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ともだちになろうか


 遠いところにいるお父さん、お母さん。
 最近、ちょっと面白い人と知り合いになりました。
 その人は、わたしがこの間、ヤな上官にヤなコトされてるときに、助けてくれた人です。
 尤も、何か別の目的がありそうな感じでしたけど。
 たまに、何か企んでるっぽい笑顔ですが、今のところ危害加えられたコトはないですから、だいじょうぶ。
 長い黒い髪に、黒い額当てしてます。
 服も黒。ちょっと肌の出てる部分が多いです。似合ってると思うけど。
 でも、外を裸足近い履物で歩くのは、危なくないのかな。
 目が、黒か赤かよく判りません。
 光の加減で深紅に見えるけれど、漆黒一色のようだったり。不思議な目です。
 その人の名前は――


「ひーめーさんっ♪」

 音符一個どころではない、×20くらい出来そうな勢いで名を呼ばれ、は箒を取り落としそうになった。
 つい先日も聞いた声だ。
 っていうか、ここんとこしょっちゅう聞いてる気がする。
 っていうか、殆ど連日っぽい気もする。

 まだ太陽は中天に差しかかる前。軍部の寮は、殆どの人間が出払っていて静かなものだ。
 ――こないだから自宅謹慎中の以外は。
 寮の敷地内くらいならいいだろう、と勝手に判断して、庭の掃除などに勤しんでいる最中の、来訪だった。


 侵入者を防ぐためもある、それなりに高い塀の上から、にこにこと笑って手を振っている人物。
 今日も黒髪に黒服、額のバンドも黒に紋様入りと見事に黒ずくめ。
「私服の姫さんもかわいいねー」
 そう云って、ひらりと、まるで猫のように見事に飛び降りてきたのは。
「・・・エンヴィーさん・・・」
 ことばどおり、木綿のシャツにタイトスカートといういでたちのは、呆れて物も云えない代わりに、ため息でもって出迎えた。

 が。

「じゃ、今日はドコ行こーか?」
 にこにこと微笑んで、そう云われるに当たっては、思わず地面に激突したくなったのだった。


 多大な労力を犠牲にして何とか直立を保つコトが出来たは、絶対引きつってるなと自覚しつつ、エンヴィーに笑みを向ける。
 対するエンヴィーは、にっこにこと笑っての腕を引っ張ろうとしていた。
 っていうかすでに箒を取り上げている。なんて早技。
「あの、エンヴィーさん」
「ん?」
「……わたし、自宅謹慎なんですけど」
「なんで?」
 あんた現場にいたでしょうが。
 そうツッコミたくなるほど、見事な切り返しだった。
 おそらくコンマ1秒あったかどうか。
 それでも、ここで親切に説明を開始してしまうのがのお人よ、もとい律儀なトコロ。

「わたしこの間、あなたに助けてもらいましたよね。上官から」
「あーあいつね? もー、貴重な姫さんに何すんだって感じだったよね腹立つったら。あのまま殺しても良かったのにさ」
「でもって、大騒ぎになりましたよね?」
「なってたねー。姫さん一気に有名人じゃんオメデト♪」
「……それで、世間様騒がせた責任とか、人命奪いかけた責任とか、で、今、自宅謹慎命じられてるんですけど」
 東部への移動日まで。
 と、付け加えるのは心のなかだけで。

 ていうか、微妙に会話がかみ合ってない気がしたのは、果たしてだけだろうか。

 エンヴィーは、きょとんと目を丸くして。
 頭の後ろで組んでいた腕を解いて、次に、まじまじとを見て。
 それから、
「なんでアンタが責任ひっかぶる必要があ――――むぐ」
 と、お叫びになりかけあそばしたのであった。
 寮の入り口を通ってない人間がこんなトコロにいるなんて知られたくないの手によって、その叫びは文字通りおさえつけられたけれど。

