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祈りは届かなくても |
何もない町だった。 と云っては失礼かもしれない。 一応宿も繁華街も、商店街も軍部の出張所もあるし、ちょっと街外れに行けばちっちゃな図書館が申し分け程度に建ってるし。 が、それだけである。 図書館にちらっと立ち寄ってみたけれど、あまり興味をひくような蔵書はなかった。 じゃあどうして、こんな町に立ち寄ったのかと云うと話は簡単。 本来ならもうふたつ先の駅から行ける、こちらは割合大きな街に到着するはずのエドワードたちの乗っていた列車が、故障して足止めをくらったのだ。 次の列車に乗り換えようにも、今線路で立ち往生している故障列車が動かなければ後続の列車が追い抜くコトさえ出来やしない。 故に、鉄道会社は総力あげて現在列車を修理中のはずである。 故に、乗客たちは一時的に、宿代etc.すべて鉄道会社持ちで、最寄のこの町で修理を待っているのである。 それは当然、エドワードたちも例外ではなかった。 さわさわ、耳に心地好い葉ずれの音が小さく響く。 幾重に重なる葉と葉の間から、零れ落ちてくる優しい陽光。 「・・・・・・ああ、平和だなー・・・・・・」 国家錬金術師の証明である、大総統印に六芒星の刻まれた懐中時計を胸のポケットからこぼして。 身体はだらしなく、整えられた芝生の上に放り出して。背中の上ほどまである黒い髪は、今はばらばらに広がっていた。 もはや半分眠りの妖精に連れ去られようとしながら、のほほんとつぶやく。 実際そのままなら、本気で眠りの妖精と手を繋いで夢の国に旅立っていただろうが、人生そんなに甘くはない。 「俺はちっとも平和じゃないぞ、姉」 仏頂面でつぶやくのは、すぐ傍に腰かけている鋼の錬金術師ことエドワード・エルリック。 12歳で国家資格をとった、人様曰く天才である。 とか云うと必ず、「姉だって14で資格とってんだから変わらないだろ」と反論がくるのだけれど。 姉、と呼ばれていても、とエドワードは血縁関係者ではない。 ずっと昔、小さい頃の呼び名がいまだに尾を引いているだけだ。 とエドワードと、それからもう一人、アルフォンス。 彼らは幼馴染みで、一緒に旅をしている。ある目的のために。 そのアルフォンスの姿がこの場にないのは、部屋で自身の身体である鎧の手入れをしているためだ。 磨く程度なら日常やっているけれど、関節の継ぎ目なんかは定期的にみる必要がある。 もっとも、そういうことはエドワードの機械鎧も一緒のはずなのだが・・・ メンテナンスさぼり魔、と、もうひとりの幼馴染みであるどっかの技師にどつかれるのも、当然かもしれない。 が、日向ぼっこしてくる、と出かけたを一人にしとけない、と、心配してやってきた面もあるから、一概には云えないのだけど。 「平和じゃない? なんで」 とりあえずは首を傾けて、エドワードにお伺いを立てる。 「今ごろ、もうついてるはずだったのに、こんな所でくすぶってる俺の心が平和じゃない」 「・・・・・・つまり・・・・・・」 くすくす笑いながら、芝生の上でひとつ転がる。 その分、寝転んだままのの身体はエドワードに近づいた。 「早く着きたくて、焦ってるんだ?」 「……」 「でもね、鉄道会社の人も頑張ってるんだから。それに明日の早朝には直してみせるってあの人たち云ってたでしょ?」 焦ってもしょうがないよ―― そう云って、手を伸ばす。 ぎりぎり届く位置にある、エドワードの背中を軽く叩こうとしたら。 すかっ ・・・空振った。 何故かというと、別に解説する必要もなさそうだが。早い話、エドワードが身体をずらしたせい。 「……エド君?」 お姉様の慰めを拒否するとは何事? ちょっぴり視線に殺気をこめて睨みつけると、エドワードの琥珀色した双眸がちょっと動揺してお魚になった。 でもそれもほんの少し。 