 「……どうしよう……」 「いっそ、見なかったコトにして、しれっと査定に持ち込むってのはどうなんだ?」 とりあえず事情の飲み込めたらしいヒューズが、そう云うけれど。 が何か答えるより先に、エルリック兄弟とマスタング大佐が同時に首を横に振る。 「それは、出来る人ならそれでいいかも知れないけど……」 「無茶云うなよ中佐。姉がそういう嘘つける人間じゃないの、知ってるだろ?」 「私たちが良くても、本人が嫌がるに決まってる」 なあ? 同意を求める視線は、本人であるに向けられた。 そしてそのとおり、朱金の錬金術師は焔の錬金術師のことばに頷いてみせるわけで。 「ふむ。ならばアームストロング家に代々伝わる芸術的錬金法を今こそ伝授してさしあげよう!」 盛ッ!! 『いらん。』 「お心遣いはありがたいんですけど、わたし、少佐みたいに筋肉ないから……」 「いや姉真面目に答えるなって」 それに少佐みたいな筋肉つけようとか思わなくていいからな? 「・・・そうなの?」 「そうなの!」 もしかして筋力アップの訓練でも始めるつもりになったんじゃなかろうかと、エドワードの脳裏を不吉な予想がよぎったのだった。 そんな彼を尻目に、マスタング大佐がぽんぽんとの頭を軽く撫でて。 「そうだな。は今のままが可愛い」 「かわいくないもんー」 「いーや可愛い。私が云うんだから信用しなさい」 あっかんべ、と、舌を出してみせたを優しく見下ろしながら、大佐の顔に微笑が浮かぶ。 実に微笑ましいそのやりとりに、心和ませた人間が3名、逆にすさませた人間が1名。 「・・・ロリコン大佐」 窓の方をわざとらしく見ながら、ぼそっとつぶやかれた一言に、マスタング大佐の笑顔が凍る。 「・・・姉離れ出来ない奴に、どうこう云われたくはないな」 凍りついた微笑のまま告げられた一言に、エドワードの額に青筋が浮かぶ。 そうして、両手を音高く打ち合わせながらエドワードが振り返る。 懐からすかさず発火布の手袋を取り出し、マスタング大佐が応戦の構えをとる。 が。 「ふたりとも、今の問題はそうじゃなくって!!」 そこに割って入って一触即発の空気を散らしたのは、エルリック弟ことアルフォンスだった。 鎧の表情は動かない代わりに、彼の周りの空気が珍しく、けっこう本気の怒りを孕んでいる。 怒り、というよりは、呆れ、の方が正しいのかもしれないが。 そのアルフォンスは、今にもケンカしようとしていた国家錬金術師ふたりに、当然のごとくカミナリを落とす。 「今は姉さんの査定をどうするかっていうのが問題なんだろ、兄さん!」 「あ・・・・・・ああ」 「大佐も! ほんとのことだからっていちいち反応しないでください!」 「・・・微妙に引っかかるな、それは」 息を呑んだエドワードと、微妙な表情になった大佐。 とりあえず、某中尉曰くの恒例行事は今回不発に終わったようである。 ――で、当面の問題。 「やっぱり、今からでも新しい理論組み上げようかな……」 ううっ、徹夜だあ。 天井仰いで絶望的な表情になった。 そりゃあそうだ。 そもそも、1年間の研究の成果を発表するのが査定なのである。 それを1ヶ月もなしに一から組み立てるなど、並大抵で出来ることじゃない。 「いーや、だいじょうぶだ姉」 「エド君?」 そのの肩をぽんっと叩いて、エドワードがにやりと笑ってみせた。 多分に励ましの意味を含んだそれに返るのは、きょとんと疑問の視線とことば。 「俺とアルも手伝うからさ。やれるだけやってみようぜ」 な? 「うん。そうだよ、3人で頑張ればきっとなんとかなるよ!」 ね? 「・・・・・・うん」 ふたりともありがとう。 青春だねえとヒューズ中佐がのたまい、アームストロング少佐がうむうむと頷くその横を、すっとマスタング大佐が進み出る。 「。なら、査定まではうちの資料を使いなさい。一応、役職上いろいろと手元にあるから」 「え? それって・・・いいの?」 職権乱用だ、というコメントが誰かから出るかと思ったらしいだが、誰も何も云わずに。 それどころか、全員がうんうんとうなずいた。 