 ひゅううぅ、と、訪れた静寂の合間を縫って、風が木の葉を舞い上げた。
 ああ、せっかく掃除したのになあ、と、物悲しい気持ちになったの頬に、触れる感触。
 エンヴィーの両手が、の頬をはさむようにして、添えられていた。
 ちょっと不機嫌なその視線に気づいて、慌ててエンヴィーの口から手を放す。
「・・・なんで?」
 短くそれだけを云って、エンヴィーはじっとを見る。
「なんでって……」
 うまい説明を思いつけずに、は口篭もった。
 それが世間だそれが軍だと片付ければ、楽だろう。
 だけど目の前の人は、それを判っててさっきみたいに云った気がする。
 つまり、が責任を負う部分は全然ないんだと云っているのだ。
 それは素直に嬉しいのだけれど。

「・・・世の中には、こんな場合でも『喧嘩両成敗』という諺が働かざるを得ない場面がありまして」
 自分が生きているのは、結局こういう世界なのだという気持ち含めて、そう答えた。

「……姫さんバカすぎ」
 ちょっと違う世界に生きているらしい人は、でっかいため息混じりにそう応じた。

 だけど、この人は妙な部分で割り切れている。
 ため息ついたそのあとは、すぐに、いつもどおりの笑みを浮かべる。
「ね」
「はい?」
 頬に手を添えたまま。
 間近まで顔を近づけて。
「この手を信じるって云ったよね?」
 にこにこ、にこり――笑顔で告げられる、コトバ。

 それはついこの間、この人と交わした会話のコトだ。

 そのときの気持ちは今も変わっていない。
 この手は自分を助けてくれたし、この手は自分を殺すことが出来る。
 ――信じてる。
 助けてくれた、この人の手を。
 少なくとも、頬に触れさせてそのままって時点で、かなり気は許してるのかもしれない。

 だから、こくりと頭を上下させた。

 途端、頬から手のひらが離れて。
 代わりに、身体が包み込まれる――気づけば、エンヴィーの腕のなか。
「よしよし」
 背中からまわされた腕が、の後頭部をぽんぽんと撫でた。
「えっ……エンヴィーさん?」
「姫さん悔しそうだし。慰めてあげる」
「・・・・・・へ?」
「喧嘩両成敗っていうの、気に食わないでしょ?」
「いやでもだってほら世の中は」
「世の中じゃなくってさぁ、姫さんはどーなの」
 黒い長い髪。
 色は同じはずなのに、の髪よりも、ずっと闇に近い色。ずっと綺麗な黒。
 純粋に、ただ闇だけを抱いた黒。
 さらさらと、それが頬をなでる。

 急に抱擁なぞされて、さすがに固まりかけていたの身体だけれど。
「悔しいよね?」
 そう、確信込めて云われて。
 慰めるとのことばに違わず、腕の中、頭なでられて。

「……悔しいかも」

 思わず本音が零れてしまった。

 自分が何をした? それは、凝るように抱いていた気持ち。
 国家錬金術師という立場。
 軍属の人間兵器。
 たしかに、上官のそんな行動を阻止できなかった自分が甘いと云われれば、しょうがなくて。
 意識朦朧としてたとは云え、たしかに、彼を一度は殺しかけたのも事実で。
 ……傍に誰かがいただろうという詰問には、ひたすらかぶりを振りつづけたけれど。約束したから。

 上層部も、だけ無罪放免には出来なかったんだろう。
 上官のみが罰を受けるというのが、どれだけ渋い顔をされるか、想像はつくから。
 左遷だって、別に北部でも南部でも西部でも良かったのに、わざわざ東部にしてくれたのだって……出来る限りの、計らいのはずだった。
 東方司令部には、が兄とも慕う人がいる。
 軍部は、それを知っているはずだし。

 そんなこと判ってる。

 だけど……就任して1年足らず。
 やっと馴染みかけてきたこの場所を、こんなにすぐに後にするのは、哀しいと思う。

 それに。

「・・・それに・・・」

 思い返していたら、なんだかだんだん腹が立ってきた。
 それは、寮の管理人のおばちゃんが、知らないよりは、と、躊躇しつつも聞かせてくれた噂話。

 ――監禁され、受けていたのは、虐待だけではなかったのではないかと。

 つまるところ。
 口には出せないコトを、されちゃったんじゃないかと。
 されてないけど。
 されようとしたら、さすがに、自分で殺しちゃったかもしれないし。
 それくらい。
 女性としては、壁ぶち壊したくなるくらいの、ヤな、ヤな、ヤな噂。

