BACK |
欲するものはひとつだけ |
欲するのは材料。 欲するのはその魔力。 泥粘土から創られたその肉体と、魂を繋ぐ、魔力と呼ばれるその要素。 繋がりを断ち、欲する材料を、手に入れて。 そうしたら、残ったモノはどうしようか? 「あ、中……じゃない、少尉」 「はい?」 中央軍部の馴染みの人の呼びかけに、はちょっとだけ苦笑しながら振り向いた。 そりゃあ本来少佐で入隊って云われたトコロを、経験が足りないのと実戦のほうが性格的に向いてるからと粘りに粘って中尉になったのは自分だし。 その立場を、先日の大騒ぎで過剰防衛かましてさらに転がり落ちた原因も、半分自分だし。 だけどなんとなく、物悲しい気がするのはどうしてだろう。 そう思いながら、今日も今日とて異動手続のために軍部に出てきていたところだった。 こないだ一日で完了するとばかり思っていたら、なんだのかんだの細かい部分が残ってるんだそうだ。 この分じゃ、本気で東方に行く直前まで軍部に出てこなくちゃならないんじゃなかろうか。 軍部の人たちは総じて被害者であるに好意的だし、もともと親しくしていたせいか、いろいろと良くしてくれる。 これから出て行くにとっては、さらに名残が増えそうで実に複雑な気分――まあ、それは自分だけが感じているものだけれど。 を呼び止めた人は、こちらが立ち止まったのを確認してからやってきた。 「はい」 「・・・?」 手渡されたのは、一枚のメモ。 軍部の受付に備えてある、何の変哲もない紙。 だけど、軍部の人が自分に用があるのなら、こんなふうに書かないで、直接云えばいいだろうに。 疑問顔のを見たからかどうか、その人は説明しようと口を開く。 「午前中にね、あなたを訪ねて人がきたのよ。で、午後から出てきますって伝えたら、じゃあこれを渡しておいてくれ、って」 「・・・あ、そうですか」 礼を云って――ふと。 何やら意味ありげな笑顔を向けられているのに、気がついた。 「えっと?」 まだ何かあります? 「も隅に置けないわねえ」 「は?」 「またまたとぼけちゃってぇ。いつの間にあんな彼捕まえたのよ?」 「はあ? やだなあ、いませんよ彼氏なんて」 うりうり攻撃から身を躱し、笑いながらメモを開く。 覗き込もうとするその人から、必死にガードしながら目を通し―― ばったり。 「ちょっと!? どうしたの!!?」 急に倒れて周囲がざわめくまで、さして時間はかからなかった。 ――『朱金の姫さんへ。今日の午後、この間の場所で待ってるからね。 えっちゃん』 「こないだ見てたんですかッ!!?」 「うん」 「・・・・・・っ」 「おーい。だいじょうぶー?」 お気に入りのカフェは、ここのところの良い天気のおかげで元気一杯な植物たちで彩られていた。 優しく降り注ぐ木漏れ日も、午後の安らぎの一時を楽しむ人々も、いつもと変わりない。 だがその和やかな空気は、全速力で駆け込んで問いの答えをもらうなり倒れ込んだ少女と、その原因である、いともあっさり答えた人物によって破られた、と云っても過言ではなかったかもしれない。 すでに飲物を頼んでいたエンヴィーはともかく、来たばかりのの為に、店主が冷やとメニューを持ってきた。 常連客であるこの少女を見る目が多少変わったらしく、少しばかり引き気味に。 が、メニューをが手に取る前に、 「あ、この子はオレンジソーダ」 さらり、エンヴィーが告げて。 目で確認を求める店主に、は、ちょっと目を丸くして頷いた。 それからようやく身体を起こし、半ばすがりつくようにして椅子に腰掛ける。 「……覚えてらしたんですか」 「まあね♪」 こちらもすでに注文済みのクッキーを一枚とって、ジャム乗せて、それからに差し出しながらエンヴィーは笑う。 この間と変わらない笑み。 あのとき、その笑みで自分を殺しかけたということが、なんだか遠い世界の話のような気さえして――だけど頭のどこかがそれを否定する。 この人は『そういう人』だ。そう感じていた。 手を伸ばして、クッキーを貰う。 ・・・この手は、自分を殺そうとしたのだけれど。 受け取ったそれの香ばしさを楽しんで。それから、一口かじった。 さくさくした食感と、上に乗ったラズベリージャムの甘酸っぱさが絶品。 