「いいんだよ、不慮の事態なのだから」 「・・・でも」 不慮の事態はともかくとして、それはバレたら上から渋い顔されやしないだろうか。 「いざとなってもどうとでもなるさ。そこに軍法会議所のエリートもいるし」 「おう、任せとけ!」 どーんとヒューズ中佐が胸を叩く。 お約束のようにむせる中佐に、アルフォンスが、ささっと水を手渡した。 そんな楽しい一幕を、ちらりと大佐は見やって。 それから再び笑顔になって、の肩を軽く叩く。 「とにかく、気にしないで研究だけに集中すること。いいね?」 「・・・うん・・・」 今度は、エドワードも文句をつけようとしなかった。 の浮沈がかかっているのだから、それもそうかもしれない。 代わりに、の袖を軽く引き、意識を自分の方へと引き戻す。 「そうと決まったら、行こうぜ。時間が勿体ないしな!」 「ああ、なら私も――」 「大佐はお仕事溜まってるって、中尉から聞いてますよ・・・」 「こらアルフォンス君!」 「・・・兄さんはお仕事してて。お願い」 っていうかこれ以上ホークアイ中尉困らせないようにしようよ。 「いえ、実は中尉から、大佐が逃げ出すようなら止めてくれって頼まれてて・・・」 眉をひそめた大佐を見て、ちょっと申し訳なさげにアルフォンスが云った。 そして、その横からヒューズ中佐とアームストロング少佐がまわりこみ、大佐を両側から押さえつける。 「奇遇だなあアルフォンス君。実は俺たちもだ。ってなわけで休憩は終わりな、マスタング大佐さん」 「我輩たちが執務室へお供しますぞ」 「こういうのはお供ではなく強制連行と云うんだろうが!!」 「自業自得だな」 大佐も必死になるものの、少佐がいるのでは相手になるまい。 何せ下手に力を入れると、ますますそのマッチョな筋肉の餌食になるのがオチである。 エドワードが冷静に感想を述べ、は乾いた笑いをたてる。 アルフォンスが部屋の扉を開けて、正に大佐の連行が開始されようとしたのだけれど。 ふと中佐と少佐が足を止め、を振り返った。ちょいちょいと手招き。 「なんですか?」 近づいていって、そう問えば。 ぽん。 「ま、俺には錬金術はよく判らんが頑張れよ」 ぽん。 「どうしても駄目であったら、いつでも我輩の芸術的錬金法を学びにくると良い」 いやだからそれは無理だろう、と、少佐以外の全員が思った。 中佐の側の腕を解放し、ロイが、ぽんぽんとの頭を撫でる。 「――やってやれないことはないんだ。鋼のなんか、死ぬほどこき使ってやれ。がんばるんだぞ、」 爽やかかつうさんくさい笑顔で、途中賛同出来ない部分もあるセリフだったが。 とりあえず、最初と最後の部分だけありがたく受け取ることにして。 「うん。兄さんも仕事がんばって」 少佐も中佐も、ありがとうございます。 ぺこりと頭を下げたに、軍部3人組は笑顔を見せて、部屋を出て行った。 「んじゃ、姉。アル。俺たちも行くか」 それと殆ど間をおかず、の手を引っ張ってエドワードも歩き出す。 「やっぱり、最初は図書館かなあ。ね、姉さん」 その横に並んで歩きながら、アルフォンスが云う。 「・・・うん。そうだね。まずはそこから行ってみよう」 目ぼしいネタが見つかったら、ロイ兄さんトコの資料で詳しいの捜せばいいし。 エドワードに手を引かれて、アルフォンスと並んで歩きながら、も笑って答えた。 とりあえず、朱金の錬金術師の今期査定は、色付けなどなしに良い評価をもらえたそうだ。 その一件と顛末を聞いたホークアイ中尉は、しみじみとこう云った。 「・・・愛されてるわね、」 「はい。みんな良い人ばかりで、わたし幸せです」 「いえそうじゃなくって」 「? ?」 でもってその会話を耳に挟んだ、お礼にとの持ってきた差し入れのお菓子を取り合っていたはずの鋼の錬金術師と焔の錬金術師が、同時に床に沈没したとの情報もあったりする。 こんなドタバタしていても、結局ある意味一致団結。 絶妙な、これでも彼らなりのバランスなんだろう。 |
そんな日常を送ってる、ほのぼのな彼らが大好きです。 |