「姫さんはきれいだよ」

 不意に降ってくることば。
 いつものエンヴィーの声の調子で、いつもと同じからかい調子の。
 だけどひどく優しくて。
 ……不覚にも、ほっとしてしまった。

「保証したげる。姫さんはきれい。だからだいじょうぶ、黒い感情なんかに染まらなくていいからね」



 そう云いながら。
 こんなんでホントにいいのかと、エンヴィーは、この場にいないラストに不信の念を募らせる。
 別ににそうするのは嫌じゃないし、むしろやわらかくてあったかくて気持ちいい。
 けど。
 こんな単純な慰めで、本当に、この娘は立ち直るのかと。
 女性はそんなもんよ、と云っていたけれど、そりゃオバハンの偏見じゃないのかと。
 噂を聞きつけての様子を見たラストの出した案を、エンヴィーは行動に移しても疑っていた。

 の、だけど。


 じんわりと、頬を濡らす雫。
 身体の両脇に真っ直ぐ伸ばされたままだった手は、いつの間にかエンヴィーの胸に、こぶしつくって置いて。
「・・・・・・っ」
「姫さん?」
 声音に驚きにじませた問いには、首を横に振って応えた。

 誰にも云えない。こんなこと。
 中佐も少佐も優しいから、知っていても黙ってくれる。
 おばちゃんもイイ人だから、凍りついたにあったかいものくれて落ち着かせてくれた。
 何も云わずに。
 おまえは悪くないんだよって。
 ……気遣って。何も、云わずに。
 優しくしてくれて。

 だけど。

 国家錬金術師という立場。
 軍属の人間兵器。
 そんな自分に、感情をぶつけ合えるだけの友達はいない――作る暇がない。甘えと云われれば、それまでだろうか。
 家族に等しい人たちならいるけれど、だから、余計に心配かけたくなくて。

 ・・・エンヴィーは他人だ。恩人だけど、それ以外のつながりはない。

 だけど。 だから。

「……泣きます」
 すでに嗚咽混じりの声で、それでもは最後の一線をひいたつもりだった。
「・・・断る必要ないじゃん」
 呆れまくりの突き放しまくりの返事をくれたその人は、だけど。
 腕を緩めることだけは、けっしてしなかった。


 ごめんねは一度だけだと決めた。
 そうして、自分はそれを実行した。最初にこの子と、日の光のしたで話したときに。
 だけど。
 腕の中で肩を震わせている、国家錬金術師。
 魂が穢れて堕ちるのは避けさせたいと、フォローにきたとも知らずに、ただ、堪えてた涙を零してるオンナノコ。
 世界なんてただの実験場。
 人間なんてただの材料。
 国家錬金術師は、最上級の材料。

 だから壊しちゃいけない。丁寧に丁寧に。
 いつかくるそのときまで。大事に大事に。

 そのためなら、こんな、意味など見出せない行為だってする。

 だけどさあ。……意味、探したいって、一瞬思ったよ。
 これってどういうことだろうね、ラスト?



 友達になりませんか?
 さんざん泣き終わったあと、そう云ったら、一緒に庭の端に座り込んだその人は、やっぱり目を丸くした。
「……ハァ?」
 誰と誰が?
 わざと訊いてるんだろか。
 だけどは、ちょっと赤い目でにっこり微笑んで。
 まずエンヴィーを示し、
「エンヴィーさんと」
 次いで自分を指差して。
「わたしが」

 お友達に、なりません?


 呆れた。バカだ。完全にバカだこの子。
 ちょっと泣かせてやっただけで、『オトモダチ』ですか。
 こっちの本音知りもしないから、そう笑ってるだけデショ?
 呆れた。バカだ大バカだ。
 なんでそんなに無条件に、にっこにこ笑って見てくるのさ。
 自分たちのコト知ったら、絶対に、敵扱いするんでしょ?
 ・・・・・・呆れた。
 なんで、自分、テキトーに話変えて出てかないんだろ。
 ・・・なんだ。呆れた。
 つまり、自分が一番バカってコトじゃん?