思わず、頬に手を当ててにへっとしてしまう。実はこれも、 「好きでしょ」 「・・・へ?」 「それ。好きでしょ?」 自信満々に、一口かじったクッキーを指差して告げられた一言。 指と、クッキーを見比べて――否定する理由もないから、頷いた。 「だよね? ああ、良かったー♪」 そのの仕草に満足してか、エンヴィーは自分もクッキーを口に放り込む。至極嬉しそう。 「これでも、あんたが好きそうなの選んだつもりだからさ」 そう告げられたとき、脳裏に浮かんだのは真剣な顔してメニューとにらめっこしてる、この黒ずくめの人。 ぷ。 想像するとなんだか可笑しくてかわいくて、ついつい噴出してしまった。 クッキーはちゃんと飲み込んでたから、行儀悪い真似だけはしないですんだ。 「何がおかしいの」 「あ、いえ」 そうは云っても、まだ顔は笑ってる。 これじゃあ何の説得力もない。 エンヴィーもそれが判っているんだろう、だけど気分を害した様子はなく(ありがたいことだ)、すっと両手をに伸ばして。 むに。 「は、はひすふんれすかー!?」 「ほっぺた伸ばしの刑」 むにむにむに。 「ほはひてないれふっ、ふにってるっていふんれすーっ」 「んじゃ、むにむにの刑」 「あううううううう」 やり返せばいいのだろうけど、それは何故かためらわれた。ていうかやる理由がない。 ひとしきりの頬をむにって抗議を楽しんだあと、満足したらしくエンヴィーは結構早く解放してくれた。 「・・・うう、赤くなってたらやだなあ」 ぼやきながら、腰のポーチから小さな鏡を取り出して見てみる。 おしゃれに興味があるかと問われればそうでもないけど、まあ、人並み程度には身だしなみくらい気にするのだ。 軍人というのは、これでけっこう見た目ポイントだってあるんだし。 いや、一部、軍服脱いでても文句でない人を知ってるけど。 「なってないなってない」 ちゃーんと加減したから。 笑いながら云われたそのことばが嘘でない証拠に、鏡に映った自分の顔は、ちょっと涙目になってるコトを除けばいつものとおりだった。 安心したを見て、テーブルに突っ伏すように腕組んで顎乗せたエンヴィーが、さらに楽しそうに笑う。 「姫さん傷つけるなんてしないよ」 ――そのときまでは、ね―― 声にならないその声は、けれど、たしかにこの耳に届いた。 目を見張ったを見、エンヴィーが怪訝な顔になる。 問うべきなのかな? その目を真っ直ぐ見ながら、ふと、思ったのはそんなこと。 あの闇のなか、救われたときに耳が拾ったひとつの単語。 『人柱』 あまりいい感じのしないそのことばの、候補なのだと、この人は云っていたような気がする。 訊くべき、なのかな? 「――姫さん」 きゅぅっ、と、口の両端持ち上げて、猫みたいに目を細めて。 が何かつむぐより先に、話しかけたのはエンヴィーの方。 先日、黒猫、とごまかしたのは、あながち間違いじゃなかったかもしれない。 ・・・そんな、どうてもいいことを考えてしまった。 「はい?」 条件反射で返すことば。 エンヴィーの右手が伸びて、の髪を一房とった。 さらり。 さら、 さらさら。 指で梳き、零れ落ちたらまた拾い、梳いては零し、また手のひらに。 「……本物ってのは、いいね」 「はへ?」 わたしの偽者なんているんですか? 思わず素っ頓狂な発言かましたら、やっぱりエンヴィーはくつくつ笑う。 「そーじゃなくて。本物のひとりっていうのは、いいねってコト」 「・・・いや、だから、・はわたししかいないと・・・・・・」 世間様に同姓同名はもしかしたらいるかもしれないけど。 黒い髪で朱金の眼で、国家錬金術師で軍人で。 同じ国家錬金術師の幼馴染みと兄代わりがいて、今度東部に左遷される予定の。 なのにこんなトコロでのんびりと、名前以外不明の人とお茶してる・はひとりしかいない。 ……ドッペルゲンガーはこの際除外。 それでもエンヴィーは、何が楽しいのか笑みを浮かべたまま、 「あんたは、本物だから」 そう、告げて。 「・・・はあ・・・」 未だに意味を飲み込めないは、首を傾げながらも相槌を打ち、ふと。 エンヴィーの手のひらが、頬に添えられていることに、遅まきながら気がついた。 猫みたいに細められた瞳。 にんまり笑う口元。 