すぐに視線は明後日を向き、さきほどに増しての仏頂面。 そして、鋼の錬金術師の口からこぼれたことばは。 「・・・ガキ扱いすんなよ」 と、ただ一言。 「・・・は?」 どのへんがガキ扱いしていたと? 思わず目が点になったの視線の先では、相変わらずむすっとしたままのエドワードが座っている。 気分を害したのなら、立ち上がるなりなんなりして、どこかに行けばいいだろうに。 ってかそもそも君、わたしの2歳下でしょうが。 とりあえず、イロイロ云いたいコトは頭に浮かんだのだが、がしたことは、というと。 ぐいっ 「うわっ!?」 どたん――ゴン。 ――エドワードのみつあみを引っ張って、彼を背中から芝生に倒れこませることだった。 よっぽど意識散漫だったのか、アルフォンスとしょっちゅう手合わせしているはずのエドワードは、けっこういい音とともに芝生の一部を巻き上げて倒れる。 ただ気になるのは、頭の落下地点にちょっと土の盛り上がった部分があったことと、予想どおりにそこに頭が落ちて、別格のいい音がしたことなのだが。 「・・・・・・姉・・・・・・ッ」 「ごめん」 やっぱり痛かったのか、後頭部を押さえて涙目で睨んでくるエドワードに、ここは素直に謝罪する。 でもね、と、付け加えるのも忘れずに。 「エド君イライラしてるし。注意力散漫だし」 「・・・・・・う・・・」 「普段ならわたしが引っ張ったくらいじゃ倒れないのに」 「・・・・・・」 「そんなに、今日中に目的地に着けなかったの悔しいの?」 「・・・・・・」 「こら、黙ってちゃ判らない」 「・・・・・・」 ちょっと眉根を寄せるけれど、対するエドワードはくるりとそっぽを向く始末。 さすがにここまで反応が手厳しいと、いったい何があったんだと思ってしまう。 これはますます捨て置けません。 「・・・エド君?」 寝転んだままのエドワードの服の裾を、こっそり握る。 いざ起き上がって逃げ出そうとしても、それが出来ないように。嗚呼確信犯。 「――よッ、と」 「なっ……!?」 それからにじりよって、エドワードが動く前に、彼の上にのしかかった。 これには相当慌てたらしく、なんとかを跳ね除けようとするけれど。 いかんせん、女性相手で加減が判らないのか、いまいち力が入っていない。 それじゃ、当然退かせませんぜ、少年。 「姉退けよっ! 恥ずかしくねーのかよっ!?」 ほんの少し赤くなってじたばた暴れる年下の幼馴染みは、そりゃあもう可愛くて。 昔してたみたいに、ぎゅーっと抱きしめたくなったけど、そこをぐっと我慢の子。 「わたしがいつ、エド君を子ども扱いした?」 「――」 問えば、エドワードは口をへの字にひんまげる。 「エド君」 重ねて問うと、ようやく、鋼の錬金術師は口を開いた。 「・・・・・・今。と、さっき」 「・・・?」 「……判ってないならいいよ。俺がそうとっただけだし」 「いや、良くないって。……わたしそんなに年上ぶってる?」 エド君が気を悪くするくらい、年上なのをかさにきてる? 「違う、そうじゃなくて」 「そうじゃなくて?」 「・・・・・・とりあえず、どいて」 逃げないから。 「うん」 かなり真顔での頼みに、は小さく笑って身体を退かす。 ついた草を軽く払い、その場にちょん、と腰を下ろした。 同じように上体を起こしたエドワードが、と向かい合う形で座る。 それから、少し、すねたように視線をそらす。 さっきの仏頂面に似てるけれど、それよりは、なんて云うんだろう――恥ずかしがっている? 「……別にさ。鉄道会社ががんばってるのは分かってる。足止めになっちまったのも、事故だったんだからしょうがないって思ってる」 「うん」 「でも、分かってても焦るんだ。何もしないでいる時間が惜しいんだ」 自分の身体もさることながら、弟であるアルフォンスを、鎧に宿る形から、元に戻してやりたい。 あのとき犯したことの償いは、唯一それだけだと思うからこそ。 