 不意に表情を消したエンヴィーが、何を考えていたかは知らない。
 それでも、ようやっと双眸にを映したエンヴィーは、いつもどおりの笑みを浮かべて。
「こーんなアヤシイ奴でいーの?」
「はい。怪しいくらいだから、遠慮なしに何でも云える気がするし」
「ホントに遠慮ないよ、アンタ、それ」
 あははははっ、と、エンヴィーは笑う。
 つられて、も口の端が持ち上がるのを感じた。


 ――うん。じゃあさ。
 屈託なしに笑うコを見て、こう考えるコトにした。
 たしかにトモダチつくりづらい環境なんだろう。研究に訓練に軍の業務に。
 このコは、大事なヒトにほど、本心を吐き出しづらいみたいだし。
 特に身内にも等しい大事なヒトたちには、心配かけたくないタイプみたいだし。

 溜め込んで溜め込んで、いつか爆発するよりは。
 もしかしたら、それが、時限爆弾のスイッチにならないとも限らないし。
 計画前に貴重な人材、ひとつも失うわけにいかないし。

 うん。じゃあさ。
 優しくしてあげよっか。どうせそのときになってしまえば、壊れてもいいんだし。
 そういうオトモダチをつくるコトで、壊れる可能性が減るんなら。
 ラストだって、文句云わないでしょ。
 ・・・自分たちの目的にも、かなうでしょ。

 うん。じゃあさ、

「ともだちに、なろうか」
「はい!」

 嬉しさ満点、全開笑顔――
 それを見た瞬間、ドコか奥が震えたコトなんて、気のせい気のせい。きっとね。
 立つ世界も在り様の違いも、ヒトの云う性別の違いほどにある差を埋めて、この手に欲しくなったのも。
 魂が、惹かれる。・・・それだって、きっと気のせい。

 トモダチになる。
 そんなもの、理由なんかつけないで、そのまま受けてテキトーにあしらえばいいのに。
 わざわざ理由を捜した理由を、まだ知らないでいるから。


「でもナイショだからね」
「うん、ナイショにします」
「絶対約束だからねー? 絶対絶対、ばらしてもいいって云うまで、何があってもナイショだからね」
「約束しますってば」


 じゃあ、またね。
 そう云って、やっぱり同じように塀を乗り越えて帰るその人を、見送って。
 ちょっとだけ罪悪感。
 怪しい奴でいいの? って訊かれた。
 それはたぶん、彼が何かを謀っていて、それに自分は巻き込まれるということなんだろう。
 そして、たぶん、それを少し後ろめたく思ってくれてるんだろうか。
 だとしたら。やっぱり罪悪感。
 自分はそれを知っていて、友達になろうなんて云ったから。

「・・・お互い様だよね」
 たまには、ちょっとくらい、利己的になったって。いいでしょ?

 あなたはわたしを利用するつもりみたいだから。
 わたしもあなたを利用させてね。

 だから、……ともだちになろう? そのときまでは。そのときがきても。

 包み込んでくれた腕は、間違いなく、あったかかったから。
 だから、……ともだちになろうね?


 お父さんとお母さんへ。
 面白い友達が出来ました。
 怪しくて何か企んでて、ちょっとコワイ部分もある人です。
 お互い隠しあってて利用しあうかもしれないです。どっちもどっちかもしれません。

 でも、わたしはそのひとと、ともだちになりたいと思ったんです――


「・・・とりあえず練習しなくちゃ」
 空を仰いでいた視線を、足元に落として。
 今度逢うまでにトモダチの証で呼び捨て出来るようになれ、と宿題を出されたは、深刻に考え込んだのだった。
 『姫さん』が愛称だからって、あっちは宿題から逃れたのを、ちょっとずるいと思いつつ。

「でも、えっちゃんはあんまりだよね……」

 別にそれでもいいけどー? と。
 笑っていたソレが、存外本気のような気がして、別の意味で考え込んだりも、したけれど。


   うん、じゃあ。
   これから、友達になろうか。


■BACK■



エンヴィー偽者大決定かもしれません(がくり)
なんていうか、道具とみなしてるつもりの相手のことを、そうみなせなくなる過程と
ゆーものを書いてみたかったのですが...いやまだまだ発展途上ですな。
(って発展させる気かよ自分)
しかしやっぱり、うちの短編、この人がいちばんイイ思いしてるよーな。