額を覆うバンドに、長く伸ばされた黒い髪。 それから、黒一色の衣服。 ――こんな人も、きっと、ひとりだけ。 「エンヴィーさんだって、本物、でしょ?」 「どうだろね?」 だけれど、刹那以下の間を置いて返る答えは、多分に否定の意を含んだものだった。 「たとえばさ」 「・・・はい?」 「本物は、この手も、顔も、もしかしたらね、性別も。――今あんたが見てるものとまったく違ってるんだ、って云ったらどうする?」 「ええと・・・」、 少し首を傾げた。 エンヴィーの手が添えられている側に。 「たぶん、驚きます」 「それから?」 「それからは……どうもしないと思いますけど」 ていうか、問いかけ好きですねエンヴィーさん。 「だって姿が変わったら、エンヴィーさんの性格変わります? いきなり内気になったりおとなしやかになったりします?」 「……つまり、今はそれと逆だって認識してるってことなんだ。ふーん」 まあ、それはそれとして。 「外見だけ、だけど。たぶんね」 「ならいいじゃないですか。だったら外見の変化に驚くぐらいで済むと思います」 いつか話してもらったぐっちょげっちょなのとかに化けられたら、ちょっとダッシュで逃げますけど。 付け加えた一言に、エンヴィーの手が髪から離れる。 そのまま、さっきと同じように、黒猫さんは頭からテーブルに突っ伏した。ただし、腕は真っ直ぐぺたりとテーブルに張り付くように、伸ばされている。 それから少しくぐもった声で、 「・・・・・・あんた、やっぱり、変」 「変なのは百も承知ですが、声が笑ってますよー?」 「これが笑わいでか。姫さんもじゃん」 「つられたんですよ」 「笑わせたのは姫さんだしー」 「ああ、ひど――むぐ。」 さらに云いつのろうとしたら、急にエンヴィーは顔を持ち上げて、腕を持ち上げて。 横の皿からクッキーとって、開いたの口に押し込んだ。 「・・・・・・」 もぐもぐもぐ。ごっくん。 数度咀嚼し、それから飲み込む。 喉が渇くので、なんだかそろそろ気が抜けてそうなオレンジソーダを一口――やっぱり炭酸は抜けてて。 甘ったるさに少々うんざりしたのが判ったか、エンヴィーの笑みがますます深くなる。 「甘い?」 くすくす笑いながらの、問い。 「・・・甘いです」 お冷やで口直ししながらの、答え。 それから顔を見合わせて、また、ふたり同時に噴き出した。 そのままひとしきり笑いあっている彼らを見て、店主が、今日は変な話に持っていかないでくれたなと安堵していたことを、ふたりは知る由もない。 欲しいものがある。 欲しがっている人がいる。 「青春してるわね、あんた」 を送った帰り道(どこに帰るんだ)、唐突に目の前に現れたラストは、皮肉な笑みを浮かべてそう云った。 「あ、判る? もう姫さんかわいくってさあ」 「のろけはいいから」 「・・・ちえ。」 速攻で妨害され、舌打ちひとつ。 それを見たラストの表情が、少しばかり、複雑な色をはらんだ。 「別に、殺したり以外は何しようが勝手だけれどね――間違っても、お嬢ちゃんを候補から除外するなんてことは云い出さないでくれるかしら?」 「いや、それはしないって」 欲しいもの。欲しがるもの。 それはたったひとつの絶対たる物質。揺るぎなき存在。 ラストに負けず劣らず含みを持たせ、彼女を見る。 「・・・でもさ。残った滓は、もらってもいいんでしょ?」 「・・・・・・まあ、それなら文句は出ないんじゃない?」 欲するのは材料。 欲するのはその魔力。 泥粘土から創られたその肉体と、魂を繋ぐ、魔力と呼ばれるその要素。 繋がりを断ち、欲する材料を手に入れ、渡し。 そうしたら、残ったモノは、 ――魂は。 この手に。この手のなかに。 ずっと。 欲しいのは、君の本物。 「」 その魂。 |
......甘?(首傾げ) 主人公的には結構話せる第三者的大切なお友達、くらいの認識ですが、 いやもぉ、エンヴィーさん必殺猫っかわいがり(笑) なんだかね、気に入ったものとそうでないのの落差が激しそうなんですこの人。私見。 魂と泥人形を繋ぐのが魔力とよばれるモノで、それが彼らの目的に必要なのだと解釈。 いや、いつだったかその手の話↑を読んだ気がしたので。聖書だったかな? |