それを叶えるまでには、時間がどれだけあればいい? もしかしたら、この一時でさえもが、いつか運命を分かつかもしれないのに。 「姉はちゃんと、鉄道会社の方の事情も慮ってやってんのにさ。俺、そういうことしか考えてなかったから」 2歳の年の差を、改めて見せ付けられたような気がして。 まだまだ年下なのだと、思い知らされた気がして。 「でも、ごめん。俺が大人げなかった」 表情を暗くしてため息をついたエドワードを見て、も小さく息をついた。 (大人げなくっていいのに。それが本当なのに) 自分たちは何歳だ? まだ15にもなってない。 数人で遊んでいるこどもたちの声を聞きながら、それを、まるで別世界の出来事のように考えてしまう。たしかに自分たちにもあんな頃があったのに。 むしろ、今のエドワードのような気持ちは、だって持っていたのだけど。 自身も、かなえたい願いがあるから。 そんなに執着していなかったその願いは、この幼馴染みたちと再会して以来、以前より遥かに強くなったから。 ――いつ、なんどき、止まるか判らないこの生命。 禁忌の果てに命長らえた、その代償かと、一時諦めたこともある。 だけど、思うようになってしまったから。 生きていきたい。一緒にいたい。 彼らと――彼と。 出来るならば、いつか年老いたときに、お互い指差して、『老けたね』と笑えるようになりたいと。 ・・・・・・生きていたいと、思うようになったのは、間違いもなく彼のおかげだったのだから。 生きて見たいと、いつか見たいと。 幼いときに笑いあったままの彼らの笑顔を、また、見たいと思ったから。 それが、再び禁忌に近づくことであっても。 祈りは神なんかに届かなくても、それは間違いなく、自分を動かす力。 「……エド君」 「姉?」 ちょっと甘えるような声音に気がついて、エドワードが顔をあげた。 「わたしもね、ちょっといろいろ考えすぎちゃってたみたい。別に鉄道会社さんいないんだから、ちょっとくらい文句云ってもいいのに」 「・・・へ?」 「――わたし、本当に年上ぶってたね」 「え、えぇと姉? 別に俺・・・」 「正直に云っちゃう。ほんとは、順調だったら今頃向こうに着いてたのになってちょっと悔しかったんだ」 「・・・・・・」 「我慢しなきゃって思ってた。しょうがないんだって。……でも、エド君にくらい、本音云っても良いのにね」 それでもエド君が機嫌悪そうにしてたから、なだめなきゃって思って。 だけど、正論だからってなだめられるわけもなくて……しかも、そう考えるってことは、エド君を年下扱いしてたってことで。 「やっぱり、わたしも悔しいです。早く向こうに着きたい」 そう云って、恥ずかしそうに、小さくは舌を出した。 いたずらが見つかったときのような、そんな表情で。 それを見ながらエドワードは固まって。固まったまま、脳裏をよぎったことはというと。 今のは、つまり、のそのままの気持ち。 もやっぱり、自分と同じだったんだってことで。 どうしようか。 なんだか、馬鹿みたいに安心してしまったんだけど。 ばかりが大人になって、自分は子供のまま、置いて行かれるんじゃないかとさえ思っていたんだけど。 どうしようか。 なあんだそうかと、笑い出してしまいそうだ。 「あぁ、もう、笑っちゃだめ」 「え、俺笑ってる?」 むぅっとしたの声に、はた、と我に返ると、口調そのままの表情が目の前にあった。 「笑ってる」 と云われても、自覚はないんだけれど。 そうかなと云いつつ顔に手を当てると、筋肉が弛緩してしまってるのは分かった。 だけど、それよりも。 子供みたいに、ご機嫌斜めになってる、だけど何故だか嬉しそうなの顔を見るのが楽しくて。 でも、やっぱりいつもの微笑ってる顔が良くて―― 「あ。」 「ん?」 思わず声を上げたら、が不思議そうに覗きこんできた。 「・・・そうか」 「え?」 「なあ、姉」 何か訊きたそうにしているのは判ったけど、それよりも先に口を開く。 「やっぱさ、さっきみたいなときは、なだめていいよ」 「……え?」 「俺も今、姉なだめたくなったから」 大好きな人だから。 笑っていて欲しいよ。 どんな表情も好きだと思うけど、笑顔がいちばん好き。 だって、自分もしあわせになれるから。 不機嫌なときなだめてくれて、自分が笑えて、それで相手も心和ませてくれるなら、それがいちばんしあわせじゃないか? だから。笑って? 「・・・なあに、それ」 くすくすと、が笑い出す。 うん、その顔。 「とりあえず」 「ん?」 「向こうに着いたら、今の時間分取り返すくらい気張る」 「……うん。そうだね」 「だからさ」 「何?」 軽くの手を引いて、エドワードは地面に仰向けになった。さっきのと同じように。 そうして腕を引かれたも、重力とエドワードの力に従って、芝生に倒れこむ。 あんまり衝撃がこなかったのは、エドワードの腕が身体を支えてくれたからだった。 「まあ……たまにはこんな平和なのも、良いかもしれねーよな。うん」 腕に感じる、の心地よい重みとやわらかさ。それからぬくもり。 それから今初めてまともに感じた、そよそよと自分たちをなでていく風。 今初めてまともに聞こえた、梢の揺れる音。 だけどいちばんよく判るのは、隣に寝転んだのくすくす笑う声。 云っても、信じてくれるだろうか? がいるから、笑ってくれるから、世界が色鮮やかに見えるんだってこと。 「兄さん、姉さん」 しばらくそうしていると、アルフォンスがひょこりと窓から顔を出した。 庭に面した彼らの部屋は、こういうとき都合が良い。 「なぁにー?」 やっぱり寝転んだまま、が手を持ち上げる。 ひらひらと手を振る、そんなだらしない彼女を見て、アルフォンスが小さく肩を震わせて笑う。 「兄さん寝てるの?」 「・・・そうみたいね」 いつの間にか目を閉じてしまったエドワードをちらりと横目で見て、も笑う。 「宿の人がね、午後のおやつはどうですかって。ボクそっちに持って行こうか」 「え、いいの?」 「うん、もう身体の手入れも終わったしさ」 「ありがとー。じゃ、お願いしちゃおっかな」 お礼にこっそり、メンテナンスの仕上げしてあげる。 金属系の錬金術関係を主に研究している、朱金の錬金術師はそう云って、もう一度笑った。 「いいの?」 さっきのと同じことばで、アルフォンスが訊き返す。 今度は上からの声ではない。 金属の音を響かせながら、両手にお菓子のお盆を持ってたちの傍にやってきている。 「いいのいいの、アル君は普段のお手入れも真面目にしてるから、これはわたしからのご褒美」 「・・・ってことは」 「エド君には内緒よ?」 お手入れサボリがちな人にはダメ。 よほど疲れているんだろうか、弟と姉(同然)の小声の会話にもエドワードは眠ったまま。 じゃあ晩御飯のあとにこっそりね、うん判った内緒だね、そうひっそりと囁きあって。 まずは一緒にお菓子を食べるべく、ちょっと申し訳ないかなと思いながら、はエドワードを起こそうと、彼の肩に手をおいて―― 「姉さん?」 固まってしまったに、アルフォンスが不思議そうに問いかける。 だけど一緒になってエドワードを覗きこんで、得心したらしく何度かうなずいた。 「・・・どんな夢、見てるんだろ?」 小さく口の端を持ち上げて、かすかに笑みつつ眠る鋼の錬金術師。 その彼の頭を何度か撫でて、は確信を込めて云った。 「きっと、良い夢だよ」 きっと。きっとね。 |
祈りは神に届かなくても。......お気に入りフレーズ。 届かなくても良いのです。その祈りが願いであり、自分を動かす糧になるなら。 ちょっと年下故のコンプレックスに陥ってしまったエドワードでしたー。 絶対にこの差は縮まらないので、それくらいなんだと思えるようになったら彼の勝利。 いや、何に勝つのさエドワード・エルリック(書いた奴が訊くな) |